26 河漢VSユラス
彼女は強い、弱いとか強いとかいうレベルではなかった。
周りの男性に比べれば、細く見える女性。
シュンッ!とキックの後フックが一発入って、既にチャンプはぶっ倒れていた。
ミコラルという女性は最初にその場から踏み出し、それから一歩しか動いていなかった。その一歩はキックで側頭部に入っている。
全体がシンとし、河漢の審判役が、
「ウィナー、ユラス!!」
と言うと、会場が
うわあああああああーーーーーーーー!!!!!
と沸いた。
相手の油断あってこそだろうが、それでもたった二発で撃沈。おそらく、最初の一撃がキレイに入ったからだろう。レスキューが駆け寄りメットを外してチャンプの状態を見ている。
うおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!
と沈まらない会場。
そしてガイシャスが言う。
「次、シルバス!」
名前まで全体には聞こえないが、また女性が出てくるのでさらに会場が湧く。今度の女性は少し体格がいい。
異様な雰囲気にサルガスやタウたちも放心だ。
「いいのか?これ、放置して。」
「ハハ……」
河漢のイユーニも笑うしかない。あまりこういう環境に来ないゼオナスは完全に引いている。
「誰が出る?」
「俺が行く。」
そこで河漢側から出てきたのは、その友人らしい男。こちらは、先の男よりはさらに体が大きい。今度は最初から油断しないでかかるだろう。
「女性だから顔面は遠慮してやってくれ。こっちもやめとくから。」
そうガイシャスが言って、相手がOKすると始まる。
が、こちらも予想外に早く決着がつく。
勝者ユラスである。
うわああああああーーーーーーーー!!!!!!!
会場は大盛り上がり。
まず、スピードが違った。そして、想像上以上にシルバスのキックが重い。何度か蹴りを入れて、場外な席にぶっ飛ばした。
「ユラス軍こえーな。」
河漢の既存メンバーもビビっている。女性にもこれだけパワー系がいるとは。しかもここは本陣でない他国への派遣員だ。それでも、ガチのアウトローとガチの軍人ではガチのユラス軍の方が強かった。
しかし、誰も知らない顔だ。
「でも、ユラス軍……見たことない面子だけど…。」
「新規の第2陣だ。」
サルガスは一応河漢入植の事情を聞いている。ガイシャスたちの次の陣だ。
「じゃあ最後。これで勝てたらお前たちの要求を飲もう。何かあるか?」
「………」
楽しそうに考えて1人の男が言った。
「じゃあ、もし勝ったら今後の教官は全員女で。」
ワーーーーーーー!!!!!
男が言うと、会場中が大喝采に包まれ、それをその男自ら楽しそうに静めた。
これだけきれいに負けても、まだそんなことを言うのかとアーツさえ呆れる。
「分かった。では、お前らから挑戦者を出せ。」
「………。」
既にもう説明会ではない。時間は測っていないが、完全に三分戦状態である。
「え?そんな安請けいしてもいいんですか?万が一向こうが勝ったら……」
こんな成り行きで始まったことに、そんな約束。タウが信じられない顔で見ている。
「カウスさんかチコさん行ったら?」
「それこそ禁じ手だろ。」
アセンブルスがサラッというので、ユラス。悪乗りしているのか……とアーツは心配になって来る。
「まあ、負けたら私が教官に入ればいい。」
チコが真顔で言った。
「俺が出る。」
河漢側からはこれまでで一番筋肉の締まった男が出てきた。180越えるか越えないか程の背で、無駄に太くなくバランスがいい。
「お、きれいな体してんな。肉付きもいい。」
チコが言うので、みんな反応してしまう。チコでもそんな風に思うのか。
「最初のと違う賭け場のチャンプです。」
アセンブルスが説明する。
「ほー。」
ちなみに一定の規則を守れば、アンタレスでは賭け試合は許されている。
「………。」
こっちは誰を出すか考えていると、また最初の女性が手を上げた。
「少佐、私が行きます。」
ミコラルである。
そのままフロアに出てしまうミコラル。
「おいっ。大丈夫なのか?」
イオニアが止めようとするが、ミコラルはガイシャスに許可を求めた。
「…いいだろう。行け。」
うおおおおおーーーーーーー!!!!!!
姉ちゃーーん!!いけーー!!!!!!
と、また歓声が上がる。
「動物園かよ。」
タウが呆れるが、ローやシグマは楽しくなって、一緒に歓声を送っていた。
「あの女、軽そうなのにキックがえぐいぞ。」
「大丈夫だ。こっちもスピードはある。」
「最初から油断すんなよ。」
河漢側が何か話している。試合慣れしているのか、セコンドや選手など河漢はすぐにチームを作っていた。
全体を眺めるチコ。ついでにイオニアも眺めておく。
「………何すか?」
「お前………」
「……?」
チコは少し考えて、思っていたこととは別の言葉を切り出した。
「試合出るか?」
「は?格闘技専門の男どもに対峙できるわけないっしょ。嫌っス。」
「今なら、十分行けると思いますけど。」
隣りからアセンブルスが言う。
「……マジっすか?」
「Aチームなら行けるだろ。怪我はするかもしれないが。」
「……嫌です……」
そして試合が始まる。ミコラルはやはり無表情のままスタートした。
だが、今度は構える。
「レディー……GO!!」
少しお互いに見合い、ミコラルの型を定めたチャンプが一気に来た。
が、ミコラルは相手のパンチを右で受け、左でその打ってきた腕に一発入れる。ミコラルの両腕に挟まれるようにチャンプの腕がきしむ。
そして、見えないほどの動きだった。チャンプが次を仕掛けるよりずっと早く、ミコラルが右で横蹴りを入れる。そしてもう一発蹴りを入れる。その後はパンチの連続。
これはヤバいとレフリー役が止めようとした時だった。
チャンプ膝からが崩れ、地に足を着いた。これ以上は危険だ。右に少し揺れる。
「ウィナー…ユラスーーーーーー!!!!!」
わあああああーーーーーーー!!!!!!
二人とも拳は簡易ブローグ。メットに胴部はプロテクター。足は素足に膝から甲までの簡易サポーターだけだ。
「え?これって普通の話ですよね?」
ローがちょっと信じられない顔をしている。
「いきなり魔法とか出てくるファンタジーじゃないっすよね?」
「本当に強化義体じゃないんですか?」
「足に、反則モン入れてね?」
「私の従妹です。かわいいでしょ?」
横から嬉しそうに言うのはカウスである。
「はっ?」
「上の伯父さんちの末っ子です!」
「………。」
黙る皆さん。
カウスの上の伯父さんはオミクロン族長家系である。古代から将軍の将軍の………ずっと………かは分からないが、とにかく武将だったらしい家系だ。数千年滅びることもなく体を鍛えてきた、中央大陸の豪族であった。
「…こう……、最初に躊躇なく殺れ!とアドバイスしています。男のマジ蹴りが入ったら、一発でダウンする可能性があるから、先に殺れと!」
ニコッと楽しそうなカウスを横切るウワサの従妹。
「ミコラル~!勝利祝い、何がほしい?!」
「………」
楽しそうに前に出て言うが、無視されるカウスであった。ミコラルはその後ろのチコとサダルに膝を付いて礼をした。
「議長、お久しぶりです。チコ様、はじめてお目に掛かります。ジル・オミクロンの娘、ミコラル・オミクロンです。」
「初めまして!わあ!かわいい子がまた増えた!」
チコが喜ぶので、みんな引いた目で見ている。確かに顔はスッキリしてきれいだが、総合して全くかわいくない。一発であの世を垣間見れそうだ。
「いい。ミコラル。ここは河漢アーツに仕切らせている。挨拶はまたでいい。」
「はっ。」
その様子を見ていた河漢民たちは、ミコラルが立ち上がると、
「姉ちゃんすげーーーー!!!!」
「うおーーーー!!!!!!」
と、また盛大な拍手に歓声を送った。そして、ミコラルは会場に礼をして下がる。
「ミコラル~。お兄さんを無視しないで~。」
全然相手にしてもらえない、かわいそうなカウスである。
しかしここで奇想天外な話になってしまった。
「あれって、ユラス議長じゃね。」
誰かがつぶやくと、周りが騒めき出した。チコの後ろで眼鏡を掛けたサダルに注目が集まったのだ。
「ここに来る前に動画で調べてたんだけど、長髪であんな感じだと思ったけど…。」
リギルの過去動画を見てきたのだ。彼らの下調べ、調査はその程度である。なお、ここにリギルはいない。
「………。」
サダルも自分が注目を集めていることに気が付いたらしいが、何も言わずに無視をしてまた資料を見ている。
しかし、河漢民の誰かが言ってしまった。
「ユラスぎちょー!!一試合お願いしまーーーす!!!!」
「?!」
「!!」
驚き過ぎる皆さん。
最も呼んではいけない人の名前である。




