伝承者の策略<陽だまりの中で編>
割り切ったと思っていた心は、ささくれができたかのように、少しの衝撃で激痛が走りそうだった。自分を庇ったところで、傷つかないわけではないらしい。剥けた皮の根元は、ジクジクと血溜まりを作り、痛みを増していく。
「史乃ー! なんだか、お通夜モードだね!」
日当たりの悪い所にいる私と違って、カラリと晴れた青空にいるような声で話しかけてきた。次の選ばれし者が見つかったのだろう。そうでなければ、黒板は私に話しかけてくることはない。
「お通夜モードで悪かったわね。でも、誰も夕顔美紅をおくってあげられないんだから、私くらいはいいでしょ」
「衣斐蓬はおくってあげないんだ?」
「哀れに思わないわけではないけれど、おくる気はないわ。彼が望んで殺人鬼に体を渡したかもしれないじゃない」
「可能性がないことではないけど、贔屓してるなって!」
「何がいいたいのかしら?」
語尾を強く言いながら聞いた。
「別に!」
察しているくせに言葉にしない所が嫌いだ。私の心が乱れているのだって気がついているくせに。腹立たしいこの上ない。
「で? 今回の選ばれし者は?」
「ん? もういいの?」
「ふん。いつまでも時間を費やすことはできないわ。何せ私は、役目を果たさないと死ねないんだから」
「そっか! じゃあ紹介しちゃうね!」
ナビはそう言って、歌うように選ばれし者について語り出した。
「今回の選ばれし者は、安室紫27歳。安室彷徨の妻で、安室紫杏の母親。嫌なことは全部忘れちゃう、都合のいい脳みそをしているよ! 自分が大好きで、安室彷徨の愛が感じられなくなったって殺してしまうヤバイ人間だよ! 安室紫杏にも気に入らないことがあると暴力を振るっているよ! おまけに、妄想で暮らしているみたいで、ごはんを作ったつもりでおもちゃを出したり、髪を結ったつもりでいたり、妄想と現実がわからなくなっているよ!」
二重人格というやつだろうか。それなら、妄想で暮らしている安室紫には用事がない。伝承を伝えるべきは、暴力的で自己愛の強い安室紫だ。
「厄介ね。シラを切られつづけたら話が進まないじゃない」
「お! わかってるー! そうそう。現実が分かった上で話さないと、伝承は広がらないんだ! でも、すぐ崩壊すると思うよ。所詮、安室紫の妄想だもん。割れかけの生卵みたいなもの。ヒビの入っている所をつついてやれば、簡単に殻で守られた中身が露わになる」
「簡単に言ってくれるわね。なら、つつくための情報をできるだけ多くくれないかしら?」
「OK! じゃあ、本と一緒にメモしておいておくね!」
「ええ」
カウンターを見渡したが、本もメモもなかった。こんなこともあるのかと、頬杖をついてしばらく待つことにした。
間も無くして、
「準備できたよ!」
という、パチパチ弾けるソーダ水のような声が館に響くと、カウンターの上には、本とメモが用意されていた。目を離したつもりはなかったが、どこから出てきたのか全くわからない。
「どこから出したのよ」
「秘密!」
うん、知ってた。内心呆れつつ、本に手を伸ばした。
タイトルは『陽だまり』
昔、とても幸せな町があった。みんな笑顔で、住民たちも仲が良くて。しかし、そこへ旅をしていた私はやってきた。しかし、目を疑った。幸せだと言われている町が、廃村のようなのだから。
住民たちは、貧しい暮らしから目を背け、夢を見ていたのだ。本当は食べ物を取り合うような仲なのに、仲がいいと思ったり、綺麗な服に身を包み、不自由なく暮らしていると。
私は持っていた鏡を住民に差し出して、現実を示した。住民たちの夢は覚め、争い、奪い、そして滅んだ。幸せなんて言葉は、最初から存在していなかった。
陽だまりが町を包み込む。何もない町に、現実を受け入れまいと、割られた鏡の破片があるだけ。
道具として残されていたのは、沈む夕日のような色をしたガラスの破片。これが、陽だまりの欠片というらしいが、使い方までは書いていなかった。
「これ、割られた鏡の破片に名前つけただけよね?」
「いやいや! 陽だまりの光を吸収しきった欠片だよ! これで、体を焼くことだってできるんだよ!」
「でも、持っても熱くないわ」
「そりゃあ、今のままだと、ただの欠片だからね。史乃は、鏡って知ってるよね?」
「当然」
「鏡の構造は、裏面に銀の反射膜があるんだよ。それで、光はガラスを通って銀に反射した後、自身の姿を映すっていうものなんだよ。つまり、陽だまりの欠片が鏡の反射膜に入ったら、体を焼けるほどの光が反射して、鏡を見ている人間に当たるってわけ。火事でもないのに、その人間だけが黒焦げになる。これが、陽だまりの欠片の活用法だよ!」
伝えるための道具について、私が信用していないからか、わかりやすく教えてくれた。話を聞くかぎり、かなり危ないもののようだが。
「ねえ黒板。気になったんだけど、欠片は1つよね? それに引き換え、鏡は何千何百、それ以上あるわ。伝え方が、欠片を反射膜に仕込むことなら、足りないでしょう?」
「ふふん! その質問は想定済みだよ! 心配は無用! 欠片を鏡の分だけ増やし、且つ反射膜に散りばめられる便利なものを用意したよ! ナビちゃんってば、優秀すぎて困っちゃうね!」
一言余計なんだよなと思いながら、黒板の画面に映った横矢印に従って歩いていくと、本棚を近くで映してもすっぽり収まってしまいそうなくらい大きな鏡があった。
「この鏡は、陽だまりの欠片を活用するために作られた、特製の鏡だよ! でも、選ばれし者しか欠片を仕込めないようになっているよ。そこは注意してね!」
「用意がいいわね。けど、鏡を見るたびに体を焼かれていたら大変なことになるわよ?」
「大丈夫! 鏡を見て、現実を受け入れたくない、こんな姿の自分は自分じゃないって、妄想に逃げ込んでいく人間たちの目を焼くだけだから!」
「どうやって見極めるのよ。それに、単なるコンプレックスで見たくないって思う人もいるかもしれないじゃない」
「陽だまりの欠片が、その辺は見極めてくれるよ! それに、選ばれし者が仕込むってことは、選ばれし者である安室紫と似たような妄想の中で生きている人間に効果があるってこと! 安室紫は度を超えていたけど、似たような人間ならゴロゴロいる。受け入れ、過ちを正すか、正してもらうか、目を失うか。でもきっと、ナビちゃんが思うに、目を失う人間が多いんじゃないかな!」
「どうしてよ?」
「だって、見たくないって思って妄想に逃げているのに、自分で自分を見つめ直す? しないよね。目を焼かれて夢から覚めても、もう見ることが叶わないなら、また妄想に逃げられる。痛い思いをしたら、牢屋に入ったら心が入れ替わるわけじゃない。いっそ、死んじゃえばいいのにね」
そんなことないと、反論しようと思った。機械から見える人間はそうでも、実際は違うと言いたかった。でも言えなかった。私も目を失う人間が多いと思ってしまったからだ。
天井を見上げると、切れかけの電球のような色をした光が、私を照らしていた。




