十冊目<かかしの田んぼ>
私の住んでいる村には変な田んぼがある。
それはー
かかしの生えてくる田んぼ
かかしとは、田や畑などの中に設置して、作物を荒らす鳥などの害獣を追い払うための田畑に立てる竹やわらなどで作った人形のこと。つまり意図的に人間が作ったものであり、自然に生えてくるものではない。
それなのに、村にある変な田んぼでは、かかしが勝手に生えてくるのだ。おまけに近所の人たちはこう言うのだ。
「かかしは絶対に抜くな」と。
私こと田畑瑞香は、変な田んぼのある村に生まれた。楽しい場所などなく、見渡す限り田んぼと古い民家。田舎中の田舎である。
「はあ……」
「ちょっと瑞香!手伝いなさい!」
窓の外を眺めながらため息をついていると、暇だと思ったのか母の大きな声が聞こえてきた。どうせ畑仕事を手伝わされるに決まっている。本当は行きたくないが、後々面倒なので、
「今行く。」
と返事をして母のいる畑に向かった。
「なに?」
「何じゃないわよ。暇なら畑を手伝うのが当たり前でしょう?」
「あっそ。」
「ちょっと!反抗期?」
反抗期だから嫌なのだろうか。私は今年中学生になる。とはいえ、小中高一貫校のため、対して変わり映えはしない。きっと反抗期じゃなくても嫌になるかもしれない。
「ねえ母さんこれはどうするの?」
「ああ、それはこっちでするわ。瑞香はお茶持ってきてくれない?母さん喉渇いちゃった。」
人使いの荒い母親だ。内心舌打ちをしながらお茶を取りに戻った。
「何よ!最初からお茶がほしいって言いなさいよ!」
ドンッ!!とお茶の入ったやかんを乱暴に置く。一瞬やかんの蓋が浮いたように見えた。
「はあ……早く大人になって、この村を出たいな……」
私は台所の窓から外を眺める。そこからの景色は最悪で、かかしの田んぼが丸見えだ。
「そうだ!」
私はよからぬことを思いついた。それは絶対にしてはいけない、かかしを抜くこと。嫌気が差した私は不思議に思っていたことを解明することにした。
「楽しくないなら、自分で楽しくしてしまえばいいわ。」
心が躍った。
「母さんお茶!」
「ああ、ありがとう。じゃあ次は……」
「ちょっと出かけてくるから後にしてー!」
私はお茶の入った湯飲みとやかんを畑の傍に置くと、その場を風のように走り抜けていった。そのため、母も私を止めることはできなかった。
村は狭いため、すぐに目的の場所に着いた。
「いつ見ても不気味ね……」
一応やってはいけないことなので、当たりを警戒した。
「誰もいないみたい……?」
この時間は忙しいのか、村人は誰一人外にいなかった。
「よし、今のうちに……」
手前のかかしを掴み、勢いよく引っこ抜いた。すると、
「ぎゃああああああ!!!!」
「っ!!!」
かかしを抜いた田んぼから、悲鳴が聞こえてきた。驚いた私はかかしを地面に放り投げて後ろに下がる。だがさらに私は信じられない光景を目にする。それは、
「なによ……」
抜いたかかしが、どんどん血まみれになっていく。かかしは作られた物だ。それなのに血が出るなんてことがありえるだろうか。
「ぎゃああああああ!!痛い痛い痛い!!!死にたくない!!死にたくない!!!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫。
「う……うえぇ……」
気持ち悪くなりその場で嘔吐してしまった。その後、私は意識を失った。
どれくらい経ったのかわからないが、私は目を覚ました。
「うえぇ……頭痛いし気持ち悪い……」
まだあの光景や絶叫が、頭に耳にこびりついてとれない。すぐにでも鮮明に思い出してしまいそうだ。
「なんなの……なんなのよ……」
怖くてたまらなかった。耳を抑え、その場にうずくまった。
「いつまでそうしているつもりだ?ここには彼らはいないのだぞ?」
「え……?」
聞き覚えのない声がどこからか聞こえてきた。
「だ、誰……?」
「座っていられてはこちらも話しにくい。とりあえず立ってくれないか?」
「ああ……」
すっかり腰が抜けてしまって、声の主の言う通りにはできなさそうだった。
「あの、すみません。腰が抜けてしまって……」
「はあ……やれやれ。ではこちらから出向くとするか。」
赤いじゅうたんをコツコツという響く足音がして、私の目の前にはドレスを身に纏った美少女が現れた。
「うわあ……めっちゃ綺麗!何その服!私も着てみたい!」
腰が抜けていたのに、彼女を見た瞬間、思わず立ち上がってしまった。
「君、怖くて動けなかったのではなかったのか?」
「そ、そうなんだけど。あなたみたいな綺麗な人、村にはいなくて。珍しくてついはしゃいでしまったみたい。その、ごめんなさい。」
「謝る必要はない。とりあえず自己紹介をしようか。私は伝承者・葉月史乃だ。ようこそ選ばれし者・田畑瑞香よ。」
「なんで私の名前……」
「君が選ばれし者だからだ。」
「選ばれし者ってなんですか?」
「この世界には多くの伝承が存在する。しかし現代では、伝わり方が間違っていたり、忘れ去られてしまい伝わっていなかったりする。それを伝えるのが伝承者である私の役目だ。だが私はこの伝承者の館からでることができない。そこで、伝える力をもつ選ばれし者に伝えてもらうのだ。」
「な、なるほど……」
よくわからないけど。
「話は座ってゆっくりしようか。お茶を淹れてくるよ。」
そういって史乃は奥の部屋へと姿を消した。
「待たせたな。」
立ち上がった私は史乃が座っていたであろう椅子の向かい側に座って待っていた。
「ありがとうございます。あの、これ、ストレートですか?」
「そうだが、苦手ならミルクティーにするか?」
「はい……すみません。」
「気にするな。私も今日はミルクティーの気分だったんだ。私のものと交換しよう。」
「いいんですか?」
「構わない。私はいつでも飲めるからな。」
「ありがとうございます。」
ミルクで色の変わった紅茶を一気に飲むと、とてもホッとした気分になった。
「さて、落ち着いたところ悪いが、本題に入ろうと思う。君、ここに来る前、かかしを抜いただろう?」
「っ!」
トラウマとなりつつあることを、史乃はなんでもないように聞いてきた。吐きそうになったが、なんとかこらえて、
「は、はい……」
とだけ返事をした。
「村人たちも意地悪だな。いや、詳しく知らないのか?どちらにせよ、あの田んぼのかかしを抜くことはやってはいけないよ。彼らは足を失ったかかしだ。抜いてしまっては痛いからね。」
「何を言っているんですか……?」
正直一つも意味がわからなかった。
「これは君の生まれるはるか昔の話だ。」
史乃は私の疑問に答えるかのように話し始めた。
「君の村は農作物が豊富な村だった。もちろんそれは、村人たちの努力によるものだが。しかしそれを村長は独り占めしようと考えたのだ。現代で言えば、税金のようなものだ。お金の代わりに農作物を納めさせたのだ。それも、物凄い量を。村人たちはとうとう食べるものが無くなり、全員で村長のところに抗議をしに行った。だがその思いが報われることはなく、村長を守る人たちが村人全員を捕らえ、十字架に磔にし、一つの田んぼに並べると、村長はどうしたと思う?」
「さらに酷いことをしたっていうの?」」
「ああ。村長は自身を守っている人にこう命じた。彼らの足を、切り落とせと。」
「はあ!?」
村人たちは何も悪いことをしていないのに、磔にされて、さらに足を切られるなんて。
「村長はどうかしているわ!足を切るって何のために?!」
「逃げないようにだよ。足を切ってしまえば、どうあがいても逃げることは叶わないからね。そして村人全員は足を切られ苦しみの声を上げた。田んぼは血で満たされていった。そんな光景を見た村長は、耳障りだといってそこに火を放った。火が消える頃には村人たちは息絶え、村は静かになった。」
「だから、足のないかかしを抜いたら痛いって言ったんだ……」
史乃の言った意味が少しわかった気がした。
「ねえ、そのクソ村長、今も生きているの?」
「ずいぶん昔の話だからね。もう死んでいるよ。ただ、歳だから死んだんじゃない。自ら死を選んだんだ。」
「なんで……村人からたくさん食べ物奪っておいて何で死ぬのよ。」
「農作物は、作る者がいるから存在する。作る者がいなくなれば当然農作物も底を尽きる。初めは自身を守ってくれる人たちに作らせていたみたいだが、彼らは過労と飢えによって死亡してしまった。」
「じゃあ、飢え死にしたってこと?」
「いいや。彼は農作物が尽きて、守る人が死んで、初めて知ったんだ。自分では何もできないってことに。村人のいない、誰もいない村で、彼が生きていける場所はなかった。現実を知った彼は、村全域に火を放ち自らも火に飛び込んで死んでしまいました。めでたしめでたし。」
結局村は滅んでめでたしなんかではないが、クソ村長が生き延びるエンドよりはマシか。
「じゃあなんでかかしが生えるのよ。」
「あれは忘れてはならないことだからだよ。現にどの家からも見える位置にあるんだよ。」
確かに。家からあの田んぼは見えた。でも……
「ねえ、思ったんだけど、犠牲になったのは村人じゃない。誰が忘れてはいけないの?」
「さあね。そう聞いているだけだから。でも、彼らはかかしである以上成仏することができないんだ。可哀想だとは思わないか?」
「ま、まあ……」
史乃は疑問には答えず、話題を無理に変えてきた。知られてはいけないことなのだろうか……?
「そこで、君に、この鎮魂種を田んぼに置いてほしい。」
「置く?植えるんじゃなくて?」
「ああ。彼らが生えているから、土を触ることも控えた方がいい。大丈夫。置くだけで芽がでる特別製だ。」
「……ねえ、あなたは何を隠しているの?全部話してくれているように見えるけど、そうじゃないわよね?」
私はまだ中学生にもなっていない子供だ。だが、相手が何かを隠しているということくらい見抜ける自信はある。
「……君は、正義感が強いんだね。だからこそ知らない方がいいこともある。確かに私は君に伏せている情報があるよ。でも伝える気はない。それが正しいと思わないからね。」
「やけにあっさり認めるのね。」
「事実だからね。さて、そろそろ別れる時間だ。私の口を割るまでここにいても構わないが、君の親が今頃血眼になって君を探しているよ。」
「うっ……」
特別な場所では時間という概念はないのだと思っていたが、どうやらあるらしい。あの狭い村で子供がいなくなったとなれば、村人総出で探すに違いない。それは、嫌だ。
「わかったわ。あなたから本当のことを聞くのは今度にするわ。次に会ったら絶対に口を割らせてやるんだから!」
「ふふ。楽しみだね。次に会ったら、ね。」
不敵な笑みを浮かべる史乃だったが、不思議と少し悲しげにも見えた。
史乃の館から出ると、すぐ村に着いた。
立ちすくむ私の元に母が駆け寄ってきて、私を抱きしめて大泣きした。どちらが子供かわからないほどに。
「どこ行っていたの?急に消えちゃって心配したのよ!」
「ごめんなさい。実は私も記憶がなくて……」
「すごい悲鳴が聞こえて、村の人たちが一斉に外に出たんだけど、どこで聞こえたかも分からなくて。そしたらあなたが行方不明で……うぅ……何もなくて本当よかった……」
かかしを抜いたことは誰も知らないようだった。というよりも、かかしを抜いたらどうなるかを知らないようだった。
母を含め、村人たちも安心した顔をしていた。今日はもう日が暮れる。種を置くのは明日にしよう。
翌日。
私は散歩に行くと言ってかかしの田んぼを訪れた。昨日の今日で、出かける許可を得るのは骨が折れたが。
「よし。これを置けばいいのよね。」
史乃から受け取った虹色に光る不思議な種。鎮魂種って言ってたっけ。
「え……」
田んぼの隅に置いた鎮魂種は、田んぼ全体を光で包み、かかしを綺麗さっぱり消してしまった。
「かかしが……」
不気味な田んぼは、かかしが消えて、美しい花が咲き誇る場所となった。
「綺麗……っ!」
美しくなった田んぼに感想を述べた瞬間、花びらが頭に当たり、電気が走ったかのような痛みを感じた。
「な、何?」
痛みを感じ頭を抑えながら再び花畑を見る。その時、
「瑞香!やっぱりここにいた!」
母が走って駆け寄ってきた。
「綺麗だからつい来ちゃうんだよね。それで、どうしたの?」
「この近くのご自宅が火事だって聞いて、瑞香が巻き込まれていないか心配だったの。」
「近くの家……」
顔を上げると、大量の水をかけられている炎に包まれた家が目に入った。
燃えているのは、この花畑を一望できる大きな家だった。




