伝承者の策略<お友達探し編>
「史乃ー?もしもーし? 」
黒板が呼んでいる。でも返事をする気にはなれない。まだ前回受けた心の傷が癒えていないのだ。
「無視はよくないよ?それともこのままー」
「あー!もう!そうやって脅すの禁止!私だって落ち込みたいの! 」
「えー。落ち込んだ先には何があるの? 」
「そ、それは…… 」
「ないんだ?だよねー。もう選ばれし者は死んじゃったし」
くそ。黒板の言う通りだ。私がいくら落ち込み、悩んだところで結末を変えることは叶わない。無意味だ。
「はいはい。わかったわ。もう落ち込まない。でも、しばらく断罪道具はやりたくない」
選ばれし者が望んだ結末。私が変えることができなかった結末。彼女が死んで、母親は取り乱して後を追うように自殺した。かつてないほど、胸糞悪い結末だ。こんなのはもうごめんだ。
「今回は何? 」
軽く頬を両手で叩いて気合いを入れると、黒板に尋ねた。
「大丈夫になったんだ?まあいいけど。今回は彼!加連淋高校1年生!友達ゼロの可哀想な人! 」
「最低な紹介ね。えっと、あれ?選ばれし者は今何してるの? 」
「ん?メモを見てるみたいだよ! 」
「そうなんだけど、あのメモ、すごくボロボロじゃない?とても最近書かれたものには見えないけど」
「おっと!鋭い!その通り!あのメモは大体10年前くらいに書かれたものだよ! 」
「は?なんでそんなもの見てるの? 」
「それは彼が死んでいるからだよ。10年前くらいにね。体が成長しているのは、死んだ自覚がないから。彷徨っているうちに記憶とか、自我とかが滅茶苦茶になってしまっているけど。だから、毎日同じメモを見ては今日も仕事で両親は帰ってこないと納得しているんだよ」
「ということは、幽霊ってこと?! 」
「そうだよ!よかったね!死なせる前に死んでてくれて!」
「そうことじゃないわよ!幽霊が普通に生活してるなんて異常じゃない! 」
「普通には生活してないよ。彼は死期が近い人間や霊感みたいなのがある人間にしか見えないよ。ただ、見えてしまって親しくなってしまったら最期。死んじゃうよ」
「じゃあ、大半の人間は見えないのでしょう?それなのに学校に通えるなんて」
「うーん。何となく混ざってるって感じ?見えてないって自覚がないから、無視されたとかそんな認識。どうやって学校生活を送っていいかもわからないから毎日寝て過ごしているよ」
なるほど。無意識とはいえ、幽霊として現世にいるためにどうすればいいのかわかっているかのようだな。
加連に関心していたら本を読み忘れるところだった。
タイトルは『お友達探し』
意味不明だがとりあえず読んでみる。
昔、存在をほとんどの人間に忘れられ、寂しく暮らしていた神がいた。神は寂しさを埋めるために子供を1人連れ去った。神は子供に不自由のない暮らしをさせ、楽しく一緒に過ごした。しかし神は1人ではまだ寂しいと感じ、1人また1人と子供を連れ去ってしまう。とうとう神は100人目を連れ去ってしまった。だが、連れ去る瞬間を巫女の1人に見つかってしまい神殺しの炎で社を燃やされ殺された。神は友達を探し、99人の友達を得た。神は友達を得た日々を楽しく過ごし死んでいったという。
「で、伝える道具は桜の木の苗木であると。えっと、黒板?私はこの伝承から何を選ばれし者に伝えればいいのかしら?いつもなら伝承を通じて何かしら学びというか、言いたいことみたいなのが伝わってくるんだけど、今回は全くないわ」
正直昔話をしても、桜の苗木を植えても、十分に伝わるとは考えにくい。私だってよく理解していないのだから。
「そうだなー。それはズバリ!孤独は毒であるってことかな」
「孤独が毒?どういうこと? 」
「この神は寂しいって思って子供を連れて行って死なせた。つまり孤独だったんだよ神は。孤独な人や神は孤独を埋めるために何かしらアクションを起こす。それが誰かに迷惑をかけないタイプもいれば巻き込みたいタイプもいる。神は後者だろうね。つまり、孤独になった者は何をするかわからない。孤独は人や神を狂わせてしまう毒だよ。ってナビちゃんは思うよ! 」
孤独は毒か。孤独だと私は感じたことがないからわからないけど、孤独というのはある意味で恐ろしいかもしれない。
「黒板の説明で一番わかりやすくてためになったかもしれないわ」
「失礼だよ!いつでもナビちゃんは完璧なんだよ! 」
「はいはい。じゃあ、完璧ついでに教えてよ。桜の苗木なのはなんでなの? 」
「あーそれね。それは、選ばれし者が生きていたっていう証にするためだよ。この伝承は元々、死者以外伝える資格を持たないんだよ。それも孤独な死者。誰もが忘れてしまった人が生きていたっていう証になれば伝承が伝わるシステムだよ」
「桜なのは理由があるの? 」
「桜の木の下には死体が埋まってるってよくいうじゃん?だからなんじゃないかな?後は、選ばれし者の死体が桜の木の下に埋まっているとか? 」
「桜の木の下に死体が埋められたというのも伝える資格の1つかもね。ねえ黒板。加連の死体って見つけだせるかしら?彼が死んだという自覚を持ってもらった上で伝承を伝えようと思うから」
「史乃ってば、冴えてるねー。いいよ。この優秀なナビちゃんが死体の1つや2つ見つけちゃうよ!っていうかもう見つけてるんだけどね! 」
くそ。優秀だと自負するだけのことはあると悔しくも思ってしまった。
「黒板、最後にもう一つ」
「なに? 」
「加連の死体を埋めたのは誰なの? 」
私は1番初めに感じた、最大の疑問を投げかけた。加連の死体が埋まっているということは誰かが殺して埋めたことを意味する。普通に命が尽きたなら、火葬か時代によっては土葬するだろう。わざわざ木の下になんて埋めたりしない。
「やっぱり気になるかー。だよなー」
「ちょっと、真面目に聞いているのよ」
「わかってるよ。じゃあ答えるけど、彼は両親と祖父母に殺されてんだよ」
「どうして……両親がたとえ見捨てても、祖父母は孫を可愛がるものでしょう? 」
「どうだろう。史乃の読んだ資料たちはそうだったのかもね。でも、世の中はわからないものだよ。自分の生活が大切で、彼がいることによって自分の生活に支障をきたすなら、それは邪魔者でしかないよ」
「そんな! 」
「現に彼は殺された。誕生日という日を利用して。ご馳走様をたくさん用意して、全てに毒を盛った。嬉しそうに彼が食べていくと毒が回って苦しくなってくる。その記憶がないのは、存外に扱われていた中で、盛大に誕生日を祝ってもらったという楽しい思い出の方が強かったからだろう。皮肉にもな」
ああ。この世界に普通などありはしない。孫が自分の子供が可愛いと思うのが当たり前ということはないのだ。加連の孤独の原因は両親と祖父母ではないか。
「嫌な話ね。なんだか気の毒だわ。少し、彼にギフトを用意するわ」
「ギフト? 」
「ええ。形のあるものは渡せないけど、何か考えるわ」
その後、私はしばらく黙り込んだ。それに合わせて黒板も静かにしてくれた。
間も無くして、私は口を開いた。
「さて、幽霊の孤独を埋めるとしましょうか」
私は一枚の紙を手にそう呟いた。
「どうやって? 」
「そこは2号ちゃんに頼むよ。きちんとプランも立てておいたわ」
「ふーん。プランは聞いてもいいの? 」
「いいわよ。と言っても、2号ちゃんに加連と友達になってきてっていうだけなんだけど。これが私の考えたギフトよ」
「選ばれし者の望みを叶えてあげるってことがギフトか!いいと思うよ! 」
「そう。じゃあ選ばれし者を早速呼んでくれる? 」
「喜んで! 」
彼が笑顔でこの世を去れることを期待して私は選ばれし者を待った。




