101 二人のことなのに
タラゼドも無理やりという感じで数人の若い社員に引っ張られて来ていた。やはり人望はあるのか。
しかしタラゼド。
自分が場違いなことには気が付いている。自分だけ身長が190を超え、アーツや移民、ユラス軍人の中にいるとそこまででもないのだが、オフィスワークのアンタレス市民の中にいると非常に目立つ。何せ目で人を殺す系だ。
リグァンはもともとアンタレスの細々とした中堅企業で、最近までベガス移民はいなかったため、幹部に肉体系はあまりいない。タラゼドは座敷に来ずに、数人とテーブル席に座った。
どうしたものかと考えるお兄様。響があまりにもタラゼドに不誠実すぎる。
「社長、どうしたんですか?」
もともと嗜むほどにしか飲まないが、酒が進まない社長を心配する年配の部長。
「あ、大丈夫です。ちょっと向こうに。」
ここでは無視をしようかと思ったが、一段落したので座敷を出てタラゼドの席に移る。忙しくてなかなか二人で会えなかったのだ。
「タラゼド君。こんばんは。」
「あ、おに…」
アーツのクセで『お兄様』と言いそうになってしまうが、タラゼドはぐっと飲み込む。
「あ、あのえーと、専務。こんばんは。」
見た目が若いので、遅れてきたリグァン社員たちはお兄様が社長だとは気が付かない。サイファークリアは業界ではそれなりに大きな会社なので、まさか支社であってもこの飲み会に東アジア社長がいるとは思わないのである。サイファー社員もほとんど知らないが、お兄様は次期CEOだ。タラゼドも役職が変わったことを知らなかった。
みんな立ち上がって挨拶をする。
「専務?タラゼド、専務とお知り合いで?」
「えっと…」
「南海で知りあったんです。」
いきなりの登場に返しができないタラゼドの代わりに、お兄様が答える。
「おお!すごい!タラゼドなんでそんなに顔が広いんだ?!」
なにせ、婚活おじさんとも仲良し。おじさんは中央アジア制し、ベガス河漢すら制覇しよとする巨大グループだ。帝国でも作る気か。タラゼドはなぜかそんな、経営者、会社重役グループに気に入れられて、時々ゼオナスやその友人のタイキ、タウパパなどとも時々飲みに行く。
お互い大人なのでここで響の話は出さないが、正直お兄様は外に出て二人で話がしたい。
そこに現るのはタラゼドのことが気になるリグァン事務の女性であった。
「あ、皆さん。遅くまで業務お疲れ様です!」
「壱季さん!こっち座って下さい。」
残念ながら答えるのは別の男性。
しかし、お兄様でも見ていれば分かる。壱季さんは完全にタラゼドに惚れていた。離れた席でもタラゼドを気にしている。
「……。」
「専務、大丈夫ですか?」
他社専務が壱季を見ているので、リグァン社員が遠回しに聞いてみる。
「え?」
「……あー、専務はご結婚は?」
「あ、子供もいます。」
「えー残念ですね。なんかずっと見ているから…。」
「え?…ああ。」
壱季さんに惚れたとでも思われたのか。ただ、サラッと答えるので変な気はないとは思ってもらえたらしい。ベガスに来てから女性に付きまとう変態扱いされるのでお兄様は本当に困っている。
「あ、いや。タラゼド君はモテるな……と。」
「……。」
無反応のようで変な顔をするタラゼドと、その一つ離れた席でボット赤くなる壱季さん。
「でっしょー?!知らないと近寄りがたいんですけど、知ったら男も惚れる!」
既に一杯飲んだ同僚が楽しそうだ。
「何せ、頼りになる!あのカーティン・ロンさんに引き抜かれそうになったくらいだから!」
部活ハシゴのファクトと同じで、非常に便利な男なのである。みんな引き抜きたい。
「結婚話まで持ち掛けられて!」
「そうなんですね…。」
無難にその場を過ごす。
「業務ではもてるが、それ以外ではもてないですよ。」
呆れてタラゼドは言う。頼られはするが、全体的に男の方が寄って来る。とくに便利さを知り尽くしている仕事関係や妄想チーム。女性からも頼まれごとをされているだけだ。
「え?タラゼドさんはステキですよ?」
と、かわいく言ってしまう壱季さん。みんなが二人に交互に注目する。
「……。」
タラゼドが反応しないので、場を取り持つために他の社員が話してしまった。
「そうですよねー!わざわざタラゼドさんの家族から、差し入れを預かって持って来てくれる女性もいますし。めっちゃおいしかった!メカ博でも近所の仲良しお姉さんが挨拶してたってウワサじゃないですかー!タラゼドが美人を連れてきたって有名でしたよ?」
ボキッ
急に音がすると思ったら、竹の割りばしを折ってしまったお兄様。
「え?」
一同固まる。ここに同席する社員は先の話の女性が同一人物だとは知らない。壱季さんも女性の話に驚いたのだが、それ以上にサイファー専務の様子にビビってしまう。
「タラゼド君。やっぱりちょっと外に出よう。」
顔だけ平常運転のお兄様。けれど背後に醸し出す怒りを感じる。
「っ??」
「え?あの、ウチの社員の……あの、そんな話をして申し訳ありません…。」
言った同僚が焦っていると、お兄様がタラゼドを見る。
「うちを何だと思ってるんだ?」
「え?」
タラゼドはますます分からない。けれど、響にその曖昧な態度は何だと責められたことはある。まさにこの前。
「うち?」
社員たちは、サイファークリアに何かケンカを売ってしまったのかと焦る。
「あの、すみません。自分調子に乗って……」
「いや、君はいいんだよ。
イーシエ君!先に出るね。」
お兄様がお座敷のサイファー社員に向かって言うと、
「あ、社長、分かりました!お疲れ様です!」
と、何人かが挨拶に来る。
「ゆっくりしていってくれ。部長たちも、若手にあまり言わないようにお願いします。」
お座敷からはOKー!と笑いが漏れる。
「は?社長??」
恐れおののくテーブル席。
「昇格したんだ…。」
タラゼドも驚く。
「タラゼド、お前何したんだ??」
「……何だろ?」
この前の話、実はお兄様は相当頭に来ていたのか。その話を知らない同僚が怯えてしまう。
「タラゼド、サイファーの女性に何かしてないよな??」
「社長夫人に手を出したとか?」
「するわけないだろ。現場で会うのは男性だし。まあ、大丈夫だよ。」
「ほんとか?」
「大丈夫だって。」
テーブル席に変な空気が流れるも、お兄様と席を外すタラゼドであった。
***
そして二人が来たのは、ベガス小七曜アーケード近く。
向かったのは響のマンションであった。お兄様と一緒にタラゼドの車で移動。
小七曜なら響に会いに行くのかとは思ったが、車でお兄様とは会話がなかった。何か叱られるのか。
玄関カメラに映らないように言われ、タラゼドは直前まで身を隠していた。玄関が開くと学生に貰った光子Tシャツとスウェット姿の響がいる。
笑顔もなく怪訝な顔をしているが、それでもタラゼドは久々に見た響の姿にホッとした。
「響さん…。」
「タラゼドさん…?」
響が信じられないという顔をしている。
響の胸が高鳴る。
でも、サラマンダーも胸によぎる。
本当は響も仕事に区切りが付いたので、連絡しようと思っていたのだ。タラゼドに。
なのにお兄様が連れてきてしまうので、仕方なく二人を家に入れた。
センターテーブルに向かい合って座るが雰囲気が悪い。
黙りこくっている響を見ると、タラゼドは何か違和感に気が付いた。
「……。」
響が怪我をしているように見える。
が、よく見ると怪我はしていない。
「…?」
「私に話すことがあるんじゃないか?」
やっとお兄様から切り出した。
「………」
「二人ともどういうことなんだ…。」
「何……?」
二人とも?
「響はタラゼド君とのことをあれこれ考えているというし……」
「っ?」
響は動揺する。タラゼドも驚くが、あのメールで少しはこの話になるだろうと考えてはいたことだ。
「………。」
驚いた顔のタラゼドに響が固まる。
「タラゼド君はあっちこっちの女性に手を出すつもりなのか?あの周りの言いようでモテないとかはないだろう?自覚はあるんじゃないか?」
「え…。」
響は唖然としてしまう。
「…?」
それでもお兄様の言いたいことが分からないタラゼド。
なにせ、タラゼドは壱季の気持ちを知らないし、まだ自分に気があると分かったのはコパーだけ。でも距離は置いているし、仕事でも合う気はない。今、自分がきちんと人生で向き合いたいと考えたのは響だけだ。二人に好かれたのもモテるに入るならモテると言えるのかもしれないが、あっちこっちとは一体どこの誰だ。
「……まだ言いたいことはあるが、その前に二人の言い分を聞こう。どっちにしても煮え切らない思いだ…。こっちは真剣に悩んで響の未来を考えたのに………。」
大房の人間と結婚するなら、周りへの根回しも必要だろう。
「タラゼドさん…。他に誰かいるんですか?もしかしてコパーさんと…。」
泣きそうになる響。
「は?違う!」
お兄様もコパーは知っている。イベント派遣会社の女性だ。
「響。」
「何……?」
「でも、お前の方が不誠実だ。自分だけ何かされたような顔をして、相手に何かを問える立場か?」
「……?」
「何が待ってだ。今になって選ぶ気か?」
「だから何を?」
「男をだ!」
「?!」
それを兄に言われ、しかも自分が言葉を準備してきたのにタラゼドの前で言われ、ショックを通り越して怒りに変わる。
「なんでそれをお兄様が言うの?」
「…私だって真剣に悩んだんだ!!」
二人の間に不穏な空気が流れる。
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