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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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二冊目<呪われた果樹園>

この町には、収穫祭という祭が、年に一度開かれる。そしてその中心は杏樹家(あんじゅけ)である。杏樹家現当主は杏樹桃音(あんじゅももね)この私だ。私の家は、広大な敷地を生かし、色々な種類の果物を育てている。収穫祭はその名の通り、杏樹家に実った果物を収穫する祭りだ。しかも、無料で。一家族3個までという決まりはあるものの、果物の出来に、だれも文句を言う人はいなかった。それほど見事な果物が実るのだ。お店で買えば数千円はするだろう。私の自慢の果樹園である。



「桃音さん、おはようございます。」

「おはようございます。」

私の家は大きいうえに、中が見えないように、高い塀で覆われている。そのため、外の様子は見ることはできない。窓の外は果樹園だから、景色が悪いわけではないが、たまに窮屈になる。そうなると私は、近所に散歩に出かける。外に一歩出れば、挨拶をしてこない人は誰もいないくらい有名人なのだ。これも私が外に出る理由の一つだったり。

「今年の収穫祭は大丈夫?この間、前当主様が亡くなられたばかりなのに……。」

「ええ。お父様が亡くなられてショックが大きいのは確かですが、皆様が楽しみにしてくださっている収穫祭を開催しないわけにはいきませんから。それにこれは、我々杏樹家が守ってきた伝統行事。途絶えさせるわけにはまいりませんわ。」

「桃音さんは強いわね。では、楽しみにしています。」

「はい。」


そう。杏樹家の前当主である私の父は、3日前にこの世を去ったのだ。交通事故で。3日前は、母と父の結婚記念日で、そのお祝いとして二人は旅行に出かけていた。その帰り、居眠り運転をしていたトラックと衝突し、二人とも亡くなってしまったのだ。築き上げるのは大変なのに、失うのは一瞬なのだと思った。しばらくは悲しくて引きこもっていたが、窓の外から見える果樹園を見ていると、悲しんではいられないと思った。代々守ってきた収穫祭。二人が居なくなってしまったからといって、何もできないのでは、この家の恥だと思ったのだ。


数日後、私は果樹園のレシピを父の部屋から見つけ出し、果樹園の世話を始めた。私も一人暮らしができるくらいのいい年だ。寂しいが、この家と果樹園、収穫祭を守ることもできるはずだ。

「よし。やるぞ。」

私は前を向いた。悲しい顔を見せるのは一人の時でいい。住民にも、果樹園にも見せることは許さない。そして今に至るのだ。


収穫祭は育てている果物の都合で、秋頃に開催される。もうすぐ秋。レシピ通りに育てた果物たちは立派に育っていた。

「これなら一週間後には収穫祭が開けるわね。」

果樹園を眺めながら私はうっとりした。手塩に掛けて育てた果物たちはキラキラと輝いて見えた。

「そうだわ!チラシを作らないと。」

知れ渡っているはずの収穫祭だったが、父は新しい住民の人は知らないだろうと毎年チラシを作っていた。どれだけの人が引っ越してきているかも分からないのに、そんなところまで配慮するなんて本当にすごい人とだと感心してしまう。

「はあ……。全然ダメ……。上手く行かないな……。やっぱりお父様はすごいわ……。」

こういう時、一人というのは不便だ。客観的な意見が欲しい時に誰もいないのだから。

「そういえば、よくお父様はお母様に相談されていたわね……。」

収穫祭前の慌ただしい雰囲気。それでも、楽しそうな二人の様子を思い浮かべると、つい泣きたくなってしまう。

「ダメダメ。今年からは一人でやらないといけないのだから。感傷に浸っている場合ではありませんわ。」

自分を鼓舞し、準備を急いだ。



一週間後。収穫祭当日。

「皆様、本日もお集まり頂き、ありがとうございます。今年も無事、収穫祭を開くことができました。それでは、お持ち帰り用の袋をもらった方から順番に、お入りになり、お一家族3個まで好きな果物を選んでお持ち帰りくださいませ。では、ここに、収穫祭の開催を宣言いたします!」

「「わああああ!」」

始まりの挨拶が終わると、住民たちの興奮は最高潮に達していた。袋を渡していると、

「大変な時なのに、開いてくれてありがとう。」

「本当に立派な娘さんよね。辛いだろうに偉いわ。」

次々と私を労わる言葉をかけてくれた。

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、私個人の事情で、皆様の楽しみまで奪うわけにはいきませんから。」

「まあ……。」

「なんてお優しい……。」

その言葉を聞いた人たちは涙ぐんでしまった。

「そんな顔しないで下さい。はい、袋です。」

「ありがとう……。」

私は町の人たちにも支えられているとおもった。しかし、そう思ったのもつかの間だった。

「きゃあああ!誰かそいつを止めて!」

果樹園の奥で悲鳴が聞こえた。慌てて悲鳴の聞こえたところへ向かうと、女性が一人倒れ込んでいた。

「どうされましたか?!」

「うう……。なんてね。」

「え?」

「みんなー今よー。」

女性の掛け声を合図に、木の影から多くの人たちが出口に向かって走って行く。

「なっ……!?」

その人たちをよく見ると、手には、配った袋の中いっぱいに詰めた果物と、さらに持てるだけの果物を両手に抱えていた。3個どころではない。

「ちょっと!お一家族3個までと……!」

「前当主が亡くなった今、あなただけじゃない。ルールを守らなくても怖い物なんてないわ。」

「そんな……!」

「じゃ、私もお暇しよっと。」

「あ!待って……!きゃ!」

―ドサッ!

慌てて女性を追いかけようとしたが、足がもつれて転んでしまった。

「私一人じゃ……。」

一人の時以外泣かないと決めたが、思わず涙がこぼれた。

「桃音さん!大丈夫?」

「桃音さん!」

遅れて駆けつけてくれた住民もいたが、さっきの光景が頭から離れず、この人たちも裏切るのではと疑心暗鬼になってしまった。

「大丈夫です……。お構いなく……。」

私は一人で立ち上がり、誰とも話さず屋敷の中へと姿を消した。


収穫祭が終わると、果樹園はもぬけの殻になった。たくさん実った果物たちも、ほとんど残っていなかった。あれだけ一気に取られたら、なくなるのも無理はない。

「はあ……。」

頑張って開催した収穫祭だったが、思わぬ展開で幕を閉じた。まさかルールを破る人があんなにいるなんて思いもしなかった。

「父様や母様なら上手くやれるのでしょうね……。」

私は心身共に疲れ果てていたし、とても傷ついていた。だか、その傷を抉るかのように、

ーガシャン!!

と大きな音が果樹園の奥から聞こえてきた。慌てて駆けつけると、屋敷を囲う塀の上に一人の少年が登っていた。手には残り少ない果樹園の果物を持っていた。

「げっ!現当主……。おい!早く梯子を戻せ!」

少年は一人ではないようだ。彼らはこの高い塀を登るのに外側から梯子をかけていたらしい。さっきの物音は梯子が落下した音だったようだ。

「今警察を……ってちょっと!」

「捕まるって分かってて待つやつがあるかよ」

そう言うと少年は塀の外に逃げていった。

「このままじゃ……。」

果樹園がなくなってしまう。焦った私は、家のあらゆる箇所に防犯カメラを設置した。監視されていると感じれば入ってこないだろうと思った。


私は監視カメラで24時間果樹園を監視し、侵入してくる者がいれば即通報した。果樹園を守るため必死だった。睡眠不足で顔はやつれ、身なりは酷いものになっていた。だが、果樹園を守るためだと思えば気にならなかった。


監視を始めて数日経った。かなり厳しい方法をとっていたため、それが抑止力になっているだろうと思っていた。

「少し眠ろうかな……」

まともにベッドで寝ていなかったため、疲れがピークに達していた。ベッドに寝転ぶとすぐ眠りについてしまった。


どれだけの時間が経過しただろう。

「ん……私どれだけ寝てたんだろう……?」

睡眠をとったからか鉛のように重かった体は少しだけだが軽く感じた。

「外の空気でも吸ってこよう。」

外に出ると太陽の光がやたらと眩しかった。部屋に籠りっぱなしだったし、外に出てもいつも夜だったからだろう。

「久しぶりの外だなー。あれ?」

果樹園を見に行くと地面が荒れていた。通報した時にみた地面はそんなに荒れている印象はなかった。夜だったからか?いや違う!こんな荒れ方はしていなかった。

「げっ!当主いるじゃん。」

「嘘……」

私は夢でも見ているのかと思った。何と、正門の鍵を開けて普通に入ってきたのだ。私は塀の周りだけしかみていなかった。正門は鍵がかかっているから大丈夫だと思っていた。

「な、なんで鍵なんか持っているのよ!」

「……っ!」

「答えて!」

「みんな持ってる。最近は塀の周りがカメラだらけになってて入れないからって誰かが作って配ってるんだ。俺もそれでもらったからどうやって鍵ができたのかも知らない。」

「そんな……」

私が部屋中から監視していたのは意味がまるでなかったのだ。むしろ、彼らに別の手段で侵入する方法を考えさせてしまったにすぎなかった。

「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

彼は真実だけ告げると、そそくさと逃げてしまった。

 あーあ。もう何しても無駄だなー……

果樹園を守るための策を講じるのも嫌になってきた。どうせ無駄だと分かっていて何かする気にもならなかった。


私は正門の前で呆然と立ち尽くしていた。その時だった。

「おや?現当主様がそんな顔をしてどうしたの?」

目線を少し下げると、そこには中学生くらいの少女が純白のワンピースを着て立っていた。

「あなた、見慣れない顔ね。引っ越してきたの?」

「ううん。昔住んでいただけだよ。それよりも来年の収穫祭は行えそうなの?ここから見える範囲だけど、酷い荒れ具合だよ。」

見た目の割には大人びた話し方をする少女は、1番触れてほしくない話題に触れてきた。

「えっと……やれると思うわ。毎年欠かしたことがない行事ですもの。みんな楽しみにしているはずだわ。」

精一杯の強がりだった。こんな子供の前で泣き言を言うわけにはいかなかった。

「だが、この果樹園の果物の味は初代当主様の味から徐々にではあるが、味が落ちていっているぞ?昔はほっぺが落ちるほど美味しかったものだ。」

「え?!あなた、お祖父様を知っているの?!」

「いかにも。こんななりをしているが、結構な年だぞ?」

「信じられない……。それに、まだ生きているなんてありえない……」

「ならば、妖精か幽霊か何でも好きな解釈をするといい。」

「そ、そう……」

にわかには信じがたい。でも嘘を言っているようにも見えなかった。

「それでだが現当主様。私は今日、この果樹園を守りたいと願うお方から、とある物を預かってきている。受け取ってもらいたい。」

そう言って少女は小さな水色の小瓶を取り出した。

「これは?」

「地面にこの中の液体を垂らすだけで、ルールを破る者どもを一網打尽にする殺戮薬だよ。」

「なっ……!そんな薬、使えるわけないじゃない!果物に何かあったらどうするの?!それに人を殺したらダメなのよ?!」

「言っている場合か?確かに名前は恐ろしいが、今の果樹園を守るにはこれを使う他ないだろう?」

「で、でも……」

少女の言っていることは最もだ。私の手では侵入者たちをどうすることもできない。鍵も作られてしまい、いよいよ収集がつかなくなってしまった。本当はその薬が欲しい。だけど……。

「はあ……。ではなぜこの果樹園の果物がよく実り、そして美味しいのかを教えてやろう。」

「え……?」

「この果樹園は、この家の者以外地面を踏むことさえ許されないいわば聖域に近い場所だ。」

「収穫祭はどうなるの?みんな入ってくるわよ?」

「収穫祭は年に一度。部外者たちが去っていった後、土をまた元通りにするのに一年かかるんだ。現当主様が受け継いでいるであろうレシピにはほぼ土についてばかり書いてあると思うぞ?」

「どうしてそれを……」

杏樹家に伝わる果樹園のレシピは実る果物について書いてある部分よりも土について書いてある部分の方が多いのだ。それを知っているのは杏樹家の人間だけのはずなのに……。

「果樹園が聖域に近い理由は土にある。そして部外者たちに踏まれないように高い塀を建て、侵入を許さなかった。まあ、住民たちも収穫祭のルールを守り、破る者もいなかったがな。だが、次の代に次の代に引き継ぐにつれ、ルールを破る者が出てき始めた。それで土は収穫祭のために準備している最中に部外者に踏まれ、果物の味につながってくるわけだ。もちろん対策をしていただろうが、ゼロにすることはできなかったようだね。」

「……じゃあ、私が侵入を許したから果物がマズくなったってこと?」

「そうだ。だからこのままでは現当主様が疲れ果ててしまうし、果樹園の果物は今までにないくらい味が落ちてしまうだろう。数を制限するほど価値があるとは思えないくらいにね。そのための殺戮薬さ。」

少女は悪魔のように微笑んだ。

 ああ……悪魔との取引とはこのようにして行われるのか……

私は気がつくと少女手を取っていた。

「その薬、今すぐ使ってくれない?」

「了解だ。」

この日私は悪魔と契約をした。


少女を果樹園に招き入れた。

「今から使うが、使った時点では効果が分からない。あくまで、ルールを破る者だけを殺すものだからな。しかし、きっと役に立つだろう。」

「わかったわ。」

少女が薬を使うのを固唾を飲んで見守った。少女が液体を果樹園の地面に垂らした瞬間、地面が光り輝やいた。

「え!?何?」

驚いて周りを見渡したがすぐに光は消えてしまった。

「この光は殺戮薬を使用したという証明みたいなものだ。では私は帰るよ。これからはいい方向に物事が進むだろう。だから、今まで通り果樹園を守っていけばいい。」

「えっと、ありがとう。あの、名前とかって聞いても……?」

「さあな。来年、収穫祭が無事に開かれたらその時に告げることにしよう。」

「そう……。なら頑張るから、収穫祭、必ず来てね。」

「ああ。」

少女は正門を出ると初めからいなかったかのように消えてしまった。


次の日、テレビを見ていると果物を食べて亡くなった若者のグループがいるというニュースがやっていた。

「彼らは杏樹家の果物を盗み食べたと思われます。」

「え……」

ニュースキャスターは信じられないことを口にした。そのタイミングで警察が家を訪ねてきた。

「あの!我が家の果物は安全なものです!」

「あー……なら一ついただけますか?調べますので。」

「いますぐ剥いて食べれるようにします。何なら、目の前で果物をもいで切る所までお見せしても問題なないのですよ。」

疑われる筋合いなど無い。この果樹園の果物に毒など入っているわけがないのだから。

「わ、わかりました。ではお願いします。」

私は彼らの前で果物を一つ取り、皮を丁寧に剥くと皿に乗せて渡した。

「どうぞ。」

「……。おいしいですね。」

「何ともないですね……。皿にも果物にも毒物の反応はありませんし……」

警察の人たちは顔をお互いに見合わせ、申し訳なさそうに一礼すると屋敷から出ていった。


さらに翌日、そしてその翌日も杏樹家の果物を盗んで食べた人たちが次々に亡くなっていった。だが、どれだけ調べても杏樹家には何もなかった。そんな事件が連続したせいか、カメラには侵入者は映らなくなった。土も荒れ果てていたのがようやく綺麗になってきた。


事件に関与しているのではないかと疑われたりもしたが、不思議と不安はなかった。だって何もしていないのだから。そして、事件が起きてから早一年。今年も収穫祭を開くことができた。

「この果樹園が事件と関係があると言われたりもしましたが心配いりません!いつも通りお1家族3個までの果物をお持ち帰り下さい。では、収穫祭の開催を宣言いたします!」

例年よりも参加者は減っているように見えた。だが気にはならなかった。

その日、収穫祭に参加人たちは果物を食べたようだが、亡くなった人はいなかった。


収穫祭をきっかけに、収穫祭以外の時に杏樹家の果物を取って食べると死んでしまうという噂が広まった。その日から杏樹家の果樹園は『呪われた果樹園』と呼ばれるようになった。なんて不名誉な名前なのだろう。だが、噂が広まって以来、盗みに入る者は誰一人いなくなっていた。ならばその不名誉な名前も悪くない気がした。



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