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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第四十四章 天の締結

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16 装束




『私、自分の言ったことに責任が持てないかもしれません。

大事な話があります。そのうち…………』



職場のリフレッシュルームで、デバイスに入ったメッセージをタラゼドはじっと眺める。

響からの直の電話はずっとないし、タラゼドからも声を掛けていない。一昨日、このメッセージが来ただけだ。

怪我のことは気になるが、ファイが大丈夫だと言ったので響から連絡がない限りそのままにしている。何が機密か分からないのと、響が言わない限り待っていてほしいとファイに言われたからだ。


「誰だ?あのボブの子?」

上司の松田が興味深そうに聞く。

「………。」

答えずに背もたれにダレるタラゼド。


「結局、ロングとボブの子は同じ子なんだよな?藤湾大の先生?」

「そう。でも今、先生職は休業中。学生さん。」

「河漢の仕事も落ちついてきたし、会いに行ってやれよ。フラフラしてると壱季いちきに勘違いされるぞ。」

ニカニカ笑う松田上司。壱季はタラゼドのことが気になる事務の女性である。

「壱季さん?そういう話好きなのか。意外だな、ウチの妹みたいだ……。」

「…………」

この男は全然分かっていないと松田はおもしろくない。



河漢事業に関わり河漢民受け入れ要請を受けている会社は、河漢民の流入のシステムをどうにか作り上げ、その扱いにやっと慣れてきた。


河漢自体に第二警察である軍上がり並みの特警がユラス軍と共に入り、業務怠慢や盗みなど容赦なく取り締まる雰囲気を作り上げている。河漢警察はほとんど根腐れしているので、これまでスルーだったことが許されなくなり、始めは警察署も刑務所も逮捕者だらけで仮施設が作られるほど大混乱であった。


なお悪質なもの、指示に従わない者は警察署の留置所ではなく、もっと恐ろしい場所に行くというウワサである。


そのウワサによると、オリガン大陸やサウスリューシア大陸の刑務所並みにひどい、立ってしか生活できないところで、一応便器は桶ではないが敷居がない所に詰められる。オリガンよりいいのは檻ではなく一応部屋である。あけっぴろな檻と密閉空間ができる部屋とどちらがいいのか分からないが、とにかく檻ではない。

髪もまともに洗わない、歯も磨かず歯周病でボロボロ、洗わない手でアソコを掻き、紙がなければケツも拭かないような自分たちと似たような者と寿司詰めで入れられる。考えるだけで地獄である。


勝手に部屋に番を張ろうものなら、総番長に吊るし上げを食らう。ラスボスだろうか。

逆らおうが看守には相手にもされない。Aクラスニューロスなど簡単に殺れる裏部隊が控え、人権度外視のかなり軍事込みで恐ろしい対応しているらしい。


……という、あくまでウワサである。



VEGAや各組織もアンタレス行政と共に、河漢全域の再生教育を急いでいるが、中年層以上も多いため言うことを聞かない。問題ありとみなした人物は、こちらも容赦なく施設に詰め込んでいるらしい。


逆に、伸びしろのある者はどんどん教育をしていく。それがVEGAのやり方だった。一般的なモデルはできているので、現在は警備を立て、河漢住居地区にも臨時の幼稚園や学校を運営している。


ただ、まともな住人や人材を引き抜いて行くと、その後が無法地帯になりやすいのでバランスも大事だった。人を育てながら、人をまた戻し活動範囲を増やしていくのだ。




***




「わー!!チコさんってやっぱり黄色が似合う!!」

初めてチコのマンションに招かれて、リーブラやファイ、ライたちが喜んでいる。


そこでは行事前日入りした、カーフ母のカイファーがチコに絹織物を当てていた。

チコは半死の顔で立っている。


「チコ様、化粧が綺麗に乗らないので、いい顔をして下さい。シワを作ると拠れますわ。ミナリが困っています。」

カイファーはズケズケ物を言う。まだメイクはしていないが、化粧道具を整えているお付きのミナリが笑った。


「へー、ユラスの上着って本当に帯を巻くんだね。襦袢(じゅばん)も着ないんだ…。」

「襦袢?」

「東邦アジアの肌着や見せ襟にもなるものです。」

「夏ですから。昔はブラ代わりの物も当てなくて、胸部分を二重にして柄を出していたんです。」

「それが半襟や襦袢の代わりになるんだね。」

「ユラスは広いので全土で全然衣装が違うのですけどね。これは中央南の物です。」

着付けをしているユラス人女性も服飾に関わっているらしく、ファイたちと盛り上がる。


当の本人は、全くもってまな板の上の鯉。着付けに何の希望も意見もない。ただ、最後に覆い用のルバだけはくれと言っている。そこだけはいつも欲深い。


「チコさんって、思ったより胸があるんだ……。」

「は?」

チコはリーブラにかったるそうに答える。紐の無いキャミのチューブトップを付けているが、胸があるのでどう巻いたらきれいに見えるか苦戦している。固い帯だと巻き方に困るのだ。

「毎回………チコ様には悩みますね……。布質によるけれど寄せるか潰すか……」

「寄せるか潰す…。」

しょうもないファイが、しょうもないことを考えている顔をしている。


「もっとすごい筋肉質かと…。鍛えたら胸ってなくなると思ってた…。」

ボーと見ているリーブラ。

「ホルモン治療もしてるからな。体質もあるし、鍛え方もあるし。動くことが前提だから。ただ筋肉付けても無駄になる。ニューロス化したところとのバランスもあるし、ある程度柔らかくしないと肉が切れるからな。」

「え?肉?筋肉?切れる?怖い………」

ファイが蒼白になっている。

「ある程度はウェアラブルで補うから、動きの方が重要だ。」

ウェアラブルは装着する身体の強化支柱だ。

「………。」

せっかく楽しい妄想をしていたのに、ファイがまだ青白いままだ。


「チコ様、そんな説明はいいですから。ネックレスとイアリングは何にされますか?」

「何でも…。」

着付けの話になると、力がなくなる。



「さ、早く!」

「………。」

そこに女性兵グリフォ、レーリオに連れてこられたのは、こちらも不満そうなムギであった。

ムギ母と姉、そしてムギの上の妹が大きめの包みを持って入って来る。ムギと妹以外はアクィラェの民族衣装を着ていて、女子たちは初めて会う面々同志挨拶を交わした。


ムギ~と、助けを呼ぶ顔をしているチコだが、ムギはムギで疲れ切った顔だ。

「え?ムギも?参加するの?」

みんなが驚く。


「ムギはアジアラインの一国の最後の巫女だったからね。それで呼ばれたの。」

ムギ姉が説明すると、みんな納得。

リーブラは最初にムギは蛍惑出身と聞いていたが、さすがに今はそうでないと知っている。どう考えても蛍惑ではムギのような子は育たないであろう。さすがの『僧兵の蛍惑』も、こんな小さな子が動物をさばけたりはしない。人前が苦手なムギが、改めて公の場で挨拶をすると言うので、顔が死んでいた。


このマンションは地下から直接護衛車に乗れるのでここに着付けに来たのだ。ムギ妹もここで衣装に着替えていた。


アクィラェの衣装はユラスの正装に比べれば、織りと刺繍が複雑なこと以外は簡単で簡素だ。そして襟周りは東洋アジアのように左上の合わせ襟。冬場は重厚なものを合わせるが、夏は軽い感じになる。



「チコ様、既にガーナイト一行が東アジア政府に挨拶を終えたらしいです。」

「マジか。」

「そういう言葉遣いはやめて下さいませ…。」


チコは出迎えをしなければならない。旦那が最初に来た時は無視をしたが、さすがに客人にはまずい。


「え?……どうしよう…。」

ムギ姉が焦る。

「ムギは後で大丈夫よ。彼らがここに着いて1時間は挨拶や協議になるから。」

カイファーが言うと、ムギ一家が安心していた。

今日は行事の挨拶と手順まで。ガーナイト、アジアの共同協定決議そのものは明日だが、本日は前準備と表には出ないムギへの挨拶になるらしい。マンションの護衛にはガイシャスが残るため、グリフォとパイラル、マーベックが一旦チコに付くて行くことになる。



「ただの巫女なのに~。」

ムギがなぜこんなことになったのかと焦る。なにせアクィラェの巫女は、何か生まれや試験で選ばれるわけではない。不思議な能力もいらない。

適齢期の子供で半分持ち回り感覚。自治体に頼まれて、いいよ~と親が了承すれば、多少の学びと時折ある儀式さえこなせるなら誰でもなれるのだ。しかも最後の方の選抜法は、ムギ以外適齢でアクィラェに長くいる保証のある子がいなかっただけだ。選抜どころか消去法である。他の対象すらいなかった。

元々移住する気はなかったのはムギだけだったのだ。



着付けが終わり、チコは迎賓館のあるミラの会議場に先に出発する。

「チコさんキレー!」

長いつけ毛が美しく編み込まれ、リーブラが喜んでいた。

しかし約束通り、着付けが終わるや薄い絹のルバを頭から被ってる。ガイシャスもみんなため息しかない。



一方、今度はムギ女家族が騒がしい。


「久しぶりに着せるって言うから、私すごく練習台になったんだよ。」

ムギより背の高い妹が、帰ってこないムギの代わりに着せ替え人形になっていたらしい。

ムギも装束をまとっていく。


「着る順番さえ間違えなければそんなに難しくないけど、帯の結び方が難しいの。」

ムギ母が話しながら重ねていく。普段の巻き方はムギにも出来るが正装は少し違う。

「これでいいのかな?」

ムギと歴代巫女の写真を見比べて見て悩んでいる。


「こんにちはー。」

そこに、ムギの一代前の巫女だった姉巫女の女性が入って来た。

「ナラお姉様!」

ムギが喜ぶ。

「ナラ、これでいい?」

ムギ母が聞くと、ナラと呼ばれた姉巫女は直しながら整えた。

「ムギは正装の着付けは覚えられなかったんだよね…。」


髪を降ろし、結い上げる。

ベースの化粧をして、アクィラェの紅で目の下と頬に筋を入れ、唇を整えた。


最後におでこに掛かる鉢巻のような頭飾りをして完成した。


「へー。」

とリーブラたちは感心して見ている。

「へー。」

記憶のある歳に正装をした覚えのないムギも驚いている。

「剣とかは?」

「そんなもの付けません。」

姉巫女が呆れている。

「え?そうなの?」

いつもナイフを携帯していたが、どうやらそれはムギだけの持ち物だったらしい。子供の頃から勝手に持っていたというだけだ。



完成したムギを正面からムギ母が眺める。


「ムギ……。」


そして、サッと耳横を撫でる。化粧をしているので顔は触れない。


ここに来た時から何も変わらないようで、少しだけ大人になった顔。


「お母さん…?」

姉も何とも言えない顔でムギと母を見た。


実は北メンカルでムギの心拍が止まっていたことは、弟妹以外のアンタレスにいる家族はみんな知っていた。戦時中の亡命のためと、ムギが特殊な位置にいたため許可が下りず、ムギの家族はメンカルにもユラスにもすぐに飛べなかったが、始めは最期の見送りか、葬儀でユラスに行く準備をしていたのだ。



ムギ母は衣装が崩れないように柔らかく、でもしっかりとムギを抱きしめた。




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