30 この愛はノーカウント
シグマはチコに言いたい。
「何言ってるんですか。キスするからさっき世界が大混乱していました!」
「………?」
少し戸惑ってチコは思い出す。
「……ああ?お前らそんなんで照れるのか?子供なのか?」
「…………。」
ファーストキスではなさそうだと安心する、主に大房民。
「でも、チコさんに言われるとなんか悔しいっすね……。」
「分かる。チコさんに言われたくない。」
「多分チコさんは、キスをしたことがあっても深みを知らなさそうだ。」
「あ?まだなんか言いたいことあるのか?」
いらぬことを言い出す下町ズにチコはムカつく。
「深みって何?」
ジリが聞いてしまう。大房民だって知らない。
「いや、俺も知らん。恥を忍んでいえば昔別れた彼女に、あんたのキスではどこにもイケないと言われた。」
「かわいそうに………」
なぜかラムダが憐れむ。
「え?どこに行くの?キスで?」
ジリは何も分からない。心の純粋な大房民などいないが、女性の望む細かいとことなど分からないのである。
そしてシグマは、自己紹介をしなければならない理由を話した。
「新規河漢民や一部メンバーがあなたを男だと思っていて、大混乱していました。」
「…………」
また、少し考える。今、チコは髪をキャラメル色に染めているので、普段から姿がぼやけてはいるが、議長夫人と分からない者もいただろう。そして言わんとしていることに気が付いた。
「ん?………あ?どこをどう見たらそういうことになるんだ!」
「俺たちも何が何だか分かりませんでしたが、新規メンバーはもっと素直に勘違いしていました。見境なく女性をナンパしている生意気そうな軍人がいるのに、なぜ自分たちはナンパも禁止なのかと。」
「……お前ら本当にアホだな…。」
サダルとキスをしているのに何を言っているのか。
「いえ。混乱を招いているのはあなたたち御夫婦です。」
タウは口が過ぎるシグマを止める。
「おい。これ以上余計なことを言うな…。」
夫婦らしくないサダルとチコも問題ではある。
「それにしても、議長はキスとか何がしたかったんでしょうね!」
話を蒸し返されて、チコはイヤそうだ。
「いい夫婦の日だったとか?」
「接吻の日とか?」
「接吻って言うな。生々しい……。」
「他の人がキスするより、あの二人がするというのが恥ずかしいのはなんでだろ?」
みんながぼやいている所に現れる問題児。
「ノーカン!それはノーカン!!」
仕事が終わって駆け付けたのはファイ。
「あ、ファイ!!お前!!」
怒るチコに、もっと怒ってファイはチコの前に来る。
「『お前』って言わないで!傷付く!怖い!」
「何が傷付くだ!!ファイ、お前だろ!!だいたいノーカンってなんだっ。」
「え、ノーカウントの事ですけど?」
「貴様…。」
「まだ43回も残ってたのに、口でなら3回でいいって妥協したでしょ?それでも嫌だって言うから、アーツの前で口と口なら1回に凝縮してあげるって………」
ブリッコ気味に言う。
「……ならもうしたから終わりだな!」
うれしそうなチコ。
「絶対ダメ!せっかくアーツの前なのに河漢って…。しかも私がいない時って………意味ないじゃん!!この動画、チコさんの顔しか映ってないし!」
どうやって入手した動画なのか。サダルは頭しか写っていないし、チコも微妙に一部見えるだけだ。
「…………。」
みんな呆れている。ファイだったのか。しかもなぜそんなことが。
「お前、何がどうなったらチコはともかく……議長とそんな約束ができるんだ?」
サルガスでもそんな約束は取り付けられない。
「フン!何だっていいじゃん!せっかく夫婦仲を世間的にも取り持ってあげようとしたのに………。私、なんにもおもしろくない!!」
「…なんでファイのためにそんなことしなくちゃいけないんだ……。」
「私のためじゃない!世間の評価のためだよ!」
でも、アーツの前でするよりユラス人の前でした方が意味があるので、良かったのではないかとみんな思う。ただ、サダルやチコの元々の身内や味方が多いので効果はいかほどだか。
「チコさんって、情緒のカケラもないし!パイラルさんもそう思いません?」
「え?」
「キスしたところで、色っぽさもかわいらしさもない!リギルの動画を打ち破る夫婦愛を見せてほしいのに「は?今、蚊に刺された?」くらいの顔しかしない!ほんと楽しくない!」
「………。」
これこそ言い過ぎではないかと、周りのユラス兵たちが青くなる。議長のキスを公衆の前で「蚊に刺された」とな。
「つうか、リギル。あいつ動画消せよな。」
キファがぼやく。リギルは1つも動画を削除していない。ただ、新たな内容でいくつか更新はしている。今は休載中だが。
バン!
と、そこでファイはサルガスに書類で叩かれた。
「フゲっ!」
「お前、言葉が過ぎるぞ。人前でそういう発言はするな!」
「だって~!」
「だってじゃない!」
「待って!」
そこでいきなり奮い立つのは、素直で前向きなオタクラムダであった。
「まだ発展途上なんです!」
「………は?」
「チコ先生の愛はまだ発展途上なんです!」
「………。」
サルガスは意味が分からなくて聞いてしまう。
「え?好きになる気持ちがってこと?」
「違います!それでは不足です!チコさん自身の中での異性を愛する気持ちです!未熟なんです!!」
「?!」
ユラス大陸のトップを未熟扱いするとは。
「僕は、シリウスを思うとそれだけでドキドキします!尽くしたい………。貢ぎたい………。
もう、触れることすらおこがましい………。触れたらとけてしまいそうだ………。」
ラムダは楽しかった河漢でシリウスとお茶をした時間を思い出す。貢ぐって、ただの消費者やん、とみんな思うがそれで満足な世界があるのだろう。何せシリウスモデルの、ハイスペックノートデバイスを買っている。
「………チコさんはこれから愛を知るんです!!」
「………」
「………。」
誰も何も言わない。というか、訳が分からない。
「…これから………。そう、発展形です!!」
発展形という、新しい用語が出てくる。
「チコさん、おすすめの小説読んでおいてくださいね!女性分野も網羅していますから、いくつでもご紹介できます!先のキスの深み意味も分かります。女性小説に答えは載っています。読書して下さい!
まずは気持ちを育てて………、それから議長とお時間を取ればいいんです!」
「………。」
さすがにチコもなんだか居た堪れなくなってきた。
「チコさん、ファイト!!」
と、ナンパ大房陽キャ民と夫婦のスキンシップ濃すぎユラス人の前で、年齢イコール彼女いない歴なのに何にも躊躇せずグッドサインを送るラムダ。
シグマすら驚く強心臓である。
「あ、どうも………。」
意表を突かれた顔でそう言って、チコはちょっとトイレにと出て行ってしまった。
ラムダがこんなに強烈な奴と思わなくて、知らないところで英雄になっていたのであった。
●シリウスとお茶をした日。楽しかった。
『ZEROミッシングリンクⅢ』17 シリウスとファクト
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