十二冊目<お友達探し>
友達100人作りましょう
聞くだけで気分を害する言葉だ。
だってあり得ないと思わないか?できるわけがない。できたとして、100人の友達は本当に自分を大切にしてくれる人か?それは神のみぞ知るというやつだろう。人が人を判断するなんて、困難なのだから。
「おい、加連。加連淋! 」
「ん?なんですか……?」
机に突っ伏してした僕は、名前を呼ばれたので、目を擦りながら頭を上げた。
「なんですかじゃないだろ?授業もホームルームも終わったぞ。とっと帰れ」
「あー。もうそんな時間なんですね。じゃあ帰ります。さようなら」
「おい加連」
「はい? 」
「お前の居眠りは今に始まったことじゃないが、最近は頻繁じゃないか?夜は眠れているか?」
「先生心配してくれるんだー。やさしー」
「茶化すな。どうなんだ? 」
「うーん。よくわからないかな」
「は?どういう……ってまだ話は済んでないぞ! 」
「さようならーせんせー。また明日ー」
僕は先生の問いから逃げるように帰った。
家に着いた僕は玄関の扉を開く。扉の開け閉めの音は、僕の家中に響き渡った。
「ただいま」
誰からの返事もない。
「あ、メモ。えっと、今日から3日間仕事で帰れません。パパも1週間の出張だからなんとかしてね。はあ……またか」
両親はよく仕事で家を空ける。まともにいたことなんてほとんどない。だから、両親との思い出なんて1つもないのだ。幼い頃は母方の祖父母の家で過ごし、祖父母が亡くなった今は高校生というのもあり、1人で留守番している。この家は空っぽだ。
「夜ご飯、どうしようかな?コンビニでも行ってこようかな」
何か作る気にもならなかったので、コンビニに頼ることにした。家からそう遠くもないし。
「ありがとうごさいましたー」
会計を済ませると、店の外に出る。
「これからどこ行く? 」
「空いてる店探そー」
何やらコンビニ周辺で集まって、これからどこに行くかを話し合っているようだ。これが友達って奴なのだろう。まあ、学校で寝てばかりで、友達もいない僕には関係ないことだ。
「早く帰ろう」
と自宅の方向に向かおうとすると、景色が一変した。
「どういうこと?」
「こんばんわ。帰宅しても暇だろう?少し私の話に付き合ってくれないか? 」
漆黒の髪と真紅の瞳を持った綺麗な少女が、カウンター越しに話しかけてきた。思わず心臓が高鳴った。
「えっと、よろこ…… 」
喜んでと返事をしようとしたタイミングで、腹の虫が鳴った。恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。
「気にするな。手に持っているものを食べながらで構わないよ。飲み物はこちらで用意しよう」
バカにする様子もなく、少女は僕を受け入れてくれた。誰かと話すなんて、先生以外では久しぶりだ。緊張もするが、よくわからない高揚感もあった。
誘いを受け、僕は図書館のカウンターに座る少女と向かい合わせに座った。
「食べないのか? 」
「え?ああ、食べるよ。なんというか、君みたいな綺麗な人を間近で見ると緊張しちゃって…… 」
「そうか。そう言ってくれるのはありがたいが、お腹は正直だぞ? 」
「あはは。そうみたいですね。では、いただきます」
空腹に負け、僕はコンビニ弁当を頬張る。
「食べながらでいい。自己紹介がまだだったな。私は伝承者・葉月史乃だ」
「えっと、僕は加連淋です。よろしく」
「ああ、知っている」
「知ってる?!どこかで会ったかな? 」
「会うのは初めてだ。だが、君は選ばれし者だからな。君のことは大体知っている」
「だから、僕が家に帰っても暇だってわかったのか」
「驚かないのか? 」
「あまり。むしろこれくらい刺激がある方が楽しいかもしれない。僕、友達とかいないし、両親も仕事で家にいたことがほとんどなくて。祖父母はよく面倒を見てくれましたけど、人とまともに関わったのってその時くらいで。あ、すみません。初めて会った人にこんな話をしてしまって」
「構わない。知らない人間の方が話しやすいこともあるだろう。それで君は毎日学校で寝ているのか? 」
「いえ。あれは、家では眠れなくて。その分の睡眠を取っているといいますか。ああでも、休み時間とかどう過ごしていいかわからないっていうのもあります」
「なぜ家では眠れないのだ? 」
「よくわからないですけど、不安なのかもしれません。僕はいらない子で、仕事っていう理由をつけて出て行ってしまうんじゃないかって」
「なるほど。友達とかは作らないのか? 」
「嫌なんですよ。友達って、特に繋がりがないじゃないですか。責任もない。裏切る時は一瞬だと思ったら作る気になれなくて。友達100人とか、おとぎ話ですよ」
学校は友達作りを強要する。両親や曾祖母だって、入学して間もない頃には、友達できた? と聞いてきたものだ。その質問をされるたび、嫌な気持ちになった。なんだか、友達がいないと、この世界にいてはいけないような気がして。
「だから友達は作りません。というか必要ないんです。この年まで困ったことなんてないんですから」
「そうか。君がそれでいいならいいと思うぞ」
「ありがとうございます。って、史乃さんの話全然聞いてないです!なにかないんですか? 」
自分の話に夢中で、相手のことを考えていなかった。そういえば僕は、彼女の話を聞きにきたのだ。
「私か?構わないぞ?君が楽しそうに話すから、それでいいかなと思っていたんだ」
「ええ!!なんか申し訳ないですよ…… 」
「ならば1つだけ。桜の木の下には死体が埋まっているというだろう? 」
「そ、そうなんですか……? 」
いきなりハードな内容をチョイスする史乃。顔がひきつってしまった。
「私は、その話があながち間違いではないと考えていてね」
「は、はあ…… 」
「そして1つの結論に至った。君の死体は桜の木の下にあるんじゃないかってね」
「は?」
生きている僕を前にして、僕の死体が桜の木の下に埋まっていると断言した。僕は生きている。だが、なぜか自信がない。冷や汗が流れ出て止まらない。
「ど、どういうことですか?僕は、僕は生きています。先生だって寝ている僕を起こしてくれる。コンビニの店員さんだって、僕のレジをしてくれた。なのに…… 」
「ふむ。不自然点はいくつかある。だが、事実だ」
「帰ります。あなたと話すことなんてもうありません。さようなら」
声が震えた。恐怖なのか怒りなのかわからない。
「近いうちにわかるだろう。そうしたらまた会おう」
史乃の声色は全く変わらなかった。僕はこんなにも動揺しているというのに。僕は図書館の扉を開け、外に出た。真っ暗の道は、まるで僕の心のようだった。
翌日、史乃に言われたことが気になって眠れなかった。また居眠りをして先生に怒られてしまう。
「はあ…… 」
寝よう。寝ていないからダメなんだ。そう思って眠ろうとすると、ホームルームが始まった。しかし、担任の先生ではなく、違う先生だった。
「みなさん、落ち着いて聞いてください。昨夜、この教室の担任である金泉先生が、病のためお亡くなりになりました」
急な知らせに、教室がざわつき始めた。当然だ。昨日までそんな様子はなかった。いつも通り、居眠りしている僕を起こしてくれた。相談に乗ろうとしてくれた。そんな先生がなんで?
「そのためー…… 」
代わりの先生は何かを言っていた。だが何一つ頭に入ってこなかった。
僕はホームルームが終わると、教室を出た。このまま1時間目が始まるというのに、出ていく僕を誰一人止める人はいなかった。まるで僕が見えていないみたいだった。
「まさか……本当に? 」
史乃の言葉が頭に浮かんだ。僕は本当は死んでいるのではないだろうか。だから友達もできなかったのか?でも先生は僕を認識してくれていた。それはなぜだ?
「疑問点が多いみたいですね」
「誰? 」
屋上に繋がる人気のない階段に座り込んでいた僕に、ツインテールの少女が話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。二宮ニイナと申します。この度は史乃様の使いで参りました」
「史乃さんの? 」
「はい。今お時間よろしいですか? 」
「あ、うん。ちょうど史乃さんに聞きたいこともあったし」
「そうですか。では行きましょう」
「あの、あなたをここに連れてこなくても僕をあの場所に連れていけたんでしょ?どうして? 」
「さあ。私にはわからないことです」
ロボットのような少女、ニイナは何も答えてはくれなかった。
「史乃様。選ばれし者をお連れしました」
ニイナの案内で、鍵のかかった屋上に行くと、なぜか扉があき、史乃の元に行くことができた。本当に不思議だ。
「やあ。昨日ぶりだね。どうだ?実感はできたか?君が死んでいるということについて」
「実感はできません。でも、教室の人たちは僕のことが見えていないようでした。試してはいませんけど……それから、親しかった先生が亡くなりました。関係あるかはわかりませんが」
「そうか。なるほどな」
史乃は僕の話を聞いて納得したようだった。僕は何一つわかっていないというのに。
「あの、僕は本当に死んでいるんですか?そろそろ教えてほしいのですが…… 」
「もちろんだ。君は選ばれし者。知る権利はあるよ。では、昔話からしようか」
「昔話? 」
「遠い昔、孤独な神がいたらしい。その神は、寂しさを埋めるべく友達を探していた。ある日、1人の人間を自分の元へ連れ去った。ここでの連れ去るという意味は、魂を連れ去るということだ。つまり、現実世界の連れ去られた人間は死んでしまうんだ。神は連れ去った人間と楽しく暮らしていたが、1人では足りず、1人、また1人と連れ去っていった。ところが、100人目を連れ去ろうとした時、巫女に姿を見られてしまい、神の仕業だったとバレてしまう。たくさんの友達と共に楽しく暮らしていた神は、自分の立場を利用した邪悪な神だと言われ、祀られている社に神殺しの炎と呼ばれる火を放たれ殺されてしまった」
友達を探す神。聞いたことはなかったが、やはり友達を作ろうと努力するとろくな結果にならないなと思った。
「まあ、神を人間が殺せるとは思えないから、この神の象徴的存在である社を焼くことで、神を殺したといっているだけだろう。神殺しの炎だって、ただの炎だと思うぞ。神がいなくなったかは不明だが、社が焼かれてからは、連れ去られる人間がいなくなったらしい。これで昔話は終わりだ」
「あの、その昔話と僕は関係あるんですか? 」
「あるぞ。君は殺された神と同じだからだよ。君は両親に育児放棄され、祖父母に預けられた。だが、祖父母にも厄介者扱いされ居場所がなかった。そして君は、両親と祖父母に殺された」
「!? 」
頭が真っ白になった。何も考えられない。考えたくない。
「殺された君は、どこかに埋められた。死んだ君は、誰にも相手にされなかった寂しさを埋めるために友達を作るために現在を彷徨っている。しかし、君は死人だ。君の存在を認知し、近づいた暁には、その人間は死んでしまう。君と同じ死人になるためにな」
意味もなく高い天井見上げる。天井が霞んで見えた。
「教師が死んだのも、君と近づきすぎたせいだろう。コンビニの店員は、死期が近い人間だった。だから君を見ることができた。そんなところだ。ん?どうした?天井に何かあるのか? 」
「いえ。何もありません。ただ、僕って寂しかったんだなって。友達なんてとか言っておいて、本当は真逆のことしてるし。自分の存在自体、わからなくなってしまいました。史乃さん、僕はどうしたらいいんですか? 」
天井を見上げながら問いかける。史乃を見ようと頭を下げれば、何かが溢れてきそうだった。
「君には、ニイナと共に遺体を掘り起こしてもらう。そして、とある場所に桜の木を植える。これが君のやるべきことだ」
「わかりました」
まだ死んでいる自覚はないし、祖父母や両親に殺された自覚もない。ただ、幼い頃の記憶で一度だけ誕生日パーティーを盛大にしてもらったことがある。もしかしたらそれは、僕を殺す儀式のようなものだったのかもしれない。
あの後、史乃とは言葉を交わすことなく館を出た。同行しているニイナとも何も話さなかった。
「着きました」
俯いて歩いていたせいか、周りの景色が一変していたことも気が付かなかった。
「ここって? 」
小さな丘の上に木が一本立っている場所。周りに木々がたくさんあるわけではなく、ここに死体を埋めるのはリスクがありそうだった。
「史乃様がお見つけになった、あなたが埋まっているであろうという場所です。ちなみにこの木は、花は咲いていませんが桜の木です」
「この場所、とても死体処理に向いているとは思えないんですが? 」
「そうですね。ですが、向いてないと誰もが思うのなら、ここに死体が埋まっているという発想はないばずです。埋める際にはリスクを伴うでしょうが、いかにもな場所よりは、発見されにくいでしょう」
「そういう考えもあるんですね。じゃあ、掘りましょうか」
「はい」
もしニイナの言うのが理由なら、両親と祖父母は自由に暮らせる環境を守りつつ、邪魔者を排除したかったということになる。つくづく落ち込む。
掘り起こす音しかしない中、スコップが、何かにぶつかって甲高い音を立てた。
「これは、スーツケース? 」
「掘り出して中を開けてみましょう」
随分古いスーツケースを掘り起こした僕らは、恐る恐る開けてみた。するとそこには、白骨化した人間の骨が入っていた。
「ああ、僕だ…… 」
なぜだか、このスーツケースに詰め込まれた小さな体は、自分自身だとわかった。
「わかるのですか? 」
「うん。なぜかはわからない。でも、これは間違いなく僕だよ。はあ。僕、死んでたんだ」
生きていると、どこかでは信じていた。だが不思議と悲しさはなかった。どちらかといえば、見つけてもらえたことが嬉しかった。
「ニイナさん。この骨はどうするんですか? 」
「蓋を開けてここに置いておきます。あなたを見つけてもらって、両親たちには罪を償ってもらいましょう。さて、土を戻したら次の場所に移動します」
ニイナさんの指示に従い、ほぼ元の状態に戻すと僕らは次の場所に向かった。
再び小さな丘に着いた。しかし今度の丘は、何もなかった。
「ここに木を植えます。ここからの作業は、あなた1人で行ってください。私が関与すれば無意味になります」
「そうなんだ?よくわからないけど、植えるくらいなら1人でできるし大丈夫だよ」
僕は穴を掘り桜の木を植えた。1人で行ったが、そこまで時間はかからなかった。
「これで史乃様に言われたことは全て終わりました。あなたはもうじきあの世に行けます」
「そっか。あー、なんか長かったなー。それに、今までここにとどまってしまったばっかりに、先生を死なせてしまったのは申し訳なかったな…… 」
「先生のことは事故のようなものでしょう。気にやむことはないと思います」
「そうかな」
「はい」
感情のない返事だったが、僕にとってはあたたかいものだった。
「では、私は史乃様のところに戻ります。一定時間が経てば、この世での肉体が保てなくなり消滅すると思いますので。それと、これは私個人のお願いです」
「え?なに? 」
「私と友達になってくれませんか? 」
「!! 」
この瞬間、風が強く吹き、ニイナの髪を大きく揺らした。髪の隙間からかすかに覗いた表情は、少し照れているようにも見えた。
「えっと、僕と友達になると、死んでしまうんだよ?だから……だから…… 」
彼女の申し出を断りたくない。どうせもう死ぬのだ。1人くらい友達を作ってもいいのではないか。そう思ったけれど、僕の身勝手な考えにニイナを巻き込みたくはなかった。
「ご心配なく。私は、史乃様に作られた、いわばロボットのようなものです。そのため、死ぬ心配はありません。それを考慮しても、断りたいですか? 」
「ううん。とても嬉しい。本当は断りたくない!誰かに見てほしい!誰かと関わっていたい!だから、僕と友達になってください! 」
「喜んで」
ニイナと握手を交わす。
「ありがとう。最期に僕の望みを聞いてくれて。嬉しいけど涙が止まらないんだ。人の温もりは、こんなにも温かいんだね。知らなかった」
「とてもいい顔になりましたね」
「ふふ。ニイナさんや史乃さんのお陰だね。本当にありがとう」
僕は、心残りがなくなったせいか、ニイナにお礼を言うと、光に包まれこの世から消えた。
僕が消えた世界は、特に変わった様子はない。しかし、丘の上で僕の遺体が発見され、色々な捜査の上、両親が逮捕された。祖父母は亡くなっていたため、罪を償わせることはできなかったけど。それから、史乃にもらった桜の木は立派に咲き誇っている。なぜか、成長速度がとても速く、桜なのに枯れないらしい。そのお陰かは知らないが、ここは僕の墓になり、お花やお菓子がお供えされている。僕はこの世にいたのだと、証明してくれているかのようにー。




