第三十話
十九時から二十時頃は立て続けにお客さんがやってきて、とても忙しかった。やっと一段落した雰囲気の中、店長に呼ばれて事務所に入った。
「倉里さん、声が小さい。五月蠅くしろとは言わないが、ホールまで声が聴こえない」
「はい……、すみません」
「ドー、レー、ミー、ファー、ソー。ちょっと歌ってみて」
「ド、ドー、レー、ミー、ファー、ソー」
「“ソ”の音の高さで声を出す。いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
「そう! それで言って。“お待たせ致しました”、“今から伺います”、“ありがとうございました”も」
「はい! 分かりました!」
事務所から出ると、吉坂先輩は“何か言われたの?”という表情をしていた。
「声が小さいって言われました」
「バイトの初日は殆ど言われるから。“ソ”の音でしょ?」
「アハハ、そうです。“ソ”の音で声を出すって言われました」
「慣れてくると徐々に声が出てくると思うから気にしなくて大丈夫だよ、私も最初はそうだったし」
吉坂先輩が気を遣って頂いて有難い気持ちで一杯だった。私なんかに気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちも一杯だった。
「今のうちにご飯を食べとこ。今日はね……、サンドイッチの材料が余ってるから、ハーブチキンもあるある」
「食べて良いんですか?」
「良いの、良いの。今日で捨ててしまうから。半額は払うけどお店の売上に貢献していると思えば」
「そうですね」
「それじゃ、作りましょう。友達の椎川さんの分もね」
「は、はい」
自分が食べるのは失敗しても良いけど、アカリさんの分は失敗できない。




