伝承者の誕生①
「史乃、ごめんね……」
そう言って母は、私の首を絞めて殺した。葉月史乃17歳。私の人生はここで終わった。
……はずだった。
「ここ、どこ……?」
目を覚ますと、おびただしい数の本が壁一面に並ぶ古い洋館の真ん中に寝転がっていた。景色にしてみれば見事なものだが、あの世と呼ぶには少しイメージと異なっていた。
体をゆっくり起こし、辺りを少し散策しようと立ち上がったその時、
「おお!おはよう!どう?死んでみた感想は?」
突然、明るくパチパチとはじける飴みたいな声がどこからか聞こえた。
「誰?」
「私はあなたをナビゲートするタブレット!略してナビって呼んで!」
「たぶれ……?」
聞きなれない言葉に戸惑ってしまった。
「とりあえず、あなたのいる位置から真っ直ぐ歩いてきて。そこに私がいるから!」
人の姿は見当たらないが、声の言う通りに動いた。真っ直ぐ歩いた先には、図書館で見るようなカウンターがあった。
「あの、来たんですけど……」
「机の上にタブレットがあるでしょ?それが私!」
「机の上……」
何も置かれていないカウンターに一つ、光る何かを見つけた。持ち上げてみると、薄いのに思っていたよりも重量感があった。たぶれっとが何かは分からないが、名付けるなら、
「光る黒板……」
たぶれっとなるものは、学校で見る黒板を連想させた。緑色こそしていなかったが、黒板を小さくしたらこうなるのだろうと勝手に思った。
「ちょ、タブレットって言ってるじゃん!知らないの?!」
光る黒板には声と同時に文字も表示された。すごい技術だ。しかし、黒板曰く、たぶれっとを知らないというのはおかしいようだった。
「知らない。無いと生きていけない物でもないんでしょ?」
「それは……」
黒板は口ごもってしまい、黙ってしまった。
しばらく黒板を持ったまま、ぼんやりしていると、黙っていた黒板が再び話しだした。
「こほん。この際、黒板でもなんでもいいわ。ただし、あなたには任務を遂行してもらいます。」
「任務……?」
明るく弾けた声を1トーン下げて黒板は言った。真面目な話なのだろうか。
「あなた、葉月史乃は、伝承者に選ばれた。よって本日より、その役目を果たしてもらいます。」
「あの、伝承者って?」
「伝承者は、この世界にあふれる伝承を伝える者のことよ。近年、伝承は間違った形で伝わってしまっていたり、忘れさられていたりしているわ。それをここにある本と、その中にある道具を使って伝えるのがあなたの役目よ。」
「何で私なの?」
「その資格と力が、あなたに宿っているからよ。それにここは、伝承者の力を持つ者と、伝承を現実世界で伝える選ばれし者しか立ち入れない場所なの。」
「つまりここは、あの世でもなければ現世でもない……。じゃあ何なの?」
「異空間とでも思ってもらえればいいわ。それから、あなたは先刻死んだけれど、伝承者の力がある以上、あの世にいくことはできないわ。もちろん現実世界にも戻れない。そんなあなたがすることは一つ。ここの本、いわゆる伝承を全て伝えること。無事に伝われば本は消えるシステムよ。だから、この館を空にしたら役目は終了ってところね。やってくれるわよね?」
「断ったら?」
「うーん……。拷問でもして頷いてもらう?なーんて冗談よ。魂を安らかに眠らせるには役目を果たす必要があるわ。ああそれと、断ってもいいけど、その瞬間魂が弾け飛んで永遠の苦しみを味わうことになるよ?それでもいいなら止めないわ。新たな伝承者の誕生をこちらは待つだけだし。どうする?」
「……わかった。それだけは嫌だからやるわ。」
「よかった!それじゃあ、今日からよろしくね!史乃!」
真面目な話は終わったのか、黒板は再び元のトーンの声に戻っていた。
この日、伝承者・葉月史乃が誕生した。