104 あきらめと前進と
現在、東アジア軍、特警、ユラス軍という稀な防衛警察組織を強いた新都市ベガスと河漢。
これだけの勢力を集めて、もちろんただベガスで警備や護衛をしているわけではない。
その間にその三体制は、西アジア北方も含む全アジアに渡って、ギュグニーの監視や違法組織などの調査や解体、防壁設置など進めていた。西アジア南方には別のユラス軍が入っている。一般でもニュースにしていい部分までは、アーツでも保安体制に関して講義を受けていた。
なお、チコはもう一度オリガン大陸の再興に関わりだしていたが、海外長期滞在を禁止され最近は距離の近いアジアとユラスを往復している。
それに、来年にはユラス軍にもS2アンドロイドが導入されるため、用無しだと言われ怒っている。まず一機。外見は完全メカ型を入れるが、スピカ、カペラクラスのアンドロイドだ。
事務局近くの屋根付き通路を歩きながら、オリガンに行かせてもらえなかったチコがアセンブルスに怒っていた。
「なんでここに動ける人間がいるのにダメなんだ!」
「なぜ議長夫人や指揮官を前に出すんですか。オリガンはまだ一部紛争地域です。」
「1週間ならいいだろ…。」
「そう言って絶対に1ヶ月くらい予定を伸ばして式典の後に帰って来るでしょう……。動ける人間は他にいますので。」
「………。」
行きたい場所にも行けなくて不満である。
今チコたちが歩く、南海競技場回り。
この一帯に移民、職業学校関連や様々な行政、VEGAなど関連団体事務所が入っていて、正道教南海教会も同じ敷地にある。この周りは保育園や幼稚園、子供の遊び場も併設され、夏休みや日曜などウヌクたちがプール開きをする場所でもある。
そこで教会の入り口から出てくる数名に気が付くチコ。
「……?」
数人の人に囲まれているのは響だ。
「あ、響!………」
久々なのでうれしい。しかし周りの顔ぶれは何だ。
エリス、デネブ、響のお兄様、そしてタラゼドである。嫌な予感しかしない。
「チコ様、我々は河漢に行きましょう。」
「待て。デネブ夫人に挨拶をしないと。」
「行かなくていいのですが。」
アセンブルスを無視して、地面から水が出てくる仕掛け噴水を越えて響の方に行く。
「まあチコ。」
「お疲れ様です。お兄様もおいでで?」
デネブやエリスたちに挨拶をし、どうしたのか聞くが、みな挨拶以上の反応しない。エリスは無視を決め込んでいる。
響、タラゼド、お兄様。
この組み合わせは何なんだ。
「響。病院は?何を話してたんだ?」
と言うと、響は下を向いてしまう。
「なら私は会社行きますんで。デネブ牧師たちもありがとうございます。じゃ、チコさんたちも。」
目上の人間に挨拶をして去っていこうとするタラゼドを止める。
「おいタラゼド。お前逃げんな。」
「はい?」
「チコ。その言葉遣いは何ですか?タラゼドに失礼でしょう。」
デネブが叱る。
「……もしかして響に何かしたんじゃないだろうな…。」
敵でも射るような目でチコは睨む。
「仕事に行かせてあげなさい。何もしていませんよ。」
「…そうなのか?響…。」
「……うん。」
と言って顔をあげないので、響をのぞき込むと顔が真っ赤で目を逸らす。
「………」
不信な顔でタラゼドを見る。
「チコっ。」
デネブが怒り、エリスが呆れている。
「何でもないよ…。」
響がやっと小さく言う。
「…本当か?」
「チコ様。デネブ様やエリス様がそう言っているならいいではありませんか。行きましょう。」
「……本当なのか??」
念を押して響にもう一回言ってみるチコ。そしてタラゼドを見る。
「…もういいですか?仕事行きたいんですけど。」
しかし、一言横から入る。
「あっただろ!」
うんうんと頷く響に頭に来て、答えてしまったのはお兄様であった。
「キスしただろ!!」
「?!」
驚く全員。
「何が待つだ!!煮え切らない!」
「な、な、な、な………」
響は、ゆでダコとはこれか、という見本の赤さ。
「あ?タラゼド、貴様……」
全力で慌てている響に、呆然としてしまうタラゼドたち。
言ってから頭を抱えてしまうお兄様と、そしてブチ切れ気味なチコ。デネブが手で指示を出し、アセンブルスが結界を張る。
「ああ゛?タラゼド!」
「違います!」
問題があったら、今いるメンバーがこんな和やかにしているわけがないのにチコはお構いなしだ。
実はお兄様を含め、昨夜のこじれた話を相談するためと、もしかして電気系のサイコスも誘発してしまったのか、コップが動いたことも報告に来たのだ。サイコスの件はエリスから東アジア、ユラスのサイコス共同研究に報告する。
「したのか?!」
迫るチコに言い訳をする響。
「おでこです!おでこ!おでこに!!」
懸命におでこを示す。
「おでこ?」
少しだけ安心するが、タラゼドを許せない。
「おいっ。タラゼド。今からとことん話そう。」
「やめなさい。我々と既に話しているのに。」
エリスも怒る。
「チコ。分かっているだろ。これは繊細な話だからな。」
エリスたちは情で走っていくシェダルの存在を知っているので、慎重に行きたい。
「…もしかして……、二人は付き合うのか?」
チコの声を誰も肯定も否定もしないが、響だけが赤い顔を下に向けたまま、居た堪れなくてタラゼドのTシャツの裾を握った。
「………。」
チコが物凄いショックな顔をしている。
わざわざデネブやエリスに報告し、家族まで来ているということは結婚一直線ではないか。
「………」
グリフォがチコを気に掛けるが、全くもって停止状態。
「チコ様?」
「……」
そしていきなりタラゼドの襟首を掴む。
「…タラゼド!?許さん!」
「チコ。やめなさい!」
「…でも……なんで………タラゼドなんだ?」
響はまだまだモテそうなのに、本当に底辺大房に決めてしまうのか。
「お兄様?」
と、事実確認がしたくて恐る恐るお兄様を見るが、お兄様も無念そうに落ち込んでいる。
「響!騙されるな!!こいつは最近穏やか系にキャラ変しているが、面談の時はイヤそうに『煙草か酒、最初はどっちか解禁してください。片方は後半に頑張りますから。』とか言ってのけた奴だぞ!!」
キャラ変とは、妄想チームがよく口にしている言葉である。響は蛍惑の中でも高い霊性の持ち主なのに、大房とは。
「…チコさん。そういうの社内秘ですよ。普通。」
そんな昔の話しないでくれという顔のタラゼド。それでも響は恥ずかしそうに何も言わない。
「……。」
さらに落ち込むチコ。
「こんな外で話すことでもないし、もうね。いろんな件があって、響はしっかりと腰を落ち着けた方がいいと思うの。その方が様々な能力も安定するし。」
デネブはチコに言い聞かせた。
夫婦、家庭という枠の中にあった方が、本来人は精神的にも肉体的にも環境的にも安定する。
それはチコも分かっている。霊線の先が一本のままでは揺らぐのだ。霊線はいつまでもその先の行く場を求めるのだから。
そして、家族が本来の形で四方八方を成せば、建物の基礎のように永遠の安定ができる。エリスとしては、寄って来る男性に関してももういい加減どうにかしたい。モテるおかげでリーオや倉鍵医大関連の強いコネをゲットしたが、動機は変えねばなるまい。
「アセン、グリフォ。もう少し周りには黙っていてくださいね。祝福は早めに捧げようと思うし、彼には横から話が入らないように。周知させるのはそれからで。」
「分かりました……。」
彼とはシェダルのことであろう。
「きちんと家庭を持つのは年末の試験を待ってからですから。」
本当は響としては、試験が終わるまで教会の祝福自体も待ってほしかったけれど、響の周りが騒がしすぎてエリスもデネブも早くした方がいいと判断したのだ。もうすぐにでも結婚生活を始めてほしいくらいだ。
「でもお互いの家族は??」
チコはそこも聴きたい。
「祝福を捧げることに関しては、言わないことにします。」
お兄様が少し気を取り戻して言う。
父母の意見まで入れたらもうまとまらないであろう。また一からどころか下手をしたらマイナスからの話し合いになる。とくに母と祖母が反対する可能性がある。
それにお兄様は知っている。昔、蛍惑経由で移民を受け入れた頃に何か大きなことが動いていたと。そこに当時の祖父や父たちが関与して動いていたのだ。その話も深くは知らないが、エリスに少し教えてもらった。今、アジアラインが動いていて、ここにいる人間はそこに関わっているのだ。
自分の知らない何かが動いていると理解するしかない。
「祖父母や両親が何か言ったら、間に入ります…。」
あきらめのような、決意のような顔をする。
「…………。」
響はお兄様の方を見て何とも言えない顔をした。けれど、まだ目は合わせない。
一方、タラゼド。
「ウチは何でも大丈夫だし、響さんなら親族揃って大喜びだと思います。多分、横やりが入る前に今のうちに突っ切ってしまえ派で…。」
「はあ゛???」
「チコ!やめなさいって!」
「ひとまず、間にエリス牧師かカーティンさんに入ってもらおうかと…。」
そこで今度は、婚活おじさんと婚活オバさんの抗争を詳しく知らないデネブが失言してしまった。いわゆる仲介である。
「なぜ!!!!」
さすがにチコが怒る。
「え?あ、家柄の違いが大きいから、大きな事業をしていらっしゃるカーティンさん推薦の男性ならミツファ家も受け入れやすいかと……。…あ…」
言いながらデネブは、チコが本当に響やムギに親身にしていて、その上何か対峙しているおじさんがいたことを思い出した。チコと蛍惑は機密的なつながりがあるので、チコの名前では親族の前に表立っての仲介は難しい。
「あ、まあチコ。これは必ずしもってことじゃないし…。カーティンさんは候補ですよ。候補。」
「………。」
アジアの経済人たちを黙らせるならカーティン家は非常に説得力がある。何せロン家。そして西アジア同士。
今度はチコが黙りこくってしまった。この短い期間にまさかのムギまで結婚話が来ている。もし決まればメンカルだ。
「チコ?」
響が声を掛けるが腑抜けになってしまった。めんどくさいことになったが、後でチコにどう説明するかまた段取りを取るより、今知ってしまってよかったのかもしれないとエリスたちはプラスに考えることにした。
「響さん、俺そのまま現場に行くから。病院まで送る?」
「いいっ。いいです。私も車で来ましたから…。」
その辺りに何か浮き立ったモヤが見える。
響に話しかけるタラゼドにツッコむチコ。
「タラゼドっ。お前何勝ち誇った顔してるんだ!!」
「え、どんな顔ですかっ。」
みんなさすがに呆れる。
「許さん!絶対にダメだ!!せめてもう1年考えろ!!私が任されていたのに!」
お兄様がいるので言えないが、響の父にベガスにいる間は響のことをよろしくと任されていたのはチコである。響に怪我はさせてしまったが、ベガスで父代わりをしたのはまさにチコなのだ。
「チコ様、いい加減にしてください。グリフォ!」
アセンブルスがそう言うと、レオニスが車を寄せてきたのでグリフォがチコを引っ張る。
「チコ様、自分たちで育てたメンバーじゃないですか。大房メンバーことをそんな風に思っていては大房に申し訳ないですよ。」
「でも……」
サルガスとロディアはおじさんが認めているし、親族のヴェネレ人とは物理距離があるのでまだいい。それでもあまりに家格が違うと本当に苦労することをチコは身をもって知っているし、気持ち的にも現実的にも響があれこれ言われず苦労させない相手を見付けたかった。なのに……大房でよかったのか………。
ムギも響も、結婚などまだまだ先だと思っていたのに。
辛すぎるチコであった。




