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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第四十三章 緑の瞳

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9 ウヌクVSエリス



ベガス正道教の南海教会。


「それで、好きな子をいじめていたのか。小学生じゃないか。」

「違います!!」


いつも人をテキトウにあしらっているウヌクが、まだ焦っていた。言いながら「はいはい」と話を聞くのはエリス牧師である。


「結論を言おう。」

「………はい。」

「未成年は犯罪だろ。」

「そんなこと分かってます!!!」


ムギを意識することを止められなくなったウヌクは、悩んだ末、通りがかりのエリスに相談してしまった。エリスに荷物仕事を頼まれたついでだ。あの流れでなければ男アラサー、人に相談するなどできなかったであろう。


「…まあ、後2年半もすればムギも大人だからな。」

「エリスさんこそバカにしてます?」


横向きになっていた椅子をサーと4分の1回転させてエリスは正面に向き直る。

「山籠りするか?」

「なぜ!」

「こういう時は距離を置くしかない。」

「言うことは分かりますが、非現実的です。」

「まあ、せめて河漢の一連の仕事が終わるまではウヌクにもいてもらわないと困るからな。」

ウヌクの強さと適当さと調子の良さは、河漢の人間を担当するのに丁度良い。


「で、響にも手を出すのか。」

「え?響さん?!大好きですけど!!大房住まいだったら速攻うちに誘って遊びます!!」

超うれしそうなウヌク。

「…遊ぶ?」

「え??ご飯食べてお話しするだけですよ?トランプとかしましょうか?」

「…………。」

ウヌクが下心なくトランプなどがんばるわけがない。

「かったるそうに生きているわりに、響の話になると元気そうだな。」

「え?響さん見ると、元気が出ません?テンション爆上がりです。」

しかし肩を落とす。

「…でも、奴らの間に入る気はありません……。」

あいつらの面を思い出し、ウヌクは嫌そうな顔をする。

「あいつら思い出すと萎えるから丁度いいかも…。」

「………」



エリスはムギに初めて会った時を思い出す。


「ムギは他の子より小さくて、9歳だと思えなかったのに、あっという間だったな……。」

今度はエリスがため息がちだ。親戚のおじさんみたいになっている。

「もう見初められてしまうとは…しかも大房……」

「変ないい方しないで下さい…。」


「………信仰者だと、断食したり荒行をしたりする。」

「それで収まるんですか?」

「かえって性欲があふれる者もいる。それぞれだ。」

「ダメじゃないっすか!…あ、あと、やめて下さい。それに関しては今のところ性欲ではありません。」

「そうなのか?」

「そうですね。」


「まあ、荒行も一生に一度くらいいいと思うが。努力は無駄になることはない。ユラス教は子供の時から座学を学び、鍛錬にそれも含むんだ。男の貞操のためにユラスでは早く結婚するんだがな。」

ベガス駐在もやっと結婚をし始めたことを思い出し、エリスは安堵する。心配はアーツだけではないのだ。


はあ、とため息をついてウヌクは落ち込む。


「ムギの何が最初に気になったんだ?」

「………カッコいいな……と。」

「どんなところが?」

「頭悪いガキンチョだと思っていたんだけど…生き方とか、その姿勢とか……」

「………」

「…見ている世界とか…。」


凛とした迷いのない澄んだ顔。ウヌクは思い出すように言った。


「…何見てんのか知らないけど。」

正直、ムギが何を見ているのかは知らない。

でも、ベガスを見て、その先のもっと大きな未来の都市を見ている。東アジアのここだけにあるものではなく。そんな気はする。



エリスは少し考えるように黙り込み、おもしろそうに言った。

「まあ、それは当たっている。」

ウヌクは、エリスの言葉にダレていた姿勢を正した。

「サルガスが急にモテ始めただろ。同じだな。背後がよかったり、生き方や霊性がいいとたくさんの者が惹かれて、頼ってやってくるんだ。見た目や元々の好みも関係ない。惹かれている要素が違うから。」

「………。」

目をぱちくりさせるウヌク。自分はパイや陽烏(ようう)なのか。別にサルガスも誰もが思う美男子でもイケメンでもない。少なくとも男から見れば悪くはないし好きな人は好きな顔だろう、というくらいだ。


「ムギを見初めるのはある意味見る目があるとも言えるのだがな。」

「……褒めてます?」

「自惚れないでないでほしい。ただ、ムギの視野はチコやサダルたちと同じだよ。小さいようで狭くない。

自国や一時代だけを見ていない。全てを見晴らし、包括できる。」



「霊性が成長して何でも引き寄せられてくるのは少々難だがな。」

「……」

「結構大きな試練だぞ。歴史の大物たちも越えられなかったことだ。」

おもしろそうにエリスが言う。

「………。」

「まあ、しばらく距離を置いて、それ以外のことに励むんだな。毎日朝に聖典の『王の詩』を読むといい。

主の垂直の世界に帰るんだ。」

エリスが下から上に、垂直に手を切る。

「……はあ。」


「牧師のサラブレッドのエリスさんに言われても説得力ないんすけど??一瞬で負けます。あらゆる誘惑に…。犯罪ダメ。絶対ダメくらいの意識はありますが。」

「私はサラブレッドじゃないぞ。」

「え?」


「私はもともとイーストリューシア新教リベラル派の本拠地の人間だが?」

「ええ???」

さすがに驚く。新教だが生活や思想が完全なリベラルの教会だ。神は信じるが、神は全てを受け入れ、全てをお許しになった。全ては平等、全ては神の元に自由という感じの系統で、本人たちは知らないが最終的には超リベラルに繋がる。ウヌクは一応頭はいいので言っていることは分かるため、目の前のエリスにビビってしまう。


「正道教の開拓者はそういう者も多い。だいたい他教から来ているし、サダルも根本はユラス教だろ。ユラス自体がサダルの時代に国レベルで改宗しているからな。」

「……でも、ユラスは超保守ですからね…。」

エリスとサダルは真逆の人間だったということだ。


「遊び散らかしていました?」

ウヌク、興味津々で聞いてみる。

「高校時代に、同じ留学で来ていた女性に恋をしてしまってね。」

「マジっすか!遊びじゃなくてラブっすか!!」

超楽しいウヌク。まさかエリスからこんな話を聞けるとは。

「めっちゃ奈落の底から這いあがったんですか??!」

旧時代冷戦前後の映画をたくさん見ているウヌク。若者たちが反戦と愛を叫びながら、クスリに姦淫、最後に奈落の底に落ちるか、どうにか這い上がるかの映画をたくさん見ている。インディーズ映画は感動の欠片もなくトランス状態で大体ひどい終わり方をするのだ。


エリスが呆れて言う。

「ウヌク。ちょっとあとで霊を整理しよう。変な物ばかり観てきただろ。」

「よく分かりますね!反省してます。…それで………」


「………遊び散らかす前に、会ってしまったんだ。」

「……」

「散らかす気になんて全くなれなくて。」

「………?」

ん?と考える。


「今の奥さんですか?」

「……そうだ。」

「おおおお!!!!!」

あのエルフの女王みたいな陽烏の母である。


「見た目で?」

「それもあるが、正直、顔自体は会う度ムカついてたんだが性格がよくて…。最初はお堅いユラス教徒は苦手に思っていたんだが、物を見る観点が広くて一緒にグループ学習をするとすごく面白くて…。リベラルと違う部分で世の中のことに懐疑的で、探求心もあって。」

「のろけでもいいっすね!」

「………結婚してみたら結構豪快で、怒らせると怖かったんだが………」

「……。」

それは、何とも言えない。ユラス人にありがちである。


「あの時、彼女に会わなかったら、いろんな人と付き合って離婚結婚を繰り返していただろうな…。結婚もしたかどうか。高校の時点で仕事もしていたからお金に困らない自信はあったし。」

「……。」

「彼女が真面目なユラス教徒だったから、気を引こうと思ってユラス教会に出入りして、その間に総師長の友人たちに会ってね。そのままスカウトされたんだ。」

「………すごいっすね。愛ですね。よく考え方変えましたね。」


「…リベラルの人間と違う意味で超強烈な人たちだったからな………。はっきりいってドン引きだったが、よく聞くと言っていること自体はおもしろくて興味が湧いたんだ。聖典のことは新教では解けないことが多くてもっと詳しく知りたかったから、疑問だったことが違う観点から分かって。」

エリスは昔を思い出して笑った。



そして、最初のことに話を戻す。


「ムギのことに限らず、最初に『思い』を言ってくれるのが一番いいんだ。ベガスのことはもし何か起こしてしまったとしても隠さず報告するように。

それは、選民の王さえも越えられなかったことだ。」

「……。」

ウヌクは旧約を思い出す。



全てを成した王は、たった一つの過ちに過ち重ねた。部下から奪った部下のたった一人の妻。その女性を愛し、権威を使ってその部下を秘密裏に葬り、それを御前に隠していた。



「話すことで断ち切れるものもあるんだ。隠し事はよくも悪くもその人の中で成熟していくだろ。」

「はい……。」


「それが選民国家を一度滅ぼしたきっかけになったんだ。間違えたことはしかるべき人に伝えて、きちんとやり直ししないといけない。愛する人を犯し同志を殺した王は、神に自身を打ち明け、寄り頼むことができなかった。

最初の男女もそうだっただろ。」

「……。」

「我々は君たちに関しては、ベガス以外の事は関与できない。

でも、少なくともベガスの移民、とくに青年期や未成年の時から見ている子たちはみんな我々の…カストル御夫妻やチコにとっても、ここの住民にとっても息子娘のような存在だ。よろしく頼む。」

「…はい。」


エリスの話は今のウヌクに少し似ていた。

今のウヌクは、大房に帰ってもあまり女と遊びたいとは思わない。無限にある世界の全てで、自分もたった一つの未来を掴みたいと思った。


でも、まさか、こんなふうにチビッ子の事で頭がいっぱいになるとは思わなかったが。



「最後に祈ろう。また何かあったら話してくれ。」


そうしてエリスは、牧師としてその場を締めた。




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