伝承者の策略<ベルベットボイス編>
「ちょっと史乃!どうしてそんなに可愛くないの!?」
イラッ。
「どうどう?何を思った?」
イラッ、イラッ。
「史乃?おーいってばー」
「うっさい!急に何? 自分で自分を可愛いって言ったりはしないけど、唐突にそんなこと言われて、気分が悪いわ!」
「だよねー。これが、近年増えつつある、従業員に理不尽なクレームを言うこと。これをカスタマーハラスメントというよ!不愉快だよねー」
「かなりね。でもさ、お客様は神様ですって資料にも書いてあったわ。それが原因じゃないの?」
「ふーん。神様って、そんな存在?」
「え?」
「例えば、七福神っているじゃん。そいつらって神だよ?でも、人を幸福にしてるよ?お客様が神様なら、従業員を幸せにすべきであって、不愉快にするのは違うってナビちゃんは思うわけ。神様を名乗りたいなら、優しく見守れば?ってなるよ!」
「なるほどね。それは一理あるわね。神が何をしても許されるなら、この世界は滅んでいるわ」
「だよねー!」
「じゃあどうして、そんなこと言うようになったのよ。そんなことだから勘違いする人間が出てきたんじゃない」
「言葉の由来としては、演歌歌手の三波春夫っていう人が、『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです』って言ったことらしいよ!でもこれは、演者としての心構えとして言っただけであって、客は神なのだから好き放題させていいってことではないよ!つまり!この言葉をスーパーとかで使うのは間違いなんだよ!」
「勘違いされて、なんだか気の毒だわ。素敵な言葉なのに、クレーマーたちの文句に使われて。言葉は使う前に正しいかどうかを見極めてから使わないといけないわね」
「そうそう!ナビちゃん的には、言葉は見えないだけで、最も重い空気だと思っているよ!その辺を漂わせただけで、相手を押し潰せるくらいに!」
「誰もそこまで考えて話していないと思うけど」
「そうだろうね!そこで!じゃーん!言葉の重みを知ってもらおうって会だよ!と言っても、カスタマーハラスメントについてなんだけど」
「クレーマーと話したくはないのだけど。まあいいわ。本を読みながら、選ばれし者のことを聞くことにするわ。あ、それと、選ばれし者が住んでいる場所の地図も用意してくれる?」
「いいよー!」
タイトル『ベルベットボイス』
とある街に、人に酷いことばかり言う人間がいた。口を開けば相手を責める。すれ違えば必ず何か言われる。口調もかなり強いので、泣き出してしまう人もいた。誰かどうにかしてくれという空気がすごかった。でも、実際に動く人はいなかった。私は見ていられなかった。街が悪い方向に行っている気がした。
私はそれなりに名の知れた歌手だった。ベルベットボイスという声の持ち主だとも言われた。柔らかく、暖かい声。自分ではわからなかったが、他人が聞くとそうらしい。私の声を聞くと、心が暖かくなったや癒されたという反応が多かった。
この時、ふと思った。癒される声で、酷いことを言われたらどうなのかと。問題の人間に、ベルベットボイスとまだ言われた私が何かを言うことで、突破口が開けるのではないか。私の声で人を傷つけることを言いたくはないが、相手は散々人を傷つけて来た奴だ。少しくらい傷ついてもいいはずだ。そう。少しだけなら……
奴とすれ違った。いつものように顔が醜いだの言われた。私は同じ言葉を返した。すると、そいつの顔は真っ青になった。効果があると見た私は、変装を取り、周囲に私だと分かるようにした。そして、再び同じことを言う。男が謝る。よし。これでもう大丈夫だ。そう思った時だった。私の後ろに大勢の人がいて、口々に自分が言われたであろう暴言を言い放ったのだ。大勢に罵られ、その人間は発狂して廃人になってしまった。
街の人たちには笑顔が戻った。暖かい空気が街中を包んでいた。だが、私はそいつに分かって欲しくて行動しただけだった。廃人にするつもりはなかった。いくら悪いことをしたとはいえ、街から消すことは間違いだった。
私はもう歌わない。1度人を傷つけたベルベットボイスなど、ベルベットボイスではないと私は思うから。
付属する錠剤は、傷つけた言葉が返ってくるようになっています。1錠飲めば後悔する。2錠飲めば、謝罪する。それでもダメなら3錠目。言葉の波が集まり、破裂する。私の願いは2錠でやめることです。
「ベルベットボイス……聞いたことはないけれど、きっと素敵な声だったんだろうね」
「持っている人もあまりいないって話だよ!あ、そうそう!選ばれし者のこと、聞きながらって言っけど、あまりにも真剣だったから、後にしちゃったよ!」
「気を遣えたんだ?」
「そりゃ、優秀なナビちゃんだから!話を戻すけど、選ばれし者の名前は春原文子。63歳のクソババア」
「ふざけてるのかしら?」
「大真面目だよ!加えて言うなら、半年前に夫を亡くしてる。以来、どこの店に行っても、売り切れ商品をよこせだの、袋詰めが汚いだの、若い子はダメだの言って回っているよ!しかも、これを教育って本人は思っているみたい!ね!クソババアでしょ!」
悪意のないクソババアは、こんなにも清々しいとは。だからといって、言われたい言葉ではないわね。
「ってことは、寂しさを紛らわすために、クレームを言いまくっているってこと?」
「かもねー!その辺の心情的なものは専門外だね!」
そうだった。黒板は機械。時々、的を射た発言をするものだからつい忘れてしまいそうになるけれど。
「それにしても、この薬。優しさの白い錠剤って。どこまで皮肉っているのよ。ここまでいくと滑稽だわ」
「薬な時点であやしーよね!でも、飲むのは自分じゃないから関係ないか!」
「まあね。実態が掴めないのは心配だけど、とりあえず1錠だけでも飲んでもらおうかしら。2号ちゃん」
「はい」
側で静かに話を聞いていた2号ちゃんを呼ぶ。目の前までくると、
「何か御用でしょうか?」
まるで、私がお嬢様になった気分になるこの瞬間。堪らない。
「こほん。春原文子は、現在の行動を見るに、スーパーを出たら近くのケーキ屋に立ち寄るわ。そこで、1番人気の商品を買い占めるの。バレないように、この錠剤を仕込んで欲しいの。何個もあったらどれでもいいから。絶対選ぶように、特殊な粉をまぶしてあるわ」
「あの、お言葉ですが、買い占めてしまったら春原文子に渡すのは不可能では?」
「春原文子の性格上、ケーキがありませんっていうセリフは、クレームのつけやすい状況を示すわ。だから、作れだの言うと思うの。そこで、2号ちゃんには、ケーキを譲ってほしいのよ。黒板、2号ちゃんにお金出して」
「カツアゲって言葉知ってる!?まあいいけど。1度部屋に戻ってみて。お財布があるから」
「かしこまりました。では行ってまいります」
「いってらっしゃい」
「史乃。何でこんなにまどろっこしいやり方なの?それに特殊な粉ってなに?」
「まどろっこしいやり方をするのは、春原文子を見極めるためよ。寂しさを埋めるためとは言え、他人を傷つけていい理由にはならないから。もし、1錠で効果があって、話し合いのできる人間なら、薬を使わない方法で伝えるつもり。でも、話し合いのできない人間なら、3錠飲んでもらう」
「まさか、さっき渡した錠剤は……」
「3錠よ。ケーキの残りは3個。どうやったって、1つは確実に食べるでしょうね。その時点で呼べば、1錠。話し合いがダメになったら、元に戻す。イラついた春原文子はケーキを全て平らげ、ここで3錠」
「じゃあ、特殊な粉なんてものもないし、史乃は最初から、ケーキ屋の1番人気も残り数も、春原文子がそれを選ぶことも分かってたってこと?」
「まあね。地図を見て今日の春原文子の行動を予測したの。ケーキの数は予想だけど、この館が、私が伝えるために動いているから、望んだ通りになるって思ったから。」
黒板は、急にケーキ屋の映像を映した。
「ショートケーキは3個だね。伝えるためなら、現世にも影響を及ぼせる。気づいてた?」
「その言い方だと、あえて伝えてこなかったって受け取れるけど?」
「そりゃそうだよ。伝えるためだと言って、地球を滅ぼされたらたまんないからね!」
「そんなことはしないわ。支配が目的になったことはないから」
「そっか!あ!そうだ!薬の効果だけど」
話を逸らすように黒板は話題を変えた。
「薬の効果?優しさの白い錠剤のこと?」
「そうそう!あれね、3錠飲むと、言葉の波が集まり破裂するって奴。言葉の通りで、体の中のあらゆる細胞が、血液が、内臓が、言葉でいっぱいになって破裂する。水風船が割れるように対象者は破裂する。でも、そのあとは炭のようになるんだよ。これは言葉の後だけど」
「じゃあ、死体は残らないってこと?」
「そうだね。残るのは言葉。春原文子の存在そのものも、言葉に飲まれて消えてしまう。どうやって伝えるつもり?」
「90%の確率で話し合いにはならないと思うから、3錠飲むことになるでしょうね。でも、黒板の言う通りでも困ることはないわ。だって、その炭には価値がある。春原文子のよく行くスーパーは、クレーマーがよく集まるみたいだからね。炭に影響されたクレーマーたちを通して伝えるわ」
「じゃあ、残りの10%は?」
「うーん、そうね。慈善活動でもしてもらおうかしら?」
「史乃……100%って言いなよ」
珍しく黒板の声は低く呆れていたようだった。




