121 この骨はどこから
深層心理の中で見たもの。
黒板………
ファクトと響は、意識世界で見た事起こったことをある程度話し合いで共有している。二人の意識の中で共通するのは、ルバを被った宇宙の人や、子供を抱えたブロンド女性、兵士たちが取り囲う埃臭い建物。ひどい殺風景な地下室。どこかのラボなど。
赤ちゃんくらいのシェダルを抱いていた女性。
時に無表情に、時に亡霊のように怒って。
彼女はどこにいた?何を聞いていた?
彼女の目が見ていた先………
黒板…………
そう、教室の後ろにいたのだ。
シェダルはあの埃臭い、誰一人無駄話をしない教室の後ろで、いつも授業を聞いていた。
………もし、チコとシェダルが兄弟で………
同じ場所で生まれ育っていたなら……
「!」
チコとシェダルは赤ちゃんの時、幼少期に、すでに『勉強』をしていたのだ。少なくとも何かを聴いていた可能性はある。
「ファクト?大丈夫?」
ムギがファクトの顔を覗き込む。
「…ムギ、ちょっと待って………。」
その場でさらに考えこんだ。
チコもシェダルも一般よりかなり遅れて勉強をしているのに、そこから一気に高校、大学レベルまでいった。
何かしら幼少期に教育を受けていた可能性もある。もちろん強化義体のパイロットに選ばれるくらいなので、元々天才、秀才肌ではあったのだろう。シェダルは連れていかれたラボでも教育は受けていたのだとは思う。全くの無知でも、パイロットや特殊任務はこなせない。
けれど情操教育は別だ。あのサイコスで見たラボで、情操教育を受けていたとは思えない。
ならなぜ、シェダルはあんなに安定しているのだ。
閉鎖国家の研究機関の中、生まれてからずっと情緒を奪われてきたような状態で、あんなにも性格や精神が安定するものだろうか。
元々の性格もあるだろう。でも多分、それだけじゃない。
では、ルバを被った女性たちは?
シェダルを抱いた女性は誰かを怨んでいた。燃えるように。全てを焼き尽くすように。
あんな廃れた、ひどい廃墟のような建物の中で。
けれど違う。きっとそれも、それだけではない。
もしかしてその女性たちの中に母親がいたならば……
まだ、誰が母親かは分からない。
その代わりの人がいたのかもしれない。
けれどあの人は自分のことを、確か義息子と言っていた。
テニアおじさんが愛していた自慢の奥さんがいたのなら………
ファクトは目を上げる。
そこで愛情を受けていたのかもしれない。
***
ミラ藤湾学生寮の女子寮。
西日の入らないこの部屋の窓の風景はもうすでに薄暗い。
その窓際に座って遺骨の入ったペンダントを外し、空に掲げ眺めた。
ニッカは思い出す。
『ニッカは……ニッカはどこから来たの?』
『もしかして…ギュグニー?』
突然聞いてきたファクト。
ニッカは見た目が褐色で淡色髪のナオス民族に近いので、西南の人間だと思われている。
ユラスは、西に広がったヴェネレ系統よりさらにその前に枝分かれした民族だ。。
彼らがヴェネレと違ったのは、厳しい山脈や荒野に入って行ったため、初期は放牧よりも狩りに勤しみ、かつ非常に質素で修道的だったということだ。歴史の中で東にもまじわり、大陸の中ほどにどこともない独特な文化を作った。
その中のナオス族は、その昔、移動した先の異邦人の長一族を嫁に迎えたところから、その人種民族が始まったと言われている。
ナオスの息子は、父系は父親ユラス血統だが、母系が当時の先住民。
そして、相手現地にいながらユラス族がその地の族長も引き継いだという珍しい家系だ。近隣国家からの防衛が条件ではあったが、ナオス自体はこの国に征服も占領も敷いていない。
ナオスの妻は、自国出生の地にいながら、ナオス族の家に入る形になり、彼らはヴェネレから来るユラスの教えを受け入れた。非常に知的で頭のよかったナオスを見抜き、神の言葉に感銘を受け、元々の神から離れ、民族ごと引導を完全にユラスに明け渡したのだ。こんなことも珍しい。
その後も原住民と混ざり合い、今に至る。
ユラスの血統を受け継ぐために、当時多くがユラスとの混血の結婚をしたという。
ナオスの妻は、天の意図を悟り、過去の全てを真っ新にして自身を捧げたのだ。
天地全てに余すことなく存在する、英知の、何より親である神に。
まだ古代と言われていた時から、人の生贄をやめ、当時行われていた幼ない子供の結婚や、近過ぎる親族婚、他人の床に女性を差し出す習慣がなくなった。
その代わり、親子親族、公益への献身が叫ばれ、男子に一定の兵役か労役、出家のどれかが義務づけられる。貴族は女性にも、男児は身分関係なく文字と計算を教えた。全てが一度に変わったわけではないが、中央ナオスの文化はこの時大きく変わっていった。
ナオスの息子たちや孫たちの一部は方々に散ってそれぞれ国を作ったため、彼らはまた違う人種になっていったが、長兄中央ナオスは進退を繰り返しながらも、後に世界を圧巻する大国に成長する。
そして狼はそこにも宿ったのだ。
最初のそのナオスの妻の心を、天は忘れなかったから。
けれど本当のところニッカは、自分が何人なのか知らない。
ギュグニーから来たからだ。
そこは人種も人もめちゃくちゃだった。自分たちの集落が先住民なのかも、連れてこられた人間なのかも知らない。逃亡や反乱など協力しにくいように、他種の言語や文化民族で固めたと聞いたこともある。夫婦ですらコミュニケーションが取れないように、賢そうな者は殺されるか言葉の分かりにくい外国人同士で結婚させたのだ。
あの日は思わずごまかしてしまったけれど、なぜファクトにはギュグニーと分かったのだろうか。
自分の霊性から何かあふれていたのか。それともこの人骨から?
「…人骨…。」
なぜ自分は人骨を持っているのだろう。誰の?
世界とギュグニーを隔てるあのフェンスの向こう側に行って、そこで撃ち殺されたであろう人々と、死んだ両親たちの無念を晴らしてあげたからだ。それが人骨だとは知らなかったけれど、自分以外の物を持って、フェンスを越えられなかった人々の思いだけでも越えさせたいと思った。
「………。」
ニッカはふと考える。
外からの光に照らされる、
もう褪せた色の、小さな骨の破片。
もしかして………
これは、『獣道の亡霊』?




