19 妻に
今回一番重要だった、セイガのアジアラインの共同協定決議が締結され、一旦全員が一息した。
しかし、大きな立場の人間たちにとっては、これからがさらに協議である。
最終的にサダル議長夫妻とその側近、エリス総長夫妻、デネブ牧師。アリオトを含むガーナイトのトップと、タイイーとその側近だけが残る迎賓館の奥の談話室。
サダルの側には、アセンブルスとメイジス。カウス、ガイシャスが護衛に入っている。
協定が結ばれても、タイイーの父や兄弟の政権はおそらく快くは思わない。それに関する大まかな対処を確認しあい、一旦今日の話に区切りを付け、新しいお茶が淹れられる。
タイイーが和やかに話しだした。
「お二人仲がよろしいですね。」
エリス夫妻の事だと思い、ただニコニコ笑っているチコ。
「チコ。…………チコ!」
「はい?」
「あなたのことですよ?」
エリス妻が教える。
「はい??私もエリスご夫妻は理想のご夫婦だと…。」
「………。」
みんな呆れてチコを見る。
「違います。チコとサダルが仲がよろしいと…」
笑みを崩さずにデネブが言う。
「いつも手を握っていらっしゃるので…。」
タイイーがやんわり説明してくれた。
「へ?は?あっ!!」
サダルと手を繋いでいたので、思わずバッと手を離す。
「…。」
どうしようもない目で見ているだけで、サダルは無反応だ。そう、デネブに隣同士で座る時は絶対に手を繋いでいるように言われたのだ。チコはそれどころではないので、サダルが約束を守っていた。
「しおらしい娘でして…。」
デネブが笑う。
「……あの、それで皆さんにお話があるのですが………。」
タイイーとその側近が姿勢を正した。
「………はい。」
皆がタイイーに注目する。
「ここで朱の話は大丈夫でしょうか?」
「っ!」
「?!」
朱。『朱』ムギのことである。
みんなお互い顔を見渡す。アリオトも頷いた。
「……大丈夫です。」
エリスがゆっくり言った。
アリオトが尋ねる。
「彼女をお知りで?」
「…うわさは聞いています。今回巫女殿を送るのに一躍買ってくれたとも。商行の方たちがそう言っていました。それで我々も巫女殿に頼ったのです。『朱』と交信ができるのでしょうか?」
「ここではみな彼女のことを知っているし、連絡も取れる顔ぶれです。」
ガイシャスのみ詳細を知らされていないが、ガイシャスに知られても問題ない。
「彼女がアクィラェの亡命を助けたり、他のアジアラインのいくつかの引導をしたのを知っています。」
「……。」
みんな聴き入る。
「彼女に会いたいのですが……。」
「本人に?多分本人は顔を広げることを望まないと思います。我々も、好き勝手はできません…。」
「………繋げていただくことは可能でしょうか?」
「我々も人を介して話しています。それではダメで?」
それでもタイイーは問いかけたエリスに向かって真っ直ぐに言う。
「直接会いたいのです。」
「………。」
みんな困った顔をしていた。
「ご理由を聞いても?」
「……。」
「彼女を………」
「…………」
「彼女を妻に迎えたいと…。」
「!」
「っ?!」
「…妻?」
「…へ?」
さらに間抜けな顔をするのはチコ。思わず頭からルバがズレる。護衛としてカウスらしからぬ休め不動をしていたカウスも、思わず素に戻っていた。
固まる一同であった。
***
その夕方、ファクトは大房に来ていた。
現在ベガスが超重警備態勢でシリウスはベガスに入れない。それなのに届くシリウスからのメール。
『ファクトのバカ。ファクトのバカ。ファクトのバカ。ファクトのバカ。』
と、10回もメールが入って来た上に電話まで来たのだ。
「なんだ、この壊れたストーカーアンドロイド。」
ドン引きのファクトは考える。緑の花子さんシリウスになってからこの調子だ。
仕方なくジャミナイの大房のジャンク屋まで出向いた。
その電話に呆れたムギも、また問題を起こしそうだと付いてくる。リゲルも従兄の店だしと、念のため一緒に来た。
「おう!アホファクト!!なんで緑ッコが勝手に動いているんだ…。」
ジャミナイの地下室に行くと、店の常連のように花子さんがカウンターに座っている。
「ファクトー!」
抱きつく花子さんに、ゾッとした顔をしている人間たち。
「わ!シリウス!離れろ!!」
ムギの言葉にジャミナイがさらにゾゾっと引いた。
「え?やっぱシリウスなのか?」
どうしたらいいのか分からないファクトはとりあえず引き離す。
「やばい。壊れたの?SR社に連絡する??」
「ダメ!この体につられてしまうの!!」
シリウスは楽しそうに笑った。
「あの体より、ファクトと仲良くなれるわ!こっちの方が気が軽いの!」
何の社会的重みも、高性能もない昔のジャンク品だからであろう。
「はあ?引きまくっているのに!!」
ムギが怒ると、またあの時みたいに「べー」とする。
「………。」
ムギは、私の方がこんなガラクタより大人だ…と、どうにか我慢をした。
「ジャミナイ。この前回収されなかったのか?この機体。」
「知らん。いろいろ調整だけされて返された。」
「………。」
やっぱワザと泳がしているのか………とみんな思う。
「絶対コピられたり、いろいろ着けられてるよ。」
「ヤベー。全部監視されてんのか?」
ファクトが改めて聞く。
「何で呼んだの?」
「会いたいから。この前みたいに、夕方の街を歩きましょ。」
「この前?」
ムギがファクトを見る。
「フォーラムの時?」
「そう!」
フォーラム会場の敷地を歩いた時だ。
なぜか夜景がきれいに見えた、あの時。
街が全てを輝かすように。
「じゃあそれ歩いたら、終わりにしてくれる?」
「終わり?」
「これでおしまい。散歩はしない。」
「………。」
瞳を大きくして、悲しみに驚く花子さん…。
「……どうして私は、アンドロイドに生まれたのかしら…。」
「………。」
憂いのある表情に男たちはしんとしてしまうが、ムギはバカなの?という顔を強く向けた。
「そうやって絆すんだな。本性が出てる。」
「でも、ベージンに仕掛けられるよりはいいでしょ?」
「?!」
突然、花子さんは確信に迫ってしまう。
「ベージンは内側から全て落して行こうとしてる…。」
「………。」
「……モーゼスは人間を内側から落としていくの。
とくに男性は体が先に来るから………落としやすいもの……。欲望にすぐ食らいつく…。」
「………。」
花子さんはそう言って笑った。男一同ビビりまくる。
「男はすぐに落ちるでしょ?
女はそこに心があるか一旦考えるから。」
「………」
いきなりとんでもないことを言うシリウスに、固まる人間たち。
「実際、保守の人間だって欲や嗜好にすぐ堕ちるんだよ?」
「大丈夫?ベージン仕様になったの?」
思わず聞いてしまうファクト。
「ひどいのね。私は誰とでも関係を持つ方便な女とは違うわ。ファクトだけが好き!」
「…。」
すぐ落ちると言われた男たち。アンドロイドにこんなことを言われ、自分の男性的部分に怯えるどころか、ここにムギがいることに何かが縮む。どう考えても早熟には見えない女子がいるのに。
「あの、シリウスさん。ここ、未成年もいるんで会話を自主規制してほしいのですが…。せめてオブラードに…こう。」
世の悪を地下ワールドからほくそ笑んで覗いていそうな顔のジャミナイが、風紀員みたいなことを言っている。
「ものすごく包んでいますわ!モザイク掛けないでいってみる?」
「え、やめて下さい。」
「世界最初の博愛のアンドロイドのコンセプトを、こんなジャンク屋でひっくり返さなくても…。」
小型宇宙空母並みの予算が掛かった機体なのにと、無口なリゲルも言ってしまう。
「あら?私は博愛主義よ。でも、家族愛や兄弟愛、隣人愛と男女の愛は違うもの。
世界の全ての愛は共有できるけれど、唯一共有できないのは男女の愛であり夫婦愛。私も人間により近い思考性を持ったアンドロイドだから、それを求めてもおかしくないでしょ?
えっと、前にこの話、誰かともそういう話をしたんだけど…誰だっけ?」
この機体のせいか、シリウスでも把握していないことがあるらしい。記録から外れてしまうのか。
そして、緑の花子さんはさみしそうに言う。
「でも、ちゃんと分を弁えているから…。
好きでいるだけでいいの。それが楽しいから。」
「…。」
男性陣、言葉がない。恋愛ごっこがしたいのか。意図が分からない。それとも意図など何もないのだろうか。
一応言っておくジャミナイ。弟たちを守らねばなるまい。
「あの…。相手の迷惑は考えないのでしょうか?男女の愛は二人の意思があってこそだと思いますが…。」
こんな街の一角の地下の小さなジャンク屋。こんなところで、世界的問題を起こさないでほしい。SR社の筆頭アンドロイドは政府も関り、経済にも関わっている。間違いを犯したら、世界がひっくり返ってしまう。またあの、怖い軍人さんたちに来てほしくない。
ファクトもコクコク頷く。だから、なぜ自分なのだ。
世界中には全財産をはたいてもシリウスを手にしたい者はたくさんいるだろうし、自分よりもSR社社内の人間の方が確実に優秀だ。
実は研究員チュラもまだ未婚で、顔は悪くない。SR社のハイプレイシアの上に高給取り。ファクトより背も高い。だからと言って、お世話になっているチュラを犠牲にしたいわけではないが、自分ならチュラや他の社員を選ぶであろう。顔はジャミナイやリゲル並みに厳ついが、シャプレーだっている。
玉の輿の宝庫なのに。




