113 おめでとう
その日の夜。
リグァンで夜11時半まで残業したタラゼドがアーツ寮に帰って来た。既に12時を越している。
基本男子寮は早く静まる。皆あまりにも疲れているからだ。
しかし今日は違った。
遅くに帰ってくるタラゼドなどいつも構いもしない下町男子ズが皆起きていた。
「……タラゼド、お帰り。今部屋行かない方がいいよ。」
「お帰り。」
1階のフロアでソイドとラムダと勉強をしていたファクトが帰宅直後のタラゼドにアドバイスをしておく。
「……?」
「第4弾の部屋はもう寝てるから、そっちの空きベッドで寝なよ…」
第4弾は別棟だ。
「………。」
意味が分からないし、どちらにしても夏。シャワーをしたいので服を取りにタラゼドは自室に向かう……
……ところで2階でキファに捉まった。
「おい、タラゼド。」
「……お疲れ。」
「あ?お疲れだ?おい、はっきり言おう。ムカつく。」
「…?」
「は?キファ。いくらタラゼドでも、一応兄貴分だぞ。敬意ぐらいはらえ。」
ローがラウンジから怒る。自由大房といえどここは孝悌アジア。年上への敬意は必要なのだ。
「そーだぞ。水色!お前、俺らのお兄様を何だと思っている!!」
「兄貴!兄貴こそなんで俺たちに一報してくれないんですか!??」
試用期間中の第4弾なのにナンパ男どももここにいる。
「お前ら消灯過ぎてんだろ?サッサと寝ろ。」
「お祝いの一言くらい言わせてくださいっ!」
「は?」
その光景をフロアラウンジから飲み物や間食を食べながら見ている下町ズ一同に、「何だこいつら」としかタラゼドは思わない。なんでこいつら寝ないんだ?と。
この面子にこの言葉で、まだ自分が何を言われているのか分かっていないことに、キファは切れそうになる。
「お前、響さんになんかしただろ?」
「…?」
え?そういうふうに聞く?と思うラウンジの皆さん。
婚前に変なことをしたら極刑である事はタラゼドもよく知っている。普通、ご結婚されましたか?とか聞かないか?
結婚のことは知られたらしいので、知っていることをいちいち掘り返さないタイプのタラゼドは、その言い回しに別のことが思い浮かんだ。
「え?あ?キスしただけだけど?」
怒っていた響お兄様を思い出して、そのこと?と思ってしまう。
「おおおおーーーーーーー!!!!!!!」
「キターーーーーーーー!!!!」
という毎回起こるアホな歓声。
「あああ?????!!!」
「お前、『傾国防止マニュアル』を忘れたのか??!!!」
「兄貴マジっすか??!!」
「え?このベガスで、チコさん近辺にその手順は大丈夫なん?殺されない?」
タラゼドは、何だ?とこいつらのテンションがめんどくさい。
「は?勘違いだ。」
「何がだ!風紀を乱す奴は殺す!!!」
「やっぱり落城第1号はタラゼド??」
シグマは最初の頃を思い出して言ってしまった。
「おでこだ。おでこ。」
この騒ぎがバカバカしくなって、タラゼドは去ろうとする……
が、シグマに止められた。
「……待て。」
「シグマ、余計なこと言うなよ。」
以前の巻き込まれたケンカを思い出し、タチアナが忠告する。第1弾の当時を知るメンバーもあのABチームのケンカはこりごりだとビビってしまう。
しかし、そんな事は知らないナンパ組がもう止まらない。
「マジか……」
「やばい……」
「羨ましい……」
「どっちからしたんだ?」
おでこという言葉に下町ズは大人しくなるが、男と女がいてそんな訳ないだろうがと思う。と、同時にナンパの名所大房出身なのに、おでこにキスくらいで、なぜこんなにはしゃがなくてはならないのかと自分が憎い。
「姐さんが受けてしまうシチュエーションも、姐さんにされてしまうシチュエーションもどっちもマズい…」
「デコにされてから、姐さんが目を閉じたまま次されるの待ってたら?」
「爆死する。」
「おおおおーーーーーー!!!」
と盛り上がる一部集団。さすがの第1弾も引いている。
「どうでもいいだろ?」
「え?兄貴、おでこで終わりですか?」
「その先を教えてください。」
「………。」
タラゼドは蔑んだ目でナンパ男を眺めた。
「あー!兄貴それはないっす!傷付くからやめてください!」
「見守っていた我々としては聞く権利があります!」
「ねーよ。お兄様もいたし。だいたいそれ以上するわけないだろ。シたくなるから。」
と、ボソッとつぶやくタラゼドの言葉を聞き逃さない下町ズ。
「ああああっ~~~~!!!!」
「本性それだろ?!!」
「マジムカつく!!!!」
「ちょっと姐さんに教えてあげましょう!考えていることはただの野郎だって!!」
「あの地獄の試用期間以降、こんなパブリックな場でそこんなこと言ってのけるとは、最もヤバいのお前だったのか!!!」
「イオニアですら言ってなかったのに!!」
「ウヌクですらな!!」
「ウヌクは醸し出してる。」
「河漢でも言う奴いない!!!」
河漢はユラス軍人女子が歩いているので怖すぎる。ユラス女性を怒らせてはなるまい。
「今はパブリックなのか?」
しかしタラゼドは思う。
「…響さんだってそんくらいのこと知ってるだろ。だいたい初対面の時はめっちゃ印象悪かったし。」
「え?何すか?」
「『やな奴』と『おもしれー奴』から始まるLOVEすっか?!」
「くだらん。が、何があったのかは知りたい。」
二人の出会いを知らないナンパ男ども。今度詳細を聞かねばなるまいと思う。
「マジ?聞かせて下さい!!」
「……。」
ナンパ組が妄想チームが読む漫画みたいなことを言い出して、タラゼドはドン引く。正直初対面の時の響と言えば、みんながみんな、このお姉さんもちょっとヤバイ?と思っていた。それに説明できるほど細かいことなどタラゼドは覚えていない。
キファも、自分が一番言う権利がありそうなのに、途中からアーツに来たナンパ組に全部持っていかれて悔しい。
「なんなん?こいつら…」
「水色頭!『孝悌』だろ?八犬伝読んだことねーのかよ??俺らも敬え!オメーが幼稚園の時俺は小学生なんだよ!」
「お前、八犬伝のアニメ見ただけじゃん。」
「はあ……。サルガスさんはなんで俺らを最初に呼んでくれなかったんすか??最初からなれそめを見たかったのに…。アストロアーツにも行ったことあるし、俺らも大房民っすよ?」
ナンパばかりしていて範疇外の上に、2、3回しか利用していないので覚えられていなかっただけである。ある意味こいつらは直にチコにスカウトされているので、それはそれですごい。
しかし、タチアナが既に教官役を呼んでいた。
「おい!お前ら何ここで遊んでいる。第4弾はすぐに寝ろ。」
第4弾副リーダーのナシュパーが、他のメンバーと迎えに来てナンパ組が叱られている。
「ダメっス!今日はお祝っす!」
「は?初のアーツ脱落者になるか?」
「あーーーー!!しんどい!!!」
「興奮して寝られないからここ来たんだけど?」
「ナンパしたかった相手の恋を応援するなんて、俺にとって前代未聞ですよ?俺、天使?キューピットじゃないですか???」
本当にうるさくて、ラムダですら呆れている。
「ファクト!貴様いたのか??なんで俺らより年下のくせにまだ起きてんだ??俺ら、寝かせられるのに!」
心配してラムダたちと見に来ていたのだ。
「兄さん。徹夜、夜更かしは学生の特権です。試用期間済むまでは頑張ってください。」
「ふざけんな!!」
「は?何アホなこと言ってんだ??ただ寝ろ。」
と、リーダーに言われてナンパ4人組は連れていかれた。
「……。」
それを見送る残った一同。
自分たちよりバカがいて安心する。
「……響さんの周りの事情がデリケートでいろいろあるからさ。まだあまり騒がないでくれ。」
と、タラゼドはそれだけみんなに言った。
キファはキファで、言いたいことがたくさんあったのに何も言えず撃沈していた。
「…キファ、すまんな。でも、響さんもお前のことは信頼しているし一目置いてるから。」
と、落ち込んでいるキファの近くでそっと言っておいた。
「まあ、タラゼドもおめでと。」
「絶対に響さん幸せにしろよ。」
いつも話さないメンバーからも祝福を貰う。
「ああ。」
静かに答えて部屋に向かって行った。
それを見送って、ラウンジ組はよくよく考える。
「………」
「…でも、あのお兄様の前でか?」
「何があったんだ…。」
「どういうシチュエーションなら、お兄様の前でそういうことになるんだ……」
タラゼドからそんなことをするとは思えない。冷静下町ズもちょっと聞いてみたいと思うのであった。
●第1弾ABチームのケンカ
『ZEROミッシングリンクⅠ』57 タラゼドVSシグマ
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