119 君の手が
10代と20代前半のメンバーには、既に結婚してしまった者たちが非常に大人に見える。
食堂で思わず切なくなる一同。
「……はあ、結婚生活始めちゃったら、二人とも今までみたいにもう食事とかできないのかな………」
「…うーん。同じベガスやアンタレスにいるんだし。それよりも響さんが本当に医者になったらどうだろうね……」
ソイドはそう言うが、きっとそうだろう。
レサトも加わった。
「ま、この後、全員をベガスに留めるわけじゃないだろうしさ。」
アーツだけで、既にかなりの人数がいる。
「これから仕事の幅が増えたらみんなどうなるか分からないだろ?」
「…寂しい……」
「そうだね………」
「ベガスやアンタレスに定住組がさ、みんなが戻って来た時、温かく支えてあげてよ。」
レサトが変なことを言い出す。
「なんでそんな地域超えみたいなこと言い出すの?」
「レサトもまたユラスに戻ったりするわけ?」
「…さあ……。まだ決めてない。」
「アンタレスにいなよ~。」
「これからダーオの超保守派がたくさん来たら怖いから、レサトが守ってよー。」
信教の自由が保障されているのに、押し付け気味で話が通じず、みんなの中でナオス中央人はとくにキツイイメージがある。
「大丈夫だよ。ベガスに入るのはそうでもないだろ?」
「そんなことないー!!」
チコをビンタしたソライカのような人や、そんなソライカにしてしまった親族たちのような人がたくさん来たら怖い。
正道教は、あらゆる宗教を包括する。
真摯に向かい合う姿勢があれば、どんな宗教も拒まない。
ベガスは初期にユラス教徒が入ったため非常に宗教的保守地盤だが、民族、国境を越えていること、そして宗教をも越えているということを都市規模で実現していた。既存宗教の全てを包括する思いを持っている正道教は、自身の信仰を大切にしながらも一つの神の下に、同じように他宗教も敬うのである。
どの宗教もパズルのピースのようにその地域や歴史を支えてきたからだ。
他の高等宗教でも重んじられている、貞操、永遠の夫婦愛、孝徳のある家庭観、道徳性、神性、感謝や寛容、全ての人類の発展に貢献する協力性などいくつかのことを夫婦で共有し、天に約束することで、宗教を越えて結婚ができた。
なお、テロ活動はもちろん、人間を屠ったり、子供に傷を付けたり、重婚、姦淫などを許す宗教は新時代は連合国自体で認められていない。
正確には世界中どこでもそんな国際結婚はできたが、初めから多民族で始まったベガスはそれが成しやすかったのだ。本国では国家や宗教対立で結婚できない愛し合う夫婦もベガスにやってきた。
一つの宗教が完璧でなく、部分を担ってきたことを理解していた前時代からの新世代は、この理想が実現する場所を探していたが、これまでは世界が日常的リベラル化、社会構造的極左化していたので、世界は無駄に複雑化し、同時に人間の思考は複雑なようで単純化して、一部の人にしか分からなかったのだ。
歴史の中で、宗教を亡くした国は発展しない。
しても急速に滅ぶという法則を前時代人々は忘れつつあった。というよりは、自分たちはそこに当てはまらないと思っていたのだ。どの時代の人間も、自分たちはあらゆる不都合なことがことが当てはまらないと思っていたように。
本来は結婚も、宗教性の上にしか成り立たない。
宗教は人間を越えない。けれど、それはもともとは宗教という名もなく、人間を構成する本質の一部であった。エデンの園で見失っただけで。
人間、個人という枠組みだけだは人を総括する物が何もなく、自身の神性も社会における道徳性もなくし、自分本位の思考や思想が増え。最後に、自分も人生も、生きることにも意味が見いだせなくなるだろう。軸を失ったのだから。
国家の前に個に壁が立ち、人の感情がだだ洩れになり、時に塞ぎ止まり、ただ目先の今の心地よいものをだけを求め、いつしか他者の中に成り立っているはずの、個さえ喪失してしまう。
気分で変わるものに軸を置いたのだから、続く安定があるはずがない。
アンタレスは東アジアに戻ってきた移民たちによって、
もう一度その地に霊性の火を灯す。
そのために犠牲になってきた、名も知らない多くの人々の屍を抱き上げ。
今、ベガスは、それが一番目に見える形で歩み始めていた。
他にも移民地域はたくさんあるが、最も違うことは、国や移民、宗教ごとの境があまりなく、あってもただの共存でなく融合していたということだった。
そして、それは皮肉にも、
正道教やユラス教など宗教界の上級層でもなく、アンタレスなど各都市のエリートでもなく、
中立で差別意識もないと思っていた先進地域の極普通の一般市民でもなく、
アンタレスでもっともリベラルが進んだ地域の一つで、それすらも冷めて、どことなく冴えなくて、とくにすることもなかった大房と、
ユラスとアンタレスに追われても必死にそこにしがみついてきた。ユラスの小さな一群から始まったのであった。
見送りながらみんな言う。
「いいな…。」
「タラゼド絶対に悪いことしそうだ…。」
「幸せそう……。」
「…いやあ。響さんともなると、もう雲の上の話みたいで羨ましいを越えてしまった…。」
ご飯を食べたり、お茶をしたり、バス旅行したり、こんなに身近な人なのに、恋愛となると周りの振り子を振り切ってしまう恐ろしき魔性の女、響。けれど、普段つるんでいるのは妄想チームであった。
レサトがリギルに絡んでいるので、ラムダとファクトは一緒に歩いて、ムギに聴く。
「なんで料理なんて始めたの?」
「ムギちゃん、何?古き良きお嫁さんにでもなるの?」
上を向いて考えるムギ。
「…それもいいかなって……。」
「えっ?!」
「やめなよ!」
「……なんで?」
「きっと結婚、三日で飽きるよ!」
「一日で飽きるよ……。」
「それどころか、キッズジョブランド、主婦コーナー30分体験で十分だろ??」
「そんなコーナーないし。あ、でもムギのために作ってもらおうよ!結婚前に模擬体験しておいた方がいいよ。」
「………」
ムギはどこまで自分は信用されていないのかと言葉がない。
「ファクトも料理下手なんだから少し習ったら?」
と言い返す。
「いいよ。普通の炒め物くらいはできるし、今の内頑張って稼いで、お惣菜外食生活する!前も言ってなかった?」
「………。」
それもどうかと思うが、南海や藤湾の学生や職員になれば、毎食無料や格安の給料天引きでビュッフェである。ほぼ無料も同然だ。
フン!と前を歩き出すムギをファクトは追いかける。
「ねえねえ。ほんとどうしたの?」
「……どうだっていいでしょ?」
「みんな不安になるじゃん。どうでもよくないよ。」
「…………」
なぜ料理を習い出して不安になるのだ。ムギは答えようがない。
「ファクトは……
天が呼んだらそこに一直線に行ける?」
「え?」
何の話か。
止まって少し振り向くムギにファクトは考える。
「……まあ、場合によるかな…。」
「私は行くよ………。」
「………。」
ハッと、ムギを見る。
そしてまたムギはどんどん先を歩き出す。大きな声で言わないので、話を聞こうと同じスピードでファクトは歩いた。
「でもね、人生長いから、世界も人も変わっていくから、ただ普通にはそこに向かえない……」
「………。」
「だからね、自分でも、ちゃんと考える。
天と自分に問う。
聖典にも啓示にも従うし学ぶけど、時に世の中にも、時に自分の内にもしっかり問うよ。自分の『確信』にも、『疑問」にも問う。」
ムギもただ闇雲に何かに向かっている訳ではないのだろう。
「………そして進むよ。」
「?!」
ファクトはサッと手を出す。
前に進もうとしたムギに、思わず出した手。
ガバ!とムギが振り向いて驚く。
「えっ?」
ファクトがムギの左手を掴んでしまったのだ。




