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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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伝承者の策略<空き家の多い島編>

「いやー! ナビちゃんってば名推理だったね! やっぱり目を焼かれる人間が、多かったね!」

「何が名推理よ。でもそうね」

 陽だまりの欠片は、幸せな夢の中に逃げ込む人間たちの目を、容赦なく焼いていった。ニュースが広まって行くにつれて、自分を見直す人間がいなかったわけではないが、圧倒的に少なかった。悔しいが、黒板の方が人間を理解しているように思えた。今のところはだが。

「暗いね! ナビちゃんの言った通りになって面白くなかった?」

「どうかしらね。特に何も思わないわ」

「ふーん。ま! いいけどね! それよりも、次の選ばれし者が見つかったんだよ!」

「分かったわ。じゃあ、情報をくれる?」

「もちろん! えっとね、選ばれし者の名前は芥子幸子。85歳のおばあちゃん。認知症を患っていて、老人ホームでぼんやりして過ごしているよ! 自分の名前はおろか、色々なものをすっかり忘れてしまっているよ!」

「嘘でしょ……」

 85歳の老人に何ができるというのか。しかも伝えたとして、すぐに忘れてしまうのでは意味がない。

「黒板。今回は無理なんじゃないの?認知症の85歳って、どう考えても不可能でしょ」

「そうだね! でも、芥子幸子じゃないとダメなんだよ」

「どうしてよ」

「今回の伝承の舞台となる安騎島の生き残りが、芥子幸子なんだよ。そして、芥子幸子の記憶こそが、今回の伝承を伝える上で必要なものなんだよ」

「記憶って……」

「芥子幸子の記憶を取り戻し、生き残りとして、その記憶を語ってもらうことが、今回の史乃の役目だよ」

 新たなパターンに頭が追いつかない。いつもなら、道具をどう使うかとかを考えるのに、考えるまでもなく、道具が人間の記憶だというのだから。芥子幸子が忘れてしまったものを私が掘り起こす。ハードルが高いのでは?

「それしかないの? 方法」

「ないね! (でんしょう)を読んでみれば分かるけど、そう書いてあるよ!」

「はあ……」

 頭を抱えながら、私は本のページをめくった。


タイトルは『安騎島』

 この島は、海の恵みと大地の恵みが豊富な島。住民たちは協力し合い、不自由のない生活を送っていた。

 しかし、そんな島でも全員がいい人とは限らない。ルールを守らない人や悪いことをする人がいる。時には、厳しい罰も与えた。それは、生きたまま人間を像にすること。眠らされた後、像にしたい形に固定され、氷漬けにされる。その中で死んだあと、粘土や石膏で周りを固める。固まったら真っ二つに切断し、内臓や骨を取り出して空にする。これで型がとれ、そのあとは鋳造や色塗りをして仕上げる。これがこの島の処刑である。

 何人かの処刑が行われた後、問題が起きた。島の(おさ)が像をとても褒めたのだ。そして、もっと欲しいと言い出した。当然住民は反対した。だが、反対したことが反逆罪となり、島の半数が処刑された。処刑人は心が壊れてしまい、機械のようにただ毎日像を作り続けた。不眠不休、飲まず食わずの処刑人はやがて亡くなり、作れる者がいなくなると、島の長は諦めた。その時の住民数は20人ほどまで減っていた。

 息を潜めて暮らしていた私たちだったが、ある日、豊かだった海は穢れ、大地は枯れ果ててしまった。生活に困ったが、好機だとも思った。この事態は島の長も同じ。横暴な奴を殺せると思った。だが、奴は自分1人だけ助かろうと、船で脱出を考えていたのだ。私たちが港に着いた時には、船に乗り終えており、出て行こうとしているところだった。間に合わなかった。誰もがそう思った。その時。何もないところから数多の刃が出現し、奴を串刺しにした。慌てて近くに駆け寄ると、原型を留めないぐちゃぐちゃのモノが船の上に転がっていた。目を背けようとした時、船を海が飲み込んだ。すると、穢れていた海は元の美しい色を取り戻したのだった。

 理由は不明だが、恐らく奴を恨む怨念が海を汚し、大地を枯らしたのだろう。そして元凶となった奴を殺した。奴の血や肉、骨を海に沈め、死んだこと確認すると、きっと成仏したのだ。見えないのでわからないが。それでも、海や大地が元に戻ったことから、そうなのだと思う。

 島の長が死んだから、私たちは処刑された島民たちを供養すべく、住んでいた家に像を飾った。そして、毎日家を訪れ、掃除をした。まるで、住んでいる人がいるかのように家の状態を保った。だが、これも楽ではなく、高齢者の多い生き残りだけでは不可能になってきた。1番若かった芥子幸子さんには負担をかけてしまうだろう。それでも頑張ってほしい。安騎島という存在をどうか保ってほしい。願いが叶うならば、島民を増やしたい。芥子幸子さんの負担を減らしてあげたい。でもできない。ごめんなさい。もう、自分が誰かもわからないのです。昔のことだけはよく覚えているのに、自分のことや最近のことは全くわからないのです。本当にごめんなさい。


「安騎島の生き残りたちが懸命に頑張っても、島民は増えなかったのね」

「そりゃそうだよ! 自然は豊かだけど、それだけだよ! 発展はしていないし、最新のものや店はない。それよりも、面白いものがたくさんある町に住むよね! 普通! だから、この島は廃れた。まあ、努力甲斐あって、観光地として残そうって、安騎島付近の観光協会が動いたみたいだけど、綺麗じゃなかったら観光地としても怪しかったんだよ!」

「なるほどね。たまに来るから、リラックスできるとか言えるけど、住むかと言われたら住まないわよね。利便性も低いみたいだし」

「でしょ! だから、芥子幸子の記憶を取り戻して語らせるしか方法がないんだよ! 生き残りは芥子幸子以外死んでるし!」

「確かに。ちなみに芥子幸子は、自分が誰か分かっているの?」

「まさか! 忘れてるよ! 思い出してもらうのはそこから!」

「えぇ……」

「ま! そのための名前で、そのための道具だよ!」

 よく分からなかったが、カウンターには、最初にはなかった長方形の箱が置いてあった。手に取り、開けてみると、ふわりとカスタードプリンのような甘い香りが漂ってきた。

「お線香?」

「そ! 芥子幸子は、お線香を作る家の生まれなんだよ! 香りは言葉より意外と記憶にあるものだったりするから、役に立つんじゃないかな!」

「これが道具だとして、名前ってのは?」

「人間には名前があるよね。自分が何者か分からないっていう時って、名前も言えないと思うんだよね。特殊な記憶喪失とかじゃない限り。呼ばれなくなったりすると忘れてしまいがちだよね。名前だって、記憶の1部。記憶を忘れてしまうなら、名前を忘れても不思議じゃないよね。だから、人間の1部であり、記憶の1部であり、1人の人間を示す名前を、史乃にはしっかりと呼んでほしいんだ!」

 名前なんて、身についたものだし、忘れることなんてないと思っていた。でも、そうかもしれない。私も、両親に放っておかれたとき、誰なのか分からなくなってしまったことがあるから。

「分かったわ。その方法でいきましょう。時間はかかるかもしれないけど、急に思い出してパニックになられても困る。だから、世間話をしながら思い出してもらえばいいと考えているわ。どうかしら?」

「いいね! いいね! ナビちゃんも提案した甲斐があったよ! じゃあ、早速呼んじゃうね!」

「ええ」

 返事をすると、お香をカウンターの下にある引き出しそっとしまった。

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