46 シリウスだって怒る
「一緒?」
「私と一緒。その胸に秘めているものが。」
思わず不思議な顔をしてしまうニッカ。
一緒?胸に秘めているものが?
優しい笑みを送るシリウスに戸惑い、自身の胸に手を当てニッカはファクトを見る。ファクトもなんだろね?という表情で、その真意は分からない。
ニッカが思わず胸をグッと押さえると、服の間に隠れたあの遺骨の入ったペンダントが手に当たる。
でも、何が一緒なのか思い当たらない。
「………」
何か聞きたくて戸惑っていると、シリウスが話を変えた。
「ねえファクト。式典の当日、私をエスコートして!」
「…え……」
さすがに底冷えがする。なぜこんなにもアンドロイドに好かれているのだ。
「…何言ってんの?そもそもエスコートって何?」
今までで一番ドン引きである。
「こうやって、こうやって………手を引くの!」
一人でジェスチャーをしてみるが伝わらないので、向かいにいるニッカの手を取って真似をする。
「ああ、誘導係ね。そういうのすることもあるや。」
高級なお店では時々母にしていた。
「誘導係って…。夢のない言い方をするんだね……」
「やめとくよ。」
「どうして?」
「……。」
温度差の激しいやり取りをなんとなく眺めるニッカと、スタッフ。そして少し離れた所にいる護衛アンドロイドのモデルのように美しいカペラ。
カペラは全てを見ている。
「そんなん睡眠時間も削って鬼のように勉強して、鬼のように働いてきた人たちに失礼じゃん。俺に何の権限があって大事な式典の誘導を?別に議員でもないし、議長でも事務局長でもないし何の役職もないのにヒンシュク過ぎる…。」
「あら、心星夫妻の息子で、ここの元総長の義弟でしょ?何の問題もないわ。」
「コネにコネを塗り重ねてどうするの?十四光どころか二十八光!コネのオンパレード?」
「私の個人的推しだから三十五光だわ!それとも二乗しとく?」
両親、義姉夫婦、シリウス……
「…絶対イヤだ……。」
椅子からギリギリまで体を離す。
「でも、アーツができて河漢が進んだもの。アーツのきっかけになったのはファクトでしょ?十分な理由だよ。」
そう、この男がアンタレスを出て自分探しをする度胸もなく、かといって将来したいことも決められず、進学する学校や専攻すら決められず、他人を頼り安全就職を求めてベガスにさえ来なければ、アーツはなかったのだ。
動機はショボくとも、功労者であることに間違いはない。
シリウスはかわいい顔をしてニコニコ答えを待っている。
「……そんな理由みんな知らないし。」
「なら私がステキなシナリオにしてあげるから!高い雄志を持って開発に協力したかったものね!」
「え?それじゃあ嘘だし。」
「でも、報告書にはそうやって書いてあったよ。」
サダルにもそう説明している。既にサダルは本当の経緯を知っているが。
「…どっちにしても無理。俺は河漢の警備に入るから。」
ファクトは準警備員だ。
「…こっちに来ないの?」
「シャプレー社長でいいのに。社長背が高いから舞台栄えするし格好付くし。あんな人前いやだし。マスコミもたくさん来るだろ?絶対に目立ちたくない。そもそもエスコートって何?普通に歩けば?」
この面を世界に晒されるなどごめんである。
「…今回はSR社でなく、東アジアの行政的意味合いの参加だもの…。」
いわゆるシステムの象徴とマスコットだ。
「アンタレス市長とか来ないの?あ、抽選でベガスや東アジア在住のファンにしてもらうのはどう?」
「…………」
「?!」
そう適当に言い続けると、初めてオリジナルシリウスが不満顔をしていた。あの緑の花子さんのように。
ファクトは、おやっと一瞬戸惑う。カペラも一瞬凝視した。
「………。」
シリウスは胸の奥にムーと何かを溜め込んで、それからスッと立ち上がった。
「いい…。もういいわ………」
「………」
さすがに「ファクトのバカ」は連呼しないが、ファクトの顔も見ずに立ち上がった。
そして無言で外に行ってしまう。
別の席から見ていたお兄さんが、話は終わったのか?と思いながらファクトたちに「じゃ!」と挨拶をして追いかけていく。
スピカもそれを見て、二人に礼をして去っていった。
「………シリウス怒ってた?」
ニッカに聞いてみるとニッカも困った顔で笑った。
「………そうみたいだね…。ファクト、もう少し優しく答えてあげたら?」
「…ほどほどに嫌われたいんだけど………。」
***
歴史や地理に関する社会科に関して、高等学部クラスをクリアしてしまったムギは、大学で何を取るべきか相談に来ていた。
「歴史はもう十分かな……。地理もセイガ大陸はだいたい把握したし…。でも、行政とかはちょっと苦手です。」
「じゃあムギさん。他の大陸に範囲を広げてみるか……大学課程じゃないんだけどかみ砕いて公民を教えてくれるところがあるから入る?」
「…うーん。どうしようかな。」
そんなムギを見付けて手を振るニッカとついて来たファクト。
話しが終わってカフェスペースに移る。
「あっためたから食べて。」
ファクトがカフェのエアフライヤーで少し焼いて、先のコロッケとドリンクを持って来た。
「ファクトそれ何?」
「カプチーノ。」
「なんで私だけココアなの?」
いつも子供扱いだ。
「いいよココアで。こっちの砂糖入ってないよ?」
「それは私が決めることだけど!!」
「交換しようか?」
ニッカが聞いてくれるが、もういい!とココアを飲んでいる。
「もう高等課程を取ったのにまだ社会科するの?」
「…数学も言語も苦手だから、少し分かる教科くらい頑張らないと…。」
「ムギ、偉い!」
ニッカが頬を両手でサワサワし、褒めてくれる。
「……この前、遂に数学全問不正解だった…。でも、過程の答案に三角くれたから0点じゃないけど。」
落ち込んでいる。
ふと上げた顔が不安気だ。
「大丈夫だよ。大房のみんな、高卒だったり実質学力中卒でも今、それなりにお金稼いでるよ。」
今や団体職員である。
ちなみに連合国家認定2級組織で、本部になる先進地域側にこれだけ高卒以下の正職員の割合が高いのは世界でアーツだけである。国家団体を含めてもそうで、元中卒以下が所属するのはまさにアーツだけだ。VEGAにも多数いるが援助国の現地育成の職員で、基本本部は大卒以上のエリートである。
「それに農業の方に行ったんだろ?そういうのがんばればいいし。」
「……はあ。でもなあ…。まだ1年生なのにこれから3年生まで頑張れるかな…。」
農業科は思ったよりきちんと基礎教科を取り入れていた。学生にとって3年間は長い。
「このままお嫁に行こうかな………。」
「?!」
目を丸くするファクトとニッカ。結婚などせずに一生働くとか言っていたのに。
「特例以外は18にならないと結婚できないよ?」
一部少数民族や事情がある場合以外は、基本18以上でないと結婚はできない。そこに児童婚や強制、強姦がなかったかなど審査もある。少数民族にも勉学の優先性や体の成長性を学んでもらい、現在はほとんどが18歳以上である。
「家事手伝いを先に勉強しておかないと…。」
他の子に比べ料理が苦手なムギは、机に伏して家政科に行こうかなとか言い出す。
「勉強しても数学ができないように、料理だってできないかもよ?」
絶望的なことを言う男ファクト。
「ムギは投擲とか銃とか命中率すごいし、それを極めたら?めっちゃカッコいいし。」
社会生活にはあまり役に立たないことを進める。銃許可の護衛や警備員にでもなればいいのか。
一瞬ファクトを眺め…、少し間をおいてため息を吐く。
「…はあ……」
「…?」
「ふう…。」
ムギは少し赤い顔でファクトを見て、もう一度ため息を漏らした。
***
「いやだ。絶対会わないっ…。」
そう言い切るのは施設にいるシェダルだ。
「お前は変態なのか?!」
「変態もくそもありません。シェダルさんにもそういう常識感覚があったんだね?」
なぜか、響がシェダルに面会に来たのだ。シェダルはホログラム越しの顔さえ見ない。
インターホンの前で粘る響。
「仕事です。少し話がしたいの。」
「事前になにもなく来ることか?初めに話を通せ!」
「そうしたら、会わないでしょ?」
「俺はお前に謝っていないぞ。」
「分かっていて会いに来たんだからいいです。」
絶対に会いたくない。そもそも会ってどうするのだ。謝ったらいいのか。シェダルが逆の立場だったら、自分の首を噛んでそれ以上のことをしたかもしれない男など、銃で蜂の巣以上に八つ裂きになるまで穴だらけにするであろう。頭か首に穴をあけて生殺しにして放置してもいい。それができないのに会わされるなら、会わない方がいい。
謝ったとしてもこれ以上関わるのもおかしい。
そしてシェダルは知っている。
響の世界には違う人がいた。
自分は一つの線を越えられないと。
でも、越えたいと思う自分もいる。
謝ることよりそれが怖かった。
こんな時、バカのようにしつこく言われ続けた、顔も知らない父親の話に感謝する。
お前もあの父親の子だと言われて、そのことが嫌悪になるほど身に沁みなければ本当に響に手を出していただろう。クスリなど受けなくとも。
戦場はそういうところでもあった。
そして、シェダルは会ったこともない自分の父親と重なりたくなかっただけだ。
なのに、今でも響の手を、頬を………
「シェダルさん?……シェダル。」
「……。」
「シェダル?!」
「…………」
「…開けないんだね。いいよ。サイコスの件で来たの。DP(心理層)で話をしましょう。」
「は?」
そう言うと
バジン!と空間が弾ける。
「麒麟!」
響はサイコス中は肉体を保てない。こんな通路で!と、思わずシェダルはドアを開けた。




