伝承者の策略<道編>
「ヤッホー史乃!選ばれし者が見つかったよ!」
黒板は珍しく前置きもなく素直に報告してきた。
「そう。どんな人?」
「名前は猫又兎美。動物をすごく愛してる人!でもショッキングな出来事で人柄が少し変わっちゃったみたい!普通の会社員だよ!」
「ショッキングな出来事?」
「そそ!飼い猫が、車に轢かれて死んだんだよ!しかも、自分が鍵を閉め忘れたせいで、外に逃げ出してしまったから、なおさらショックだよね!」
飼い猫のことがよっぽど好きだったのだろう。ペナンスの宝石を使った飼い主とは大違いだ。だけど、
「そう簡単に変われるのかな?人って。いくらショックだからって……」
「史乃だって、最近変わったよ?うーん、でも言うなれば、猫又兎美も史乃も、変わったって思いたくて意地を張っているって感じだね!猫又兎美の場合は、飼い猫のシロって言うんだけど、シロの仇をとってやろうって、冷たい人を装ってる。史乃の場合は、ナビちゃんに頼るまいと必死。どちらも、ぱっと見は変わってるけど、中身は何も変わってない。だから、史乃の質問の回答は変われないっていうのが、ナビちゃん的正解だよ!」
「……」
痛いところを突かれた気分だった。そうか。私は黒板がいなくても大丈夫って、言いなりなるもんかって、必死になっていたのか。気がつかなかった。でもそう言われると、元々の自分って、どうだっただろうって思う。
「黒板はよくわかっているわね。確かに最近の私は、冷静さを欠いていたかもしれないわ。おかげで気付けた。ありがとう」
「どうしたの急に。温度差で風邪引くよ」
「うるさいわね。本当のことなんだから、素直に受け止めてよね」
「はいはーい。じゃあ、そんな史乃に、今回の本を進呈!」
ドンと大きな音が鳴ると、カウンターの上に本が現れた。空から降ってきたかのようだった。
タイトルは『道』
とある村では、命の灯火が消えるたび、村人全員で悲しみ弔った。それが、人間でも、動物でも。
お盆になると、追悼の意味も込めて花火を上げた。村は1つの家族だった。しかし事件が起きた。
初めて、お盆に大雨が降ったのだ。1度なら偶然であると思うだろう。だが、毎年だ。おかしいろと誰もが思った。でも、原因は分からず、追悼の花火を上げることはなくなってしまった。皮肉なことに、人間は忘れやすく、花火のことなど、すっかり忘れてしまったのである。
何年か経った時、私は道の真ん中から剥き出しになっている骨を見つけた。犬の骨だ。ああ、と私は思った。無造作に埋められた遺体は、供養もされずにいたのだ。しかも、たくさんの人が通る道。踏みつけられていたのだろう。土がすり減り、埋められた骨が剥き出しになるほど。
村が家族などと思っていたのは私だけかと、思わずにはいられなかった。私は、遺骨をきちんと埋葬した。翌年、お盆は快晴。原因は明らかだ。でも、私の話を信じる者はいなかった。なぜなら、追悼の花火を覚えている人がいなかったからだ。
相変わらずお盆は快晴だ。それなのに、もう花火は上がらない。
「優しい村も、1人想いの違う人が入り込むことで、こんなに簡単に崩れていくのね。それに、犬の呪いってすごいのね。天候を左右するなんて」
「犬神って知ってる?」
「犬神?犬は神の化身とか?」
「違うよ。飢餓状態の犬の首を打ちおとして、さらにそれを呪いたい相手の通る道に埋め、頭上を往来することで怨念の増した霊が、取り憑くことで相手を祟り殺すってやつ。諸説あるからこれが正解!ってことは言えないんだけど、とにかくすごく強い呪詛の力を持ってるって言われているんだよ」
「確かに、状況は似ているわね。首を切り落とされたみたいではないけど、たくさん人の通る道に埋められたって所は一緒みたいね。でも、祟り殺すんでしょ?殺して埋めた奴はどうしたの?雨である理由はないんじゃない?」
「余談だけど、埋めた奴はちゃんと死んだよ。自分で崖から飛び降りて、その先にあった尖った岩に刺さって死んでたみたいだよ。まあ、雨だったのは、見つけてもらうためか、花火を上げる村人たちの上辺だけの団結を壊すことが目的だったか、いずれにせよ、ナビちゃんにわかるのは、犬神に近い力で村を呪い、伝承を衰退させたってことだね」
「なるほどね。結果として村の人たちは、他人や動物の死を軽視するようになったってこと?」
「そこまでは分からないけど、そうかもしれないね。嫌々ながらも、村中が行うことなら心の中で何を思おうが、やらないといけない。だけど、誰もやらないことを率先して行おうとは思わないよね。大抵、そういう人間は変な目で見られがちだから」
「そう考えると、人間をやめたくなるわ」
「辞めて何になる?」
「さあね。でも、やっぱり人間かしらね。他の生物になる勇気はないわ」
「そっか。じゃあ、ナビちゃんは神様にでもなろうかな」
「今でも神様っぽいわよ。私の知らないこと、何でも知っているもの。まるで見てきたかのようだわ」
「……」
「黒板?」
急に黙り込んでしまった。システム上、何かあったのかもしれない。
「とりあえず伝え方を考えないとね」
静かな黒板を放置し、伝えるための道具についての説明を読みだした。
『祈りの尺玉』
お盆にあげられていた花火。衰退して、残っているのは3つだけである。箱には少々仕掛けがしてあり、開けると花火が打ち上がる仕組みだ。ただし、側面についた取手を引いてから箱の蓋を閉める必要がある。誰でもいい。あの日の伝統を、村の心を取り戻してほしい。
私は箱を開けて中身を確認した。木のようなものでできた丸い玉が3つ並んで入っていた。本物の花火を見たことはないが、資料で読んだ限り、とても美しいものなのだろう。
「これを渡して、花火が上がったら記憶を無くすってことにすれば伝わりそうね」
「それでいいと思うよ!」
「わ!直ったの?」
「なおっ……うん!直った!えーと、じゃあ、祈りの尺玉に手を加えて選ばれし者に渡そう!」
「ええ。それじゃあ、今から呼んでくれる?」
「あ、でも、今かなり落ち込んでいるみたいだよ」
「どうして?」
「動物を想う会っていうところで活動していたみたいなんだけど、上手くいかなかったみたい」
「何をしようとしてたわけ?」
「法律を変えようとしたみたいだよ!でも、叶わなかった。そりゃそうだよ!あんな団体じゃあね!」
「この会、そんなに酷いの?まさか宗教とかそんなの?」
「いやいや、動物を想うとか言ってるけど、普通に車で轢いたりしてるし、バレないように捨てたりしてるよ」
「うわ。最低。なら、こんな集まりなくせば……いや、都合がいいのか。大切にしてますってアピールしておけば、裏で好き放題したとしてもバレにくいってことね」
「ピンポーン!その通り!だから、署名活動も名ばかりだったわけ」
「じゃあ、猫又兎美は都合が悪いわよ。会に参加している中で唯一動物を本気で愛しているじゃん」
「そう。だけど、入ってもらわないと都合が悪い人がいたんだよねー。励ましてますよって、ここで一緒に理想を実現しようって、そんなアピールをしないといけない人がね」
「なるほどね。あーあ。人間って怖いわね」
「そんな史乃も人間だよー」
「怖くない人になりたいものだわ」
「そうだねー。じゃ、落ち込んでるけど呼ぼうか」
「ええ」
私は猫又兎美を呼ぶように頼んだ。でも、本当のことは伏せておこう。あくまでも伝承を伝えるのが私の役目。
猫又兎美が信じていた人が、最愛のシロを殺したなんて、口が裂けても言えない。




