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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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伝承者の策略<魂の叫び編>

史乃(しの)……残念なお知らせがあります」

「え?なに?」

 かなりテンション低めで黒板が話しかけてきた。こういう不安を煽るような言い方はやめてほしい。

「じ、実は……二人の間に子供が産まれました!」

「馬鹿じゃないの?しかも、子供ができたのに残念なんて酷いわね」

「まー、冗談なんだけど、史乃って、子供好きなんだ?」

「特に、子供が好きってわけじゃないんだけど……。ただ、()()()()()を思うと、子供ができて残念っていう感覚はちょっとね」

「なるほどねー。あ、でも、子供がここに来たってことは本当だよ。じゃーん!赤ちゃんの選ばれし者、四葉(よつば)君でーす!」

「え……ええー!!」

 ゆりかごに乗った小さな赤ん坊はおくるみではなく、死装束を着ていた。


「はあ……本当にそんなことが……あんたが嘘を言っているようにも思えないし、本当なのでしょうね。で、どれくらいこの赤ん坊はここにいられるの?

「どうして?」

「だってこの子、もう死んでるじゃない。死装束を意味もなく着ている人間はいないと思うわ」

「鋭いねー。でも大丈夫。まだ死体が見つかっていないから。後、四葉は母親の黒葛原雨雪(つづらばらゆな)に滅多刺しにされて死んだんだよー。だから、産まれて数日しか生きていたことがない、かわいそうな子なんだよ」

「父親はどうしたの?」

「父親は木原辰巳(きはらたつみ)。彼は子供ができると知るや否や家を飛び出して、逃げたんだよー」

「ねえ黒板。どうして、子供をフルネームで呼ばないの?それに、両親の名前も別々の苗字じゃない」

 黒板は、人間の名前を呼ぶ時は名前や苗字だけで呼んだことはない。それなのに二人の間にできた子供を四葉と言ったり、少し妙だった。

「そりゃそうだよ。二人は結婚してないんだから。ちょっと愛し合うだけーみたいな感じで愛し合っちゃってできた子供が四葉なんだから。挨拶も行ってないし、挙式もまだ。だから同じ苗字ではないし、四葉はどちらの子供というわけでもないから苗字がない。ということなんだよ」

「随分命を軽んじるカップルね。とりあえず、知りたくもないけど、簡単な各々の情報をくれるかしら?」

「いいよ。まずは木原辰巳。大学生。明るい茶髪に切長の目。いわゆるイケメンだったらしい。黒葛原雨雪に一目惚れして告白。結婚まで見据えていたみたいだけど、木原辰巳は子供を欲していなかった。実は木原辰巳の父親は、彼が産まれてすぐに育てる自信がないといって、自殺したんだよ。遺伝子的に似ているのかもね。だから子供ができたと知って動揺。逃げ出して一人で暮らすも、雨雪が入院したと大家から聞き、産むつもりだと思った木原辰巳もまた、父親と同じように育てる自信がないと、電車に飛び込んで自殺。次に黒葛原雨雪。大学生。セミロングの黒髪で、二重の女性。彼女は依存するタイプの人間で、木原辰巳さえいれば生きていけるってレベルで彼に執着。子供という二人の愛の形を欲していた。この時点で二人はすれ違っていたんだよ」

「なんだか、子供を軽視してるっていうか、道具扱いというか、二人とも自分勝手っていうか……。子供がいらないならいらないなりの対処をすべきだし、できてしまったのなら、責任を持つべきでしょ。一瞬の快楽で、人一人の人生を踏み躙らないでもらいたいものね」

 ましてや大学生で結婚もしていない。親にも秘密。私は学校というものを知らないけれど、教育の過程でそういう教育は受けていないのだろうか。まあ、受けていたらといって結末が変わったかどうかなんてわからないのだけれど。

「黒板の話で、二人が最低な人間だとわかったわ。とりあえず、赤ん坊のままでは伝えようがないから、二号ちゃんみたいに育てることはできないの?」

「可能だけど、四葉は人間の子供。二号ちゃんは人工的な子供。限界はあるよ。そうだなー。五歳くらいまでなら成長できるかもしれない」

「それでいいわ。時間もないし、すぐに始めるわ」

 私は、二号ちゃんに試験管を開けてもらい、四葉を入れる。その瞬間、たくさんの管が四葉に纏わりつく。

「史乃様。何を学習させますか?」

「そうね。とりあえず成長させてくれる?その後、言葉や一般常識。それから、木原辰巳と黒葛原雨雪についてと……」

「ついてと?」

「どうやって死んだかを学習させておいて」

 私の声は恐ろしく低かった。感情をあまり学習させていない二号ちゃんでさえ、目を見開くほどに。

「かしこまりました」

「ありがとう。じゃあ、(でんしょう)を読んだらまた戻るわ」

「はい」

 二号ちゃんの部屋を後して、カウンターに戻った。


 私はすぐに本を読み始めた。

 タイトルは『命のタテブエ』

 私たち、僕たちの両親は人殺しです。

 この家は貧乏で、食べるものに困っていました。そのくせ子供は女三人、男三人の六人もいます。だから、お腹いっぱいにご飯を食べたことはありません。それでも幸せでした。賑やかで、兄妹たちも仲が良かったですから。それなのに、両親は子供を皆殺しにしました。

 ある日のこと。僕たち兄妹は物置に入るように言われました。なぜ?と聞くと、悪い人たちから守るためだと言いました。僕たちは両親を信じていましたから、何一つ疑うことをしませんでした。僕たちは、真っ暗な物置の中で、来ることない迎えを待ち続けたのです。

 お腹も空いて、一番下の妹はぐずり出しました。でもこの日々は何日も続きました。これを読んでいるあなたは可笑しいと思うでしょうね。自力で出ればいいのにと。そうしなかったんです。両親が来るって、誰も疑わないのですから。今では間違いだったって思います。

 やがて僕たちは、一人ずつ倒れていきました。徐々にひどい臭いが充満していくのがわかります。ここで初めて、捨てられたのだと思いました。残りの力を振り絞って、ようやく脱出しようと試みました。しかし、焦げ臭さと異常な暑さが僕たちを阻みました。そう。物置きは燃えていたのです。異臭で、僕たちが死んだのだと思ったのでしょう。出ることも叶わず、痩せ細った僕たちは死んでしまいました。でも、このまま終われません。両親が憎くてたまりませんでしたから。僕たちの思いは同じで、尚且つ、天に届いたのだと思います。生まれ変われない代わりに、僕たちは笛になりました。誰かが吹いたのなら、僕たちの魂を存在を砕いて鳴らそうと思っていました。

 そしてその時が来ました。音が鳴り、体が粉々になる感覚と共に現世に戻ることができたのです。どうやら父親が吹いたようでした。僕たちの姿に怯えた二人でしたが構うことはありません。復讐の時です。

 僕たちは両親の四肢を引きちぎり、喉を切り裂きました。血まみれになって、両親は死にました。僕たちの存在は誰も知らないものになるでしょう。それでもいいのです。彼らの泣き喚く姿が見れたのですから。僕たちと同じ思いを持った人が現れたのなら、笛として形になるでしょう。


 子供は勝手にはできない。親が作らない限り、子供は産まれない。六人というたくさんの兄妹を育てるのが大変だというのは想像がつくだろう。その覚悟の上で作ったはずなのに、自分たちが満足のいく生活ができなくなった途端捨てるなんて。世の中には、子供を欲しいと願っても、できない人間もいる。皮肉なものだ。

「子供の幸せって……親の幸せって何かしらね……?」

「さあね。ナビちゃんにそういうのはわからないよ」

「そうね」

 黒板は機械だ。わかるわけがない。かくいう私もわからないのだけれど。

「史乃様。四葉様の学習が完了致しました」

 感傷に浸っていると、二号ちゃんが報告に来た。隣には、先ほどまで赤ん坊だった少年が大きくなって()()()立っていた。辰巳によく似ている。

「やあ。学習が終わっているなら、状況説明は不要かな?」

「はい。史乃さんの望むことをします」

「君の望みはないのかい?折角自由に動けるんだ。何かしたいことはないのか?」

「したいこと……。そうですね、僕は、両親に永遠に苦しんで欲しいです。僕の死体の上で幸せになることは許しません。絶対にです」

「そうか。では、これを。君がそう願ったから完成したものだよ」

 赤い小さなホイッスル。伝承の中に出てきた笛とは少し違うが、これが四葉の覚悟の形というものなのだろう。名前は少し変えたほうがしっくりくるだろう。

「これはソウルホイッスルと言って、存在を糧にして音がなる。このまま吹いても音は鳴らないんだ。試しに吹いてみたまえ」

 そう言うと、四葉は力一杯ホイッスルに息を吹き込んだ。スーという息の音が微かに聞こえただけだった。

「本当ですね。どうするとなるんですか?」

 五歳にしては大人び過ぎてしまった。これでは、親と会った時に誰かわからないな。顔はこんなにも似ているのに。

「こほん。ソウルホイッスルは、存在を音にする。その大きさなら、二人分といったところだろう」

「じゃあ……」

「ああ。君の望みは叶う。しかし、使えば、君の存在も消えてしまう。それでもやるかい?」

「もちろん。二人が苦しむのなら、どんなリスクだって負いますよ。それに、ホイッスルを鳴らすことが、史乃さんの役に立つのでしょう?」

「鋭いな。そうだ。しかし君はなぜずっと笑顔なんだ?私の学習させることに問題があっただろうか?」

「いいえ。ただ、僕にとって楽しいことが復讐だからだと思います。まあ、他の表情の作り方もわからないんですけど。不快でしたか?」

「いいや。そのままで、君の両親を送ってやるといい」

 私は小さな頭を軽くなでた。少しごわついた髪が手に絡まる。四葉は嬉しそうだった。少しだけ、可愛いと思ってしまった。だから余計に、彼を邪魔者扱いした二人が理解できなかった。

「さあ、遠慮はいらない。ここからは君の舞台だ」

 これから行うのは四葉の復讐劇だ。私は彼を引き立てる役にまわろう。思う存分、暴れてくればいい。


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