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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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伝承者の策略<贈り物>

「史乃ー!なんとなんと!ナビちゃんからサプライズプレゼント!机の端に置いてある可愛い箱を開けてみて! 」

 頭に響く甲高い声で黒板が話しかけてきた。しかし、今回はプレゼントだというのだ。私の頑張りを認めて粋なことをするではないか。

 私は赤いリボンで飾られた可愛いくて小さな箱を、大切そうに両手で持ち、期待に満ちた表情で箱を開けた。

「ん? 」

 私は目を疑った。それもそうだ。中身はプレゼントなどではない。ケーキのフィルムだ。しかも生クリームのついた。誰がどうみてもこれはゴミだ。舞い上がった自分をなかったことにしたい。

「黒板。プレゼントって知っているかしら? 」

「もっちろん!ナビちゃんにわからないことはないよ!それに、それだって立派なプレゼントだよ! 」

「そんなわけないでしょ?!これはゴミよ!欲しいわけないじゃん!」

「ナビちゃんだっていらなーい。だってそれは史乃が昨日食べて、ゴミ箱に捨てなかったやつだもん」

「捨ててくれればいいじゃない! 」

「なんでナビちゃんがゴミ拾いなんてしないといけないんだよ!自分の出したゴミくらい片付けなよー」

 確かに。自分のゴミくらい自分で捨てるべきだ。しかし、気がついたのなら捨ててくれればいい。わざわざプレゼントと称して送る必要はないだろう。ん?わざわざ?もしかして、選ばれし者に関係があることなのだろうか?

「黒板。もしかして、選ばれし者と関係のあることなの?ゴミをプレゼントするっていうのは」

「ピンポーン!でも、ゴミを捨てられない史乃に対する嫌がらせの意味もあった!」

 あった!じゃないよ!私が悪いのはわかっているけれど、思わず叫びそうになってしまった。


 私はわざとらしく咳払いをして、

「で?今回の選ばれし者はどんな人なの? 」

「話題を無理矢理変えてきた!まあいいけど!えっとね、今回の選ばれし者は大門荘司!サラリーマンだよ!彼はなんと、決まり事が大嫌いで守ったことがほとんどないんだって!クズだね!それから、キャンプが大好きで、友人2人と週末は必ず治癒山でキャンプをしているよ! 」

 選ばれし者にクズって言いやがった。なんだか、自分にも向けられた言葉のように聞こえて、胸がチクリと痛んだ。

「現世の決まり事って言うと、どんなものなの? 」

「うーん、例えば、ゴミ出しの日とか、万引きしないとか人を殺さないとか?あと、遅刻しないとか?色々あってわからないけど、してはいけないとか、しなければならないってことがとにかく嫌いなんだよ! 」

「なるほどね。じゃあ(でんしょう)を読んでみますか」



 タイトルは『贈り物』

 日本一綺麗な水が流れる山で有名な治癒山で起きたことだ。

 治癒山には水神が住んでおり、水神の力により、水は美しく保たれていた。しかし、人間たちは綺麗な水を求めて土足で聖域に踏み入ったり、山に流れる川で水浴びをしたりと、好き放題した。その結果、水神の力では水の美しさを保つことができず、やがて水は汚れきってしまう。

 水神は穢れにより片目を失うと、怒りが爆発し、治癒山を訪れた人間を片っ端から殺して、自身の祠に放り込んだ。

 やがて人々は減っていき、殺す人間も治癒山を訪れる人間もいなくなると、水神は怒りを鎮めたが、穢れてしまった祠と己自身に蝕まれ、水を綺麗にすることはもうできなくなってしまった。

 ここに納めてある物は、水神の瞳。水神が失いし片目。水神の祠に眠る竜にはめれば、水神は力を取り戻し、やがて水はかつての美しさを取り戻すだろう。



「今回も親切な伝承ね。でも、こんな物騒な神に会いたくはないわね。というか、穢れてしまった神って生きていられるの?」

「この水神の場合は、殺した人間を器にして生きているみたいだよ!神の姿のままでは穢れで苦しめられるけど、穢れを宿している人間の器に乗り移ることで、苦しみを紛らしているみたいだよ!でも、この方法はより水神を蝕んでいくだけだからよくないと思うよ!」

 とはいえ、他に方法はないのだろう。この水神の瞳を取り戻すこと以外は。


「うーん……どうしようかな……ねえ黒板。現在の治癒山のことはわかるの?今でも人は立ち入っていない?」

「わかるよ!今の治癒山は綺麗な水で有名なことはかわってないけれど、キャンプ地でも有名になっているよ!でも、それは許された1部だけ。残りは聖域として扱われ、入ることはもとより、キャンプをすることは禁止されているよ!」

「キャンプって……いくらなんでも急にゆるすぎない?」

「これも、水神が力を失った結果だろうね。水の穢れなんて、人間の目で見えるわけないしね。許された地だって、水神の力が働いていない場所っていうだけ。だけど!なんとなんと、立ち入り禁止の聖域でキャンプを平気でする人間がいるみたいだよ!立ち入り禁止の札とかロープとか見えないのかなー」

「このロープとか札は誰がしたの?」

「山の管理をしている人だよ!なんの職業かまではわからないけど、聖域がどこかくらいはわかるみたいで、山を少しでも守ろうと、ロープとか札をしたみたい。祠にも入れる人間みたいだよ!」

「祠って誰でもは入れないの?」

「この山には滝が1つあって、その後ろに洞窟があるんだけど、その中にあるんだよ!滝の水で穢れを祓ってから入ることが許されるけど、穢れが祓えているかは水神の判断だから、入れる人間はごく僅か!」

 ますますどうればよいのか、わからなくなった。効果的な伝え方が思い浮かばない。私はしばらく言葉を失い、ぼんやりと本棚を眺めていた。



 どれくらいかが経過した時、痺れを切らしたのか、黒板が話しかけてきた。

「史乃!史乃ってば!思考で停止してるんだけどどうしたの?」

 機械のくせに鋭い。

「えっと、その、どうしたらいいのかわからなくて。選ばれし者に水神の瞳をはめてもらうのは確定的だけど、祠は水神が許した人間しか入れない。はあ。もうわからないわ」

 黒板の助けがほしい。行き止まり状態だ。

「ナビちゃんの助けが欲しいんだね!ふっふっふ!仕方ないなぁ!このナビちゃんが少しだけ助け舟を出してあげよう!」

 なんというか、すごく鬱陶しい。だが我慢だ。

「た、頼りにしているわ。えっと、とりあえず、なにから解決したらいいのかわからないから、黒板の知っている限りの情報がほしいわ 」

「情報だね!そうだなー。初めにキャンプ地になったって話をしたと思うけど、決まり事を守れない人間たちで水は今も穢れ続けている。でも、水神には昔ほどの力はないから、人間を捉えて殺すみたいなことはできないんだよ!だけど、人間を穢れの力で作った沼地に閉じ込めて永遠に苦しませることくらいはできるみたいだよ!それでも、穢れの力には対価が付き物で、水神も同じくらい苦しみを負担する。水神はこれがわかっているから、贈り物をして、本人たちが気がつき行動を改めることを願っているって感じかな?後は何が知りたい? 」

「そうね……贈り物の内容とどうやって水神が届けているかを知りたいわ」

「贈り物っていうのは、その人間が捨てたゴミのことだよ!届け方は、水神ほ今人間の器を使っているから、そのままの姿で自分で届けているよ!」

 贈り物がゴミ。黒板が私にケーキのフィルムを送りつけてきたのと同じだ。

「選ばれし者の所にも贈り物はあったりするの?」

「もちろん!毎日届いているよ!なんでも、大門荘司とその連れは、治癒山での決まり事を守らない常習犯みたいで、水神も目をつけているよ!だから、会社の後輩を名乗って近づいて毎日ゴミを届けているんだよ」

「水神って会社に行けるの?」

「会社に通っている大門荘司の後輩は、治癒山で決まり事を守らないやつで、最近沼地に閉じ込められた。贈り物をして、閉じ込めるまで結構猶予があるんだけど、今回は大門荘司に近づくのに便利だからと、猶予がなかったみたい。この人間の名前は林道桔梗。本人の記憶を使い、会社に混ざっているみたいだよ!」

「じゃあ、水神が器からいなくなったらどうなるの?」

「もともと林道桔梗は死んでいるし、山で死体で発見されれば、よく行っていたのに遭難したみたいに思われるだけ。1人暮らしだし、林道桔梗の変化になんて誰も気がつくことはできないしね」

 黒板は、思いの外たくさんの情報をくれた。私は情報を整理するために、黙り込んだ。察しのいい機械、黒板も、私に合わせて静かになった。


「よし!考えがまとまった!黒板!選ばれし者を読んで!」

「史乃ー。バッドタイミングだよー」

「え?」

「林道桔梗こと水神がついさっき大門荘司にキャンプに誘われてたんだよ!」

「なっ!」

 最悪だ。水神はおそらく誘いを断らない。それどころか、誘いを利用するに違いない。林道桔梗の器を捨て、大門荘司たちを始末するだろう。まずい。

「とにかく説得よ!決まりを守って、水神を怒らせなければなんとかなるかもしれないわ」

「ならなかったら大門荘司たちは沼地に沈むよ?」

「そうね。でも最悪そうなっても、ここに魂を留めておけばなんとかなるわ。それに、今回は、生きたまま伝承を伝えてもらっても、辛いだけかもしれないじゃない?」

「史乃。水神の祠が、対価なしで触れられないってわかっていたの?」

「なんとなく。水神はかなり危険な存在だわ。そんなやつが軽々しく自分の大切な祠を触らせるわけないじゃない。でもやってもらうしかないから、こちらも用意できるものは用意してあげたいわ」

「例えば?」

「そうね……水。水だわ!祠は今死体まみれできっと汚れているでしょ?この汚れを拭き取って、水は汚れてしまうけど、雑巾は新品になる、みたいな水!そんなのが欲しいわ!」

「魔法のアイテムかよ……でも!ナビちゃんなら用意できちゃうんだな!選ばれし者がいつも座っている椅子の近くを見てみて!」

 言われた通り、黒板の示した場所に行くと、よく見るバケツのサイズにたっぷりの水が入っていた。

「この水は、水神の瞳から力を借りて水を綺麗にし続ける魔法みたいな水だよ!これさえあれば、どんなに汚れた祠でも綺麗になるよ!」

「水神の瞳に力を借りててバレないの?」

「問題ないよ!特殊なのはバケツだからね!水神の瞳が近くあると、その加護を自動的に受ける摩訶不思議なバケツのなんだから!」

「すごいわね……」

「ま、伝承者である史乃に不便があったらナビちゃん失格だからなー。ある程度はがんばるよー」

 やる気のない言い方だが、十分すぎる道具に情報。黒板の性格は好ましくないが、仕事はできるため、その部分はリスペクトしておこう。

「ありがとう。これでなんとかなりそうだわ。祠の掃除と水神の瞳をはめることをやってもらえば、水神が力を取り戻すのと同時に伝わるはずよ」

「いいと思うよ!じゃあ、ナビちゃんは水神に面会許可だけ取るから、その間、選ばれし者を説得するな説得しておいてよー」

「わかった。水神は任せたわ」

「はいはい。出血大サービスなんだよー」

 怒り狂った水神。止める術きっとない。だが、力を取り戻して伝承が広がれば、安易に治癒山を荒らす者は減るだろう。荒らす者がいなければ水神は穏やかに過ごすはずだ。

 しかし、人間と手を取り合うなんてことはできないのかとふと思った。神の領域を侵す人間。それに怒り人間を亡き者にする神。決まり事さえ守れたら、手を取り合う未来ももしかしたらあり得るのかもしれない。



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