伝承者の策略〈透明な標的(まと)編〉
「どかーん!ドドド!!」
黒板が何やら騒がしい。擬音を一人で言っている。ついに壊れたのだろうか?
「黒板の修理ってどうしたらいいの?」
「ちょ!ナビちゃんが壊れたのかと思ったんだ!?違うよ!!これは銃を発砲する音!」
「いやいや。自分で銃の音を言う奴いないから。壊れたとしか言いようないから。」
「史乃ってにぶーい。前回の件で、ナビちゃんが言っていることが鍵になるって思わなかったわけ?」
確かに前回は、黒板が歌を歌ったから大いにヒントになった。しかし今回は擬音をだ。現状、なにもわからない。
「黒板が、今まで意味もなく発した言葉はないと思うわ。でも、今のは壊れたとしか言いようがないわよ!歌でもない!知識でもない!」
これを察しろというのなら、こいつは機械ではなく鬼だ。
「まあ、わかりづらいか。何にせよ、選ばれし者が見つかったってこと。」
「それと銃声に何の関係があるわけ?」
「今回使ってもらう伝えるための道具が断罪道具なんだけど、それが拳銃なんだよ。だから銃声。」
「あ、そう。それで、今回の選ばれし者は?」
「あー……はいはい。えっと……今回の選ばれし者は河内カムイ。ごく普通の高校生。でも最近変な写真のせいで、現在不登校中。」
「変な写真?」
「河内カムイが女性とホテルに行った写真。でもこれはダミー。つまり偽物。」
「てことは、その写真は誰かが作ったものってこと?」
「そう。ちなみに作ったのは河内カムイの友達を演じている葛西華雄。彼は友達のフリをしているけれど、河内カムイが今度開催される文化祭で、クラスで人気のある女子と主演を務めることが気に入らないらしく、苦しめたいらしいよ。というか、河内カムイから役を奪って自分が主役になりたいっていうのが本当のところ。」
何てくだらない。河内カムイを主演から引きずり下ろしたところで役が回ってくるとも限らないだろうに。
「でも黒板、偽物の写真なら、見分けがつくんじゃないの?」
「うーん、それがそうでもないみたいなんだよ。写真の完成度が異常に高いのと、真面目ちゃんがホテルに!?っていう面白いネタだから、ほとんどの人が信じてるみたいなんだよ。」
「技術の無駄遣いめ……はあ。どうしようかしら。」
「史乃ー?本音が漏れてるよ?というか、珍しい……史乃が悩むなんて……」
「そりゃ悩むわよ。断罪道具よ?自らの復讐心で使うっていうのとは訳が違うわ。誰がやったかもわからない復讐に命を懸けろっていうの?」
「断罪道具の取り扱いには注意してほしいけど、悩みがそれなら大丈夫だと思うよ。」
「どういうこと?」
「とりあえず本に目を通してみて。」
黒板に促され、私は本を手に取った。
本のタイトルは、
『透明な標的』
昔、誹謗中傷によって子供を亡くした研究者が作り出したもの。弾丸の形をしているが、正体はコンピュータウイルス。誹謗中傷したものを特定し、その人物を誹謗中傷及びメディアの報道により心を追い詰めるもの。しかし欠点があり、ウイルスは、満足がいくまで精神を食らう。もし満足してくれなかったら使用者を食らうことで、ウイルスは役目を終える。
「なるほど……自分は誰かは酷いことを言われたのかはわからなくても弾丸もとい、ウイルスは知ってるってわけか。弾丸の形をしているのは、銃で殺された際にウイルスのデータを弾丸に移したからか。そんなことできるのかって感じだけど……」
「この研究者の気持ちは届いたんだよ。このウイルスだけは失う訳にはいかなかった。特定の難しい誹謗中傷の加害者を簡単に見つけ出し、被害者の苦しみを味わわせることができるんだから。」
「このウイルスって、ここにあるだけなの?」
「そうだよ。あとは、研究者を殺した者たちが、根こそぎ消し去ってしまった。」
「そう。」
私は伝えるための断罪道具である、弾丸と拳銃を手にとる。小さな弾丸と拳銃は、軽そうに見えたが、ずっしりと重みがあった。
「史乃ー。いいアイディアは浮かんだ?」
黒板が急かしてくる。突然だ。誹謗中傷の被害者たちは、苦しみのあまり、自殺という選択をしてしまう人が多いと聞く。急がなければならない。
「黒板。アイディアを頂戴。」
「えぇ!?ここまで連勝中の史乃ちゃんがなんで!?」
「腑に落ちないのよ。苦しめた相手を苦しめられても、被害者も一緒に死なないといけないなんて。」
「史乃。復讐っていうのは、自分の命を懸けても構わないって人しかしてはならないって思うんだよね。自論だけど。こうして悩んでいるよりも、選ばれし者と話してみるのがいいと思うけどな。」
黒板の言う通りだ。私が考えるべきはそこじゃない。たまには、いいことを言うと思った。
「そうね。とりあえず選ばれし者を呼んで。話をして、彼の意思を確認するわ。彼が使う選択をするなら、断罪道具が何とかするわ。私にできることはその後始末くらいね。記憶の消去とウイルスの隠蔽。」
「じゃあ決まりだね!今日も張り切っていこー!あ!一ついいことをを教えてあげよう!史乃の心配は無用だよ!きっとウイルスは満足してくれるよ!」
「それってどういう……」
「さ!選ばれし者を呼ぶよー!」
黒板はそれ以上答えなかった。私もそれ以上は聞かなかった。
誹謗中傷ー
根拠のない事を言いふらして、他人を傷つけること。
インターネットでの世界では匿名性が高く、発言したとしても特定が困難だとか。自分じゃない何かに発言させたとしても、それは誰かではなく、己だ。その言葉がどれほど重いのか、彼らは知らないのだろう。
私は触れる機会がなかったからよくは知らない。それでも、その残酷さは、嫌と言うほどわかった。
便利な世界にいたことはない。だが、便利な世界が幸せだとも限らないのだと思わずにはいられなかった。




