48 彷徨いの彼方の再生
響とシェダル。
二人は心理層で語り合う。
「…………。」
『形を作るんだよ。流されなくていい。シェダルにはシェダルの、もう失うことのない場所があるから。』
SR社の風景が見える。ポラリスたちがシェダルの手足を作っている。
そしてなぜか、家に招かれた。みんながいる。現実でないと分かっていても、ここに来て出会ったたくさんの人が見えた。
ギュグニーのラボや指揮官たちの姿ではなく、それよりも今は、彼らの方が近くインパクトがある。
見えそうで見えない、響の姿が光る。
突然、灰色の燻瓦が世界を描いた。
そこに、大房で出会った人たちと、大房で見た風景が広がる。
――よろしく。兄さん――
と言っている誰かがいる。
『……足がある。』
そう響が言うとシェダルには足があった。
『尻尾もある。』
あるんだなと思うと、尾っぽのある元の形に戻っていた。
それでも恐い。ここでは自分は生きていけないから、闇に隠れなければ。
「………黒になりたいんだ…。」
『いいの。今はまず、あなたが持っているその白を確立させて。』
『その白を受け入れるんだよ。』
『私たちはそのシェダルも好きだから………』
そう言われると、シェダルから涙が伝う。理由は分からない。別に泣きたくない。
取られた毛布。小さなタオル。
出口も入口もない部屋。
猛烈な衝撃と痛みと、気が付いたら血だらけの足。起きたら起きたで歩けなくなっていた自分。
目の前で人が死に、自分も誰かを殺している。
べチャッと潰された、たくさんの自分がどこかに流れていく。
ファクトは知らなかったけれど、シェダルが初めて誰かがいる場で食事をしたのは………SR社のカウンセラーや博士たちがいる時だった。
それから太郎君と花子さんと、その間抜けな弟と三人で焼き肉をした時。あんな風に同じテーブルを囲ったのはそれが初めてだ。
今度、シェダルはサラマンダーではなく白い麒麟になる。
自分の形を見回し…………なんだか走れそうで………青く広がる野を駆ける。
崩れない。前のように崩れない。
白い麒麟のままだ。
『シェダル。掌を見て。』
青花が言うが、麒麟である自分の手を見ようとするとそうでないと言われた。
『あなたの手を見るの。』
麒麟なので体型的に掌を見ることができないと焦る。
『人間の………あなたの手を見るんだよ。落ち着いて。』
狼が優しく言うのでゆっくり、焦らず…集中してみた。
「………。」
そっと目閉じて開けると、機械の手ではない、肉身の手がある。
もう自分の指紋も皺も知らない。でもそれは肉身の手だった。
そういえば最初に会った時、響の首を絞めたんだと思い出した。
あの頃シェダルは強烈に強くて、意識の中でも響を殺せそうだった。形が崩れることもなく。そんな自分に動揺する。
形を作ってしまったら自分は誰かを傷付けるだろう。そうしたらもうアンタレスにいることはできない。ここは法治国家。現実的な話だ。
『大丈夫、怒ってないよ。揺らがなくていいから。今の時軸を見て。
アンタレスで重ねたものは………
あの頃と違うビルドを描いていけるから。』
『あの頃はあなたには何かを壊す大きな力があったけれど……本当は築き上げる力の方がずっと鍛錬が必要で………強いんだよ。
今の堕落した世界ではそれが見えないけれど………。
この世界で他者のために何かを築き上げることは、誰よりも力があって努力もいるし、自分への戒めも必要で………勇気がいることだから………』
「…………」
『無くすものがなくて、恐怖も少なくて、強いという確信があって、強烈なビルドを保てた時のシェダルにはその場の強さしかない。
今のシェダルはあの頃のように形状を保てないけれど………でも、ずっと強いよ。確実に積み重ねて行けば………
その頃より強い、永遠の位置と強さを得ることができるから。』
そして、肉身の自分がいる。
頭から、足先まで。
『シェダル。』
自分で制御できる強化ニューロスだった時は、ここにいる人間や簡易アンドロイドくらい簡単に蹴散らすことができた。肌はひどかったが、人間の中ではチコとシャプレー以外には勝てる自信があった。現在自身の実体があるこの施設内で唯一大変なのはSS級のナンシーズか。
でも、今はシリウスが力を解除しないと、A級のシャールルにも軍人にも負けるだろう。
『知ってる?
人を真に愛することって……憎むより、力を誇示することより、はるかに難しいんだよ。
とくに近い人こそ。自身の身から離れた人こそ………
憎しみで分離したかつての自分だから………』
狼は口を開けずに話す。
『本当の力の意味を悟るんだよ。
本当の力は、全てを生かし、最後に新しい命を生み出す力を持っている…………』
義足でなく肉身のシェダルはとても弱く見えた。
けれど、心は今までで一番晴れていた。
青花色を混ぜで作った、青空のように。
***
個室のリクライニングソファーでそっと目を開けた響は、今の状況を把握しようとそっと少し耳を澄ます。
「…んっ…」
適度の湿度に温度、掛けられた温かくフワフワの毛布が気持ちいい。
少し話声がするのに、落ち着いた雰囲気。上半身を起こすと、アンドロイドのナンシーズとシャールル、そしてここの職員の女性、SR社スタッフの女性がいた。
「………。」
「響さん、起きましたか?」
今までSR社で何度か話してきたスタッフだ。
「……あれ?…こんにちは。お久しぶりです。」
「少し前に社長と来ました。」
「え?社長、いらっしゃるんですか?」
スタッフがニコッと笑う。
「あの……シェダルは?」
「別室で眠っています。社長はそちらの方に。」
「……。」
少しホッとする。ビルドが確立できるか確認など数回会うことが必要だが、もう直接会う気はない。
「響さん。あの話ですが……」
スタッフの話に真剣な顔になる。
「………今のところ…いません。シェダルをこちらに引っ張ることができたのは正解だったと思います。」
何の話かと言えば、他国、独裁政権側にDPサイコスターがいるかいないかという話だ。
響はそれもずっと探していた。向こうが力を確立する前に、こちらが先制をするのだ。
シリウスがアンドロイド界を先制したように。
この先、未来。
現在のサイコロジーサイコスターなどが、DPサイコスターに変わっていく可能性がある。世界は一人が突破したものを先行に、全体が格上げされていく法則を持っていからだ。
人類未踏のトリプルジャンプを完成させた者の数年後に、チャンピョンクラスでどんどんクリアしていく者が増えていくように。
DPサイコスターはただの感情や思いの層を見るだけでなく、ずっと深い深層に入り、自己層と共有層を行き来できる者だ。その上に、その中で自己を確立したままでいられる存在。
しかしそれは危険な力でもある。
使い方ひとつで人類の諸刃の剣となり、個人を簡単に崩壊させるものにもなる。
サイコロジーサイコスターが多く現れなかったのは、もしかして力がある者がいなかったのではなく、その前に潰れていたのかもしれない。人と人、自分と自分、空間と空間、善と悪、その狭間で。
精神を保てない者、悪性に惹かれていくものは自分をキープできない。
クスリで人が壊れてしまうように。
世の理、世の成り立ちの法則に乗れないから弾かれるのだ。
アンダーグラウンドの世界に惹かれる者が多いが、それが自然の成り立ちから離れていれば、どんなに強烈な力を持っていてもいつか崩れ去る。次の流れに乗ることができずに。
人が真に心地よいものは、引き寄せるだけでなくそこに安定と安心を生む。
『シェダルの世界観がまだ子供だからよかった。
そうでなかったら危険だったかもしれない。』
以前そう言っていた響の言葉をみんな心していた。
そもそも人間は聖典的に言えば、堕落で神の御言葉を捨ててしまったので、自然の理が何なのか見失ってしまったのだが。
それは、「自然そのものに生きろ」という意味ではない。
その前に確立すべき人としての位置があるのだ。
どんなに恒星が輝こうが、輝く虹が美しかろうが、
人の生命に勝るものはない。
どんなに正確に星見ができようと未来が見えようと、強烈な力があろうと、その理は世の一環でしかない。
揺らぐことのない理知があり英知があり、
その全てに勝る親なる神の愛とその真の「心」があるのだ。
その愛を知らない限り、人はまた道に迷い、愛を探し求め永遠の荒野を彷徨うであろう。
その愛を知らない限り、どんなに修道を尽くしても、どんなに世のために尽くしても、
永遠に本当の愛を知ることもなく、心は満たされないのだ。




