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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
39/56

<十九冊目>魂の呼び声

「好きです。付き合ってください」

「もちろん!」

 夜景の見える展望台で、緊張しながら告白をする男性。それに笑顔で答える女性。二人は、互いに抱きしめあって、愛を確かめ合った。そして、帰るころには、手をつないで歩いていた。


「えー!雨雪(ゆな)告白されたの?!」

「もー雫、声が大きい!」

 大学の授業が終わり、帰宅する生徒たちがたくさん行き交う中、机に座ったまま動かない生徒が二人。昨日の告白の件を友人に報告しているのだ。

「ごめんごめん。でも驚き。木原君って、女子に興味ないって感じだったのに」

「だよねー。私も夢みたい。でも、ほっぺをつねっても痛かったし、夢じゃなかった!」

「はいはい。惚気はそこまで。帰るよー」

「あ、ごめん。私今日から辰巳君と帰るから、校門まででいい?」

「そうなんだ。わかった。じゃあ、そこまで行こう」

 私は嬉しさのあまり顔のにやけが止まらない。

「雨雪さん!」

 校門に着くと、活発な茶髪にキリッと細い瞳。手を挙げて私の名前を呼ぶ彼は、まさに王子様というにふさわしいほど、さわやかで、キラキラしていた。

「じゃあ雫、またね」

「またねー」

 雫と別れると、辰巳の元へ走っていった。

「ごめん。待ったよね?」

「気にしないって。雨雪さんと付き合えて、俺結構浮かれててさ」

「辰巳君も?ふふ。私たちって似ているね」

「え?雨雪も浮かれていたの?」

「うん。ほっぺつねったり、辰巳君の顔を見るとにやけたり。夢じゃないかって思っては現実だって実感して、踊りだしたくなるくらい嬉しいの」

「雨雪さんって、クールなイメージだから、そんなことないって思っていたけど、なんだか安心したよ。確かに俺たち似ているね」

「そうね」

 私たちは幸せいっぱいだ。大学も卒業間近。きっと、卒業したら結婚して、働きながら二人で暮らして、いつかは子供を産んで……って、完璧すぎるビジョン。私は一人で妄想し、浮かれていた。辰巳は私を優しいまなざしで眺めていた。


 帰り道、緊張と恥ずかしさで、お互い何も言わずに分かれ道まできてしまった。

「ゆ、雨雪さん。あの、その、俺の家、今日誰もいないんだけど……」

「え?」

「あ、いやいや!変な意味ではなくて、その、このまま別れるのも寂しいなって……」

 慌てて誤魔化す辰巳の姿は、あまりにも愛おしかった。私は、口角をあげて微笑むと、

「嫌なわけないじゃない。それに、変な意味だって、少しは期待したんだからね」

「う……雨雪さん、心臓に悪いです」

「ふふ。ねえ、さん付けとか君付けとか、もうやめない?私たち、こ、恋人同士なんだからさら」

「うん」

 私たちは恋人繋ぎをして、辰巳の家に向かった。


 辰巳の家はアパートだった。

「狭くてごめん。実は、父さんが俺が生まれてすぐくらいに亡くなって、それから母さんと二人暮らしなんだ」

「そうなんだ。お父さんはご病気かなにか?」

「わからない。母さんに聞いても、忘れたって言って教えてくれないんだ」

「そう」

「そんなことより……」

「え、ちょっと!」

 辰巳は突然私を抱きしめ、首元にキスをした。

「変な意味だって、期待していたんだろ?」

「そ、それは……でも、私たち付き合ったばかりだし……」

「俺、責任取るよ。だからお願い」

「せ、責任って?」

「こんなところで言うつもりなかったんたんだけど、結婚しよう。元々、結婚を前提に付き合ってほしいっていうつもりだったのに、告白するって時になったら頭が真っ白になって……ホント、ダサいよな」

 私と同じことを考えていたんだ。卒業してからって思っていたけど、今でもいいんじゃない?どうせ卒業式まで1ヶ月くらいだし、もし子供ができても、家でできる仕事を選べばいいんだし、問題ないわよね。

「わかった。結婚するつもりなら、いいよ。じゃあ、エスコートして」

「もちろん、喜んで」

 私は辰巳に連れられ、彼の部屋へと向かった。しかし、この一度の過ちが、私を狂わせてしまうなんて、夢にも思っていなかった。幸せになれるって信じていたのだから。

 翌日、辰巳と一緒に大学へ行った。校門で待っていた雫は目を丸くして駆け寄ってきた。

「え!二人の家って近所だったの?」

「い、いやー……その、昨日は辰巳の家にいたというか……」

「いやいや!急展開すぎるでしょ。付き合い始めてすぐ過ぎるよ!大丈夫?」

「大丈夫よ。あんまり辰巳のこと悪く言うと怒るよ?」

「悪く言ってるわけじゃ……」

「雨雪、彼女は?」

「ああ、ごめん。この子は私の一番の友達の雫」

「どうも。同じ大学なのに、知らなかったんだ。私は知っていたけれど」

「ごめんなさい。俺、興味のある子しか覚えていなくて」

「そう。雨雪、邪魔しちゃ悪いから先行くね」

「あ、雫!」

「俺、悪いこと言ったかな……」

「そんなことないよ!きっと朝ごはんを満足に食べていないだけだよ!雫、お腹空くと機嫌悪くなるからさ」

「そうなんだ。あ、じゃあ俺こっちの教室だから、また放課後」

「うん。また後で」

 離れるのは寂しいけど、仕方ない。私は、いつの間にか、彼が見えない時間が、不安と寂しさで埋め尽くされていた。


 私は一分一秒を辰巳と過ごしたくて、雫との登下校や昼食を全て断った。

「ごめん。今日も」

「わかった。もう誘わないから、木原君と仲良くね」

 気がつけば、友達も失っていた。でも、辰巳がいてくれればいいと思った。あの日まではー。


 一ヶ月というのは早いもので、私は卒業式を迎えた。卒業したら辰巳と住める。ずっと辰巳といられるんだ。私はそのことだけを考えていた。

 式が終わると、二次会だの、写真撮影だの、みんな盛り上がっていた。

「ねえ雫、辰巳知らない?」

 後ろ姿が見えたので声をかけた。ついでに雫とは写真を撮ろうと思った。だが、冷たい表情で見られ、

「さあ。どうして私が知っているの?」

「え……あ、そうだよね。ごめん。そうそう!写真撮ろうよ!卒業の記念に!」

「遠慮するわ。早く木原君でも探しに行けば?」

「な!そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「あのさ、彼氏を優先して、友情を疎かにしたのは雨雪だからね?私が悪いみたいに言わないで。じゃあ、私二次会行くから」

「ま……!」

 雫は振り返りもせず行ってしまった。彼氏がいないから、きっと僻んでいるのね。私は木原君さえいればいいんだから。

 さらに歩いて二次会会場付近に着くと、男友達と話す辰巳が見えた。

「あ、辰巳!こんなところにいた!」

「雨雪!俺、これから二次会行くんだけど、来るよな?彼女だって自慢したくてさ」

「え……辰巳、この後私と家を見に行くんじゃないの?」

「それは明日でもできるだろ?二次会は今日しかないんだ。いいだろ?」

「無理。私、辰巳との時間を大事にしたいの。二次会に参加して、時間を奪われたくないの。だから私は行きたくない。というか、辰巳にも行って欲しくない」

「雨雪……」

「木原ー。彼女と居てやれよ」

「そうだぞ。落ち着いたら俺らだけで二次会やろうぜ」

「お前ら……ありがとう。雨雪、じゃあ今から二人の家というか、アパート見に行こうか」

「うん!」

 辰巳の友達は、嫌な顔をしたのかもしれない。雫のように。でも、関係ない。だって私には、辰巳しか見えていないのだから。


 卒業式の会場を後にすると、私たちは年季の入った不動産屋を訪れた。

「すみません。二人で住みたいんですが、大学を卒業して間も無くて。安いアパートって空いてますか?」

 今にも寝てしまいそうなおじいさんは、突然目を開いて、嬉しそうに笑った。

「なんじゃ、お二人さん新婚さんか!めでたいのう。それなら、ここなんてどうじゃ?安いが、風呂もトイレもある。なんなら、洗濯機もおけるぞ」

「すごいですね。でも、何か理由があるんじゃないですか?」

「事故物件とかじゃないよ。ただ、二年間は、ここに住むっていう契約があるだけじゃ」

「どうして二年間?」

「この町を離れる若者も多い。しかし、違う街からここに移り住んだ時、二年間あれば都になるという考えからじゃよ。個人的な考えすぎて、成功例はあまりないがのう」

「そうだったんですか。わかりました。ここにします」

「彼女さんの意見は聞かなくてもいいのか?」

 辰巳と不動産屋さんで話を進めていたため、任せようと思って半分聞いていなかった。

「え!あ、ええと、はい。彼に任せているので」

「そうかい。じゃあ話を進めるがな。それでじゃな……」

 また二人で話を再開した。退屈だったが、二人の住まいを決めていると思うと、胸が高鳴った。

 

「今日はありがとうございました」

「いやいや、お幸せにな」

「はい、ありがとうございました」

 長話が終わると、二人の新居に向かった。

「随分話し込んでいたわね」

「大事なことだからな。あ、こ ついたぞ」

 白いアパートだが、古いためか、黒ずんで少し不気味に見える。

「ホントに事故物件じゃないのよね?」

「ああ。古いから不気味に見えるだけだよ。さ、中に入ろう」

「うん」

 中に入ると、ベージュのフローリングが広がっていた。外見と違い、とても綺麗だ。

「これから二人暮らしが始まるんだ。ワクワクするね!」

「ああ。楽しい毎日にしような」

 

 数日後、私たちは引っ越し作業を終えた。何もなかった部屋は家電や家具で埋まり、生活感に溢れた部屋となった。しかし、ほっとしたのも束の間。私の体に異変が起きた。

「あれ……」

 携帯アプリで生理周期を管理している。しかし、本来なら来るはずの日にないのだ。こんなこと、今までなかった。

「まさか……」

 私は、卒業まえの日のことを思い出した。慌てて妊娠検査薬を買ってきて試す。すると、判定部分に赤紫色の縦のラインが出た。これは、妊娠の可能性があるということだ。

「うそ……」

 嬉しさと不安が混ざり、ぐちゃぐちゃの感情になったが、早く報告しなければと思った。その時、

「ただいまー」

 買い物に出ていた辰巳が帰宅した。

「辰巳!聞いてほしい話があるの!」

「雨雪?どうしたんだ?」

 きっと喜んでくれる。そう期待しながら、

「私、妊娠したんだと思うの!まだ病院には行ってないけど、きっとそうよ。一回で子供ができるなんて奇跡よ!ねえ、これから一緒に病院に行きましょう」

「……」

 驚いているのだろうか。辰巳は黙り込んで何も言わない。

「どうしたの?ねえ、もっと喜んでよ!二人の子よ」

 すると、辰巳は思いもよらない言葉を放った。

「俺、子供なんて望んでない」

「え……」

 理解できない。辰巳が?辰巳がそんなこと言うわけない。きっと聞き間違いだ。

「ごめん。なんて言ったの?」

「だから、俺は子供なんていらないんだよ!ずっと雨雪といられたそれでいいんだよ!だから、友達付き合いも、卒業式の二次会も全部断ってきた。それなのになんだよ!俺の努力は全部無駄だったのかよ!」

「なんでよ。なんで、私ばかり責めるの!?誘ったのは辰巳じゃん!それに、二人で育てれば問題ないでしょ?!なんで……喜んでくれると思ったのに……」

 私はその場で泣き崩れた。辰巳は頭を掻いて、居心地が悪そうにしていた。慰めるわけでもなく、アパートを出て行った。それきり彼は、帰ってこなかった。


 辰巳が出て行ってしまったことがショックで、ただぼーっとして過ごした。お腹が空いたらご飯を食べ、喉が渇いたら飲み物を飲む。それだけ。働かなければその内家賃や光熱費が困るだろうけど、働く気になんてなれなかった。私の世界は辰巳がいないとダメなのだ。辰巳がいないとなにもできない。完全に糸の切れた人形だった。

 しかし、事件が起きた。お腹が尋常じゃないくらい痛く、倒れてしまった。

「痛い!痛……!!」

 荷物はあるけれど、戻ってこない辰巳。いない彼に助けを求めるように窓の光手を伸ばした。そんなことしても、意味ないことくらいわかっているのに、辰巳の顔しか浮かばないのだ。

「もう、ダメかも……」

 あまりの痛みに耐えられず、私は気を失った。


 気がつくと四方八方が純白で囲われた空間に寝ていた。腕には点滴。どうやらここは病院らしい。

「あ、気が付かれましたか?黒葛原(つづらばら)さん、わかりますか?」

「えっと、はい。私、どうして病院に?」

「何日も部屋から出てこないから、心配で大家さんが部屋を訪ねたそうです。そこに、倒れている黒葛原さんを見つけて救急車を呼んだということです。今、先生を呼んで来ますね」

 看護婦さんは病室をでるとすぐに先生を連れてきた。どうやらちょうど様子を見に来たらしい。

「体調はどうですか?」

 黒髪ストレートの若い男の先生だった。まつ毛も長く、優しい眼差しは誰もを魅了するに違いない。私は辰巳がいるからいいけど、辰巳今どこだろう。

「大丈夫です」

「それはよかった。黒葛原さんが元気じゃないと、お腹の子にも影響がありますからね」

「え……」

「気がついていなかったんですか?今、妊娠二十二週目ですよ」

「二十二週……」

 辰巳が出て行ってから半年も経つなんて。全然気が付かなかった。

「あの、私どれくらい寝ていたんですか?」

「三ヶ月ほどです。でも、赤ちゃんは育っていますのでご心配なく」

 そんなに寝ていたなんて。そして妊娠二十二週目ということは、中絶することができないということを意味する。辰巳がまだ帰ってきていないのに産むなんて。だけど、偶然帰宅して、子供をみたら可愛くなるんじゃないかと期待した。


 目覚めてからも、私は病院で過ごした。お金の心配はあったけれど仕方がない。そして、妊娠四十週目。ついにその時はやってきた。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

「あ、ありがとう……ございます」

 私は新たな命を授かったのだった。 

 生まれてきた男の子には、四葉(よつば)と名付けた。幸せになれるようにとの願いを込めてだ。きっと、四葉と退院してきたら辰巳、驚くだろうな。早く元気になって帰ろう。


「ただいまー」

 退院してもいいと言われ、私は四葉とアパートに帰ってきた。

「辰巳!見て!赤ちゃ……」

 私は言葉を失った。だって、私が倒れる前まであった辰巳の荷物は綺麗に無くなっていたのだから。部屋に残されたのは私の私物と、家具や家電だけ。

「嘘でしょ……」

 冬でもないのに凍えて死んでしまいそうだった。辰巳はもう二度と、ここには帰ってこないのだと実感した。


「うぎゃあああ!」

 四葉が泣いている。オムツだろうか。お腹が空いたのだろうか。いや、どうでもいいか。

「お前のせいだ!全部全部!辰巳が出て行ったのも、お前ができたから!お前さえいなければ、こんなことには……」

 構わず泣き続ける四葉に八つ当たりをする。だが、虚しくなって、その場に崩れ落ちた。

「どうして……辰巳……」

 この時、彼が言っていたことをふと思い出した。

ー俺は子供なんていらないんだよ!ずっと雨雪といられたそれでいいんだよ!

 そっか。私がいればいいんだ。四葉がいらないんだ。じゃあ、四葉が消えたら、戻ってきてくれる?

「辰巳、邪魔者を消したら会いに来てよね」

 何かが切れる音がした。

 私は立ち上がり、包丁を手に取ると、泣き叫ぶ四葉の喉を刺した。その次は顔、体……形が分からなくなるくらいまで刺し続けた。辺りは血の海になってしまった。

「辰巳と暮らす部屋なのに汚れちゃった。とりあえずコレをどこかに埋めてこないと」

 私は静かになった四葉を袋に包んだ。それをバックに詰めると、部屋を掃除して日没を待った。

 日没後、近くの山に行くと、穴を掘り四葉の入った袋を埋めた。その後、コンビニで夕食を買うと何事もなかったかのようにアパートに戻った。


 四葉が死んで数日が経った。だが、辰巳が帰ってくることはなかった。

「どうして……辰巳……」

 携帯の電話番号も変えたらしく繋がらない。寂しい。声が聞きたい。

「恋愛とは恐ろしいな。こんな怪物を産んでしまうとはな」

 携帯を握りしめ、床に寝転がる私に誰かが話しかけた。

「誰?」

 頭を上げると、景色は本で埋め尽くされた。どう見ても私の部屋ではない。図書館なのだろうか?

「ここどこ?私、アパートにいたのに」

「ようこそ、選ばれ者よ。歓迎するぞ、黒葛原雨雪。私は伝承者の葉月史乃。どうぞよろしく」

 黒髪ストレートに、真紅のゴスロリ衣装を着た少女は自己紹介をした。

「初めましてよね?どうして私のこと知ってるの?」

「君が選ばれし者で、私が伝承者だから知っているのだ」

「意味がわからないのですが……」

「それは君の方だよ。どうして四葉を殺したんだい?そんなことしても、木原辰巳は帰ってこないと、察していただろう?」

「何の話か、私にはわかりかねるわ。もう帰ってもいいかしら?」

「くすっ。そうか。わからないか。まあいい。とりあえず私と少し話そうではないか」

「強引だわ。でも、こんな場所から戻る方法もわからないし、いいわよ」

「では、紅茶でもどうぞ」

「っ!ど、どうも」

 足音一つ立てずに紅茶を持って一人の少女が現れた。史乃と同じく黒髪で、それをツインテールにして、似たようなゴスロリ衣装を着ている。

「彼女はニイナだ」

「ニイナです。ごゆっくり」

 ニイナは一礼すると、どこかへ消えてしまった。

「召使いか何かなの?」

「そんなところかな。では本題に入ろうか」

 史乃は疑問に対して適当に答えると、淡々と話し始めた。


「昔、子供がたくさんいる家庭があった。しかし、育てるには金が必要だった。夫婦の金だけでは苦しくなってきた時、子供さえいなければと、二人は思ったそうだ。そして、子供たちに食事を与えなくなり、飢えて死にそうになった時、物置きに全員入れて火をつけたらしい。お腹が空いた苦しさや火の熱さなどで、子供たちは声にならない声で叫んだ。届かなかったけれどね。だが、子供たちの思いは形になった。笛という形に。夫婦は焼け跡から見つかった笛を偶然吹くと、子供たちが現れ、四肢を引きちぎり、喉を掻き切った。惨い死体の山がその家にできたとさ」

 簡単に言っているけれど、グロテスクだし、吐きそうだし!紅茶の少し赤みがかったいるのも不気味だし!

「さて、早速だが、やりたいことがある。もう一人ゲストを呼んでもいいかな?」

「え、あ、はい」

「じゃあ、入ってきたまえ」

 史乃が呼ぶと、明るい茶髪に、大きな黒い瞳の幼い少年が入ってきた。活発そうな見た目なのに、なぜか白い着物のようなものを着ている。そして首には赤いホイッスルを提げていた。

「彼が誰だがわかるかね?」

「い、いえ。初めましてだよね?」

 私が精一杯優しく聞くと、少年は、口角を上げ、笑わない目で名前を名乗った。

「僕の名前は四葉。木原辰巳と黒葛原雨雪の息子だよ」

 私は青ざめた。彼は私が殺した息子の四葉だと言うのだ。そんなはずはない。だって四葉は赤ん坊だったのだから。

「驚いた?あはは。史乃さんに大きくしてもらったんだ。とは言えまだ五歳なんだけど、言葉とか知恵とか、後は僕がどうやって死んだかを教えてくれたよ」

「あ、ああ!」

 私は頭を抱えて、腰掛けていた椅子から立ち上がった。パニックだった。

「黒葛原雨雪。最初の質問に戻るぞ。なぜ四葉を殺したんだい?」

「わた、私は、だって、四葉がいたら辰巳は、帰ってこないから……だから!」

「じゃあ、僕を作らなきゃよかったじゃん。知ってるよ。どうやって子供ができるのか。二人はさ、好きでやっていたよ。その行為を。予防することもせず。無責任だよね。僕は気まぐれに作られて、気まぐれに殺された。僕は人生を弄ばれたんだ」

「ち、ちが……あ、あの、ごめんなさい……ごめんなさい!あ、あの時は私もおかしくなっていたのよ!それに、辰巳だって悪いの。子供ができた途端出て行ったりして。どうして私だけがこんな目に遭わないといけないの!?」

「開き直るの早すぎ。呆れた。僕に対して悪いなんて思ってないんじゃん。まあ分かってたけどさ。大丈夫。二人仲良く罰を受けることになるから」

「そ、そう。じゃあ、辰巳も連れてきて……」

「そういうのはいいや。僕は、お前たちに苦しみを味わってもらえればそれでいいんだよ。謝ってもらう必要もない。心のない謝罪なんて意味ないしね。それより、僕は史乃さんとの約束を果たさないと」

「約束……?」

 すると四葉は、首のホイッスルを自慢げに手に持ち、

「これはソウルホイッスルって言うんだって。でも、ホイッスルなのにどれだけ息を吹き込んでも音が鳴らないんだ。そんなソウルホイッスルを鳴らすのが僕の役目」

「どういうこと?」

「ソウルホイッスルは、存在を吸収して鳴るんだってさ。二人分の。もちろん、それは両親だって言われる人のものだけどね」

「まさか……」

 冷や汗が頬を伝う。嫌な予感がする。四葉は、笑顔でホイッスルを口に咥え、思い切り吹いた。耳をつんざくような音が図書館を震わせた。

「な、なに?なんなの……」

 音が弱まるに連れ、私の体は透けていった。手のひら越しに景色を見ても見えるくらいだ。

「僕はね、愛して欲しかっただけなんだ。産まれてくれてありがとうって言ってほしかったんだ。でも、産まれてこなければって言われてしまった。僕は何もできない体で何も成し遂げることなく死んでしまった。そんなの不公平だ。僕だけなんて。だから、二人にも()()()()()()()()永遠の絶望を味わってほしかった。唯一僕の成し遂げたことだ。だから、ソウルホイッスルの対価で魂が砕かれても、たとえ生まれ変われなくても、後悔はないよ。さようなら。両親だった人。あ、最期にいいことを教えてあげるよ。お前の探している奴だけど、そいつはもう死んでいるよ。荷物を取り帰った後、電車に自分で飛び込んだみたい。だからと言って、罰が下らないわけじゃない。奴は線路に磔にされて、毎日電車に轢かれるんだ。でも、体が再生して、痛いのに死ねない。どう?苦しそうでしょ?」

「そんな……」

 私は無意味に辰巳を探し、そして、四葉を殺した。辰巳だけじゃなくて、周囲も見れていたのなら、ニュースできっと報道されて、探すのをやめていたかもしれない。その時点で、夢から覚めて四葉を女で一つで育て上げられたかもしれない。なんて愚かだったのだろう。

 四葉は終始笑顔だった。

「四葉。見事な音だったぞ。約束を果たしてくれてありがとう。これで無事に伝承も広がるだろう」

「よかった。史乃さんの役に立てたなら」

「ちょっと待って。約束って何?伝承が広がったってどういうこと?」

「まだ気が付かないのかい?選ばれし者は黒葛原雨雪ではない。四葉なんだよ。君は、ソウルホイッスルの材料として呼ばれたに過ぎないんだ」

「そんな……」

 たった一度の過ちで、こんな目に遭うなんて。辰巳と出会わなければよかったのだろうか?一人で四葉を立派に育てれば幸せになれたのだろうか?ああ。後悔だらけだ。本当に。

「史乃さん、僕の体は限界みたいだからそろそろ行きますね。ありがとうございました」

「よくぞ頑張ってくれた。生まれ変わらせてやれないのが申し訳ないが、安らかに眠ってくれ」

「はい」

 四葉は、史乃に礼を言うと、光が弾けるように消えていった。

「さて、君ももう帰っていいぞ。用は済んだ」

「ねえ、最期に教えてくれない?私はどこで間違えたの?どうしたらよかったの?」

「さあな。君の人生だろう。選択を誤ろうが、正しい道に進もうが、私には関係のないことだ。どうすればいいのかと、投げやりになるくらいなら、消えた方がいいんじゃないか?人間は自分で選んで、傷ついて、時に傷を癒してもらって生きている。どうすればいいかも、考えられる範囲で考え行動している。君のように投げ捨ててしまわないよ。君は、木原辰巳に執着し、怪物になってしまったのだよ。私には、君が人間には見えないよ」

「酷い人。まあいいわ。もう何も戻らないもの。楽しかった日々も、辰巳も四葉も。私が怪物なら、二人を壊したのは私かもね」

 私はヨロヨロと立ち上がると、図書館を出た。眩しい外の光に目を開けていられなかった。


 

 たくさんの人が行き交うスクランブル交差点。私はその中心に立っている。でも、信号が赤になったというのに、私はまだそこにいる。それなのに車は平気で往来する。普通なら轢かれてしまうのに、私の体を車がすり抜けていく。

 四葉がホイッスルを使ったあの日から、私は透明人間になってしまった。死ぬこともできないし、誰からも認識されない。おまけに、黒葛原雨雪という人間そのものが、この世界から消されてしまった。誰も私がいなくなったことに違和感すら持ってもらえないのだ。

「お腹空いたな……」

 もう何日も食べていない。だが、物に触られないから食べることもできない。かといって、飢えて死ぬこともない。空腹や誰にも認知されない苦しみから、助かる方法などあるはずもなかった。

「誰か……!誰か私を見つけてよ!」

 人が多い場所で、私は叫び続けた。しかし、叫んでも叫んでも、足を止める人はいない。

 私の魂からの叫びは、二度と誰にも届かないのだ。

 


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