伝承者の策略<人骨肥料編>
ここでは、史乃がどういう計画を立てたのかを知ることができます。
こちらも楽しんでいただけると嬉しいです。
「やっほー!早速、選ばれし者を発見したよ!」
資料室で色々調べていると、頭に響くくらい高い声で黒板が呼んでいるのが聞こえた。
「うるさい……」
資料室の扉を開けながら黒板に文句を言う。
「やっほー!史乃!ねえそれよりも、選ばれし者を発見したんだってば!」
「……」
まだまだ知りたい事はあるのだが、この調子では集中できそうになかった。
「今行くわ。」
私は渋々、資料室を後にした。
カウンターに戻ると、黒板は一枚の写真を画面に表示していた。
「選ばれし者の名前は華宮守。父親から継いだ花屋を経営しているよ。それでもって、妻子持ち。だけど、この店、あんまり評判が良くないみたい。」
「この人何かしたの?」
「別に何も?ただ、父親の作る花よりも品質が良くないってことみたいよ。」
「そう。」
少し理不尽だと思った。同じ店なら同じクオリティを求めるのも無理はないが、彼は彼の父親ではないのだ。手が違えば違うものが出来上がるのではないのだろうか。それを個性とは呼べないのか。
「で、史乃。どう伝える?」
黒板に表情はないが、前のめりになって話しかけてきているような気分になった。
「どうもなにも、今あんたから聞いたことしかわからないのにどうすればいいのよ。」
「ふふん。それを言うと思っていたよ!そこで!史乃には、そこにおいてある本いわゆる伝承を読み込んでもらって、準備ができたら私に話しかけてほしいの!」
うざい。正直言ってこのテンションがすでに鬱陶しい。
「はあ……。この分厚い本を読めだなんて……。しかも準備って何よ。」
「分厚いけど、伝えるための道具も一緒に入っているから、分厚さ=文章全てってわけじゃないよ。それで準備なんだけど、前にも言ったけどキャラづくりって結構重要なの。資料室で色々見てもらったと思うけど、キャラづくりができて、なおかつ伝承を理解したってなったら私が選ばれし者をここに呼ぶから!まあ、わからないことは質問してくれて大丈夫よ。」
「わかったわ。」
キャラづくりも準備の一環だったとは……。気が重くなったがとりあえず、伝承を知ることから始めようと思った。
本のタイトルは『人骨肥料』
文字通り、人の骨を使った肥料といったところだろう。
「えーと……。人骨で作った肥料を使用することで花の育ちがよくなる……。ねえ黒板。人骨って簡単に手に入るものなの?」
「全然。簡単に手に入るわけないじゃん。」
「そうよね。でもこの伝承を残した人物は、業者と取引するみたいに人骨を取引しているみたいねだけど?」
「火葬した後って、収骨ってのがあるの。でも、収骨後に残る遺骨ってのがあるわけ。それは、通常、残骨供養堂とか永代供養堂に収められることが多い。だけど、ここに収めずに、花屋に横流ししていたってわけね。罰当たりよねー。」
この花屋の初代も、今の4代目のように花屋の経営に苦しんでいたらしい。そこで、肥料の改良に勤しんでいたところ、偶然、残骨供養堂に収められている遺骨を目にし、肥料に使えないかと思い立ったという。もちろん、簡単に欲しいと言ってもらえるものではなかったようだが、この寺が彼の知り合いであったことが決め手となり、少しだけならと遺骨を分けたのが始まりだったらしい。それが功を奏し、人骨肥料が誕生したというわけだ。
「というか、人骨がどれだけ花の育成に関与していたかは不明よ。もしかしたら関係なかったかもしれないじゃん。」
「……。」
「史乃?」
「ねえ黒板。この本、人骨肥料を伝えるためのものじゃないでしょ?」
私は違和感を持った。内容は全て人骨肥料についてのことで、伝えるための道具にも人骨肥料とそのレシピが入っていた。これを選ばれし者である華宮守に渡してしまえば終わりだと言わんばかりに。しかしそれでは、もう一つの道具である、ピンク色の液体が入ったアンプルはどうするのか。説明書きもこれが何なのかもわからないままだ。
「すべて読んで理解もした。でも、それじゃあこれは何なの?このアンプルの説明はないじゃない。」
「……。」
「黒板?」
先程までは疑問に思ったことを口にするだけで全て答えてくれた黒板が黙り込んでしまった。
「え?なに?どうしたの?」
ハイテンションなのも鬱陶しいが、いざ静かになるとそれはそれで気持ち悪い。次第に黒板が壊れてしまったのではと不安になっていると、
「ピンポーン!大正解!」
「うわあ!」
突然黒板が大きな声をだした。
「いやー、初回にしては上出来ね。そうよ。人骨肥料って書いてあるけど、人骨肥料を伝えるための伝承じゃないの。人骨肥料はあくまで過程みたいなものかしら。ちなみにアンプルについては、最後のページを破ると見れるよ。」
「最後のページ?」
よく見ると、他のページよりも分厚く見えた。丁寧に破り取ると、ページが袋状になっており、中には二つに折りたたまれた紙が入っていた。
「これは……。」
そこには、『最期の肥料』と書かれていた。そして、人骨肥料を息子に伝えるなと。
「アンプルは華宮守の父親が作ったものよ。作り方はわからないけど、アンプルの完成後、自身が死んでいるって書いてある時点で、あのアンプルは彼の命と引き換えにできたものであることは間違いないでしょうね。」
「人骨肥料の効果は一時的なのに対して、この最期の肥料は永久的に効果が続くって書いてあるわ。すごいものを作ったのね。」
「恐らくだけど、華宮守の父親は人骨肥料が違法だから、罪を背負わせたくなくて自らを贄としてでも最期の肥料を作ったんでしょうね。親の愛情ってやつかしら?」
「親の愛……。私には理解できないことね。」
それを受けていない私にはわからないこと。だけど、これが親の愛情の一種の形だというのなら少し複雑な気分だった。
「それで?どう伝えるの?」
「そうね……。とりあえず、人骨肥料について話してみて、相手がどう出るかで決めるわ。」
「というと?」
「人骨肥料の話を少しと、華宮守の父親の意思を伝え、華宮守が、人骨肥料を受け取らなければ最期の肥料を渡すわ。だけどもし、彼が人骨肥料を選ぶなら、最期の肥料の主成分を調べ、彼を最期の肥料の材料にする。そしてそのアンプルを彼の妻に届けることにするわ。」
黒板も言っていたが、最期の肥料は自身を死に追いやる何かが使われているはずだ。ならば、彼を媒体にして最期の肥料を伝承したところで結果は同じだろう。
「なるほどね!ホントすごいね!それなら結果だけみれば同じだもんね!変わるのは選ばれし者が死ぬか生きるかってことね!バッチリ!私の目に狂いはなかったよ!」
「そりゃどうも。」
明るく言う所じゃないのになと思いつつも、伝え方に合格がもらえたため、次の準備に取り掛かった。
「ねえ黒板。用意してほしいものがあるんだけど。」
「え!?なになに?」
黒板は真面目な話が終わるとハイテンションに戻る。頭に響く声だ。
「ええと、相手のここでの記憶を消せる薬と、ティーカップとソーサー。後、私の部屋にあるピンクのロリータ系の衣装。あれ黒とかにならない?」
「ええー?史乃には甘ロリが似合うと思ったのにー。」
「あれじゃ、あんたの言った迫力ってのに欠けるじゃない。だから、あんな感じでもいいから、明るめの色はやめて。それから話し方だけど、少し古風な感じを入れながら話すことにするわ。」
「なるほどねー。言いたい事はわかった。じゃあ!ゴスロリに変更!これなら、古風な感じで話してもいいし、ミステリアスな感じもでて最高にいい仕上がりになるよ!」
「ゴスロリ……。こんな感じなんだ……。いいわ。それを衣装として用意して。」
「オッケー!じゃあ、服と薬と食器ね!私が合図したら食品庫と薬品庫、それから史乃の部屋に行ってみて!」
「分かったわ。頼んだわよ。」
「任せるのです!」
そういうと、黒板は静かになった。どうやら準備に入ってくれたようだ。黒板が黙ると、館の広さと静かさが増す。
「やっぱり静かなのは寂しいわね……。」
鬱陶しいと思いつつも、それが心地よくなっていることに私は気が付いたのだった。