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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第四十八章 止まっているのか進んでいるのか

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50 一部未遂事件にタウの謹慎

※不快になる暴力、言葉の暴力表現があります。

苦手な方はこの回をお避け下さい。



河漢では2つの事件が起きていた。


その日、ユラスから河漢に直行したサダルはメイジスともう2人の男性兵、それから女性兵2人を連れて、河漢メンバーのいるフロアを目立たないように通り一気に小さな倉庫室に入った。男性兵2人は外で待機している。


目立つので数人が気が付いていたが、挨拶もできない雰囲気だったのでそのままにしておくと、数分後に倉庫のドアからダーン!と男が投げ出された。サダルに一発蹴りを食らわされ、飛ばされたのだ。


「は?」

そこに数人いたメンバーが驚いて止まった。近くにいたイオニアやイユーニも何か問題があったのかと焦る。その倉庫は、この周辺の清掃道具などしかなく人が何人も入れる場所ではない。


と、もう一人業者らしき男がメイジスに拘束されて出てきた。その横で、女性兵が毛布に何か人らしきものを抱き抱えて一番近い出口から去っていく。

投げ出された男はうつ伏せにさせられ男性兵に背中を押さえ込まれ、もう一人の男は既に半分ダレた状態で顔から血を流していた。


「??」

何が起こったのか。そこにいる河漢アーツは飲み込めない。

え?もしかして殺人?殺人の場合、死体は運んでいいのか?警察が来る前に動かしていいのか?


うつ伏せの男の前に来たサダルは、完全に据わった目をしていた。

「おい。」

サダルはしゃがみ、その男の前髪を無造作に掴み顔を持ち上げる。既にこの男も顔に打撃を食らっていた。

「あ?何してやがった。ここで?」

「…ぁ…ぅ。」

「ああ?」


こんな光景、大房ではたまーにあるし、河漢ではそれなりにあるのだが見物している人間たちは完全にビビっている。


「顔を蹴り砕いてやりたいが、ここはアンタレスだしな…。私が正道教に入ったのを感謝しておけ。」

髪を掴んだ手を揺すり、男の頬を一発軽く叩く。そして、顔を近付けて言った。

「クソが…。ユラス教のままだったら嬲り殺してやるのに…」

そう言って嫌そうに持っていた髪を振り離し、顔を軽く床に叩きつけると立ち上がった。


背中を押さえ込んでいた兵士は男の背中で手に拘束帯を付け、もう一人の男と共に並んで膝を付いて座らされる。目隠しはされないが頭に銃を、片方はナイフを突き付けられた。一人が倒れそうになると兵士に後ろ首を引っ張られている。


「………」

言葉もないアーツ一同。

え?ここで極刑とか始まりませんよね?


アンタレスならこれでもアウトな気がしますが?


新規メンバーの地下リングにいた者たちでさえ、この光景に完全に押し黙ってしまった。昔のサダル派のウワサを知っている初期アーツは、これがユラス内戦を収めたマフィアよりも怖いと恐れられた風景かと息を飲んだ。節操のないマフィアも怖いが、理性的そうな人間が本当に理性を持っているのか、理性的に人を沈めようとしているのか分からないのも心底怖い。

その横で側近メイジスが何でもない顔でデバイスを見ながらいろいろ処理していた。


正道教に改宗しても、全然『愛』などなさそうである。

多分。



数分後に特警数人が来て二人の男たちは連れていかれた。特警もかなりごつく、軍人ですか?といういつもの感じだったが、東アジア警察のマークを見た拘束された男二人だけでなく、なぜかアーツ河漢も特警を見てホッとしてしまった。

なお、河漢警察は信用度ゼロなのでここには呼ばれなかったのである。特警は東アジア直属の公安だ。




***




後で分かったことだが、今回の事件はレイプであった。


新人と清掃関係メカニックを見に来ていた河漢人メンテ業者の入っていた所に、河漢で雇った女性が洗剤などの在庫を補給しに来た。その時に知り合い同士だった二人は意気投合し、そういうことをしようと思いついたのだ。


その間に人々が外のフロアに集まり、女性は最初に下だけ剥ぎ取られ騒げば周りに知られると脅される。防犯系の訓練を受けているメンバーなら違う対応をしたかもしれないが、女性は混乱し固まってしまった。

AI監視カメラで倉庫の不自然な出入りに気が付いた監視が見に行く前に、ベガスから河漢に行き先を変えたサダル一行が先に入って来たのだ。他の部下が警備に伝えサダルは事務所出入り口から倉庫に直行。


サダルはサイコスや霊性で、アンタレスに入った直後に既に女性の心の悲鳴に気が付いていた。

到着する前に事が起こる感じなら河漢にいるユラス兵に任せるつもりでいたが、間に合ったので何も知らずに待機していた部下と現場に。全く事前でも何もできないので相手が「脅迫する」という、一つ動いた時点で突入したのだ。

悪意があっても、事前では逮捕及び一部権利はく奪まで持って行けない経験をサダルは何度かしている。


少しタイミングが遅すぎ、女性には申し訳なかったが河漢への今後の見せしめでもあった。


性交は未遂で下部にも触れられていないがあったが、女性はわいせつ行為を受けていたことになる。

河漢の施設も結界を張っているが、工事も多く業者も頻繁に人を変え、街全体が不安定なのでどうしてもベガスのように完璧なものにはなりにくい。『前村工機』の結界が上手く張ってあったのは、地下にあり安定した場所で眠っていたからであった。


そして、仕事は他地域の業者に頼んでもいいが、河漢はなるべく河漢内の業者を頼むよう行政から頼まれている。建設関係やシステム関係は無理なので、それ以外の可能な限り小さい仕事は河漢に任せていていたため起こった事件であった。



その日報告を受けたVEGAとアーツのリーダーたちは、気を引き締めるように忠告を受けた。


この件をどうメンバーに伝えるのかも問題だ。



アーツよりVEGAが中心になっている仕事の一つに、虐待、性被害者の救出や加害者の逮捕や施設への誘導、運営などがある。ベガスにはサバイバーだった者が多くいるが、河漢は加害者、被害者、その両方だった者も多い。実はそれらの施設がパンク状態でその施設拡大も仕事に含まれている。


貧困移民、戦争移民、スラム河漢と先進地域の被害内容や被害者の環境も状況も違い、藤湾大学のサバイバーや家族などにその関係者を持つ者たちも含め、どう救済していくか、どう運営をしていくか、他組織をと共有していくかも話し合っている。


今回は一部未遂に終わったが、暴行でありわいせつ行為はわいせつ行為だ。未遂扱いにはならない。



この件にショックを受けていたのは、アンタレスで比較的普通、平和に生活をしてきた若い南海の新規メンバーたちであった。まだ、VEGAがどういう活動をしているのかの講習までしていないし、世界の現状も河漢の現状もよく知らない。アーツに希望しただけあって全くの無知ではないが、現実目の前で、しかも河漢とはいえ自分たちのテトリーで起こったということはショックであった。



そして、意外にもアーツ河漢の河漢民たちもショックを受けていた。


ユラス兵が強いのはこの前の説明会で思い知ったが、アンタレスでは平和そうに見えるユラス兵たちが、どこかで一線はキープしているものの、河漢マフィアより恐ろしかったことだ。

体の一部を切られるとかそういう次元ではない底恐ろしさを感じていまう。なんというか、大して無いくせに自身の霊性が冷え上がるというか…。冷え下がるというか………。


海に沈められるだけでなく、魂が二度と地上を垣間見ることのないような底冷え感であった。


そして、事務所に警備が少なかったとはいえ、格闘術が専門レベルの河漢組のいる只中。こんなことが自分たちの真横で起こっていたことも驚きであった。




***




全体としても、既に多くの問題が起こっている。


人が増えれば増えるほど目が通らない事柄や場所も出てくるし、同じことを共有しているようで相違も大きくなってくる。


教育が行き届いた移民と違い、以前から河漢民との衝突は多かったが、河漢の中で作った安定した住居地域に満足できず、なぜ自分たちはベガスに入れないのだと大騒ぎする輩が出てきたのだ。

ずっとトラブル続きだった河漢35地区はとくに様々な揉め事があった。


「河漢の方々はベガスで既にたくさんの問題を起こしています。最初の指示に従えなかった方はひとまず河漢で当たり前の生活教育をクリアしていただきます。」

タウが言っても彼らは怒るだけである。


初期の移民計画に同参し、一通りの教育を素直に受けた河漢民は、移住地域の自治に従うという約束を守りベガスに定住している。

今ここでベガスに移住したいという者たちは、かなり後まで生活教育を拒み続けて来た者たちだ。こんな風なので、河漢でも安定地域には先に入れず周辺の仮設に入ったのだが、それがかなり不満らしい。

どこからかベガスはかなり社会保障が整っているとも知り、自分たちもそこに行くべきだと言い出す。


そういう姿勢が既にダメだと説明してもそんなことは関係ないのだ。

前はここで暮らしてきて愛着があったとか、外で適応できないから、怖いから河漢にいたいとかそんなことも言い訳していたが、理由はもっと自己中心的なものだろう。面倒とか、もっといい待遇をしろとかそんなところだ。


「お前たちが私たちの元の住まいを潰し(おびや)かしたんだ!」

「だから立ち退きはアンタレス行政からの指示だったですよね?我々はその補助をしているだけです。そもそも管理できないからこの辺りはインフラも地盤も限界に来ています。もう一度説明会を開きますか?」

もう何度も説明会をしている。


今ですら元いた住宅よりいい場所、いい住宅で冷暖房完備。独り暮らしの者は台所トイレシャワー別の数人部屋の共同の生活だが、希望すれば各個に部屋だけの個室もある。

なのに、全て揃った独り暮らしのアパートがいいとか、ベガスと同じ対応をしろと言っているのだ。移住を助けているのはベガスの機関であるが、ここは河漢だ。

河漢行政に言わずに、なぜかベガス職員にそれを言うのだ。


おそらくアンタレス行政は逃げ腰、河漢行政は仕事がいい加減で住民の不満を聞く気もない、ユラス軍は怖い、東アジアも言い過ぎると怒りそう。そういう中、若者が多いアーツや真面目なVEGAは言いやすいのだろう。



初期に未成年のいる家庭層からベガスに動かしたのも、女性を中心とする人のいい年配層から動かしたのも全てが不満なのだ。


これだけ精神が屈強なら、河漢でも十分やっていけるだろ、ベガスに来んなとタウは言いたい。


しかし激怒した者たちが物を投げつけたりし始め、警察や軍が収めに来る前にタウは頭に怪我を負ってしまった。



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