四冊目<祟り>
刹那真は暇を持て余していた。
「あー、暇だな……」
俺は高校生になって初めての夏休みを過ごしていた。自分の性格上、宿題は始めの頃にすべてを済ませてしまうので、やることがなかった。
「暑いし、やることないな……」
スマートフォンの画面を見る。携帯を持てば、友達の連絡先くらい入っているものだろうが、俺の携帯は家族の連絡先しか入っていない。つまり友達がいないのだ。
友達が作れないのは今に始まった事ではない。幼いころから少し変わった子供で、血や虫の死体などのグロテスクなものを好んだ。それを見ると、俺は楽しい気分になって仕方なかった。理由は分からない。だがその姿に気味悪がる人が多く、現在も友達がいないのだ。両親もいつか人を殺すのではと思っているだろう。別に殺したい欲はないが、死体を見たい欲はある。どちらにせよ、普通ではないのだ。
「もう少し寝てようかな……」
時計の針はもうすぐお昼の12時を示そうとしていた。
―ピッ。
二度寝する時間でもないが、やることがなく寝ようと思い、エアコンのスイッチを押した。だが、リモコンから音が鳴るだけで、一向にエアコンが付く様子はない。
「壊れたのかよ……」
リモコンを乱暴にベッドの上に投げ、少しでも涼しい環境に行くため、リビングに移動した。
「あら?どうしたの?」
専業主婦の母は、料理をしていた。俺はほとんど部屋で過ごすため、リビングに来たことがよっぽど珍しかったらしい。
「エアコンが壊れて部屋が暑いんだ。だからリビングにきた。悪い?」
「悪くなんてないわ。あ、そうだ!お昼ご飯がもうすぐできるのよ。久しぶりに一緒に食べない?」
「たまにはいいかもな。ありがとう。」
「ふふ。じゃあ準備するわね。」
俺がおかしな子供であると周囲から言われるようになってからは、俺から両親と距離を置いた。食事も共にせず、学校から帰ると食事も部屋で食べた。両親が変な教育をしたからこうなったとは言われたくなかったからだ。だってどんなに俺が変でも、両親は俺と接しようとしてくれたのだから。
「こうして食事をするのもいつぶりかしらね。」
「さあ。幼稚園ぶりじゃないか?」
「そんなに前だったかしら?まあでも、元気に育ってくれてよかったわ。部屋で過ごすから関わるなって言われたときはさすがにショックだったけど、私たちに気を遣ってくれたのだもね。」
「別に。母さんや父さんだって俺がおかしいから、いつか殺人でも犯すんじゃないかって思ってたんじゃないの?」
「いいえ。お父さんは分からないけど、私は思ったことないわ。それがあなたの個性だもの。いい方向にあなたの趣味嗜好が花開けばいいなって思っていたわ。」
「そうなんだ。」
母の本音を初めて聞いた。少しむずがゆくなった。
食事が終わると、部屋に戻っても暑いだけなので、リビングでテレビを見ながら涼むことにした。天気予報や政治家がどうのとか、退屈な内容ばかりだった。チャンネルを変えようとテレビのリモコンに手を伸ばしたその時だった。
「次のニュースです。またお地蔵様の祟りでしょうか。今朝、地蔵村で首のない遺体が発見されました。遺体の近くには首のないお地蔵様が倒れており、村人たちはお地蔵様の祟りだと証言しています。警察は……」
「お地蔵様の祟り……」
俺は途中からニュースの内容が頭に入ってこなかった。
首なしの遺体。首なしの地蔵。祟り―。
こんなに興奮するワードは初めてだった。
「物騒よね。祟りって本当にあるのかしらね?」
「ねえ母さん。俺、夏休みだし、地蔵村に行ってみようかと思うんだけど。」
俺は居ても立っても居られなかった。テレビに映るあの村に行きたい。行って祟りというものを体験したい。興奮で心臓がうるさく鼓動していた。
「だ、だめよ!危険すぎるわ!この事件、最近よく見るのよ。何人もの人が首のない状態で遺体となって発見されてる。きっと祟りなんかじゃなくて通り魔かなにかよ!危なすぎるわ!!」
「大丈夫だよ。それに俺、一人旅って憧れるんだよね。」
「一人旅ならもっと違う場所があるでしょ!?」
母は必死だった。一人息子があの村に行ったら死んでしまうのではないかと心配してくれているのだろう。気持ちはありがたいが、俺は行動を起こさないと後悔すると思った。
「分かったよ。別の行き先を考えておくよ。それならいいでしょ?もう宿題だって終わってるんだし。」
「まあ……別の場所なら……」
母は渋々了承してくれた。
「ありがとう。」
「行き先が決まったら絶対に言うのよ?」
そう言うと、母はキッチンに戻って行った。今度は夕食の準備をするみたいだった。
こんな息子でも母は心配してくれるのだ。親には恵まれたと心から思う。でも俺はそんな親の気持ちを裏切るようなことを計画していた。両親が眠った後、こっそり家を出る作戦だ。地蔵村までの距離は電車で30分ほどの距離だ。そこまで遠くはない。それに電車は遅くまである。両親は寝るのが早いため、抜け出して電車に乗り、始発の電車で帰れば、こっそり出かけたとバレることはない。我ながら完璧である。
「コンビニでアイス買ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
あのまま部屋に居れば、俺の顔がにやけているのがバレてしまう。だから俺は外に出て、顔のにやけを抑えることにした。
夕食を終えると、俺は密かに出かける用意をしていた。昼間とは違い部屋もそこまで暑くはなかったため、いつも通り部屋で食事を済ませた。食器を部屋の外に出すと、両親が寝るのを待った。
一階から物音が聞こえなくなると、窓を開けて庭を見る。窓から庭に光が漏れている様子はない。俺は部屋を静かに出ると、両親の部屋以外をくまなく捜索し、眠ったことを確認すると音を立てずに静かに外に出た。振り返っても部屋の電気がつかない。俺は、親に内緒で家を抜け出すことに成功した。
家を抜け出す事には成功したが、電車の時間まであまり余裕はなかった。そのため、夜道を全力疾走していた。
「なんで今日に限って少し寝るのが遅いんだよ!」
息を切らしながら文句を言う。電車が発車するまで残り5分。間に合うか間に合わないかの瀬戸際だ。
「くそっ!間に合え!」
ようやく駅が少しずつ見えてきた。しかし、突然辺り一面真っ白な霧に覆われ、駅どころか周りの建物も消えてしまった。
「なっ!」
あと少し走れば駅だったはずが、景色は180度姿を変えてた。
「どうなっているんだ……」
混乱しながらも前に進むのをやめない。いくら霧に覆われていたって真っ直ぐ進めば駅なのだから。だが、見えてきたのは駅ではなく古い洋館だった。
「マジかよ……」
直前で道に迷ったらしい。恐らくはもう電車には間に合わないだろう。
「仕方ない。明日にするか……」
来た道を引き返そうと振り返ると、大量の本が壁を覆う大きな図書館らしき場所が目の前に広がっていた。
「え……」
戸惑っていると、俺が歩いていないのに、図書館がこちらに近づいてくるような感覚に襲われた。やがて霧の中にいたはずの俺は、いつの間にか図書館の中に居た。
「どうして……」
「ようこそ。伝承者の館へ。」
呆気に取られていると正面のカウンターから声がした。目を向けると、そこには人形のように綺麗な少女が座っていた。
「あの、ここはどこなんですか?」
地蔵村に行けなかったことで少しイライラしていた。初対面の人向かって苛立った態度は失礼だと頭ではわかっていたが、どうにも抑えられなかった。
「ここは伝承者の館。そして君は選ばれし者。名前は刹那真というのだね。」
「どうして俺の名前を……」
「それは私が伝承者で、君が選ばれし者だからだよ。まあそこにかけたまえ。今日はいい茶葉が手に入ったんだ。君にもおすそ分けしたくてね。」
優雅に紅茶を飲む少女。段々腹が立ってきた。
「何が紅茶だ!俺は両親の目を盗んで地蔵村にいく計画をしていたんだぞ!そしてその計画は完璧なものだった!それなのに君に邪魔されて……どうしてくれるんだ!」
「落ち着きたまえ。まあとりあえず、折角君のために淹れたお茶だ。飲んでくれないか?」
「大体、何が伝承者だ。意味不明だ。」
俺は、怒るということはあまりなかった。普通とは違うから悪口を言われても仕方がないと思っていたし、だからといって何か嫌なことをされたこともない。そのため喧嘩をしたりだれかを怒鳴りつけたりするのは今回が初めてだったかもしれない。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は葉月史乃。伝承者だ。」
「別にお前の名前なんてどうでもいい。早くここから出してくれ。」
「はあ。わかったよ。君は地蔵村に行けなくて怒っているんだね?ならば、私の淹れた紅茶を飲んでくれたら地蔵村まで送ろう。」
「本当か?!」
「ああ。私が足止めしているわけだしね。その代わりお茶が飲み終わるまで話を聞いてくれないか?」
「ラッキー!じゃあ遠慮なく。」
「……って、全く話を聞いていないね。」
俺は一気に紅茶を飲み干した。
「さ、早く地蔵村に!」
「君、人の話は最後まで聞いた方がいいと思うけれどね。相手が大事な話をしようとしているかもしれないというのに。」
葉月史乃と名乗った少女は、氷のように冷たい目つきで俺を睨んだ。その視線は少し怖かった。
「わ、悪かった……」
「いいや。構わないよ。お茶も飲み終わったみたいだし、約束通り地蔵村に送ってあげるよ。」
「あ、ああ……」
葉月史乃は俺に興味を失ったようで、カウンターの上に置いてある一冊の本を読み始めてしまった。
「扉を開けるとすぐだよ。急いでいるのだろう?さっさと行きたまえ。」
「わかった……」
来た時とは違い、冷たくあしらわれてしまった。しかしきっかけは俺が話を聞かず怒ったせいだろう。俺は無言で扉を開け館を後にした。
扉を開けると、本当に地蔵村に到着した。
「うわあ!ホントに着いたよ!ありが……」
礼を言おうと振り返ると館は忽然と姿を消していた。
「何だったんだ……夢だったのか?まあいいや。無事に地蔵村に着いたわけだし。」
特に館での出来事を気にすることもなく俺は地蔵村を散策し始めた。
「思っていたよりすごい数の地蔵だな。なんかテンション上がってきた!」
地蔵村と名乗るだけのことはあると思った。道があればその両側に地蔵が隙間なく並んでいるのだから。「こんだけあったら、一体くらい壊したくなるよな。」
気が付くと俺は一体の地蔵に手を伸ばしていた。その瞬間、俺の気分は最高潮に達した。
「ふふふ……あはははは!!」
口から思わず笑い声がこぼれた。にやけが収まらない。これはもう……
「壊すしかないよな。」
鏡で自分の顔を見たわけではないが、狂気じみた顔をしていたと思う。そして―
ガシャン!!
乱暴に地蔵を地面に叩きつけた。すると、地蔵の頭だけが砕けた。
「うわー、こんなに脆いんだな。なんか楽しくなってきたな!じゃあもう一体……あれ?」
ボトッ……
俺がもう一体地蔵を破壊しようとしようとすると、鈍い音と共に俺の視界が反転した。
「な……にが……?」
俺は分からないまま意識を失った。
「うっ……?」
俺は酷い頭痛と共に目を覚ました。
「ここって……」
目覚めた場所は、なんと地蔵村ではなくあの古い洋館の中だった。
「どうなっているんだ。俺は確か……」
「やあ。ようやく目を覚ましたようだね。死んだ気分はどうだい?」
「死んだって……俺が?」
「他に誰がいる?」
「信じられるわけないだろう!さっきまで俺地蔵村にいたんだぞ!」
怒りに身を任せカウンターに座る葉月史乃に迫る。
「はあ。ではこの真実のみを映し出すモニターを見るといい。君がどうなってしまったのか。」
「真実って……」
俺が反論しようとした瞬間、突然モニターに映像が映し出された。しかもそれは先程まで自分が行っていたことだった。
「なんで……」
俺が地蔵を破壊し、満足そうに笑っている映像。これは本当に真実を映すものだと信じざる得なかった。自分の行いを客観的に見ていたその時、信じられない光景が映った。
「な、なんだよ……」
2体目の地蔵に手を伸ばした俺の首が突然吹っ飛び、地面に転がるとそれに道路の両脇に居た地蔵たちが群がり食べていた。食べ終わると、元の位置に戻り、首なし地蔵と首のない俺の死体が転がっているだけになった。
「地蔵が?人の首を……?」
「世の中で起きているお地蔵様の祟りといわれる事件。いずれも首だけが見つかっていないのだ。つまりこれを見てわかるように首はお地蔵様たちが食べているからいくら探しても見つかるはずがないのだよ。」
「地蔵は物だ!自分で動いて、しかも食べるなんて無理に決まっている!」
「人間にもあるものが物にはないなんてことはないだろう?それは人間の勝手な決めつけだ。普段は何も言わない動かない物でも、人間がきっかけさえ与えれば今のように動き出してしまうこともあるのだから。」
「じゃ、じゃあなんで……?」
「おや?私の話を聞くことにしたのかい?初めに来た時は話なんて聞いてくれなかったのに。」
葉月史乃は意地悪な笑みを浮かべた。
「う……確かにあの時はどうかしていた。本当にごめんなさい。何か、散々酷いことも言った気がするし。」
「反省しているならよい。では少し話をしようか。まあよくある昔ばなしだよ。」
そう言って彼女は、カウンターの前に置かれた席に紅茶を置くと俺に座ることを促し、着席したのを確認して話始めた。
「地蔵村は元々、敬慎村という村だった。村には一つだけ神社があり、そこには神ではなくとても大きなお地蔵様が祀られていたそうだ。そして村人たちは、お地蔵様をとても大切にしていた。境内の掃除は怠らず、月に何回かはお地蔵様をきれいにし、御供え物を欠かすことはなかったそうだ。夏になれば、お地蔵様を囲んで祭りを開いたりもしたらしい。すると村は栄え、皆が裕福な暮らしをすることができたという。」
「すごくいい村じゃん。」
「もちろん、このままお地蔵様を大切にしていればな。だが彼ら欲望のあまり破滅することになる。」
「破滅……」
「彼らは十分裕福だったのに、もっと裕福になりたいと言い出したのだ。そしてお地蔵様にお願い事をするようになった。お金が欲しいだったり、もっと大きな家に住みたいだったり……多種多様な願いの数々。そもそもお地蔵様は願いを叶える力はない。ただ、大切にしてくれたお礼として村を栄えさせただけなのだ。だから村人たちの願いは叶わなかった。そのため、不満に思った村人たちはお地蔵様を粗末に扱うようになった。以前のように掃除をしたり祭を開いたりすることは無くなっていったそうだ。」
俺は紅茶を飲みながら、葉月史乃の次の言葉を待った。
「村人たちは、村が栄えたことを感謝することはなく、もっともっとねだるだけ。それが叶わなければお地蔵様のせいにする。そんな身勝手な姿を見たお地蔵様は神社を出て、村人たちを食い殺していった。そして村は全滅。しかし、偶然村を留守にしていた一人の村人が全滅し終えた瞬間に帰ってきたのだ。あまりにも悲惨な光景に逃げようと思ったみたいだが、全滅させたのがお地蔵様であると分かった瞬間、その村人はお地蔵様に土下座し謝ったという。その姿をみてお地蔵様は神社に帰っていった。」
「何でその人はお地蔵様がやったからって謝ったんだ?」
「心当たりがあったのかもしれないな。自分たちがお地蔵様を粗末にしていることや、感謝ではなく願い事をしていることに。生き残った村人は亡くなった村人たちの墓を作り、自身の家以外は焼き払った。それから現在も残るあのおびただしい数のお地蔵様を一人でたてると、神社に祀られている血まみれのお地蔵様をきれいにし、敬慎村から地蔵村に村の名前を変えたらしい。その後は徐々にではあるが村が栄え始めたという。めでたしめでたし。」
葉月史乃は凄惨な事件も淡々と語っていた。まるで感情というものがないように感じた。
「結局、人食い地蔵に仕立て上げるは人間ってか……あのさ俺、すげードキドキしたんだ。祟りのニュース聞いたときに。あの村に行ってみたいって。その結果がこれってなんか情けないよな。もしかしたらあんたの話を真面目に最初から聞いていたら死なずに済んだかもしれないのにさ。」
「まあ、全ては終わってしまったことだ。村人たちだって、今まで通り大事にしておけばよかったっておもっただろう。後悔先に立たずってね。でも君は、私の話を聞いても地蔵村に行って同じことをしただろう。君は、自身の好奇心に殺されてしまったも同然なのだから。」
「あー……返す言葉もないな……」
俺はガックリうなだれた。だがその時、俺の中から煙が出始めたのだ。熱くはなかったが。
「なんだよこれ!」
「君の火葬が始まったんだよ。やれやれ。ここまでのようだね。では、冥土の土産としてこれを受け取ってくれたまえ。」
そう言って葉月史乃は木箱を手渡した。蓋を開けると白い布が一枚入っていた。
「なんだよこれ。」
「お地蔵様は前掛けをしているだろう?現代では赤色が主流だが、本来は白色だったのだよ。しかし君にきかせた事件をきっかけにすべてのお地蔵様の前掛けを赤色に変更したのだ。戒めの意味も込めてね。」
「そうだったんだ。はあ。ありがとう。なんか死ぬ前に楽しいって思えたよ。でも、両親には悪いことしたな……二人はさ、俺の唯一の味方だったんだ。今日だって行くなって言われていたのに……」
「親に対して申し訳ないと思うなら煙の中で目を閉じ、耳をすませてみるといい。君の両親の悲しむ声が聞こえてくるだろう。君は自分の好奇心を満たすために大切な人を悲しませることになったのだからな。」
「そうだな……あんたの言う通りだ。そうしてみるよ。本当は蘇りたいけどさ。それで謝りたい。」
「そんな都合のいいことはないよ。時間のようだ。ではな。」
「そうだよな……じゃあな。」
俺は言われた通りに目を閉じて耳を澄ませた。すると、両親の悲しむ声やもっと強く引き留められていればなどという後悔の声が聞こえてきた。俺は感謝をしていたつもりだっただけで、自身のことしか考えていなかったのだと痛感した。
「今更、遅いよな……」
俺は煙に包まれながら酷く後悔した。