第一話
吹き抜ける風が冷たい四月の初旬、私は古い建物が並ぶ大学のキャンパスを歩いていた。受験の末、都心にある藍嶺大学に合格して入学した。
思いを寄せていた西井君も同じ大学だった。でも、西井君は理工学部で私は文学部、それに通うキャンパスが違っていた。いつか逢えるかな……。
文学部の中で心理学科を専攻した。他にはフランス文学科やドイツ文学科、日本文学科などがあったけど、心理学を学びたい気持ちが強かった。HSPである自分自身の事をもっと詳しく知ることができると思ったから。
今日は大学の授業の初日、私は急いでいた。
朝から電車が遅延して、授業に遅刻しそうで焦っている。余裕をもって家を早めに出たのに……。
教室も校門から一番離れている第十六棟なので歩くのに時間がかかる。大きな銀杏並木を抜けて分かれ道を右へ進み、何棟か並んでいる奥から二番目の建物だったはず。スマートフォンで確認しながら息を切らして速足で歩いている。
急いで建物の入り口に入った瞬間、大きな壁にぶつかった。よく見ると壁ではなく背の高い男の人だった。
「す、すみません。だ、大丈夫ですか?」
私が慌てていて入り口に入ったから、私の不注意だった。いつもはこんな失敗はしないけど、急いでいると慎重さが欠けて失敗することが多い。相手が怒っていたらどうしよう……。相手が怖い人だったらどうしよう…。何か言われたらどうしよう……。どうしよう……、どうしよう……。一瞬の間に頭の中が動いて様々なシミュレーションをしていた。
「大丈夫ですか? すみません」
相手のその言葉を聴いて怒っていないと分かったし、怖い人ではないと分かって安心した。急いでいたので、私はそのまますれ違って建物の中に入った。心臓がドキドキしている。
教室の立札には“14-B”と書いていて、また驚いた。ここは第十六棟じゃない、第十四棟だ。また急いで建物を出て、周りを見渡すとこの第十四棟の奥に小さな建物が見えた。
あれかな……。
その奥の小さな建物に入ると目的の“16-B”の教室があった。
教室に入ると先生はまだ来ていない。まだ授業は始まっていなかった。
広い教室の中でどこに座ろうか席をキョロキョロと眺めていたら、どこからか私の名前を呼ぶ声が聴こえた。
「倉里さーーーん、こっちこっち!」
その方向に私を呼んだ人を見つけて、その座席へ向かった。授業の初日が遅刻で始まらなくて良かった。