九冊目<透明な標的(まと)>
『この写真のやつ、クラスメイトのやつなんだけど、ヤバくね?』
ー写真
これは誰かがSNSにあげた写真とコメントだ。写真には僕に似た人と、見知らぬ女性が腕を組んでホテルに入ろうとしているところが写っていた。しかしこれは、事実ではない。真っ赤な嘘だ。僕はホテルにも行っていないし、女性のことも知らない。だがネットの世界というのは無慈悲なもので、嘘でさえも真実にしてしまうのだ。僕の声など、有象無象の声の中に埋もれて誰にも届かない。
この投稿がきっかけで、僕は地獄に突き落とされたのだ。
僕の名前は河内カムイ。至って普通の高校生一年生だ。名前は少し変わっていると言われるくらいで、勉強も運動も平均的だ。友達も多いわけではないがいる。煌びやかな日々ではないが、とても充実していて楽しい毎日だった。そんなある日、事件は起きた。
「カムイ!これ見ろよ!」
友達の葛西華雄が突然スマホを僕に見せてきた。
「どうしたの?」
「よく見ろよこの写真!これお前だろ?」
「え?」
改めてスマホの画面をよく見る。写真が表示されていて、そこには見知らぬ女性と写る僕の姿が。
「ええ!?こんなの知らないよ!一体誰がこんな写真をあげたんだ!??」
「知らないけどよ……今朝、SNSで拡散されててさ。見たらお前で朝から驚いたんだぜ。」
「まさか、華雄も信じたんじゃないよな?」
「お前のことはよく知ってるつもりだし、こんなところ行くような奴じゃないと思ってはいるけどさ、写真があるってなると話は別つーか……」
「そんな……!!」
捏造された証拠でさえも、あるというだけで、説得力になる。どうすればいいのかと戸惑っていると、
「河内はいるか?」
生徒指導の先生が僕を呼びにきた。
「ねえ、あの写真のことじゃない?」
「地味に見えて意外と過激だよね。」
近くにいた女子たちは、そんなことをひそひそと話していた。
「と、とりあえず行ったらどうだ?先生なら話くらいは聞いてくれるだろ?」
「そう……だね……」
吐きそうだった。知らないことで白い目で見られ、好き放題言われて、友達にも信じてもらえなくて。人の目がとにかく気持ち悪かった。
先生の呼び出しに応じ、生徒指導室にきた僕は取り調べを受けるかのように椅子に座らせられた。
「呼ばれた理由はわかるよな?」
「わかりません。」
「はあ……往生際が悪いぞ。今朝出回っていた写真のことだよ。年頃だし、興味があるのはわかるが……」
「先生は、僕のことを信じてはくれないんですか?」
「わかってるじゃないか……あのな、信じるもなにも、写真があるんだぞ?俺も信じてやりたいが、こればかりはな……」
「先生も信じてくれないんですね。あの、写真は嘘です。僕はこの写真の人を知りませんし、こんなところに行ってもいないんです。」
「だけど……」
嘘が本当になる前に何とかしたかった。だから僕は精一杯伝えた。真実を。
「僕は何も知らないんです!どうして写真ばかり信じて、僕の言葉は信じてくれないんですか!!」
泣きそうだった。僕は心から信じてほしいという思いを叫んだ。しかし、
「写真が捏造されたものだという証拠もない。お前の証言にも証拠がない。ならどっちを信じる?証拠として実物のある方を信じるだろ?普通。」
「そんな……」
確かに僕の言っていることに証拠はない。それでも、少しくらい信じてくれてもいいのではないか。苦しい。気持ち悪い。
「とにかく、反省文で許してやるから……っておい!どこ行くんだ!!」
僕は生徒指導室を飛び出した。何もしていないのだから反省文など書けるわけがない。何より、気持ち悪さに耐えることができなかった。僕は荷物も持たずに家に帰った。
この日から僕は学校に一度も行っていない。
僕は学校に行かなければ大丈夫だと思っていた。きっとそのうち噂は忘れられる。僕自身も家の中に入れば誰も何も言ってこない。そう思っていた。それなのに、スマホの通知音が鳴りやまないのだ。
「どうして……」
スマホを開くと、クラスのSNSで僕のことがたくさん書かれていた。それもすごい勢いで何十件、何百件と未読の数字が増えていく。怖くて全文を見ることはできなかったが、初めの文章はSNSを開かなくても読むことができた。
『あいつ学校来てないってことはマジなの?』
『生徒指導室から脱走。容疑者確定。』
『謹慎処分とかかな?』
『あんなのが一緒なクラスとか最悪なんだけど』
『このまま消えることをオススメするわw』
『女の子かわいそう』
好き勝手言うクラスメイトの書き込み。誰も僕のことを信じてくれないどころか、僕が悪いとか、この世から消えろと言われる始末だ。これでは家にいても休まらない。結局、どこにいても、彼らの目はそこにあるのだ。逃げ場などない。
「何でだよ……何で……!僕が何をしたって言うんだ!!」
悔しいとか悲しいとか、様々な感情がぐちゃぐちゃに入り混じっていた。すると、その時だった。
『助けてあげようか?』
と、違うSNSからメッセージがきた。知らない人だ。
「なにこれ……」
メッセージの下には、URLがあった。怪しいメッセージかもしれないと思ったが、今の僕は失うものなど何もなかった。
「どうせ、死のうと思ってたし……どんなサイトに繋がったって関係ない……」
僕はURLをクリックした。すると、スマホの画面が目を開けていられないくらい光った。
「なんなんだ!?」
あまりの眩しさに目をきつく閉じる。光が止んだ頃に、そっと目を開けると、
「ここは……」
なんと、家ではない場所に連れてこられていた。
年季の入った建物。多くの本がびっしり入れられた本棚。図書館という割には、どこに何があるのかわからない配置だった。
「なんなんだここ……」
「ようこそ、伝承者の館へ。歓迎するぞ、選ばれし者よ。」
周りを見渡していると、カウンターのような場所から声をかけられた。見るとそこには、黒い髪に黒い瞳。ゴシックロリータの衣装を纏った綺麗な少女が座っていた。あまりのきれいさに、思わず息をのんだ。
「えっと、はじめまして?」
「初めまして。私は伝承者、葉月史乃という。好きに呼んでくれたまえ。」
「ああ、えっと、僕は河内カムイです。ところで、ここはどこなんでしょうか?」
「ここは伝承者の館。選ばれし者である君と伝承者である私しか立ち入ることが許されない場所だよ。」
「そうですか。」
なんだかとんでもないところにきてしまったらしい。
「あの、メッセージをくれたのは葉月さんですか?その、助けてほしいのかって……」
「ああ。私が送った。現在君は大変なことに巻き込まれているようだからな。」
「はあ……あの、ありがとうございます。でももう、いいんです。あの写真は広まりすぎて、僕がどこに逃げても追い詰めてくる。だから今日、死のうと思っていたんです。」
「ほう?嘘をつく連中のために死んでやるのか?」
「っ!僕だって死にたいわけじゃない!でも……!もうどうすることもできないんです……!」
情けないことに、僕は彼女の前で号泣してしまった。
「まあ、ネット上に晒されたものなど、消滅させるには難しいだろうな。では君に救いをやろう。」
葉月さんは、重厚感あふれる黒い箱を差し出してきた。
「開けてみてくれ。」
僕は促され箱を開ける。
「なっ!」
箱の中には、ドラマで見たことのあるような拳銃とガラスでできた弾丸が入っていた。
「まさか、これでクラスメイトを撃ち殺せとか言わないですよね?」
「頭が良さそうなのに良くないようだな。そんなことをしろとは言わないよ。主犯だってわからないのに。」
ナチュラルにディスられた。綺麗な顔をして毒舌だ。
「その拳銃と弾丸は、透明な標的を貫くことができる。」
「透明なまと?」
「ああ。透明な標的とは、目に見えない、つまり、敵が見えないものを殺すものだ。君が今殺したい相手は誰だい?」
「それは……あの写真を作ってばら撒いたやつに決まっている……!でも、僕のことを信じなかったやつらも同罪だと思ってる。」
「まさしくそいつらのことだ。彼らは君の目には見えていない。その拳銃と弾丸は有効だよ。使い方は君がSNSで受けた誹謗中傷に向かって撃てばいいだけだ。ただし、使用すれば、君は命を落とすだろう。それでもやるかい?」
「どうせ僕は君と別れたら死ぬつもりだ。拳銃を使った代償が命であっても惜しくない。」
「そうか。では後は君に任せるとしよう。」
「やってやる……!!」
僕は拳銃を強く握りしめた。
僕は家に帰ると、見るだけで吐き気がする画面を開いた。
「うっ……」
気持ち悪い。胃がグルグルと渦を巻いているようだ。だけど、この画面を撃ち抜かなければ、僕は一生このままだ。
「くそっ!動け!動けえええ!!!」
パァン!
部屋中に銃声が響く。
「やったのか……?」
スマホの画面は、銃で撃ち抜いたにも関わらず無傷だった。
「はあはあ……ははっ。結局騙されたのかよ。」
無傷なスマホをみてそう思った。でも心のどこかで、効果を信じていて、今日死ぬのはやめることにした。どうせ自分で死ななくても代償で死ぬのだから。
翌日、見たくはないが、効果を見るためにスマホを開いた。すると、
「どうなっているんだ?」
クラスのSNSは荒れ放題だった。
『何で私がこんなこと言われないといけないの?』
『俺はあんなことしてないのに!』
『毎日なんなんだよ!』
「誰に対して怒っているんだ……?」
状況はよくわからなかった。SNSを閉じ、今度はニュースサイトを見た。
「え……」
ネットニュースは、信じられないものを平然と取り上げていた。それはー
誹謗中傷した人間リスト
一度でも誹謗中傷を行った人間の名前、住所、顔写真をニュースキャスターは平然と伝えていた。
「こんなことが許されるのか……?」
このニュースがきっかけで、誹謗中傷をしていた人間はされる側になり、精神的に追い詰められていると記事に書いてあった。しかもこのニュースは毎日報道されているらしい。
「これって、あの銃のせいなのか……?」
少し怖くなった。だが、少し愉快な気分だった。だって、自分と同じ苦しみを、味わわせることができたのだから。
あのニュースは毎日更新されていた。それと同時に、誹謗中傷で精神を病んで昏睡状態になったり、自殺したりしたというニュースも一緒に掲載されていた。
「はは……みんな僕と同じ……」
ドサッ!
僕は床に倒れ込んでしまった。ああ、ついに死ぬのか。僕は多くの人を道連れに死ぬらしい。でもいい。あいつらだって、誰かを知りもしないで悪口を言ったのが悪いんだから。誹謗中傷を受けることがどれだけ辛いことなのか、わかった上で死ぬんだから。最高じゃないか。
「はは……ははは……」
僕は力なく笑うと、意識を失った。
「うっ……」
「おはよう。復讐を終えた気分はどうだい?」
「あなたは……」
聞き覚えのある独特の声。そうだ。彼女はー
「葉月さん、僕やりましたよ。はは。これで僕もあの世行きですね。後悔はしてません。むしろ清々しいんです。僕と同じ目に遭わせることができて。」
「そうか。だが、そのことで一つ君に言わなければならないことがある。」
「なんですか?」
僕は床に寝転がっている体を起こし、葉月さんに目線を合わせた。
「実は、君の撃った弾丸。あれは一種のウイルスなんだ。」
「ウイルス?」
「ああ。昔、誹謗中傷が原因で子供を失った親がいて、その人は誹謗中傷を根絶しようとこのウイルスを作った。誹謗中傷したものを特定し、その人物を晒すという効果がある。しかしそのウイルスは開発途中に開発者の人が殺されてしまい、そこでウイルスの開発は終わってしまった、かのように見えたが、ウイルスは開発者を貫いた弾丸に移動されていたんだ。それが、唯一残っていたウイルスなのだよ。」
「ウイルスだから、撃ってもスマホが壊れたりすることがなかったんですね。」
「ああ。それから、弾丸は誹謗中傷を行った者の精神を食らう。」
「精神?」
「結果的には死に至るから、命を食らうと言ってもいいな。弾丸は誹謗中傷を行った者の命を満足いくまで食らい続ける。しかし、満足いかなかったら使用者を食らうのだ。だから君には代償として命を懸けてもらったが、どうやら弾丸が満足してしまったようでな。君は死ななくてもいいらしい。」
「ええ!?そんなことってあるんですか!?」
「君に対する誹謗中傷が予想以上だった。まさか弾丸を満足させるほどだったとはな。」
「そんな……」
弾丸が満足したということは、僕に対する誹謗中傷はものすごい数だったということだ。自分の命は助かっても、何だか気分は複雑だった。
「嬉しくないのか?」
「えっと、喜びたいですけど、僕に対する誹謗中傷が多かったと考えると、生き残っても辛いだけというか……」
「ふむ。別に心配することはないぞ?君は弾丸を満足させた。つまり、君を非難した人間は生きていないだろう。恐れるものなどないと思うが?」
「そう……ですね。でも、わかっていても怖いんです。また同じことが起こるんじゃないかとか、あの写真は今もどこかで存在していて、いつか僕を苦しめるんじゃないかって。」
「トラウマというやつか。しかし、君が今回行動を起こしてことで、誹謗中傷は減っていくだろう。君は選ばれし者なのだからね。」
「それはどういう……?」
「そろそろ別れの時間だよ。ああ、最後に一ついいことを教えてやろう。君の苦しむ原因となった写真だが、作ったのは葛西という奴だよ。」
「なっ!!」
「ではな、河内カムイよ。」
葉月さんがそういうと、館の扉が勢いよく開き、僕を引きずり込もうとした。
「待って!まだ聞きたいことが……!!」
必須に扉にしがみついたが意味はなく、僕は館の外へと放り出されてしまった。
「はっ!!」
僕は嫌な夢を見ていた気がして、ベッドから飛び起きた。
「河内さん!?わかりますか?」
「え……あの……?」
目覚めると、看護婦さんが僕に話しかけてきた。どうやらここは家ではなく病院らしい。
「あの、何で僕は入院しているんですか?」
「実は最近、正体不明のウイルスに感染して、昏睡状態になってしまう方が増えてまして……河内さんもご自宅で倒れておられて……」
「ウイルス……痛っ!!」
ウイルスという言葉に聞き覚えがある気がするが、思い出そうとするとひどい頭痛がした。
「大丈夫ですか!?一ヶ月も眠っていたんですから、急に動かない方がいいかもしれません。先生を呼んできますね。」
驚いた。何と僕は、一ヶ月も寝ていたらしい。
「ウイルスに感染……どこも悪くない気がするけど……」
僕は再びベッドに横になった。目の前にはシミ一つない真っ白な天井が広がっていた。
目が覚めた後、先生の診察と検査を終えて問題がないと判断された僕は、退院することになった。そして、家で数日過ごした後、学校へ行った。
「授業どこまで進んだかな……?」
ガラガラ……
心配しながら教室の扉を開けると、早い時間でもないのに、一人しか登校していなかった。
「え……?」
「おはよう。君は河内君だよね。連絡は受けていないの?」
「おはよう。あの……君は?」
「同じクラスの比留川新だ。ほとんど話したことはないけど、名前も知られていなかったなんてね……」
「ご、ごめん!!覚えが悪いだけで……」
「いいよ別に。影が薄いって自覚はあるし。」
クラスメイトの名前を知らないなんて、失礼にも程がある。気まずくなった僕は、話題を変えて話しかけた。
「そ、そういえば!連絡ってなんのこと?」
「え?ああ。このクラス今、学級閉鎖になっているんだ。しかも無期限で。でも、僕、将来医者になりたくてさ。勉強をストップされると困るんだよね。」
「すごいな……でも、勉強くらい塾とか予備校とかあるじゃん?」
「僕の家、貧乏なんだ。高校に行けているだけでも奇跡なんだよ。だからここ以外で勉強はできないんだ。それで、特別に授業してもらっているんだ。」
「そうなんだ。なんか無責任なこと言ってごめん……」
「いいよ。というか君、謝ってばかりだね。友達といる時もそうなの?」
「友達……」
友達と呼べる存在は僕にいただろうか?わからない。だって僕はいつも一人だったから。
「いないの?」
「いないよ。一人でいるのが好きなんだ。」
「そうだったっけ……?」
「うん。でも、比留川とは友達になりたいって思った。」
「そっか。じゃあ改めてよろしくカムイ。」
「よろしく、新。」
僕は彼と握手をした。静かな教室で、僕らの学校生活は始まった。




