122 女の闘い?
夜、各チームごとのミーティングが行われる中、空気が淀むぐらい落ち込んでいる人がいる。
「チコさん。みんなのいるところで腑抜けになるの。ホントやめてくれませんか?」
机に伏せていると、いつもタメ口なのにサルガスがいちいち丁寧に言う。ここはVEGAや藤湾も含む総責任者たちのチームだ。
「だって……」
「チコさん…」
と、ミューティアが言いかけたところでサルガスが止めた。
「ミューティア、慰めなくていい。」
「…ひどい…。」
「みんな結婚していく………」
ムギの事以外はだいたい広がってしまった。案の定、グリフォとライブラも周囲が即!という感じで、今度の大イベントの後にすぐに結婚の祝福は貰えと言われてしまった。ただ、ライブラの相手はみんなまだ知らない。
「あなたが婚活を進めたんじゃないですか?」
「…そうだけど……。」
「みんなベガスに残る組なんだからいいじゃないですか。」
サルガスを恨めしそうに見ていると、お茶係でミーティングに参加しているファイが言ってしまう。
「もうみんなのことは放っておいて、自分の結婚生活を深めたらどうですか?何百回言われてます?」
もっと嫌そうな顔でファイを見る。
「ファイ、貴様。お茶係などいらんから、サッサと寝ろ。邪魔だ。」
「チコさん、自分のことになると逃げるのはやめて下さい!」
そこに現るのはある意味、今一番話題の人。
「あの、こんばんは…。医療班はどこですか…?」
会議室を見渡す響であった。
「医療班…?今、人数少ないから小さい会議室じゃね?」
「あ、はいありがとうございます。」
ミューティアや固まったまま見るチコに、響は笑顔で手だけ振って去ろうとした時だ。
「響先生!」
「あれ?……キファ君…。こんばんは。じゃ!」
「待って!響先生!!」
「…行くね…。」
「響センセー!ギリギリまで待ってますから!」
「…?」
響は、アーツ古参全体にまで知れ渡っていると思っていないし、キファがその話を持ち出しているとも思っていない。
「待ってます!」
「…え?」
「…待ってます!」
「………うん…。分かったけど行くね。」
何だろう、後で話しでもあるのかな?なんか約束したっけ?と考えながら響が去ろうとすると、
「姐さ~ん!」
と去り際に聞き慣れた声が響くので、響は慌ててドアの前を去った。
「え?分かった?分かったんですか?……待っててくれるんですか?」
キファの方が驚く。
「…よっしゃ!」
考えてガッツポーズをしておく。
チコも弱っているし、会場いたるところでざわめきが起きている。
「………。」
またしばらく響を出禁にするか…と考えるサルガスであった。
そして、響が歩く通路。
そこに現るのは少しキツそうな女性集団であった。彼女たちは医療班のいる部屋を確認しようとデバイスを構えた響の道をバッと塞ぐ。
「…あの………」
「ちょっと顔貸してほしいんだけど。」
アーツ第4弾の女子数人組であった。今回はいろいろな地域から女性が参加している。
そして、フロアの端に連れていかれ、少しイケている女性たちに壁際に追い詰められている、地味女の図が出来上がった。
会議室から出て来て、遠くでそれを見付けたクルバトとローは驚く。
「…あれ、大丈夫か?」
「…分からん。」
囲まれた響は女性たちの様子を確認する。大房とは少し違うタイプのイケてるお姉さんたちだ。倉鍵総合病院で絡んできた看護婦たちより少しギャル系で若い感じだが、系統は似ている。
「…何でしょう?」
「………。」
はあ、とため息がちな女子集団。
「なんか納得できないんだよね…。」
「ここの男どもは全員バカなの?」
「従順で素直そうなら何でもいいワケ?」
「…はあ…。」
全然ビビった様子もない響に、女性たちは関心を持つ。まあ、顔の形は悪くない。
「ねえ、あのうるさい男どもはあなたが好きなの?」
「…さあ……。」
「あんな子供っぽいのに好かれて喜んでるわけ?」
「はあ…、そんなことはないですが…。」
「あなた学生なの?先生なの?」
「…そうですね……。講師もしてたけど学生です。あ!皆さんは学生さん?」
急に響のテンポが変わる。
「私はそうだけど。企業のインターン抜けてきたの。」
「私は看護師。」
看護師の言葉に反応してしまう。
「わあ!同業者ですね!私は薬剤師だけど!」
「薬剤師?え?まだ若いんじゃない?すごいじゃん。」
「でもお仕事は機械が処理してくれるので最後の目視だけだし。それで他の勉強もしてるんです。」
「え?だから医療チームと関わってるの?」
「はい!」
実は響。プライベートでは長年お友達が少ししかいなかったので、南海やシンシーたち以外の女性の集団の中で会話ができてちょっとうれしくなってくる。と言っても、響は気が付いていないが、ベガスに来てだいぶお友達が増えてきている。響も成長しているのだ。
「って、違うってば。なんであなたがモテるわけ?」
「…今、人生最大のモテ期なんです……」
「は?」
「もしかして皆さんの誰か、ここにお好きな人でもいるんですか?」
「は?何?」
「そんな訳ないでしょ。うちらここで半年は横見をせずに勉強するって約束してきてるんだし。」
「ここでしかできない事がんばるに決まってるよ。」
「そんなんここじゃなくてもいいし。」
「すごい!」
さすが第4弾。意気込みが全然違う。第1弾も試用期間最後までは頑張ったが。
「で、あなた名前は?」
「響です。漢字の響きで響。」
「へー。」
女子たちも全員名前を言っていく。
「私24。」
「26です。」
「年下だけど、響さん…響でいい?」
「はい。」
「響は、なんなの?ここに誰かいるの?」
「誰か?知り合いですか?」
「好きな人!」
「え?!」
戸惑う響と聞き入る全員。
早速赤くなってしまう。まさかタラゼドと手を繋いで歩ける日が来るとは思っていなかった。
「この前お付き合いを始めたばかりです……。」
「おおーーーー!」
「いるんじゃん!」
落ち着いた歓声が響く。
「なら周りに期待させるのやめなよ。感じ悪いから。」
「モテ期です!そろそろモテ期も終わるかな…。運を使い果たすかな…結婚できるかな…という最後の最後に………来ました!」
小さく拍手が起こる。
「アーツの人?」
「そうです…。普段は仕事か河漢なのでここにはほとんど寝に来るだけなんです。時々食堂で朝ごはんしてますが…。背の高い人です……」
「うちら朝は、寮で食べてることが多いから分かんないや。」
女子寮はなかなか豪華な元コンドミニアムだ。
「でも見たことはあるかもね。けっこう背の高いのいるし、男が多すぎて分かんないよ。」
そして一番強そうで美人な女性が、顔を見ながら響の目の前まで迫る。
「?」
「ちょっとごめんね……」
と、クイっと響のあごを指で上げた。
「ひっ。」
響より背が高い。
ジーと覗き込むと、周りの女性たちも興味深そうに見てくる。
「………。」
「医療関係なら、横の髪はきちんとまとまなさいよ。」
「…あ、ごめんなさい…。病院ではなるべくそうしています。」
「やだ、仕事終わったらいちいち髪下ろすって、この髪型がかわいいと思ってるの?」
覗き込んだ女性は、目が隠れるかほどの前髪とサイドのジャマくさい髪を横に避けた。
「………。」
?!
「?!」
「…へ?」
そうして女子は気が付いてしまう。
垂れ目気味なのに強い瞳。
プリっとした小さめの甘い唇。
「うわっ!」
「ひえ!」
「え?何?」
一歩後ろで見ていた女性も気になって前に出て………驚く。
「おおっ?!」
「ちょ!響、その髪の毛どうにかしたら??」
「?!!」
ひっ、と響は前髪を手で覆って目を隠す。久々に顔をさらけ出して、一瞬恐怖も感じるし恥ずかしい。
「…ごめんなさい!行きます!」
駆け出す響。
「ちょっと待ちなさい!」
「それよりそのブカブカのワンピース!暑苦しいし。やめなよ!」
「変なチュニック合わせるのもー!」
「ごめんなさーい!」
と逃げる。
まだ女子たちが何か言っているが、ローとクルバトはそれを最後まで見ていた。
「……大丈夫かな?」
「…取り敢えず響さんだし。様子を見よう…。」
この二人はリーオ来訪ベガス時の藤湾襲撃事件以来、響も普通でないことを知っている。
***
次の日の昼間。
「太郎くーーーん!」
よく喋るあの子供の声が聞こえたので、シェダルはむくっと起き上がった。
「いたー!」
四支誠の文化会館のこの前の生垣だ。
テミンが階段と坂を上がって屋上庭園まで上がってきた。名前を聞いて太郎と呼ぶことにしたのだ。ここにはおじさんやお兄さんが多すぎる。近くにはファイナーが付いていて、テミンが挨拶をすると優しく挨拶を返した。
「ほら、太郎君!本物の花札買ってきた!」
上のルーフバルコニーのベンチまで上がって来て、テーブルに紙の花札と安いプラスチックの物を並べる。そして、スケッチブックを出して、12月分×4枚の既に在る写真と無い物をチェックしたものを出した。
「太郎くん。動物園はいつ行く?」
「四至誠のこの文化ゾーン以外行けないんだ。他の人と撮って来い。」
「えー!太郎くんと作るって決めたから太郎くんがいいのに~。」
「…じゃあさ、今日は在る写真で少し雰囲気のアイデア練ろうよ。それと、これ。お母さんが作ったケーキ。」
「お母さんが作るのか?」
「そうだよ。ウチのお父さんも時々するけど、お菓子はお母さんの方が得意。お母さんもケーキミックスだけど。混ぜて焼くだけだって。今日のおやつ、二つ貰って来たから。って、あ…」
申し訳なさそうにファイナーを見ると、にっこり笑って答える。
「私は要りませんのでご安心を。」
「……僕の半分あげるよ。」
「…こいつは本当に食べられないから。」
太郎が説明しても落ち着かないようだ。
「………。」
変な人間だな…とテミンを眺める。
「アンドロイドって人間型でも食べられないんだね…。アニメでは食べてたのに…。」
「知ってたのか?」
ファイナーにはアンドロイドを証明する『判』が視える場所にない。
「霊がないもん。それで人間っぽかったらSR社だろ?それならいいかなって。だから太郎くんも安全だなって思ったんだよ。SR社関連の人だよね?」
「……………」
そうしてデバイスを開いて、一旦在る分の写真を作った表に合わせていく。
嬉しそうに、でも真剣に話しながら作業するテミン。
そこに広がるピンクの桜や青い空。青紫にしなだれる藤。
膨大な写真から色や形を成していくテミンのデバイスを、シェダルはじっと眺めていた。




