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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第四十五章 ユラスの瞳

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33 その下に名はいらない



次の日の早朝。



ファクトとワズンは駐屯に行く前に慰霊碑のある霊園に来た。


ずらっと並ぶ大きな石に、数千人はあるかという名前がユラス語で綴られている。もう、石の街道である。



正直ファクトは、ショックだった。


これは殉職者のためで、民間人の犠牲者の石碑も別にあるらしい。



少し祈ってからワズンがファクトに話しかける。

「ここ……。こことそっちにある名前が、『カフラー・シュルタン』と『タビト・シュルタン』だよ。」

あの、仕方なしの笑顔でワズンがその名を口にした。

「…っ。」

殉職者の名だ。


ファクトは一瞬ムギを思い出す。

「『タビト・シュルタン』………」


二人の名は別の場所に綴られているが、後半は同じ文字だった。『シュルタン』であろう。


「それからこっちが………『ジオス・シュルタン・オミクロン』。

カウスの父だよ。」

「…!」


「そして…カフラーの下は…『マゼリア』『ジザ』『シーナイ』…

ここは、カフラーが死んだときに一緒に死んだ同志たちだ。」

「………」

ということは、おそらくサダルやワズンにとっても同志だった者たちだ。

「こっちは捕虜になって死んだ者たち…。古いものほど前の方に書かれている。」



その言葉に背筋が引き締まる。


その下の名は………



サダルが捕虜になってから6年間。

チコがユラスのサダル派を率いてきたのだ。


見たくないが………


その下にも名前が連なる。



カーフやレサトの家族たちもいるのか聞きたかったが、彼らはナオス族だ。また違う場所なのかもしれないし………それは聞けなかった。

ファクトにはおじさんや高曽祖父母、曽祖父母、祖父以外に身近に亡くなった人はいない。大房では事故死はいたが、大勢の知り合いの中の一人という感じだった。親族は少し入院を経てからの病死が多かったので、心の準備をする時間もあった。



まだ未来のある、これから生きるべき青年たちが死んでしまうというのはどういう感じなのだろう。


ベガスに来るユラス軍関係者やその家族を見て思う。彼らは自由に好きに育ったファクトより、家族のために他者のために、公益のために身を捧げる精神ができている者たちであった。


ユラス人が数千年信奉してきたユラス教ではなく、神の御元に他者をも受け入れる正道教の本質を知って、それを受け入れた。サダルの元に来た者の大半は改宗者だ。親族を差し置いて改宗した彼ら。半無宗教的生き方をしてきたファクトには、想像もできないほどの決意もあったであろう。


そして、その通り、たくさんの命が捧げられてしまった。


捕虜だった人たちはなぜ殺されてしまったのか。連合国側に捕虜になった者にほとんど死者はいなかったのに。


そんな人たちが先に死んでしまったのだ。




もしかしたら、カウスやワズン。今ベガスで出会って、同じ地で一緒に暮らしている彼らが亡くなっていたかもしれない。


自分や、アーツと出会うこともなく。



レオニスやフェクダ、クラズやアセンブルスを思い出す。


そうしたらサラサはどうなっていたのだろう………。

アセンブルスに抱きしめられて、恥ずかしそうに、でも安心しきった顔のサラサ。


なんだか信じられなかった。





「…あの、この石碑って触ってもいいですか?」

「ああ。」


彼の願いを見たいと思った。


彼らの願いを忘れてしまったら………子孫たちが住む国や世界の未来を願って命を差し出した人たちの思いを忘れてしまいそうだったから。過去にも現在にも、たくさんの血が流されたことも知らず、ただ自由の名のもとに、アンタレスで好きに生きて、楽に生きてきた自分に戻りそうだった。



ファクトは敬意をこめて手を差し出す。


『カフラー・シュルタン』の名に。





___





『カフラー・シュルタン』


心理層に入る時の感覚で、その名を触ってみた。


まだ朝のせいか、乾いた地では夏でも少し冷たく、ツルツルとした石面に刻まれるユラス語が不思議な感情を生む。


ワズンは静かにファクトを見ていた。

ファクトはその名を目に刻む。そこから見える…………




はるか遠くの噴煙に、耳を裂く爆音。



ここは?



完全装備の男性。

その男は、ゴーグルを上げカウスと同じ色の、少しだけ濃い瞳を見せた。


一度だけチコをギュッと片腕で抱き寄せ、お互いのファイバーメットの越しにおでこを付けて何か祈る。チコは戸惑う。

「………?」



気が付くと、チコには彼の後姿しか見えなかった。



ファクトは流されないで、その風景を見る。最後はその男を見ていたチコの方からの視点だ。



ファクトは思う。


あちら側に行きたい。

あの、後ろ姿の男性の方に…



ここが霊園の中のせいか、たくさんの騒めきに胸が熱くなる。


ユラスは霊が整理されていて雑霊はほとんどいないし、死んだ者たちも霊性が高いからか、あまり嫌な感じはしない。苦しみも見えるが整然としている。精神性が高いので真っ直ぐしかるべき姿になれるのだろう。アンタレスの墓地はこんなにきれいではない。


これらを感じ見ることができるのは、おそらくファクトが牧師や神学家系であり、地域や世界に貢献してきた心星家やミザルの血筋のゆえだ。そして、ファクト自身もユラスのこの霊園に受け入れられていた。これまでユラスに何かと関ってきて、馴染んできたことも理由か。




ゴーー、とたくさんの光が迫って全ての視界を覆う。


眩しくはない。霊の光。



霊の光が眩しいのは、渦巻く嫉妬、殺傷、蹂躙、姦淫、高慢さ………人が安全と安心を感じる場にその人が相容れない場合だ。眩しくて、光が当たると影に逃げ、影もなくなるとその姿を全部世界に晒される。



その反面、利他心はたくさんのものを包括する。


自分の受け入れる根本性と幅が、精神や霊の世界の行動力を決める。


ファクトは知っている。

自分のこの力は自分の過去の血と親族ゆえに、多くの人に先立って貰ったものだ。自分は両親のような世界への貢献はしていないし、できない。



だからたとえ小さくとも、この力は自分でなく、誰かのために使うと。


意識の中でも、石に彫られた『カフラー・シュルタン』の名を自身の手から離さない。




これが道筋。


これが標章。

自身が…帰る場所。



真っ白い光が世界を覆う。



たくさんの人生半ばの………(こころざし)半ばの死が見える。


それがいつの時代で、いつの人なのかは分からない。16倍速のその16倍速の16倍より速いのに、その人たちの人生が鮮明に一気に入って来る。



まだ幼いのに恐怖に逃げ惑い撃たれた子供。空間をも切り裂く断末魔の悲鳴を上げ犯され殺された女性。体の一部を飛ばされそれでも死ねず、ただ死を待つ少年。


そんな痕跡が、何も消えていない。

それが去年のことなのか、百年前、それとも数千年前のことなのか。


どんな悲鳴も消えていない。世界に刻まれたまま残っている。



女性なのかも、男性なのかも。子供なのか、大人なのかも分からない。

それらは光より速く全てを解き放ち…全てを流していく。



でも、そんな中にも変化していく者もある。それはなぜ――?


おそらく、ファクトが自身の努力に関係なく霊性の力を得たように、他の誰かが外部から助けてくれているのだろう。お互い無自覚であっても。




『なぜここに?』

誰かの声がする。



『チコ?』


「チコ?チコじゃないよ?」

ファクトとチコを間違えているようだ。


『チコ。君のお母さんから頼まれたんだ。』

「…お母さん?」

どこかで聞いたかもしれない男の声。その顔は見えない。



『君の母上が…………』

「待って!俺はチコじゃないから。大事なことはチコに直接――」


ファクトは焦る。


が、ビターブラウンの短い髪が揺れ、また光が全てを覆う。






するとそこに、素朴な女性が立っていた。見たことのない人だ。


ファクトには分かる。そのお腹にはあかちゃんがいた。




『あなたはまだ若いでしょ?永遠の誓願なんて立てないで――』




ビターブラウンの男が手紙を読んでいる。


『あなたは族長分家の家長で、子供も望まれるでしょう。


私が先に死んだら、私と離別をして新しい女性と幸せになって下さい。真面目な性格なので心配です。永遠を誓ったからと何でも真面目に従わないで下さい。私たちは長老に引き合わされ、結婚式が出会った最初。忙しくて会ってもくれませんでしたね。大して情もないでしょうから簡単なお願いです。

私は強い霊性を持っていますが、あなたに会いにはいきません。


どうか、天と共に…新しい幸せを。』



男はその手紙を両手でクシャっと丸め、かといって捨てることもなく、その手紙を握った手のまま顔を覆ってしばらく動くこともなかった。


そして、目の前の遺体に泣くこともしない。ただ、ただ項垂れてしばらくそうしていた。






そして晴天の朝――





彼はまたチコを呼ぶ。いつのことだろう。



『チコ………』

あんなことを言っていたのに、チコが本当に女性なのだと知ると、驚いて固まっていた。


………知ってはいたが、驚く。



――ここではね、ガイシャスの指揮下なら身を隠さなくてもいいよ。――

そう言っていたのは彼なのに、肩より少し上の短いプラチナブロンドの少女を見て目を丸くしている。


振り向いた少女………見た目だけは既に大人の彼女は、部屋に入って来た数人を何もない表情で見た。


『かわいいでしょ?』

お腹が大きくなって内勤をしているガイシャスが悪戯気に言う。ジェモイという普段チコを担当している女性兵は、横で既にため息をついていた。


『??』

入って来た4人の男たちは、目の前の女性が誰なのか飲み込めない。まだ若いアセンブルスもびっくりしている。ただ、かわいいというよりは鋭く端正な顔立ちだ。髪色ゆえに一見西洋人のようで、よく見ると凹凸の少ない柔らかい東洋顔でもある。


『地毛?』

調子いい性格のマゼリアが思わず聞いてしまった。

『そう。まだ目は変えてるんだけど。』

『元は何色?』

『緑と紫のアースアイ。あなたたちは見なくていいよ。』

『ホントに??』


『よくこれで、子供の時から傭兵の中で生き抜いてこれたな…。…』

珍しくメイジスも少し呆けて見ている。南アジアも戦中や貧困の混乱が多い。よく囲われたり売られなかったなと思う。

『……今までのままの方がいいだろ。目立ち過ぎる………』


『はじめまして…。』

マゼリアが改めて言ってしまった。

『何度も会ってるだろ。』

でも、その少女は大きな目をパチクリさせて、はじめましてとでも言うように彼らに頭を下げた。

『どうしたものか………。』

と、カフラーも困っていた。



結局、一般の兵に混じる時は、今よりは目立ちにくい髪色と目の色にさせられた。





けれど、ガイシャスの部隊にしばらくいた頃はプラチナヘアのナオス族も多く、髪は自然のままだった。


『チコ!元気だったか?』

『カフラー………』

『シロイが会いたがっていたぞ。子供に会わせてあげたいって。同じくらいの歳じゃないか?』

『………。』

『…女の子だから気が合ったらいいな。』

カフラーが笑うから、チコも笑う。


初めてチコの笑顔を見たカフラーも周囲も、チコを見た後に思わず目を見合わせた。




…………




どんどん、どんどん世界が変わる。






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