伝承者の策略<刃編>
「ねー史乃ー。あの村、結構話題になったみたいだね!」
「そうなの?」
「9割若者の村! 名探偵なら、謎を解きに訪れそうな見出しじゃない?」
「別に興味ないでしょ。1つの村が若者だらけだろうが、年寄りしかいなかろうが、誰も知ったことじゃないわよ」
「ぶーぶー。つまんない反応!」
「悪かったわね」
そう言われても、ピンと来なかった。無事に伝承が伝わっていればそれでいいし、きっと、あの村は水不足が解消されて、大変な生活からは脱しているはずだ。まあ、死体が埋まっていたりするから、その辺が落ち着いてからだろうが、無実の人間が平和に暮らせるようになったのなら、それ以上はなにもいらなかった。
「そっか! じゃあ、早速、次の伝承に移ろうか!」
正直、黒板のテンションは読めない。私はまだ、あの冷たい声が頭から離れないのだ。
『よくさ、人間の心がないとかいうけど、このほうがよっぽど人間らしいよ。己のためだけに他者を押し除ける。これほど人間らしいことはないよ』
思い出すたびに、鳥肌がたった。ハイテンションの黒板と、冷酷な黒板。どちらが本当の黒板なのだろうか。それに、機械なのに、感情があるように感じてしまうのは、私の都合の良い解釈なのだろうか。答えは果てしない螺旋階段の上にあるようだった。
本のタイトルは『復讐の刃』
たくさん人が死んだ。笑った犯人が歩いている人たちを次々と殺していった。
犯人は、捕らえられるまで殺し続けた。しかも、確実に人が死んでしまうであろう、首を刺したり、心臓付近を連続で刺したり……倒れた人たちは、マネキンのように倒れたポーズを保ったまま動かない。違うのは、血が出ているということだけ。
犯人は人を殺してみたかったらしい。そんな理由で、多くの命は奪われた。反省もしていない。このまま死罪になっても本望だという。
死んだのは15人。治療を受けたにもかかわらず誰も助からなかった。道を歩いていただけで死んでしまった。明日何が起こるか分からない人生。だが、歩いているだけで被害に遭うなんて理不尽すぎる。許せない。許せない。ユルセナイ……殺したい。殺したい……
犯人を憎む被害者たちの魂は、ナイフの形になった。天使か悪魔か分からないが、我々の怨念をナイフという凶器に変えてくれた。ただし、使えば天国へはいけない。でも構わない。復讐するという選択をした時点で、地獄行きは確定している。
しかし問題は起きた。我々は体がない。ナイフを持てない。使えない。誰かに使ってもらわなくては。だが、ナイフが近くにあろうとも、見える人間はいなかった。見えたとして、犯人を殺すとは限らない。
身を挺して作った凶器。意味のないものにしないでほしい。使える人間がいるのなら、いつになっても構わない。犯人の魂を打ち砕いてほしい。我々の無念を晴らしてほしい。
伝承というより、事件で亡くなった人たちの無念が書いてあった。復習を果たすことで伝えられる伝承。でも、そのためには、選ばれし者に死んでもらう必要がある。死んだ上で、ここに来てもらう。後は、紅茶に細工でもすれば、しばらく魂を留めることも、1度現世に戻すことも可能だ。
「史乃ー。どうしたの?」
あれこれ考えを巡らせていたら、どうやらぼーとしてしまったみたいだ。最後のページをめくった白紙のページを開いたままでいたら、誰でも不思議に思う。
「別に。ただ、選ばれし者が死者じゃないといけないし、ナイフを使えば、存在を抹消されるって……こんな条件って、ちょっと酷いなって思ったの」
「どうして? これは断罪道具で、復讐ができる魔法のアイテムだよ。代償くらいは受け入れてもらわないと。相手の命を奪うなら、それに見合う対価は同じく命しかない。妥当だと思うけどなー」
「なら、選ばれし者は、復讐したいって思ってるってこと? 復讐心もない人に、頼めることではないわよね?」
「その辺は心配しないで! 選ばれし者はもうすぐ死ぬから!」
「は?」
預言者か。条件が揃っている人を見つけてくるとは思っていたけど、もうすぐ死ぬかどうかまで分かるなんて。何者なんだよ本当に。
「選ばれし者の名前は、夕顔美紅。高校2年生。可愛い顔で男を籠絡している女の子!」
「真面目に言いなさいよ」
「えー。モテるってそういうことじゃない?」
「違うわよ。本人の意思が伴ってないじゃない。モテるってのは、その人の魅力が、周りを惹きつけるってだけで、別に籠絡してるわけじゃないから」
「ナビちゃんには違いはわからないけど、夕顔美紅は、告白をたくさんされているけれど、夢である美容師になるまで、恋愛は禁止してるんだって!」
「そう。意思が強い子なのね。じゃあ、告白を断ってばかりだから、フラれた奴らが殺しにくるってこと?」
「違うよ。殺しにくるのは、衣斐蓬。連続殺人犯の魂が宿った人間だよ。でも、生まれつき変な子だったわけじゃないんだ。執着心はあったみたいだけど。夕顔美紅と出会い、彼女に惚れてしまったが故に、殺人犯の魂が開花。元々の執着心を利用され、恐らく今は、衣斐蓬であって衣斐蓬じゃないんだよ」
要するに、異世界転生的な感じか。あれも、途中まで生きて来たキャラクターに成り変わっている。転生に気づき、かつ前世の記憶を持っていたのだろう。心くらいは、衣斐蓬のものなのだろうか。
「じゃあ、衣斐蓬を夕顔美紅に魂のナイフを使って殺させれば、伝承は広がるってこと?」
「まあね! そのためには、夕顔美紅を見殺しにする必要があるけどね!」
忘れていた。このナイフは、死者しか扱えない。しかも、使えば存在ごと消えてしまうという、いらないオマケつき。
「他の方法なんてないのよね?」
「見殺しにしたくない?」
「できればね。わかっているなら回避したいわ」
「んー。無理だね! 道具を使わない訳にはいかないから、助けようとなんて思わない方がいいよ!」
確かに、知恵を絞ってどうにかなることではない。分かってはいるのだ。だが、見殺しは後味が悪い。
「史乃。人は生きるために命を奪うよね。なら、史乃は、伝承を伝えるという自分の役目のために、人の命を奪いなよ」
冷酷な声が頭の思考を鈍らせる。黒板の考えに頷いてしまいそうになる。しかし、私は、
「冷たいわね。でも、他に方法もないからね。だから私は、初めから夕顔美紅が死ぬことを知らなかったことにするわ」
と、最も最低な発言をした。見て見ぬふり。最悪な手段だ。きっと、割り切って話す黒板よりも冷たいだろう。
「冷たいのは史乃じゃん! まあ、いいけどね!」
「そうね」
そう。私は冷たく残酷だ。自分の心を守るために、夕顔美紅の未来を知らなかったことにするのだ。
見て見ぬふりなど、自分を守るためにしか役に立たないのだから。




