伝承者の策略<虚像編>
死んでいるこの体は、睡眠を必要としない。食事などの人間が生きる上で必要なことが、私には必要ないのだ。
しかし時々、異常なまでの睡魔に襲われ、座ったままだろうと眠る時がある。だが、これは悪夢を見るというサインのようなもの。必ずと言っていほど、こういうときに眠ると、自分が殺されたときの夢を見る。冷え切った手が、震えながら私の首を絞める。顔には、首を絞めているはずの相手の涙がこぼれ落ちてくる。苦しみから逃れたい一心で、私は目を覚ます。
冷や汗をかいて飛び起きると、
「いい夢だったみたいだね!」
と、黒板が元気に嫌味を言う。もう慣れたが。
「ふわぁ……」
「おやおや?今日はいい夢見れなかった?」
「いい夢見て、あんな風に起きる人がいるわけなじゃない。わかってて言ってるでしょ?」
「そうだよ!」
開き直りやがった。憎たらしいが、ここまでくると、清々しささえ覚えてしまう。
「それはそうと、今日はまだ選ばれし者は見つかっていないの?」
「誰に聞いてるかわかってるー?天才ナビちゃんが、見つけてないわけないよ!」
「そうなの?じゃあ、早速教えてよ」
「もちろんだよ!」
黒板が示した本のタイトルはー
『理想=虚像』
私は両親に愛されていました。病弱で、病院にずっといたけれど、毎日お見舞いに来てくれました。嬉しかったです。
そして、六歳の誕生日の時です。初めてプレゼントをくれました。紫色の大きな石のついたペンダントです。本で見た、アメジストのようでした。嬉しくて、いつも身につけていました。お母さんは、似合うねって、お父さんは将来は美人になるねって言ってくれてました。病気は辛かったけど、両親のお陰で毎日楽しかったのです。
誕生日を迎えて2ヶ月後、退院できることになりました。やっと家族3人で暮らせると、胸を躍らせて病院を出る準備をしました。しかし、病院を出た先に待っていたのは、知らない人でした。児童養護施設というところから来た人で、これから私が住む場所だといいます。訳がわかりません。だって私は両親とこれから住むのですから。なんで……
施設に着いて、両親が来ない理由を施設長という人が話してくれました。両親は、私の治療費を払いたくなくて、どこか遠くに身を隠しているのだと。そして、お見舞いには1度も来たことがないのだと。ここに来て、ようやく私は現実を見れていなかったとわかりました。私に優しい言葉をかけてくれたのは、病院の先生や看護婦さん。プレゼントだって、施設長さんが用意したものでした。
私が信じて愛してきたのは、自分で作り出した虚像だったのです。現実を受け入れたくなかったのだと思います。
数日間、今まで蓋をしてきた事実を受け入れられず、放心状態だったけれど、施設で出会った友達が、自分の体験を語って聞かせてくれました。みんなの話を聞くと、私と似ていて、両親にひどいことを言われたり、された子ばかりでした。そしてみんな、決まってこう言うのです。
「大人になりたくない」
私は病気がちで、誰かに何かをあげることはなく、もらうばかりでした。だから、今度は私が助けてあげる番だと思いました。
「ねえ、大人にならなくてもいい方法があるよ」
私は言いました。みんな、興味津々です。少しおかしくなって、口元が緩んでしまいそうでした。こんなにも期待され、必要とされたことがあったでしょうか?私はこの瞬間満たされたのです。ですから、後悔などあるはずありません。
「みんな!必ず迎えに行くから!私ね、救世主になるよ!」
二階建ての施設。窓を開け、身を投げた私。時間は夜の10時。誰も間に合うはずありません。こんな時間に外を歩いている人なんていませんから。さようなら。偽物の世界でまた会おうね。
「胸が痛いわ。偽りの世界でしか幸せになれないなんて」
「ナビちゃんは、痛む胸がないから分からないな!」
「知ってるわよ。親に愛されなかった子供が意外といて、悲しくなったのよ。暴力を振るったり、暴言を吐いたり……子供にだって人権があるのに、尊重されていない世界に少し絶望したわ」
「元々希望なんてないんだから、今更絶望することなんてないよ!元気だそう!」
「あんたねえ……」
血も涙もないなんて言うけど、まさしく黒板のことだと思った。
「それで、どうやって伝えるの?」
「そうね。道具は……理想の虚像ペンダント?」
木の箱の中には、名刺サイズの紙にペンダントの名前が書かれていた。ペンダントは、大きな紫色の石が煌めく美しいものだった。
「これは、救世主になるために死んだ女の子が身につけていたものだよ!なんと、身につけているだけで、自分の理想を映像化して見ることができるんだよ!さらに不思議なのが、ペンダントを砕くと、外部からも映像を見ることが可能になるんだけど、そっちは虚像じゃなくて、現実に起こったことを映し出す優れもの!」
「現実に起こったことってことは、虐待だったり、子供が苦しんだことが映るってこと?」
「そうとも限らないよ!楽しかった思い出だって現実で起きたこと。それも織り交ぜることで、真実であるということが、より濃厚になるってわけだよ!」
「なるほど……じゃあ、割ってしまえば解決じゃないの?」
「ちっちっち!割った暁には、少女の作り出した、偽物の世界が壊れてしまうことを意味するよ!子供たちが、幸せな世界から冷たい世界に放り出されてしまうよ!それでもいいなら!」
「ヒビも入っているのに、割ったらダメって、リスク高いわね。ちなみに、選ばれし者は、子供かしら?」
「小学4年生の仙木空、男の子だよ!」
「1番割りそう!困ったわね。身につけて徐々に広めようにも、割れてるのが先のような気がするわ」
「でも、ヤンチャな子供ではないみたいだよ!親からの圧力で、味覚を失うくらいだから、結構大人びていると思うよ!」
「そんなに……」
美味しいものが何なのかも分からないなんて。きっと、それでも食べているのだろう。まだ小さいが、早く鳥籠から飛び立たないと、仙木空自身がもたないだろう。
「黒板。私、頑張って説得するわ!大人になりたいって思ってもらえるように」
「説得!?できなかったら?」
「できなかったら……そうね。ペンダントが割れることになるでしょうね」
「むむ?」
「救世主の少女は、大人になりたくない子供を迎えに行くのでしょう?だったら、仙木空を迎えに行ってもおかしくない。迎えに来られた子供が、飛び降り自殺を図るなら、ペンダントは確実に割れる。だから、身につけたまま大人になってもらえるように言う」
「無謀かもよ?」
「そうね。珍しく保険がかけられない手段よね。でも、他に方法も思いつかないし、失敗しても、伝承自体はしっかり伝わるから心配ないわ」
「やっぱり自分と重ねてるじゃん」
「え?」
「なんでもないよ!じゃあ、ナビちゃんは、高みの見物といこうかな!」
「は?何もしないってこと?」
「そうだよ!情報は大体渡したし、足りなかった教えるくらいでちょうどいいと思うよ!」
確かに、心がない奴からの発言で傷ついてしまうのは忍びない。それくらいは察せるようだ。
「それじゃあ、呼んでくれる?すぐにでも話がしたいわ」
「いいよ!ではでは!仙木空のお出ましでーす!」
扉が開く音がした。苦しい君にハッピーエンドを。




