99 狼も、豚も、麒麟も
前回の後半を保存していなかったようで(涙)、書き直しました。
少し違う流れになってしまいましたが、遅れてごめんなさい。今回も、大きな書き間違えを修正しました。
「麒麟?!」
「大丈夫?シェダルさん…。」
青花の狼になった響が、心配そうにのぞき込む。
「……図ったのか?」
出し抜かれたのか?と、苛立つ。
「私はシェダルさんの中にシェダルさんを案内しただけ。その後のことは私も見ていないよ。」
頭にきて青花の首を掴もうとするが、ふと気が付いて手を止めた。これが飲まれている、負けているということか。
「大丈夫。シェダルさんは負けてなんていないよ。」
それを見透かしたように青花が言った。
「前よりずっとずっと――
……ステキになっている。』
「?!」
思わぬセリフを口にするので一瞬たじろく。シェダルに距離を置こうとする麒麟が言う言葉ではない。
『だってここまで来たもの。こんなにも、こんなにもボロボロの足で………。』
もう足もない。
『私で終わりにしたかったのに、誰もそこに入れたくなかったのに、あなたはずっと閉じこめられていたのね………』
「っ?」
気が付くと自分に触れるその何かは、カビのような、肉の腐ったような匂いがする。いや、積もった埃?埃にまみれた砂の匂い?
けれど、触れようとすると宇宙になって――
一粒の何かを落とし、ポチャンとミルククラウンを作って消えていく。
いつの間にかまた話が始まっている。
「シェダルさん。完結された『絶対的な愛』しかこの世に侵略されないものはないよ。
DPサイコスターは、『絶対性』を持っていないと飲み込まれてダメになる。
つまり精神が壊れたり、おかしくなったりする。
絶対的な確信はどこからくる?
真理からしか来ない。
その心理の根は人間には無いんだよ。今の人間は永遠でもなく確信体でもないでしょ?
上がくれば上に、右がくれば右に、そうやって相対的にうつろう八方美人。すぐに自分より強い者に飲み込まれてしまう。」
何でこんなにも『愛』の話をされるのか分からなくて、シェダルはイライラする。その愛が、慈悲や博愛ということはシェダルにも分かるが、正直ウザい。
「でも、人は絶対的な愛を持たないと、絶対に幸せも平和も掴めない。
そうでしょ?
世の中の諸悪を見れば、こんなことをしてはいけない、それは罪だ、悪だ、どうにかしろと騒ぎ立てるのに、いざどうするのかと問えば、世の中はこんなものだと割り切っている。
なら、自分が犯罪の被害にあったら許せる?
自分の大切な人が不幸に巻き込まれてもいいの?
許せない、こんなことがあってはならないと思うでしょ?
まあ、シェダルさんは人生を投げ出しているからそうじゃないかもしれないけど。」
「………。」
ただ、シェダルなら、ムカつくからササっと始末なり復讐はしたであろう。アンタレスでなければ。麒麟にそう言ってやりたい。
でも、言いたいことは分かる。何が起こっても許せるのか?例えば、絶対に麒麟をあのラボに何て入れたくなかった。絶対に嫌であった。
絶対に。
「そんな事があって怒ってもいいのは、そのために不器用でもいい、力や心を尽くしてきた人たちだけだよ。絶対を求めて。
でも結局は、誰もが幸せになりたい。
そのためには『絶対的な愛』が必要だから。
本来家庭は絶対的な安全や愛がなければ場所でなければならないでしょ?」
「…??」
「ケンカをしないとか、形式美のように愛されるとか、そういうことじゃない。なんにしても、そのためには家族全員に一致した価値観がなければならない。その絶対的な価値観が、神から来る愛なんだよ。
それは全ての人に必要で、全ての人が同じくするもの。
そして、人間が何千、何万年もかけて、なくしてもなくしても………
切れそうな切れそうな細々とした線でも、何とかして勝ち取ってきた誇るべきものだから。
それを守ろうとする者はね、それを命かけて繋いできた過去の人々の、
強大な精神性や守りを受け継ぐの――」
「…?」
次々変わる話に、段々シェダルは話の焦点が分からなくなってくる。なぜこんな話になる?
「それが本人の中で確立した時………
ビルドは揺らがなくなる。」
「…麒麟?」
___
南海の講堂の天井に波模様が広がる。
「いい?後はもう、早いか遅いか。後か先かだけ。
気付くか気づかないか。先人になるか、後追いになるか。
人類はその段階をとうに過ぎている―――」
波文様の全ての話を引き継いだエリスの言葉が響く。
「それでだな。
もう聞き飽きた者もいるだろうが、我々が目指している都市は半自由経済主義、半社会主義の自由民主主義だ。ひとまずな。現在代の自由主義も社会主義も民主主義の一つだぞ。」
今回は参加できる全アーツが講堂に聞きに来ている。
「この主義の絶対的必要要素は、誰にでも一定の知恵と道徳心があることだ。言えば簡単なことだが、前時代はには実現できなかったし夢物語だと思われてきた。君たちも鼻で笑う話だろ。とくに大房。」
なぜかいつも標的になる大房民。
「この歴史の中でほぼすべての民族にそれができなかったんだ。新教ですら少数初期だけだ。
今ベガスも数百の民族が混ざり、河漢に至っては解析不可能なぐらいの民族性や血統が溢れている。富裕層から河漢に入った者もいるのだ。アンタレスはまだ東アジアベースが残っているが、あらゆる国家や地域文化が入り交ざって、文化にしても精神性にしても一から全ての文化を理解し合うなどは既に無理だ。
これから新しい人間が入ればもっと混乱する。」
講堂の中が静まる。
「けれど、人間の本質は変わらない。
だからこそ、一度原点に戻って、人間の本質を共有するんだ。各民族固有の文化はその後でいい。それは肉だから。」
エリスは続ける。
「それをするには、自身を省みることができる心が必要だ。
国政も行政もシステムも、対すべき相手も最後には関係ない。一人一人に人格の向上を目指してもらう。大きなことではない。小さなことからでいい。むしろ、小さなことに真摯になれる者の方がいい。
規則や法則だけ変えたって、同じことを繰り返すだけだ。国の醜態をな。
人の根本性を変えていかなければ、何も変わらない。それが霊性認識時代の突入によってやっと人類に可能性が開けた。精神性の高さによって、人が理解し合える時代が来たんだ。
人間の体の進化は既に最初の男女の時代に終わっているが、今度は倫理観や精神性などの開発をしていく。その上で、数千年の歴史で後退させてきた人間の身体自身ももう一度修正していくんだ。」
何のことかと言えば、この時代は病気の根本性を解決したり、身体自体を強くしていく研究が既に始まっている。科学的関与ではなく、霊性の啓発においてだ。
いずれにせよ、人間が今後宇宙に出て行くなら、前時代までの身体や倫理観、精神性を持って行っても、はほぼ絶滅しに行くか、数百数千年また彷徨いに行くだけだ。
神から見れば、彷徨っている場合ではないのである。
ここに道が、答えがあると言っているのに、前時代の多くの教会や科学開発機関は話を聞かないので、時代を100周ぐらい遠回りをしてきた。
同じところをずっとグルグル回っていたのだ。大の大人たちが揃いも揃って準備をせずに海に出て、ずっと波打ち際で沖に出られないようなものだ。出たら出たで、今度は深海までヘドロや化学物質で汚染させてしまう。
世界中で何兆というお金を賭けてそんな宇宙開発をした上に、地球周辺も瓦礫だらけになってしまった。
そして宇宙遠方に行くと、まるで永遠のループに入ったように演出され、宇宙の果てに行った者は塵になっても映画化もされ、一部界隈の英雄になる。彼は宇宙で彷徨いたかったのか。
違う、宇宙に希望を見出したかったのに。
神から見れば、サッサとそこから出してあげろと言いたい。空間の構造を教えると言っているのに、聖典を捨て、その本質を捨て、人を死なせて何をしているのかと。
「この辺は藤湾に関わる話だな。ベガスや河漢からもそういう開発に関わっていける人材を育て、見付けていく。教育に関して上の基準を下げることはするな。出来る人間はどんどん上にあげていく。」
だが、これは一歩方向を間違えば、科学が地球環境を壊したように諸刃の剣になる。
羅針盤を持たない霊性や、彷徨うだけの精神世界が危険なように。
だからベガスは、いつも少し青臭い。やみくもに自治体や科学の前身だけを進めない。心がどこにあるのかをいつも確認していく。自分が泥をかぶるのが嫌だと思ったら、少しだけ足も止める。
だから響は、それをシェダルに教える。
エリスは未だに、なぜ大房が最初のアンタレス側の開拓地になってしまったのかよく分からない。
けれど、ここにも狼の遠吠えを聞く。ずっとどこかで鳴り響いていた青い狼たちの鳴き声。
アジアに最も寛容だったユラスのオミクロン族は、アジアとユラスの狭間に消えてしまった。エリスはもう誰にも死んでほしくないと思う。大きな自治体を支えられるような優秀な青年たちが時代の犠牲になって、自由圏への、ユラスアジア侵圏へのギュグニー侵入を防いだ。
それを東の人々は知らない。




