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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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伝承者の策略<ガラスの向こう側編>

「やっほー!毎度お馴染み、ナビちゃんだよー」

「知ってる。選ばれし者?」

「そうだけど、今回ちょっと厄介なんだよねー」

「厄介?」

「そうそう。ネタばらししちゃうと、コレ!ナビちゃんの天才的技術でも読み込めなくてー」

 (でんしょう)の下には、小さな正方形の薄くて黒い板が置いてあった。いつの間に、と思ったがまあいい。持ち上げてみると、真ん中に白い円があり、その下にも白い四角い模様があった。初めてみるものだ。

「これ何?」

「フロッピーディスク。今はCDとかが主流で、ほとんど使われていないんだよ」

「へえ。そんなものがあったんだ。で、黒板はこの中に何が入っているかも知らないんだ?」

「本に書いてはあるけど、読み込めないと使えないよ」

「えぇ……」

 本当に面倒な代物だ。とりあえず本を読んでみるか。


 タイトルは『見えない世界の向こう側』

 電話でのやり取りが主流だった頃。俺は手当たり次第に電話をかけた。死にたいけど、勇気がないと。理由は単純。寂しかったからだ。だが、相手にされず切られてしまうことばかりだった。それでも、いつか真剣に取り合ってくれる人に会えるまでかけようと思った。誰でもいい。俺の話を聞いて欲しかった。

 そんな時だ。1人の女性が、大丈夫ですか?と答えてくれた。嬉しかった。俺は見えない相手を瞬く間に好きになった。しかし同時に、もし実際に会ったら、俺の外見を嫌がって離れてしまうのではないかと。俺は、お世辞にも綺麗な顔とはいえなかった。さらに、両親につけられた火傷の跡が、顔に醜く残っている。こんな俺を好いてくれる人がいるわけがない。そんなのは嫌だ。俺だって好かれたい。愛されたい。そうだ。いないなら作ればいい。明日も明後日も電話をかけていいと言ってくれた。どんな手を使ってでも手に入れてみせる。俺だけを愛してくれる人を。

 全ての情報はこの中にある。


 男の執念を感じる文章だ。火傷を負わなければここまでにはならなかった?女の優しさが生んだ結果か?

「わからないわね」

「何が?」

「見えない相手に優しくする理由よ。面と向かってない分、嘘だって吐きやすいわ」

「現在だって、手段は違うけど似たようなことをやっているよ。見えない相手の相談に乗ったり、思ってもいない優しい言葉をかけたり。そう考えると、人間は昔から嘘つきなんだね」

「そうね」

 その通りかもしれない。しかし、正直に話したところで言い争いになったりしていた資料(ほん)を最近読んだのだが。


「万能ブレイン。相手を洗脳できるデータ音声」

 このフロッピーディスクが、伝えるための道具とみて間違いはないのだが、黒板でも読み取れないというのは困ったことだ。

「読み取る機械を作るか……」

「え、機械作れるの?」

「やったことはないけど、ここは伝承者の私が不便に感じることがないように作られているんでしょ?だったら可能でしょ?」

「うーん。いつもはそうなんだけど、ナビちゃんが、最初に無理って言ったってことは、無理なんだよ。ナビちゃんが用意するわけだし」

「そう。じゃあ、何か策があるというわけね。黒板が無理とだけ言うわけはないわ」

「まあね!期待に答えてあげましょう!実は、現在世界に協力者を見つけてきたんだよ!名前は姫野菖蒲(ひめのあやめ)。ネットワークの知識に長けた人材だよ。連絡をとってみるから話してみてよ」

 すると、黒板の画面は電話マークになり、呼び出し中という文字が書かれていた。間も無くして、知らない女性の声が聞こえてきた。

『もしもし?』

「あ、も、もしもし。姫野菖蒲か?」

『あー、史乃さん?初めまして。姫野菖蒲です。配信サイトで管理人をやっています。どうぞよろしく」

「突然知らないところからの電話なのに驚かないのだな」

『ええ。ナビさんと名乗る方が、私の頑丈なセキュリティを突破してきて、ハッキングしてきましたからね。その人からあなたのことを聞きました。近々、協力要請があるのだと。それで?何をすればいいのですか?』

 私との会話でこんなに落ち着いている人は初めてだ。黒板から聞いていたからだろうか?

「単刀直入に言う。フロッピーディスクというものを読み込んでもらいたい。そして、その中のデータを渡してもらいたい。以上だ」

『わかりました。では、転送装置から送ってもらえますか?』

「転送装置?そんなものがここにあるわけ……あ」

『ふふふ。意外とうっかり屋さんなんですね。実を言うと、以前図鑑を出版されましたよね?それをこちらの世界で販売まで行ったのは私なんですよ。その時から私の家には転送装置があるのです。私自身がそちらに行くことはできないのが残念ですが』

「協力してもらっていたのに、気がつかなくて悪かったな。礼を言う。では今からフロッピーディスクを送る。何かわかったら連絡してくれ」

『ええ。すぐに作業しますね』

 通話が終わると、画面は白い画面に変わった。すぐにフロッピーディスクを送った。

「ねえ、協力者がいるなら教えてくれてもよかったんじゃないの?」

「秘密があった方が、人は魅力的に見えるんだよ」

「そういう話をしてるんじゃないわ」

「まあ、冗談だけど。姫野菖蒲とは、ネットワークの技術で競っていたんだよ。図鑑の仕事が終わったら縁を切るつもりだった。でも、当然ナビちゃんの方が上じゃん。お互い顔も知らないから、ナビちゃんが人かどうかも知らないから、すごい知識を持った人ってことになって、何かあれば協力するってなったんだよ。真偽を確かめるまでは、史乃に秘密にしようと思っていたんだよ」

「そうだったの。でも、ありがとう。外とのつながりを作ってくれて。2号ちゃんでは、限界があるものね。それに、私の知らないことは、学習させることもできないから、助かったわ」

「ナビちゃんは、約束を破ることはないよ。伝承者にとって不便がないようになっていたでしょう?」

「ええ。中身が分かったら作戦を立てるわ」

 顔が見えなくても、ここまで協力を申し出られるなんて、世の中は随分変わったみたいだ。これが当たり前なのかもしれないけれど。


 数分後、黒板の画面が電話マークなり、姫野の名前が書かれていた。

『史乃さん。解析が終わりましたよ』

「早速報告を頼む」

『もちろんです。これは、万能ブレインと名付けられた、洗脳するための音声のようですね。この音声を聞いた者は俺のものとなる、ですって。そんなわけないのに』

「姫野菖蒲は大丈夫なのか?」

『ええ。この程度の洗脳、知識と対処法さえ知っていれば簡単に解けますし、かかりません。私なら、もっとすごいものが作れますよ』

 姫野のテンションは明らかに上がっていた。技術の高さをアピールしたいのだろう。

「そうだな……では、しばらく君に万能ブレインを預ける。君が考える、()()()()()にアレンジしてくれ」

『仰せのままに、史乃さん。あ、フロッピーディスクはそちらで読み込めないのでしたね。では、詳細をお話ししますから、その後、姿を変えた万能ブレインをお受け取り下さい』

「詳細って、もうできているのか?」

『ええ。後は、対象を洗脳するだけです。史乃さんも同じことを考えてしたのでしょう?』

 確かに万能ブレインで洗脳しようとは考えていたが、彼女はの方が考えが勝っているようだ。

「ああ。では、君に任せてもいいだろうか?」

『もちろんです。あ、対象の名前と情報を少しでいいのでいただけませんか?』

「名前は濱住真城(はまずみまき)。最近動画配信サイトで配信を始めた。そこでのなまえはましろだ。

それから……」

『もう十分です。ふふふ。始めたばかりの配信者なんて、格好の獲物ではないですか。やる気が出てきましたわ』

「ほどほどにな。しかし、私も見えない相手から協力を得ることになるとは、思ってもいなかったな」

『私もですよ。ですが、見えない相手というのも、依存したり、使い方を誤れば毒ですが、有効活用できれば甘い蜜になるものですよ。ちなみに私は後者ですけれど』

「すごい自信だな。では、期待しているよ」

『ふふふ。では、私の茶番劇を、どうぞご覧あれ』

 通話を切ると、ため息混じりの息をついた。姫野は、自分の技師を試すことしか考えていないだろう。濱住真城のことを獲物というのだから。

「彼女は何者なんだ?」

「開発者だよ。配信サイトの管理人をしていて、始めたての人間に目をつけて利用する。姫野菖蒲の作ったコンピュータの観客が、配信者をやる気にさせるようになっている。だが、それ以外の中身のいるリスナーからの言葉によって傷ついたりしてしまうから、フォローして、やめないようにしているんだよ」

「でも、そんなことして何になるのよ」

「姫野菖蒲の本当の目的はモルモットを作ること。依存した人間は、いとも簡単に自分のために命さえかけて協力してくれるから便利だと言っていた。リスナーや配信者の間では関わるとよくないことが起こると噂されているようだが、その辺もコントロールしているのだろうね」

「とんでもないな……」

 姫野について話を聞いていると、黒板がけたたましい音を立てた。着信音というやつらしい。

「はい」

『解析てきましたよ。色々とアレンジしておきました。転送装置で送りますから、後の使い方はお任せしますね。それでは』

 一方的に報告すると、こちらの反応を聞くことなく通話を切った。

 勝手だなと思いつつ、転送装置に向かうと、そこには人差し指の第1関節くらいの大きさの脳が置かれていた。

「これがフロッピーディスクの解析結果とはね」

「史乃ー。それ、生身の人間をAIロボットにしてしまうほどの危険物だよ」

「わかるの?」

「悔しいけど、その状態なら、どういうものなのかナビちゃんもわかるんだよ。それで、どうする?」

「そうね。今日の紅茶は、ロシアンティーにしようかしら」

 反応のない黒板に、悪戯っぽく笑いかけると、お茶の準備を始めた。





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