28 マルシクVSサダル …サダルVSチコ?
男は試合開始直後にすぐ動き出した。
腕をサダルより下に構えた男が一気にリーチに入る。
男がパンチを入れてきたが、腕でガードした。
「お、すごいじゃん。」
サダルは数発腕に喰らい少し弾かれ、さらに蹴りを入れられるがそれをそのまま流すように避けた。
うおおおおおーーーーーーー!!!!!!!
場外、もう何が起こっても楽しいしかない。
「あれ何?当たってないの?」
「…師匠のとこの和気道に似たのがある。技を流す。」
リゲルがつぶやく。
「ふ~ん。思ったより耐えてるね。」
チコが感心して見ている。
「でも、押されているし相手、余裕に感じ始めているかも。」
「……。」
相手は禁じ手が使えるので、試合を引っ張って恥を晒させてからダウンさせる方向に変えたのかもしれない。蹴り上げて一気に金的に持って行こうとするが、サダルが右腕を降ろして蹴りを抑える。
おおおおーーーーー!!!!!
おしいーーー!!!と、観衆楽しくて仕方がない。
とたん、前方からサダルの横に入った男は、髪を引っ張り後ろから頭を固め、足で腰下も抑えた。そして腕で首を絞める。
いけーーーーー!!!!!
と、会場から声が響き、これはヤバいと「ヤバい、マジか、スゲー」しかボキャブラリーのなかったアーツ主に第1弾と、似た者同士の河漢メンバーがさらに声もなくしそうな時だった。
バヂン!と閃光が走る。
「うおっ?!!」
「は?」
男がひるみ、周りも驚く。
その隙にサダルは後ろにいる男の腕を掴み、自分の首に絡んだまま前方に投げた。体が舞い、
ズダーン!!と、衝撃が響く。
そして、サダルがバッと体を起こし男の腹めがけて何かを放つ。その瞬間、明らかな光が見え、さらにサダルの周りに光の輪が一瞬できた。パスっと腹に光が入る。
「なんだ???」
「光?」
「??」
寝転んで、起き上がらない男に周囲が騒めく。
「ただの光じゃないのか?」
「ガン系持ってたとか?スタンガン系?」
さすがに武器はアウトだ。
男の方は暫く立ち上がらないので、審判、一応少し待つということでカウントする。
スリー、ツー、ワン………
「ウィナー……ユラーーース!!!!!」
と、審判の声が響き、
うわああああああああーーーーーー!!!!!!!!
と、再度会場が盛り上がり、大喝采で終わった。
ポカンとしているアーツ。
「……もしかして、議長も響さんみたいなことできるの?」
キファが小声でリゲルに聞くが、響のサイコスは現実に見える光は出ない。ただサイコスの小技も既存パワーの応用の産物ではある。
「……いや。ただの電気系サイコスだな。」
「うお!レサトいたのか!」
後ろからひょこっとレサトが顔を出した。レサトは響の力を知っている。
「議長も使えるんだね。」
クルバト、楽しい。ノートに書くことが増える。
「ここにいた間、俺やカーフに習ってたから。」
「……レサトが議長に教えてんの?ヤバい…。」
「先のは光だけ?」
「相手が立てないのは、電気も入ってるからだと思う。多分表面でバチっとさせただけだと思うけど。2破目のは何だろ?光しか見えなかったけど。パフォーマンスかな?」
「サイコスって………ある意味一番の禁じ手じゃね?」
考えてみればサイコス、卑怯であった。
まだ放心している男に手を出しサダルは立たせた。
「………。」
歯向かうかと思ったが、男は素直に助けを借りて上半身を起こし、目をパチパチさせた。
「………今のがサイコスか?電気?」
「そうだ。悪かったな。」
「………早めに決着付けとけばよかったな……。」
男が残念そうに言った。ユラス議長を公で堂々とぶん殴れるなんて、ユラス人でもなかなかチャンスがないのに。ユラス人など恐ろしくて髪を引っ張ることもできないであろう。
サダルは、不審に思った河漢のセコンドやメンバーに小型武器を持っていたか聞かれるので、手の上に軽い電気玉を作って自ら作っていると証明させた。
「おおお!!!!すげー!!」
「俺らもできますか??」
「習えば力が発現する者もいる。」
「マジかー!!」
「今の河漢の奴にもいるんすか??」
「3人ほどだな。」
「うお!スゲー。」
河漢は南海に比べて発現者が格段に少なかったが、霊性が開ける者はちらほらいる。会場は祭りかというざわめきだ。
席ではチコが驚いていた。
「あんなに持ちこたえるとは思わなかった……。最初に一撃入れられたら終わりだろ。」
「だったら、最初にサイコスを放ってしまうつもりだったんでしょうね。」
武器ありなら兵役しているユラス人の方が格段に強いだろうが、正直アセンブルスも少し心配ではあった。
「議長は、メイジスたちに手慣らしを受けているから、そこまで弱くはないと思いますよ。」
ガイシャスが教えてくれる。
「は?それ、普通にできる方だろ!」
サダルの側近たちは、元海兵隊トップや元特殊部隊など先鋭ばかりだ。
「チコ、そんな事も知らないのか?それはダメだろ…。」
サルガスも思わず寒い目で見てしまった。相手以上に仲間の持ち手を知っておくのは当たり前に重要であるのに。
前線にいた昔はともかく、捕虜の期間にサダルはとっくに引退したとチコは思っていた。でも、妻なので一応言っておく。
「頭がいいのは知ってるぞ!」
それは世界中知っている。
「名前は?」
サダルは男に聞いた。
「マルシクです。」
「マルシク。河漢をよろしく。私は仕事があるのでここを出る。メイジス、行こう。イオニア、ここは任せる。」
「あ、はい…。」
しかし、アーツにはアホが多いことを忘れていた。ファクトだけではないのだ。
「ぎちょー!!ユラスに帰るんですか?」
シグマがサダルを止めた。
「……。」
もう会場から出ようとしているサダルが振り向くが、答えたのは側近だ。
「そうだが?」
「ちょ!それはないっす。」
「…?」
「ご夫人に何の挨拶もしないですか??」
「ご夫人?」
サダルは一瞬自身の妻の話だと分からない。
チコの関心は既に新しい河漢駐在メンバーたち。サダルを見送ることもなく、かわいい女子たちに話しかけていた。
「何だあれは。ナンパか。」
タウは呆れる。
それを見て部下ではなくサダルが、
「また、すぐ会えるだろ?」
と、めんどくさそうだ。
「今日はユラス人の集会でもないし、メインはアーツだ。この雰囲気のまま静かに引いた方がいい。」
しかし、シグマはみんなが思う以上にアホなので言ってしまう。
「それはないっす!!それとこれは別です!ベガスに家族持ちを定着させたかったら、ベガスの創設総長ご夫婦、象徴的あなた様方が仲良しでなくてどうするんですか??」
「は?仲は良いぞ。」
しかし、ここだけ部下たちの間にも気まずい空気が一瞬流れる。
カウスもフォローしないどころか落とす。
「そういうのは、カストルご夫婦やエリスご夫婦で体現しているので、大丈夫ですよ!ウチも仲いいですし!」
「………。」
意味の分からない河漢メンバーや新規駐在ユラス人と、何も言わないそれ以外。もう、シグマを上回るアホのローすらフォローしてくれない。
「………」
相変わらず無表情で仕方なさそうに、河漢民や女子のいる方で楽しそうなチコの方に行くサダル。一応シグマの言うことに応えはするようだ。
そんなやり取りも知らずにこちらは盛り上がっている。
「そうか、シルバスは河漢に入るのか……。惜しいな…。私の護衛に入ってほしいのに。」
「多少は持ち回りになりますので。」
「チコ様って、聞いていたイメージと随分違うのですね…。会話はしないって聞いていたのですが…。」
「え?そう?話すのは苦手だけど、人が増えるのは嬉しい!」
女性に囲まれて、活き活き楽しそうである。
「チコ。」
「はい?」
意外な声に振り返る。
サダルが呼ぶと、周りのユラス人が一歩下がって礼をし静まった。周囲の河漢民は、サダルの登場に騒めいている。
「私はユラスに戻る。」
「……え?はあ。」
「帰る。」
「……はい。そうですね…。」
だから知ってるけど……他に予定あった?という顔をしている。
「チコ様……、こういう時は挨拶です、御挨拶!」
パイラルが小声で伝えた。
「は!いってらっしゃい。お疲れ様です!」
「………。」
「………。」
この騒めいた河漢の会場で、ここだけ変な空気が流れた。
「もはや風流だな。」
シグマもフォローのしようがなくて遂に壊れたことを言い出した。大房の子供ですらもっとにこやかなお別れができる。
「ファクトに何か伝えることは?」
「あ!あいつ…。変なことを言うと逃げるから、お土産買ってこいとだけ言っておいて。」
「……分かった。」
「ファクトの事だから、もう戻って来てたりして。」
ファクトなんてどうでもいいのにと思う皆さん。
「…元気にやれよ。」
「……あ、はい。そちらこそお体に気を付けて、よい日々をお過ごしください。」
手紙か。どこまで遠方に行くのだ。
「あ、パイラル………」
それからサダルは周りを見渡して、さらにシグマたちも見る。
「証人になれよ。」
は?とみんな思う。商人?証人?
「まあ、無理はしないように。行ってくるな。」
と言って、サダルはチコの腰を軽く引き寄せ………
その唇にしばらくキスをした。




