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くノ一忍法帖

作者: 織戸 薫

《くの一誕生》


 伊賀国(いがのくに)赤目の滝、四季折々の美しい姿を見せる景勝地は、伊賀忍者の修行の地であった。いましも夏の真っ盛り、滝川の両岸に()い茂る木々の緑が鮮やかな渓流に、今日は何故(なぜ)か、日頃喧(ひごろかまびす)しいせみの声が聞こえない。

 滝壺の近く、河原の大岩に胡坐(あぐら)姿で(あた)りを睥睨(へいげい)しているのは、藤林長門守と共に伊賀忍者を()べる上忍(じょうにん)白髪白髭(しらがしらひげ)の百道三太夫である。痩身痩躯(そうしんそうく)、年の頃は定かでは無い。そして、岩の下で(たて)(ひざ)に構えているのは『伊賀の伝説』と(うた)われる名人、中忍(ちゅうにん)のくちなしである。河原には、無残にも首に苦内(くない)を撃たれた子供の(むくろ)が四体転がっている。

 くちなしは飛苦内(とびくない)を得意とする。二寸七分(八・二㎝)の苦内は、十字手裏剣に比べて風の影響が少なく狙いは正確で、下から手首を返して撃てば、手の動きが少ない為に敵に気取(けど)られにくいと言う利点がある。また、くちなしが自ら工夫した収め袋を腿に巻いて左右四本の苦内を持ち運べば、十字手裏剣を腹に巻くよりも動くに容易(やす)く、瞬時に取り出して敵に撃つことができる。そして苦内が何よりも(すぐ)れているのは、その殺傷能力である。十字手裏剣を撃っても敵を殺すには至らぬが、苦内を敵の首筋に打ち込めば、たちどころに絶命するのだ。くちなしは長年の修練により、三間(さんけん)(五・四五m)先の(せみ)を幹に縫い付ける事ができたのである。

 伊賀では、各地より見込みのありそうな童子を(さら)って体術を仕込み、十歳を迎えるとその技量を量る。忍びの域に達していれば、それで良し。引き続き修練を積ませて伊賀の忍びとする。未熟なれば、足手纏(あしでまと)いと成る者はその命を絶つのが定められた掟である。

 くちなしは溜息を()いた。

(今年もだめか)

 昨日まで自ら厳しく教授して来た子供達である。その首筋に苦内を撃つ時には、非情に徹する忍びであっても、さすがに哀れを感ずる。攫った童子の中で、選りすぐって残された五人であった。他の子供達は、或いは修行中に足を(すべ)らせて滝壷に落ち、或いは狼との戦いで食いちぎられ、或いは病に(おか)されて脱落していった。その五人も既に四人が命を絶たれ、最後に残ったのは、筑前国(ちくぜんのくに)那珂川郡片縄村から攫った女のユヒただ一人である。改めて試すまでもなく、その結果は見えている。そもそもユヒがこれまで生き残ってきたのは、その技量が他の童子達よりも(すぐ)れていたからでは無い。ただ、ユヒは人一倍しぶとかったのだ。何を食べても受けつける強靭(きょうじん)な胃の()を持ち、隙あらば他人の食物を(かす)め取る貪欲(どんよく)な気性をも兼ね備えている。しかし、そのような(さが)は、忍びの真剣勝負では何の助けにも成らぬ事である。

「ユヒ、始めるぞ。飛んでみよ」

 くちなしは、ユヒに呼び掛けた。

「はい」

 答えたユヒが岩から岩へと飛び、返り、又飛んだ。大きく飛ぶ。転舜、小さく飛ぶ。右へ飛ぶ。左へ飛ぶ。反動を利用して後ろに飛ぶ。

「遅い。まるで分け身に成っていない」

 くちなしが(つぶや)いた。

【分身の術】では、忍びの体術の技量が明らかになる。素早く移動し転進する事により、敵の目に残像を残すのだ。一角(ひとかど)の忍びであれば四ツ身分身ができて当たり前、くちなし程の忍びであれば、やすやすと八ツ身分身どころか、十身分身の術をこなすのだ。しかし、ユヒの動きは(にぶ)い。二ツ身がやっとである。かろうじて三ツ身に見える事も有るが、これでは一人前の技量に達しているとは到底言えない。

(やはり、だめか)

くちなしは、ユヒの命を絶たんとして五本目の苦内に手を伸ばした。

(あれ?(なん)かいな?)

河原の草むらにキラリと光る物がある。ユヒは動きを止めると、それを拾い上げた。

「なぁんね。小粒かと思うたら、玉虫の羽根やないね、つまらん」

 玉虫の羽根を打ち棄てながらユヒが身体を起こすと、それまでユヒの首が有った処、背後の杉の幹に苦内が突き刺さって震えていた。

(はず)したか!)

 くちなしは逡巡した。未熟な者は足手纏いに成る。命を絶つのが伊賀の掟だ。しかし、これまでくちなしの飛苦内を(かわ)した者は一人としていなかったのである。くちなしは岩の上の三太夫を見上げて、下知(げち)を待った。

 三太夫は唇を動かさぬ忍び言葉で言った。

「《草》なれば良かろう」

 玉虫色の決着である。


《ユヒののろい》


 伊賀国と山一つ(へだ)てた、近江国(おうみのくに)甲賀。此処(ここ)に、近江国守護職(おうみのくにしゅごしき)の佐々木六角氏に従って将軍足利義尚(しょうぐんあしかがよしなお)を散々に苦しめた甲賀流忍びがあった。甲賀の忍びは、羽柴秀吉の時、伊賀の服部半蔵の讒言(ざんげん)により改易処分と成り、以来各地を流れ歩く薬売りに零落(れいらく)した。

 織田信長が(しい)された『本能寺の変』の折りには、徳川家康の『伊賀越え』に於いて大いに働いたのだが、その賞は薄く、かたや甲賀を(おとし)めた服部半蔵は徳川家に(つか)えて威勢を振るっている。甲賀者が伊賀者に対して激しい憎悪の念を(いだ)くのも、やむを得ぬ事であった。

 いましも、紅葉が美しい肥前国(ひぜんのくに)七山村の観音の滝に集まったのは、山着姿の甲賀の忍び四人である。いずれも精悍(せいかん)な顔付きで引き締まった体躯に強靭(きょうじん)な力を貯えている。中忍の山中長俊が、従う三人の下忍(げにん)達に言った。

「九州では、伊賀の《草》も、残るはもはや此処肥前の神崎のみと成った。各地の《草》からの(しら)せが途絶え、必ずや不審を覚えたくちなしが伊賀から出て来る。此処でくちなしを(たお)せば伊賀の力は半減するじゃろう。その好機を逃さず大坂以西の忍びを抑え、徳川に不満な九州の大名を結集させて徳川と江戸の服部半蔵を倒すのじゃ」

 静かに(うなず)く三人の甲賀忍者達。一人は、その類稀(たぐいまれ)な体術により猿飛佐助の再来と称される子猿。二人は、木噸(もくとん)の術が巧みで、自らの身体を木の幹に同化させる秘術の使い手であるナナフシ。三人は、水噸(すいとん)の術の域を(きわ)めて水中では魚以上の動きをするタガメ。いずれも甲賀名うての忍び達である。

 長俊は、折良く伊賀から九州の《草》への繋ぎを捕え、(しび)れ薬でその意識を混濁(こんだく)させて九州各地の《草》の所在を突き止めたのだ。《草》の務めは、在所に(まぎ)れ込みその国の動静を探る事にある。万一徳川幕府に対して謀反(むほん)(きざ)しがあれば、いち早く伊賀の三太夫に報せるのだ。その努めの為には周りに目立たず生活し、時には何代にも(わた)って一度の務めが無い場合さえある。庶民に紛れ込む事をその第一義とするため、忍びの術の研鑽(けんさん)(おろそ)かに成るのは止むを得ない事である。熟練の甲賀者にかかれば、各地の《草》を斃していく事は、赤子の手を(ひね)るに等しかったのだ。

 伊賀から送られた《草》の内、九州に残るは肥前国神崎の『くノ一』親子のみと成った。この『くノ一』は未熟な為に周囲に上手く(まぎ)れ込む事が叶わず、一人異彩を放っている。筑前国の親族が死に絶えたと言う触れ込みで、十歳の頃より親代わりの《草》と暮らしている。しかし生来(せいらい)筑前訛(ちくぜんなま)りをいっかな改めず、その行いは(きわ)めて粗暴である。近在の悪たれを集めては無体のし放題なのだ。柿泥棒に賽銭泥棒、神崎のユヒと言えば知らぬ者は無いのだ。

(何故にこのような未熟者を《草》として送り込んだのであろうか?)

 長俊は、伊賀の真意を量りかねて、肥前の始末を最後としたのである。


「ああ、もう面倒臭かあ!毎日毎日こればっかり。もう、飽きたぁ」

 ユヒは、嘆息と共に、せっかく集めた手桶一杯の菱の実を地面にぶちまけた。神崎村の沼地に自生するオニビシである。胸まで沼に()かり小脇に抱えた手桶に採取して乾燥させて『撒菱(まきびし)』とするのだ。『撒菱』は忍びが逃走時に()いて敵の足を止める事に使う。四方に張り出した菱の(とげ)が敵の足裏を刺してその動きを止めるのだ。時には、敵の顔にぶつけて目くらましとする。忍びにとって不可欠の武器である。

「そうたい。【くノ一の術】のお稽古ば、しようっと」

 ユヒは(つぶや)いた。

 ユヒは『くノ一』である。『くノ一』とは女忍者の別称である。女という字をばらすと『くノ一』と読める事による。【くノ一の術】とは、女を武器に男を(たぶら)かす事である。《草》として送り込まれて早や三年となった。先ほどオニビシを採取する為に胸まで沼につかり、濡れて身体に貼りついた単衣(ひとえ)が浮き彫りにしたユヒの身体の線は、充分に乙女(おとめ)姿態(したい)である。

「こうかいな?」

 ユヒは沼の水面(みなも)に身体を映した。右手で髪を耳にたくし上げ、左手で単衣の襟を後ろにずり上げて襟元を押し広げ、ニッと笑った。

(うん。なかなか色っぽいね)

 しかし、長く湯浴(ゆあ)みをしないため、その襟足は(あか)で黒ずんでいる。

(?)

 後ろに気配(けはい)を感じたユヒが慌てて振り返ると、いつの間にか、野良着姿のくちなしがひっそりと(たたず)んで居るではないか。

「あ!くちなし様」

 言い掛けるユヒを、くちなしは手で制した。

(来たか)

 長俊は、ほくそ笑んだ。目論見(もくろみ)通りにくちなしが現れたのだ。(ただ)ちに指先で三人の下人に下知(げち)(くだ)した。タガメとナナフシと自分との三人で結界(けっかい)を作りくちなしを封じ込める。そして、子猿が先ず『くノ一』を始末した後に四人でくちなしを(たお)すのだ。

 くちなしは死を覚悟した。

(ひそ)んでいる敵は四人か。いずれも相当の手練(てだれ)の忍びのようだ。一人で立ち向かうのは難しいだろう。加えてこちらには、足手まといのユヒが居る)                               

 甲賀衆三人が作った結界の外で、子猿がユヒを(なぶ)っている。逃げ(まど)うユヒを、八人の小猿が切り(きざ)む。右から左から、上から下から、一寸刻みに切り刻む。濡れて身体にぴたりと貼り付いたユヒの単衣を切り刻み、そしてその身には毛筋ほどの傷も付けていない。まさに手練(しゅれん)手際(てぎわ)である。たちまち丸裸にされたユヒであった。

「きゃーっ!()めちゃってん。この助兵衛(すけべえ)!」

 ユヒが叫んだ。

「未熟者め」

 子猿は、手にした短刀の刃を水平に構え直し、刀身に左手を添えた。ユヒの左の乳房の下、あばらの隙間に切っ先を突き立て、(しん)の臓を貫かんと腰を落とした。

(???)

 その時、子猿は右足裏に鋭い痛みを感じた。鋭利な物が草鞋を踏み抜いたのだ。体勢を整えようと、子猿は左足で横に一尺(三十㎝)飛んだ。

「む!」

 今度は左足が何かを踏み抜いた。足元を見ると、なんと(おびただ)しいオニビシが散乱しているではないか。先刻ユヒが打ち棄てた菱の実であった。

 ブスリ!

 動きが止まった小猿の首筋に、飛翔して来た苦内が深々と突き刺さった。一間(いっけん)の余も吹き上がる鮮血。(たま)らず倒れ伏す小猿。

 一人!

「ハッ、ハッ、ハッ・・」

 命拾いしたユヒは、(かたわ)らの(くぬぎ)の幹に(もた)れて荒い息を()いた。


 昆虫のナナフシは多くの(せつ)と身体の色で木の葉や枝に擬態(ぎたい)する。甲賀のナナフシはこれを学び、木の幹に同化する術を会得(えとく)した。気息(きそく)を整え、木の幹の息吹を自分の身体に()りこむ。すると、その身体は次第に幹と一体と成り伸ばした腕は枝と成るのだ。ナナフシにとっては、枝と化したその腕に止まり来た小鳥を握りつぶす事も容易(たやす)い事なのである。

 ユヒは悪寒(おかん)を覚え、ぶるっと身震いした。

(うう、寒かあ)

 菱の実を採取するために胸まで水につかり、すっかり身体が冷え切ったところを、小猿に丸裸にされてしまったのだ。晩秋の冷たい風に(さら)され、(たま)らず大きなくさめをした。

 (くぬぎ)に擬態していたナナフシは、(かたわ)らのユヒの喉笛を握り潰そうと、風に合わせて指を広げた。と、その時、突然耳元にユヒのくさめと(つば)飛沫(しぶき)炸裂(さくれつ)したのだ。

 フワークション!

 思わず、ピクリと身体を震わせたナナフシ。木噸の術に(わず)かな(ほころ)びが生じた。

 ブスリ!

 ナナフシの首筋に苦内が深々と突き刺さった。血に(まみ)れて、ずるずると橡の幹を崩れ落ちるナナフシ。

 二人!


 日本最大の水生昆虫であるタガメは、(きわ)めて凶暴な生き物で、魚や(かえる)、時には蛇や亀、ネズミ等の自分よりも大きな動物をも捕食する。その前肢(ぜんし)を鎌のように広げて獲物を捕獲し、針を突き刺して消化液で獲物の肉を溶かしてこれを吸うのだ。

 甲賀のタガメの肌は、水中で暮らす事が長い為に川獺(かわうそ)のように黒ずんで(ぬめ)っている。敵を襲う時には、両手の小刀をタガメの前肢のように大きく広げてその脇腹を(えぐ)るのだ。水中や水辺では、誰もタガメの攻撃を(かわ)す事は叶わぬ事であった。

 沼の水中に(ひそ)んだタガメは、鼻から上を水面に出して(まわ)りを(うかが)っていた。長俊とナナフシとの三人で作った結界が破れて、子猿が襲っていた『くノ一』が、沼に向かって走って来る。丸裸で髪を振り乱し、身体中に返り血を浴びて、その眼は血走っている。

(こやつは、狂女か?)

 タガメは、両手の小刀を大きく広げて構え直した。

(もう、我慢できん!)

 ユヒの我慢はもはや限界に達していた。沼の水面に我が身を(うつ)して、くノ一の術を試していた頃より尿意を感じていたのだ。小猿との死闘で激しく動き回り丸裸にされて悪寒を感じると、尿意はいや増したのだ。

(今は命の()り取りばしようとやけど、ええい、もうどうとでも成れ)

 ユヒは沼に駆け寄ると、大股を開いて立小便をした。

 駆け寄って来た『くノ一』の腹を(えぐ)らんと、水上に伸び上がったタガメの顔面に向けて激しいユヒの放尿が(ほとばし)った。

「ぬ!」

 かろうじて身を(よじ)り、これを(かわ)すタガメ。

 ブスリ!

 その時、タガメの首筋にクナイが深々と突き刺さった。水面を真っ赤に染めて、水中に沈むタガメ。

 三人!

「うわぁ!」

 水中から突然現れたタガメに驚いたユヒは、後ずさりして(つまづ)き、転倒した(はず)みに切り株で頭を強打して昏倒(こんとう)した。


(おのれ!)

 長俊は歯噛(はが)みした。くノ一の面妖(めんよう)な動きに(まど)わされて、甲賀自慢の術者達は、(いず)れもくちなしの飛び苦内で命を絶たれてしまったのだ。

(かく成る上は、甲賀の名にかけて、伊賀の伝説くちなしを(たお)す)

 激しい怒りを右の(てのひら)に集めると、これをくちなしに向かって構えた。『尖』の構えである。身内の気を集めて掌から一気に敵に放出し、敵の身体を撃ち抜くのだ。

 素早くこれを察したくちなしは、右掌を指先を下にして長俊に構えた。『反』の構えである。敵が発する気を己の気で包み込み、その力を吸い取って消滅させるのだ。左手には最後の苦内を持ち、敵の気の(ゆる)みが生じた時に撃つ構えである。互いに鋭い気を発しながら、両者は微動だにせず相対した。

 数多(あまた)の忍びの中でも、己の気を自在に操るほどの術者は(まれ)である。甲賀随一の術者である長俊と、伊賀の伝説と謳われたくちなしにして初めて成し得る最高度の術である。長俊とくちなし、その技量は伯仲していた。ただ二人の違いはその年齢である。既に不惑を超えたくちなしに対して、長俊は二十歳を過ぎたばかりである。その体力、気力は絶頂期に有った。

 相対する事早()や半刻(約一時間)に及んだ時、たらりと、くちなしのこめかみに汗の(しずく)が流れた。そして、その左手からは、手にした苦内が力無く落ちたのである。

(今か)

 長俊は、残る気をすべて集めて、くちなしに向け一気に放とうとしたその時、眼の端に何やら動く物を感じた。


「あ痛た、痛たたっ」

 ユヒは頭の(こぶ)(さす)りながら立ち上がった。立ち上がったユヒは、目の前の光景に驚いた。野良着姿の中肉中背のくちなしと、山着姿の五尺七寸(一七三㎝)余りの長身の男が、互いに(すさ)まじい気を発しながら対峙(たいじ)しているのだ。山着姿の男は、色白く高い鼻梁(びりょう)に切れ上がった眼差(まなざ)しである。

(うわっ、(すご)かあ!こげな綺麗か男、初めて見たばい)

 矢庭に、目を(きら)めかせたユヒは、長俊に向かって走り出した。

(む?何じゃ、此奴(こやつ)は?)

 長俊は驚愕した。素裸の『くノ一』が、何を思ったのか、駆け寄って来るのだ。

 ユヒはたじろぐ長俊の首っ玉にかじり付くと、その唇にすわぶりついた。慌てる長俊の口中に、熱い吐息を送り込むユヒ。(もだ)え苦しむ長俊。【口々の術】である。

【くの一の術】の奥義(おうぎ)である口々の術は、極めて危険な術である。女の色香で敵を(たぶら)かし、口々をすると見せて、前歯に仕込んだ毒薬を相手の口中に送り込むのだ。しかし、己がこの毒薬を誤って飲めばひとたまりも無い。前歯の裏から、唾液に混じりじわじわと口中に溶け込む毒薬の汁だけでも、常人であれば命を落とすことは必定(ひつじょう)であろう。この術を使いこなす為には、童子の頃より微量の毒薬を与え続け、見込みのある者には少しずつその量を増やしていく。この術を見事会得(みごとえとく)する事ができるのは、生来(せいらい)(きわ)めて毒に対して強い体質を備えた者、百の内精々一人か二人である。

 しかしユヒは、このような高度な術を会得していたのでは無い。ユヒは(たく)まずして毒薬に(まさ)るとも劣らぬ必殺の武器を持っていたのだ。ユヒは、生まれてからこのかた、その悪食(あくじき)にもかかわらず一度も口を(すす)いだ事が無かったのだ。

 くちなしとの死闘で、体力、気力共に衰えていたところに、凄まじい悪臭を体内に送り込まれた長俊は、ユヒの腕の中で白目を()いて(もだ)え苦しんだ。

「ぬっ!此奴(こやつ)め!」

 長俊は、最後の気力を振り絞り、首に(から)み付くユヒの左手を()じ上げるとそのままユヒの背中に押し付けた。左手の人差し指を突き立て、ユヒの耳孔(じこう)を突き刺そうとしたその時である。

 ブスリ!

 長俊の首筋に苦内が深々と突き刺さったのだ。長俊は、驚いたように目を見開いて崩れ落ちた。

 死人!(漢字が間違っている)

「ユヒ、大事無いか?」

 よろめきながら、ユヒに近付くくちなし。その顔は蒼白(そうはく)であった。

「ああん、もう一寸(ちょっと)口々しときたかったとに」

 ユヒの無事を見て安堵したのか、はたまた、ユヒのあまりの能天気に脱力したのか、くちなしは膝から崩れ落ちた。

 ユヒは足元の二人を見下ろして(つぶや)いた。

「死人にくちなし」(言葉遣いが誤っている)

                               

 百道三太夫の狙いは見事的中した。天醜爛漫(てんしゅうらんまん)としたユヒを(おとり)にして、甲賀の残党を(おび)き寄せる策だ。くちなしとユヒが、姿を現した甲賀衆を殲滅(せんめつ)したのは、思いの他の上首尾であった。

 三太夫に帰国を命ぜられた二人の姿が、備後国(びんごのくに)の山中に在る。忍者の足は速い。早飛脚は宿場毎の交代で日に五十里(一九七㎞)を走るが、忍者は一人で日に七十里(二七五㎞)を走る。胸に編笠を当て、これが落ちない速さである。街道を駆ける時のみならず、獣道(けものみち)を駆ける時には猪に劣らず、岩場を駆ける時には鹿をも追い抜く。だが、しかし・・・

「ユヒ!(はよ)うせぬか」

 くちなしがユヒを叱責(しっせき)している。

「くちなし様、ちょっと、ちょっと、蛙が子供をおんぶしとう、面白かぁ。あ!山女(あけび)一杯生()っとう!甘かあ!くちなし様、この山女、もの(すご)甘かですよ」

「ユヒ、のろいぞ!」

 ユヒののろいは、いつまで続くのであろうか。


《こづえのちかい》


『本能寺の変』の折りに明智光秀の追っ手をかわした『伊賀超え』の功によって、服部半蔵正成は伊賀同心二百人を()べて、徳川家康の身辺を警護した。織田信長が明智光秀に(しい)された事に驚愕した家康は、自裁しようとしたが、此れを必死に止める重臣達と共に、伊賀甲賀の忍者達に守られて難を逃れたのであった。

 羽柴秀吉や柴田勝家の(はる)後塵(こうじん)を拝していた家康を、将来の天下人(てんかびと)として判じていた半蔵は、伊賀の上忍、百道三太夫、藤林長門守と談合し、伊賀忍だけが知っていた獣道を通って三河国(みかわのくに)へと(のが)したのである。今、くちなしとユヒを前に胡坐(あぐら)姿で脇息(きょうそく)にでっぷりと超え太った身をもたせ掛けているのは、その父の名を襲った三代目服部半蔵正重である。

「いやはや、江戸暮らしとは、難儀なものじゃ。これ、この通り」

 半臓は、(ふく)れた腹を叩いてみせた。

「毎日毎日、報告じゃ談合じゃと言うて、酒を食ろうておるばかり。術の修練をする暇も無いわ」

 くちなしは(もく)して端座(たんざ)している。

(この半蔵、鈍重(どんじゅう)そうに見せているが伊賀きっての切れ者じゃ。何を(たくら)んでいるのか油断はできない)

「ユヒを連れて、急ぎ半蔵の許に行け」

 三太夫に命ぜられて、伊賀を()ったのが二日前である。走り詰めで到着し、足を(すす)いで着座したところである。くちなしは半蔵の前に相対して胡坐をかき、ユヒはその後ろに端座して控えている。

「大奥で、面妖(めんよう)なことが起きているのじゃ、くちなし」

 真顔に成った半蔵が言った。

(面妖な事じゃと?)

 くちなしは(いぶか)しんだ。

「この三月(みつき)の間に、奥女中が三人、相次いで死んだのじゃが、その死に(ざま)が尋常ではない」

(ふむ?)

 くちなしは黙した(まま)に何も(こた)えぬが、半蔵は慣れたもので一人話を進めた。

「いずれも病に()せっていた訳でも無いが、何の前触れも無く、寝所で血の気を無くして倒れていた。仔細(しさい)に検分すると、腿の内側に針で刺したような傷が有り、傷の周りには鬱血(うっけつ)が見られる。どうも、そこから生き血を吸われたようなのじゃ」

(何と!生き血を吸ったとな!)

 くちなしは驚いた。

(人の生き血を吸うとは、いかなる化物の仕業(しわざ)であろうか)

(わし)は、風魔の仕業(しわざ)と見た」

「風魔小太郎か・・・」

 思いもかけぬ半蔵の言葉に、くちなしは(うめ)いた。

 風魔は相模国(さがみのくに)の忍者で、後北条氏(ごほうじょうし)(つか)えていたが、後北条家の滅亡後は江戸近辺を荒らす夜盗と成っていた。頭領の風魔小太郎は、身の(たけ)七尺二寸(二一八㎝)の雲を突くような大兵(だいひょう)とも、五尺(一五二㎝)にも満たぬ小男とも言う。色黒く筋骨逞(きんこつたくま)しい偉丈夫とも、或いは色白き優男(やさおとこ)とも言う。常にその身を他人に写す【写し身の術】の名人である。

「嘘か真か、異な話を聞いた。今の風魔小太郎は五代目と言われているが、実は同じ男が、百有余年も行き続けていると言うのじゃ。そして、その不老長寿の秘密は、生娘(きむすめ)の生き血を吸うことにあると言うのじゃ」

(なんと・・・)

 くちなしは息を()んだ。

「二人の奥女中が殺された後に、儂はマツとこづえを奥に忍ばせた」

「え、こづえちゃん?」

 振り向いた半蔵に(にら)み付けられて、ユヒは首を(すく)めた。こづえはユヒの二歳年上だが、出自(しゅつじ)が同じ筑前国那珂川郡である。『くの一』と成り江戸に(のぼ)って半蔵の配下に成る迄、実の妹のようにユヒを可愛がってくれたのだ。

(こづえちゃん、元気にしとうかいな?まさか、その風魔とか言う奴に殺されたりは、しとらんやろうね)

「しかし、三人目の殺しを止めることは(かな)わなかった。そして八日前の事じゃ。マツが殺された。マツの腿の内にも刺し傷が有ったのじゃ」

「む・・・」

 くちなしは瞑目(めいもく)した。

 マツは身の(たけ)五尺七寸(一七三㎝)の(たくま)しい体躯で、男勝(まさ)りの膂力(りょりょく)の持ち主で有った。のみならず、体術、刀術にも人並優(ひとなみすぐ)れて、くちなしが育てた『くの一』で随一の術者であるだけではなく、伊賀の(すべ)ての忍びの中でも五本の指に入る上手(じょうず)であったのだ。

「マツの代わりを送ろうにも、江戸にはもはや『くの一』が居ないのじゃ」

 半蔵はジロリとユヒを見やった。

「マツは下働きの女中として忍んだが、そなたはこづえの『*合の間』と成れ。二人が(そば)に居る方が、何かと好都合であろう」

「こづえは、どのような身分なのじゃ?」

 くちなしが問うた。

「*御台所(みだいどころ)付の*御中臈(おちゅうろう)じゃ。上様と御台所の身を守るのが何よりの大事。ユヒ、そなたは口が()けぬという触れ込みにする。よいか、構えて奥では一言も(しゃべ)るではないぞ」

 半蔵は、ユヒが粗野な物言いをする事を恐れたのである。

「承知いたしました」

 ユヒは殊勝(しゅしょう)に答えたが、果たして半蔵の下知がどこ迄伝わったのか。こづえに会える喜びで、ユヒの瞳は輝いている。


*合の間・・・・大奥女中には、幕府が直接採用する女中の他に、奥女中が自らの手当で採用する「部屋方」がいた。部屋方には、局、合の間、仲居、タモンがあり、合の間は奥女中の身の回りの世話をし

た。

*御台所・・・・将軍の正室である。

*御中臈・・・・将軍と御台所の身辺世話係。十四代家茂の時には、将軍付の御中臈が五人、御台所付の御中臈が十二人であった。将軍の目にとまって「御手付」になり、男児を出産すると「御内証様」、女児を出産すると「御腹様」、男児が将軍になると「御部屋様」になる。


 こづえは嬉しくて(たま)らなかった。マツが(たお)された後は、一人大奥での見えない敵との戦いで緊張の毎日であったのだ。ユヒの笑顔を見ると、疲れが一気に(いや)される思いだ。

 まげを島田に()い、紅葉(もみじ)をあしらった小袖姿のユヒは、中々に可愛いらしい。伊賀で見知っていた山猿のような姿とは雲泥(うんでい)の差である。一方のこづえは、片はづしの髪型、小袖の上に梅をあしらった白綸子(りんず)の打掛を羽織った掻取(かいどり)姿、堂々の御中臈の(たたず)まいである。

《ねぇ、ユヒ。(なん)であんたの名前はユヒに成ったと?わたしが伊賀に()った時は、夕日やったやないね》

《そうたい。こづえちゃん、(ひど)いと思わん?あたしが、あんまり悪さばっかりするけんくさ、夕日!夕日!って、毎日怒られて。あんまりしょっちゅう怒鳴りよったら、夕日が詰まってユヒに成ったったい》

《あはははは・・・》

 こづえは、久方振りに破顔した。

 他の者が二人の会話を目にしたなら、さぞかし奇異に映った事であろう。二人は、一言の声も出さず互いの口の動きを見て話しているのだ。【口読みの術】である。半蔵から喋ることを禁じられた、ユヒの苦肉の策であった。

《綺麗かねえ!こづえちゃん、お人形さんみたい》

 ユヒは、襟足から胸まで白粉(おしろい)を塗り(まゆずみ)で眉を()いて紅をさしたこづえを、うっとりと見た。

《ユヒも可愛いかよ。わたしみたいに御中臈の衣装にしたら、もっと綺麗に成るよ》

《そうかいな!》

 ユヒと話していると、普段の江戸言葉ではなく、幼少の頃の筑前訛りに戻ってしまうのも楽しい。

《ほら、ユヒ、これを食べてみらんね》

 こづえはユヒに勧めて言った。

(なん)ね、これ?見た事、()かよ》

《これはね、御饅頭て言うとよ。中に餡子(あんこ)が入っとって、物凄(ものすご)甘かよ》

「うわあ、本当甘かあ!こげな美味(おい)しいと生まれて初めて食べた!」

 饅頭を(ひと)(くち)口にして、思わず大声を出したユヒを、こづえは慌てて制した。

《しっ!ユヒ。声ば出したら、いかんやろうが!》

 ユヒは首をすくめた。

《こづえちゃん、毎日こげな美味しかとば食べようとね、良かねえ!》

《なんがね。今日は『*御合(おあい)の物』で御台様(みだいさま)のお下がりを戴いたとよ》

 こづえは、笑いながら言った。


*御合の物・・・八つ時(午後三時頃)には、煎茶とお菓子(羊羹、饅頭、干菓子、蒸菓子など)が供された。


「こづえ様、いらっしゃいますか?」

 その時、襖を静かに開けて異体な者が現れた。年の頃は五十歳くらいか。縞縮緬(しまちりめん)の着物に無紋の羽織姿は男の装いである。なにより頭を()り上げているのだ。

「これは、円喜様。どうぞお入り下さい」

 こづえは、微笑(ほほえ)んで言った。

 円喜は後ろ手に襖を閉めると、こづえの(そば)膝行(しっこう)した。

「こづえ様、今宵(こよい)の*御添寝役(おそいねやく)にとの事でございます」

(うけたまわ)りました」

「それが・・・今宵から当分の間、こづえ様が引続き御添寝役を勤めるようにとの事。何とも、前例に無いことでございます」

 不思議そうに告げた円喜は、来た時と同じく静かに去って行った。

《ねぇねぇ、こづえちゃん。今の御婆ちゃん、あれ、何ね?》

 襖が閉められるのを待ちかねて、ユヒが興味深げに聞いた。

御伽(おとぎ)坊主(ぼうず)よ。大奥は、女だけの世界。わたし達女が男の世界に立ち入る事は許されんっちゃけど、御伽坊主だけは『*中奥』とか『*表』までも行けるとよ》

《さっき、あん人が言いよった御添寝役て、何の事?》

公方(くぼう)様が床入りする時はくさ、同じ部屋の中に衝立(ついたて)を立ててから、御伽坊主は御中臈の隣、御添寝役は公方様の隣に寝るったい。次の日には、臥所(ふしど)(なん)が有ったか御年寄に報告せないかんとよ。*やおいかんっちゃけん》

(なん)、それ。面白(おもしろ)そうやね。あたしが代わっちゃろうか?》

《何ば言いようとね、遊びや無かとよ。そやけど・・・》

 こづえはちょっと思案した。

《そうやね。ひよっとして風魔が襲って来たら、わたし一人やったら手に余るやろうね。ユヒ、押入れに(ひそ)んどっちゃり》

《そやけど、風魔って、マツさんでも(かな)わんかったっちゃろうもん。わたし達だけで勝てるかいな?》

《大丈夫。外には、伊賀の衆が控えとうけん、笛で合図したら良かったい。そやけど、そやけど・・・マツさんの(あだ)は、絶対にわたしが取ってやる》

 (まなじり)を決したこづえの顔付きには、何とも言えぬ(すご)みが表れていた。


*御添寝役・・・・寝所での監視体制は、五代綱吉の時に寵愛をうけた御中臈のおねだりが過ぎたことにより制度化された。従ってこの時代にはまだ制度化されていない。

*中奥・表・・・・幕府の政庁である本丸御殿には、将軍が諸大名の祝意を受ける「表」と、日常の生活を送る「中奥」があった。

*やおいかん・・・大変だ。うまくいかない。

                              

 睦事(むつごと)が終わったのか、将軍達は安らかに寝息を立てている。ふと気配を感じたこづえがみじろぎする間も無く、敷布団の両首筋の脇に小刀が突き立てられた。

(動けば首を斬られる。手足も動かせない。上布団が畳に縫い付けられたようだ。何と言う早業(はやわざ)だろうか!)

 こづえは驚愕(きょうがく)した。

「ふふ、美味(うま)そうなくの一じゃ。静かにせぬと、公方(くぼう)様が御不快と仰せられるぞ」

 薄く笑っているのは、昼間現れた御伽坊主の円喜である。

「大奥の生娘を味わうのも此れを最後としようか。伊賀者が出張(でば)って来たのでは、五月蠅(うるそ)うて叶わぬわい。どれ、生き血を飲む前に、たっぷりと可愛がって進ぜようか」

(円喜が風魔だったのか!)

 こづえは、余りの事に言葉も出ない。

 その時、するりと押入れの襖を開けると同時に、忍び刀を手にしたユヒが円喜に向かって飛んだ。しかし、円喜は振り向きもせずに(かかと)をユヒの鳩尾(みぞおち)に打ち込んだ。声も無く崩れ落ちるユヒ。すかさず、こづえは口笛を吹いた。

「ふ、(せん)()き事を。外の伊賀者どもは、儂の配下が相手しているわ」

「ユヒ、大丈夫?」

 こづえはユヒに呼び掛けた。両首に当てられた小刀の切っ先で顔を動かせず、こづえにはユヒの様子を(うかが)い知る事が叶わない。

「その『くの一』は、半時(約一時間)は眠っていよう。心配せずとも、そなたの次に生き血を吸すってやるわ。冥途(めいど)で仲良く暮らせ」

 円喜は、こづえにのしかかると、ぬっと顔を近づけた。

()ずは、口々といこうかな」

 円喜は、こづえの頭を(かか)え起こすと、その唇を強く吸った。

 こづえは、この時を待っていた。唇で上の前歯を押し倒し、前歯の中に仕込んだ毒薬を円喜の口中に流し込んだ。【口々の術】である。こづえは、幼い時より毒物に対して強い耐性があり、この術を会得していたのである。

(???)

 こづえから顔を離した円喜は、一瞬怪訝(いっしゅんけげん)な顔をしたが、その儘に口中の毒薬をごくりと飲み込んだ。

「ほお*石見銀山(いわみぎんざん)か。久方ぶりに食ろうたわ。くの一よ、この風魔小太郎、百有余年生きてきたのじゃ。これしきの毒薬で儂を殺すことは叶わぬぞ」

「ユヒ、助けて!」

 秘術を封じられて、こづえは(むな)しく叫んだ。

「さあて、次は乳猱()みと参るか」

 小太郎は上布団を縫い付けた小刀の一本を引き抜くと、布団を(めく)り上げ、こづえの小袖の胸元を押し広げた。行灯(あんどん)の薄明かりに白い乳房が浮き出された。

「ユヒ、御饅頭が有るよ!」

 こづえの叫びに、ユヒの身体がピクリと動いた。矢庭に起き上がったユヒは、小太郎を押し倒すとその唇にすわぶりついた。驚く小太郎の口中に熱い吐息を送り込むユヒ。【口々の術】。

 ユヒはこづえのように高度な術を会得していたのではない。しかし、ユヒは毒薬に(まさ)るとも劣らぬ必殺の武器を持っていたのだ。ユヒは、生まれてからこのかた、その悪食(あくじき)にもかかわらず、一度も口を(すす)いだことが無かったのだ。

 百有余年生きてきた小太郎であったが、このような悪臭を嗅いだ事は、いまだかつて無かった事である。(もだ)え苦しむ小太郎。小太郎は右手を自分の額にかけた。そして、つるりと顔の皮膚を()いだのである。

「うわっ!」

 驚いて小太郎から飛び離れるユヒ。色白い円喜の皮膚の下から現れたのは、松の幹のような茶色の(しわ)だらけの渋面(じゅうめん)であった。

「くの一よ、よくも儂の素顔を(さら)してくれたな。二度とこの(かお)を拝めぬようにしてくれるわ!」

右手の人差し指と中指とでユヒの両目を突こうとしたその時、殺気を感じた小太郎は左掌で首筋を(かば)った。

 ブスリ!

 小太郎の左掌を突き抜ける苦内。

「む!」

 小太郎が振り返ると、屏風の陰から苦内を手にした将軍秀忠が現れた。

「風魔小太郎、これまでじゃ」

「ぬ!うぬは?」

 その時、小太郎の首筋から鮮血が(ほとばし)った。こづえが小刀で切り裂いたのだ。

「くっ!」

 (おめ)き声を上げて、小太郎は倒れ伏した。

 秀忠がつるりと顔をなでると、下からくちなしの顔が現れた。くちなしは伊賀きっての写し身の名人であったのだ。

「あ、くちなし様!」

 ユヒが驚いて叫んだ。

「こづえ、ユヒ、奥を守れ」

 二人に向って下知(げち)したくちなしは、白い小袖を脱ぎ捨てると、人肌に染め抜いた下帯一枚の姿で庭の闇に溶け込んで行った。


*石見銀山・・・・石見国の銀山は、最盛期には世界の三分の一の銀を産出した。石見国にある笹ヶ谷鉱山では銅を産出した。銅を採掘する時に産出した砒石を焼成して得られる猛毒を石見銀山と称した。

                               

「ああ、びっくりしたあ!いきなり(しわ)くちゃのお爺ちゃんに成るっちゃもん」

 ユヒが(つぶや)くと、何を思ったのか、こづえは裾をからげて走り出した。

(???)

 (しばら)くすると、落ち着いた風情(ふぜい)でこづえが戻って来た。

「もう大丈夫。くちなし様達が、風魔を(たお)しんしゃったよ」

「こづえちゃん、くちなし様から、奥を守れて言われとったやないね。勝手に外に加勢に行ったとね?」

「いいや。私くさ、もの(すご)おしっこがちかいっちゃん。もう先刻(さっき)から、おしっこば、しとうてしとうて、(たま)らんでから。ユヒ助けて!て言いようとに、あんた(なあ)もしてくれんやったろうが」

「ふーん。それで、雪隠(せっちん)に走って行ったとね」

「うん、大もしたかったけん、一緒にして来たよ」

「大は小を兼ねる、やね」

 ユヒが言った。(言葉遣いが誤っている)

「ところで」

 ユヒがにんまりと笑った。

「こづえちゃん、御饅頭は何処(どこ)に有ると?」


 翌日、風魔との死闘の鮮血を洗い清めた大奥で、こづえとユヒは御台所から褒美(ほうび)(たまわ)った。こづえには鼈甲(べっこう)花飾簪(はなかんざし)。ユヒには『*御嘉定(ごかじょう)の義』に下されるお菓子である。饅頭、羊羹(ようかん)大鶉焼(おおうずらやき)(きん)(とん)(より)(みず)熨斗(のし)、あこや、()

「うわあ!御饅頭だけや()うて、こげな美味(おい)しい(もん)が一杯有るったい!」

 大興奮のユヒであった。


御嘉定(ごかじょう)の義・・・六月一六日に、菓子を食べて厄除招福を願う。当日、江戸城の大広間には、二万個以上の菓子が並べられた。


《くちなしの手違い》


(隙あらば打込めと言うが、膝から下は隙だらけではないか。あれでは、長刀(なぎなた)上手(じょうず)(すね)を払われれば、ひとたまりも有るまい。侍が腰の上だけで戦うのは、戦国の頃の馬上での戦いの名残(なごり)であろうか。我等忍びであれば戦国の戦いでは馬の足を切る。落馬する武者の内腿を刺せば、それで終わりだ。忍びの刀術は、このような棒立ちでは無い。腰を落とし忍び刀を脇構えにする。やや引いた左足を軸に、素早く飛んで敵を払う。我が下半身を守りながら、刀と一体と成って敵を襲うのだ)

 くちなしは、道場での申し合いを、壁際に端座して見ながら、何とも物足りない思いに駆られていた。

「浅い!」

 面を打ち込んだ門弟に師範代が断じた。

「それしきの打ち込みでは、敵に深手(ふかで)を負わせることは(かな)わぬぞ。相手の反撃を恐れずに、鍔元(つばもと)で打込むのじゃ」

(それは違うだろう。切っ先で手傷を負わせれば、それで十分だ。(ひる)むところを、首、手首、内腿の血の道を切り裂けば勝敗は決する。切っ先に毒薬を塗り込めば、浅手であっても命を奪う事ができるじゃろう)

 くちなしは思った。

 くちなしは徳川将軍家の兵法指南役である柳生宗矩(やぎゅうむねのり)の道場に通っている。服部半蔵の口添えにより、織部左近と名を変えて剣術の稽古に励んでいるのだ。不惑(ふわく)をとうに過ぎたくちなしの年恰好を見て、当初は(かろ)んじた門弟達であったが、二三の者を容易(たやす)く打ち据えると賞賛に変った。この道場通いは、元より剣術の技量を高める事が目的では無い。表の暮らし向きで織部左近を務める為の方便である。忍びの刀術を隠しながら門人達と打合うのは、中々に難儀な事ではあるが、武士の受太刀の手順を学ぶ事には有意義であった。

「師範代!」

 一人の門人が、(あわただ)しく道場に駆け込んで来た。

「何事じゃ、騒々(そうぞう)しい」

 武藤安信は鋭い眼差しを向けた。本日の師範代を勤めている武藤安信は、柳生宗矩の女婿(じょせい)である。

「道場破りにございます」

「柳生新陰流は将軍家の御家流じゃ、他流試合は禁じられておる。追い返せ」

「それが・・・・・」

「試合が無理なら弟子にして貰おうか。宗矩は不在との事だが、今日は見学じゃ」

 門弟に続いて、ぬっと現れた男を見て、くちなしは総毛立(そうけだ)った。身の(たけ)は五尺七寸(一七三㎝)余り。常人の身の(たけ)が五尺一寸(一五五㎝)で有ったから、大柄な体躯である。顔色は青白く、眼は細く目尻が切れ上がっている。細く尖った鼻の下には、大きく引き結ばれた唇が有る。御納戸色(おなんどいろ)単衣(ひとえ)の着流しを身に付けた全身に、怪しく妖気が(ただよ)っている。

「ほれ*束脩(そくしゅう)じゃ」

 男は投げつけるように言うと、どさりと長財布を床に投げ落とした。

「こやつ!」

 あまりの無礼に(いきどお)った門弟達が、木刀を手にして立ち上がった。

「待て!」

 安信が、一喝(いっかつ)して皆を制した。

「柳生流では、大名、旗本、御家人の口添え無しには弟子を取らぬ。お引取り願おう」

 安信は男を見据えて言った。

「一々と五月蠅(うるさ)い事じゃな。儂に遅れを取るのが怖さに、言い逃れをしているのであろう。天下の柳生が聞いて(あき)れるわ。致し方ない。表の看板を頂いて引き上げるぞ」

 男は長財布を拾い上げた。

「待て!」

 安信が鋭く言った。

「それほどまでに立会いが所望(しょもう)であれば、お相手いたそう」

 安信は、居並ぶ門弟達を見渡した。いずれも、吾こそが此の増上漫(ぞうじょうまん)な男を叩きのめそうと、目をぎらつかせて血気に(あふ)れている。中に、一人だけ平静な風情(ふぜい)の織部左近が目に留まった。

「織部、お相手をいたせ」

「承った」

 織部左近事くちなしは、師範代との申し合いでも三本に一本を奪う上手である。門弟達に異存は無い。くちなしは、二間(にけん)(三・六m)離れて男と対座した。

「柳生新陰流、織部左近」

「渡邊右京、流派は無い」

 両者共に片膝を床についた蹲踞(そんきょ)の姿勢から立上がると、構えを取った。くちなしは正眼に構えたが、右京は右手の竹刀をだらりと下げた(まま)である。数瞬の後、右京の竹刀がピクリと動いた。二間(三・六四m)の余も飛びし退()るくちなし。

「参った」

 くちなしは、蹲踞の姿勢に戻ると竹刀を置いた。

 門弟達は大きくどよめいた。二間(三・六四m)の余も飛びし退った織部の妙技に驚いたのが一つ。今一つは、織部程の使い手が、竹刀も合わせる事も無く、いとも容易(たやす)く負けを認めた事に驚いたのだ。

「次、今村主膳」

 眉を(ひそ)めた安信が言った。

「心得た」

 今村主膳は、柳生新陰流の目録を許された巧者であり、今この道場内では安信に次ぐ上手である。

「柳生新陰流、今村主膳」

「渡邊右京」

 両者立上がると、主膳はくちなしと同様に正眼に構え、右京は変らずだらりと竹刀を下げている。主膳は右京を誘って竹刀の先を小刻みに動かした。鶺鴒(せきれい)の構えである。

 主膳は切っ先を上げて突くと見せて、踏み込みざまに右京の胴を払った。だが、それよりも一瞬早く主膳の面に打下ろす右京の竹刀。

 ボクッ!

(にぶ)い音が道場内に響いた。主膳は(たま)らず後向きに昏倒(こんとう)した。

 くちなしは慄然(りつぜん)とした。今、主膳の頭越しに自分の額が撃ち割られた事をはっきりと感じ取ったのだ。

「どうした。後に壁が在ったのでは、飛んで逃げる訳にもいくまい」

 くちなしに向けて笑った右京の口は、耳まで真赤に裂けているようにも見えた。

「今村様!」

 慌てて主膳に駆け寄る門弟達。安信は、静かに立ち上がった。

「今日はこれまでじゃ。宗矩にしかと申し伝えよ。次は柳生新陰流の奥義(おうぎ)を見せて貰うぞ」

 動揺する面々を尻目に、右京は悠然(ゆうぜん)と立ち去った。去り(ぎわ)に、凍るような眼差しをくちなしに送ったが、くちなし以外は誰も気づかなかった。


*束脩・・・・入門の時に師に送る礼物や金銭。


 将軍秀忠への教授を終えた柳生又右衛門宗矩が帰宅した。この宗矩、()ぐる大坂の(えき)では、秀忠に迫り来た豊臣方の武将七人を瞬時に切り伏せた。将軍秀忠の剣術師範であり、三千石の大身旗本でもある。嫡男の十兵衛三厳(じゅうべえみつよし)が「祖父石舟斎は流祖信綱より新陰流を受け信綱に(まさ)り、父宗矩は祖父の後を継いで祖父に勝る」とした、日ノ(ひのもと)一の剣豪である。

「今村の具合は、如何(いかが)じゃ?」

 事の経緯(いきさつ)を聞いた宗矩は、右京に敗れた今村主膳の身を案じて尋ねた。

「幸いな事に、命に別状はございません」

 くちなしと共に宗矩の居室に訪れた武藤安信が答えた。

「袋竹刀で額を打砕くとは、凄まじい力でございます。他流のように木刀を用いた申合いであれば、ひとたまりもございますまい」

「そちが立ち会っていれば、どうであったか?」

「恐らく遅れを取った事でございましょう。あのような構えは、見た事がございませぬ。全身隙だらけのようで、しかし、何処(どこ)にも打ち込む事が(かな)いませぬ」

「織部、そちならどうじゃ?剣士の織部左近では無く、伊賀の忍び、くちなしとして戦えば、どうか?」

「は、何とも・・・」

 宗矩の問いに、くちなしは口籠(くちごも)った。

(分け身の術で(たぶら)かしても、果たして儂の苦内が彼奴きやつを撃つ事ができるであろうか?)

「ふむ・・・」

 宗矩は、小さく吐息をついた。

其方(そのほう)達の話を判ずるに、これはもはや人の成し得る技では無い。察するにそやつは、恐らく狐狸妖怪(こりようかい)(たぐい)であろうよ」

「何と仰せられます!」

 安信は、宗矩の言葉に驚いた。

「昔、石舟斎様に伺ったことがある」

 宗矩は続けて言った。

「石舟斎様が高野の山に(こも)りて独り剣術の修行中に、異形(いぎょう)の者に襲われたとの事じゃ。身に一糸(いっし)(まと)わぬ猿の様な風体(ふうてい)で、その手にした枝で散々に打ち据えられ、一太刀も返す事が適わなかったとの事じゃ」

「して、石舟斎様はいかように為されたのでございますか?」

 驚いて安信が宗矩に問うた。

(石舟斎様程の名人が散々に打ち据えられる事があるとは、到底信じられない事じゃ)

「一目散に逃げ帰ったとの事じゃ。狐狸妖怪が相手では、如何(いか)な名人上手でも如何(いかん)ともし(がた)い。余も逃げるとするか・・・ま、そうもいくまいな。さて、どうしたものか・・・」

 宗矩は眉宇(びう)を曇らせた。

                               

「くちなし様、右京の住処(すみか)ば探り出しました」

 ユヒが、得意げに鼻をうごめかして言った。右京が道場に現れたその日に、くちなしは、こづえとユヒに右京の探索を命じていたのである。

「熊谷の、(だあれ)()んどう者が()らん稲荷神社です」

「よし。心して彼奴(きゃつ)に近づくではないぞ。遠く(ひそ)んでその動きを見張るのじゃ」

 くちなしは、改めてユヒに念を押して命じた。

「大丈夫でございます。今は、こづえちゃんがしっかりと見張っております」

 くちなしに(しら)せたユヒが稲荷神社に戻ると、見張り場に居る筈のこづえの姿が無い。ユヒと違い、一人勝手に見張り場を離れるようなこづえではない。

(おしっこかいな?こづえちゃんは、おしっこが近いけんね)

 首を(かし)げたユヒは、何やら背後に気配を感じた。

 くちなしは伊賀の百道三太夫に使いを送り、国許から*阿吽(あうん)兄弟を呼寄せた。阿吽は双子の兄弟である。当時双子は()み嫌われ、その母親は犬みたいに子供を産む『畜生腹(ちくしょうばら)』と(さげす)まれた。為に赤子の頃棄てられて居たのを、くちなしが育て鍛えて来たのだ。

 阿、吽、そのいずれもが一角(ひとかど)の術者である。加えて、阿吽兄弟は二六時中一時(にろくじちゅういっとき)も互いの(そば)を離れる事が無い。此の為、阿吽と戦うものは両者との戦いを余儀なくされるのだが、阿吽の表裏一体と成った【阿吽(あうん)波頭(はとう)剣】を(かわ)し続ける事は、誰にも成し得ない事なのだ。

(阿吽の波頭剣であれば、右京を破る事ができるやも知れぬ)

 くちなしの一縷(いちる)の望みであった。


*阿吽・・・・・・狛犬や仁王、沖縄のシーサー等一対の宗教的な像では、口が開いている方を阿形あぎょう、閉じている方を吽形うんぎょうと言う。


「彼奴からの投げ文でござる」

 呼ばれて宗矩の居室に参ずると、武藤安信がくちなしに文を渡して言った。小石に包まれて投げ込まれたと言う半紙には、幼児が手習いをしたかのような稚拙(ちせつ)な字が躍っている。

「道場で最初に立ち合った男への呼び出し状でござる。くちなし殿に熊谷の稲荷神社に来るようにとの事でござる」

 安信が続けて言った。

「『くの一』二人を預った、とあるが?」

 宗矩が、くちなしに尋ねた。

「彼奴に付けた見張り『のくの一』達から、繋ぎが途絶えております」

 くちなしは憮然として答えた。

「何故に、そちを名指(なざ)しているのであろうか?」

「恐らくは、先の申し合いで正体を見破られました」

「織部殿、御助勢致す」

 安信が(はい)(とう)を引き寄せて言った。

(まこと)(かたじけな)きお言葉ではございますが、此れは伊賀の不始末。伊賀で始末を付けましょう」

 静かに首を振って、くちなしは答えた。

「くちなし、何か工夫は有るのか?」

 宗矩が聞いた。くちなしは、黙して宗矩を見返した。

「ふむ。まさかの時には此れを投げてみよ」

 宗矩は、小引き出しから何やら油紙に包んだ物を出して、くちなしに手渡した。

「宗矩様、此れは?」

狐狸妖怪避(こりようかいよ)けのまじないじゃ」

 (いぶか)()なくちなしに、宗矩が薄く笑って言った。自分が右京と立ち会う時に使おうと思って用意していた物である。


 鬱蒼(うっそう)()い茂る木立の隙間に、(くだん)の稲荷神社が見える。

「よいか、おさおさ(あなど)るではないぞ。彼奴(きゃつ)は人間では無い。狐狸妖怪の(たぐい)、天下の柳生道場でも如何(いかん)ともしがたい化物じゃ。火を(はな)って(あぶ)り出し、一斉に襲うのじゃ」

 幼少の頃より(ほとん)ど口を()かず、その為に『くちなし』と名付けられた男が、珍しい長口舌(ちょうこうぜつ)であった。半蔵の配下から選りすぐった伊賀者達、八人の下人が頷いた。下人達は、それぞれに松明(たいまつ)を手にすると、足音を殺して神社を取り囲んだ。その時突然、神社の開き戸が開け放たれた。その中に見えたのは、右京と、着物を引き剥がされて素裸のこづえとユヒである。二人共に後手(うしろで)に縛り上げられ、表に向かって端座している。手足の親指同士をそれぞれに()わえ付けられている為に、縄抜けも叶わぬ。

「来たか、()()

 刀をだらりと手にした右京が、裸足(はだし)で外に降り立った。

「何とも目ざわりな奴だ。宗矩の前に貴様を血祭りにしてくれるわ」

 八人の伊賀者は一斉に松明を打ち棄てると、右京に向って飛鳥のように飛んだ。右京の白刃(はくじん)(ひらめ)いた。右足首を切り落とされた者一人、首筋から血を吹き上げる者一人が、(おめ)き声を上げながら崩れ落ちた。六人が右京を取り囲むと、再び一斉に飛んだ。再び右京が(やいば)(ふる)うと、脇腹を裂かれた者一人、面を打ち割られた者一人、背中を刺された者一人が崩れ落ちる。流石(さすが)の伊賀者達も浮き足立った。残る三人を容赦なく襲う右京。

 八人の倒れた伊賀者を尻目に、阿吽兄弟が右京を襲った。阿が右京を襲い、右京の反撃に退()くところを、吽が右京を襲う。右京が吽への反撃に転じると吽は素早く退き、此度(こたび)は阿が右京を襲う。寄せては帰す波頭が、続けざまに右京を襲った。【阿吽波頭剣】である。

 演舞のような優美な戦いが、小半時(約三〇分)も続いた。と、阿を襲った右京が後手(うしろで)に脇差を吽に投げた。脇差を打ち落とした吽に振返った右京の刀身が鋭く襲いかかり、吽の右脇腹を切り裂いた。呻く吽を捨て置いて、右京は阿を追い詰める。繰り出される(やいば)に、堪らず阿は袈裟(けさ)に切り下げられて倒れた。

 

 何と十人のくちなしが右京を取り囲んだ。【分身の術】である。右に左に、又頭上から、右手に苦内を構え、微塵(みじん)の隙も逃さず撃つ構えである。

「ふ、透破(すっぱ)、どうした。(はよ)う撃たぬか」

 右京が耳迄裂けた真赤な口で(わら)った。

 十人のくちなしが、一斉に右京の首筋めがけて苦内を撃った、かに見えたが、分け身の術は所詮(しょせん)目くらましに過ぎない。撃たれた苦内は一本のみである。右京は無造作に苦内を撃ち落とした。

 くちなしは、腰を落とすと脇構えに対峙した。

彼奴(きゃつ)の膝から下は隙だらけじゃ。儂が(もぐ)り込んで(すね)を切るのと、彼奴が儂の顔を刺すのと、どちらが早いか。良くて相打ちであろう。彼奴は片足を失うのみ。儂の命はあるまい)

 くちなしは、刀術をもってしては右京を(たお)すことは難しいと判じ、右京に向かって右掌を構えた。『尖』の構えである。身内の気を集めて敵に放出し、その身体を撃ち抜くのだ。最高度の術を(きわ)めた忍びだけが成し得る技である。すかさず、すすっと間合を詰めた右京の刀身が(ひらめ)いた。飛びし退()って逃れるくちなし。後には、血潮を吹いた右手首が残された。

蜥蜴(とかげ)尻尾(しっぽ)切りか。透破、よう逃れたわ」

 右京がニヤリと(わら)って言った。

 くちなしは岩陰で素早く傷の手当をした。左手と口を使い、忍び刀の下緒(さげお)で右手を縛り止血をする。傷口に塗り薬と油紙を巻き、三尺手拭でくるみ込んだ。

「恐ろしい・・・」

 伊賀の伝説くちなしが、生まれて初めて口にした言葉である。


「待たせたな、『くの一』」

 社に上がった右京は、こづえの前に仁王立ちに成った。こづえは信じられぬ思いであった。

(阿吽兄弟だけや()うて、伊賀の伝説と謳われたくちなし様までが遅れを取るとは・・)

 右京は、こづえの腿の間に、刃先をこづえに向けた刀身をずぶりと突き立てた。堪らず腿を開くこづえ。

「ふふ、美味(うま)そうな『くの一』じゃ。どれ、味見をさせて貰うぞ」

 右京は手早く帯を解くと、着物を脱ぎ棄て下帯を取った。屹立(きつりつ)した巨大な男根(だんこん)をこづえに見せ付けて哄笑(こうしょう)した。

 その時、油紙に包まれた物が投げ入れられた。空中高く飛んで此れを(くわ)え取る右京。右京は素早く油紙を取り除くと、中の油揚にむしゃぶりついた。

 怒りに震えたユヒは素早く立ち上がると、縛られた両足をその(まま)に、右京に向かって飛んだ。

(!)

 何事かと振り返った右京の男根を踏み台にして、ユヒは大きくとんぼを切った。右京の股間(こかん)で不気味な音がした。

 ボッキ!(勃起?)

「ぐわっ!」

 股間(こかん)を押さえてしゃがみこんだ右京の表情は苦悶(くもん)を浮かべている。すかさず、後手(うしろで)(まま)、右京に飛びついてその唇にすわぶりつくユヒ。甲賀の名人山中長俊や風魔の怪人小太郎を散々に苦しめた、ユヒ独自の【口々の術】である。(もだ)え苦しむ右京の口中に熱い吐息を送り込むユヒ。

「ぬおっ!」

 右京は、渾身(こんしん)の力でユヒを突き飛ばした。

「おのれ!」

 右京は、こづえの腿の間から刀を抜き取った。後ろ向きに倒れて刃先を(かわ)すこづえ。右京が刀をユヒに振りかざした、その時である。

 ブスリ!

 右京の首に深々と苦内が刺さり、鮮血を吹き上げたのだ。

蒼白(そうはく)な顔色のくちなしが、蹌踉(そうろう)として現れた。長年の修練により、くちなしは左手でも自在に苦内を撃つことができたのである。

 血潮に染まった大狐の死骸が、社の床に横たわっている。その巨根はへの字にへし折られ、尻尾の先は何と九本に分れている。大狐の死骸を見下ろして、ユヒの怒りは(いま)だ収まるところを知らなかった。

(なん)かいな、此奴(こいつ)くさ、好かあん!こづえちゃんにばっかり、色目ば使うてから!」

 蒼白な顔で(たたず)んでいたくちなしは、ユヒの言葉を聞いてへたり込んだのであった。

 

《伊賀のくの一 ユヒ参る》


 信濃国(しなののくに)白骨(しらほね)温泉(おんせん)に親子の湯治(とうじ)客が逗留(とうりゅう)して居る。父親は(きこり)であろうか、身の(たけ)五尺四寸(一六四㎝)余り、がっしりとした体躯(たいく)で、年の頃は不惑を()うに超えている。右手首の先を立木の伐採中に事故で無くしており、これの治療の為の逗留である。娘は十六、七歳くらいか、父と変らぬ五尺四寸(一六四㎝)程の、女にしては(きわ)めて大柄な姿形である。山育ちの元気者である。

 満天の星の下、岩風呂に樵が()かっている。水面には、色取り取りの落葉が浮かび美しい。その時、するりと白い影が風呂の中に(すべ)り込んで来た。

「これ、夕日!」

「まあ。そげんも恥ずかしがらんでも良かやないね、お父ちゃん」

 ユヒが、にっと笑った。

「くちなし様、()だ傷は痛みますか?」

 真顔に成ってユヒが聞いた。

「いや、もう大丈夫じゃ」

くちなしは、切断された右手首をじっと見た。先般、九尾の狐との死闘で切り落とされたものである。傷口はもはや痛まぬが、(うしの)うた指先が痛む。希代(きたい)な事である。

御両方(ごりょうかた)、ちと声が大きゅうござろう」

 その時、岩陰からぬっと顔を出した男が言った。

「なんね、あんた!乙女の裸ば(のぞ)き見してから!」

 ユヒが男を()め付けて言った。

「これは、御無礼を致した。お詫びの印に、珍しい物を見せて進ぜよう、ほれ、(とく)御覧(ごろう)じろ」

 言った途端に、男の顔が大きく崩れた。両の(まなこ)が鼻の(そば)まで近づき、顎がしゃくれて鼻の穴が大きく開いた。

「キャッ!」

 ユヒは、驚いて湯の中に転倒した。

「どうじゃ【(めん)(くず)しの術】は?伊賀広しと言えども、拙者(せっしゃ)にしかできぬ術じゃ」

「『忌まはし』、(たわむ)れはいい加減にせよ」

 くちなしが、面妖(めんよう)な男を叱責した。

「くちなし様、此奴(こやつ)は何者ですか?」

 ユヒが気を取り直して、くちなしに聞いた。

「こりゃ、くの一。お前は拙者を知らぬのか。拙者が伊賀の郷士(ごうし)、忌まはし様じゃ」

 男は面長の顔を得意げに伸ばして見せた。額と鼻の下が伸びた見事な馬面(うまづら)である。此の男は、幼少の頃よりあまりにも不気味な笑い顔を見せる為に『忌まはし』と名付けられたのである。

「郷士て(なん)ね?忍びやろうもん」

「いいや、拙者は郷士じゃ」

「何か知らんけど、ややこしい男やね」

 ユヒが(あき)れ声で言った。

「忌まはし」

 くちなしは、忌まはしを(にら)んで話を(うなが)した。

「矢張り、高坂甚内(こうさかじんない)でございました」

「む・・」

 くちなしは頷いた。

 高坂甚内は、武田氏に仕えた甲州流透破の頭領である。武田氏滅亡後は、関東一円の盗賊を糾合(きゅうごう)して一大勢力と成っていた。家康が関東の治安回復の責任者に任じ、大いに働いたのだが、今では余りにも巨大な勢力と成っていた。その甚内に不穏(ふおん)な動きを覚えた服部半蔵が、信州に忌まはしを送り込んでいたのである。

「上州屋への押込み、高山陣屋焼討ち、いずれも甚内の仕業(しわざ)でござりました」

「半蔵の読みが当たったか」

 半蔵は、くちなしに傷の養生を兼ねて忌まはしとの(つな)ぎを依頼したのだ。

(上州屋への押込みだけならば、単なる夜盗(やとう)仕儀(しぎ)であるが、天領である高山陣屋焼討ちは明らかな徳川幕府への挑戦じゃ)

「付けられたか、忌まはし」

 背後の森を見やって、くちなしが言った。

「陣内配下の透破が四人でございます。ちょっと挨拶(あいさつ)をして参ります」

 忌まはしは、ニタリと笑うと岩陰から森の中へと消えて行った。

(何か、おもしろそうやね)

「待て、ユヒ!」

 くちなしが慌てて制止した。何と、ユヒが素裸の(まま)、身に寸鉄も帯びずに忌まはしの後を追って行ったのだ。


 互いの気配(けはい)を殺して、森に(ひそ)むこと小半時(一時間弱)、甲州透破四人は大銀杏(おおいちょう)を取囲んだ。銀杏の根元に人の気配を感じ取ったのだ。合図と共に、四方から同時に十字手裏剣を根元の落ち葉の山に打ち込んだ。透破の一人が高く飛ぶとそのままに、忍び刀を落ち葉の山に突き立てた。血の臭いと、くぐもった(うめ)き声がした。

 透破が素早く落ち葉を掻き分けると、縛りあげられ猿轡(さるぐつわ)をかまされた猿が、血だらけに成っている。

(む・・・(おとり)か)

 透破達は、顔を見合わせて(あた)りの気配(けはい)(うかが)った。

 木噸(もくとん)の術で大銀杏の上に潜んでいた忌まはしは、四人の内の離れた一人に向って飛んだ。後ろから頭を抱え込み、膝頭を首筋に押し当てて、そのまま地面に叩きつける。

 ボキリ!

 首を折られた透破は絶命した。

「伊賀の郷士、忌まはし参る!」

 名乗りを上げると、忌まはしは木陰に逃げた。

(ぬ!)

 素早く忌まはしを追う透破三人。

 木陰から、待ち構えた忌まはしがぬっと顔を出した。その両の目は鼻の傍迄近づき、顎がしゃくれて鼻の穴が大きく開いている。【面崩しの術】である。余りの希代な面相に思わずたじろいだ透破の股間に、忌まはしの手が伸びた。透破の(いん)(のう)を一気に握りつぶす忌まはし。【ふぐり潰しの術】である。

「ぐわっ!」

 陰嚢を潰された透破は悶死(もんし)した。

(ふーん)

 (くぬぎ)の木に登って見物していたユヒは感心した。

(あいつ、間抜けな顔ばしとうけど、強かあ。わたしも、ちょっと手伝ってやろうかね)

「あ、忍び刀ば持って来るとを忘れた。此れで良かたい」

 呟いたユヒは、手近の枝を折り取ると、透破に向って飛びながら叫んだ。

「伊賀のくの一、ユヒ参る!」

 透破は驚いた。素裸の女が、木の枝を手にして何やら(わめ)きながら落ちて来るのだ。横に飛んで此れを(かわ)す透破。地面に落ちて(まろ)(ころ)げたユヒの手にした枝が、(はず)みで透破の顔面を激しく鞭打った。

「む!」

 苦痛に顔を(ゆが)める透破。すかさず透破の股間に伸びるユヒの右手。【ふぐり潰しの術】。

「ぐぉっ!」

 呻く透破。

 ユヒは握り締めた陰嚢を一気に握りつぶそうとしたが、非力で果たし得ない。ユヒは透破を押し倒すと、その口にすわぶりついた。【口々の術】である。悶え苦しむ透破の口中に熱い吐息を送り込むユヒ。上から下からの攻撃に、堪らず透破は悶絶(もんぜつ)した。

 ブスリ!

 一人残った透破の首に苦内が刺さった。二人の後を追って来たくちなしが、左手で撃ったのだ。

「良し。気取(けど)られぬ内に引き上げるぞ」

 くちなしが命ずる前に、ユヒが走った。

「おお、寒かあ!」

 ユヒは、岩風呂にざんぶと飛び込んだのである。


「四人の内、生きて帰った者は一人だけか」

 甚内が暗然として言った。

「は、戻った者は、臭覚を失っております」

「臭覚を?」

「眼も見づらく成ったと申しております。何やら、得体の知れぬ悪臭を『くの一』に()がされた(よし)。ふぐりをも攻められて、柿のように(はれ)上がり、歩く事もまま成りませぬ」

「伊賀のくの一とは、何とも恐るべき術を使うものじゃ。皆に、女だと(あなど)って近づかぬよう申し伝えよ」

「は」

(関東一円は、もはや手の内に収めた。目ざわりな風魔小太郎が伊賀に斃された今は、江戸をも支配下に収める好機じゃと思うていたに・・・)

 甚内は(ほぞ)を噛んだ。高坂甚内は、身の丈六尺(一八二㎝)と、忍びにしては珍しく大兵で膂力(りょりょく)(すぐ)れていた。甚内が振るう薙刀の刀身は二尺(六十一㎝)、身幅が広く()りが大きな巴型で、柄が七尺(二百十二㎝)にも成る大薙刀である。甚内は、此れを風車のように軽々と振り回し、周囲の敵を草木のように()ぎ倒すのだ。また火術が巧みで、口から火を()いて敵を火達磨(ひだるま)にする恐るべき術者であった。

「何故に(とど)めを刺さずに、一人だけ(のが)したのであろうか?」

 呟いた甚内は顔色を変えた。

「守りを固めよ。伊賀が襲って来るぞ」

 甚内の言葉が終わらぬ内に、屋敷内に火矢が打ち込まれた。火矢で甲州透破を攪乱(かくらん)すると、伊賀の忍びが次々に甚内の館の塀を乗り越えた。くちなしが、近在に潜めておいたのだ。

 こづえは、透破に目がけて苦内を撃つと同時に、十字手裏剣を宙に弧を描くように放った。【虹の舞】である。落差を生じて襲ってくる一本が、苦内を避けた透破の肩を(えぐ)った。十字手裏剣の刃先には、*トリカブトの毒薬が塗ってある。(たま)らず崩れ落ちる透破。他の透破が、こづえに目掛けて十字手裏剣を撃った。こづえは、松の幹に隠れて十字手裏剣を(かわ)すと、手にした吹き矢を吹いた。(あや)またず透破の右目に刺さる矢の先には、同じくトリカブトの毒薬を塗ってある。

「ぐわっ!」

 透破は、(おめ)き声を上げて倒れた。

 忌まはしは、透破の繰り出した切っ先を前に回転して躱しながら、自分の尻に左手を当てた。握りこぶしにして構えた左拳(こぶし)を透破の鼻先に(かざ)すと、その鼻先で開いた。

「う!」

 たじろぐ透破。【(にぎ)りっ()の術】である。握りっ屁の術は、屁を拳の中に取り込んでそれを相手の鼻先にに嗅がせ、めくらましに使うのだ。いかなる時でも、いかなる場所でも、自由自在に放屁(ほうひ)できる忌まはしならではの術である。たじろぐ透破の股間に伸びる忌まはしの右手。(いん)(のう)一思(ひとおも)いに握り潰す。【ふぐり潰しの術】。

「ぐぉっ!」

 呻き声を上げて絶命する透破。

 忌まはしは(かぎ)(なわ)を松の枝に投げると、此れを振り子にして透破に向って飛んだ。(かかと)で顎を打つとそのまま松の幹に頭を打ち付けた。失神する透破。

「やった!こづえちゃん、凄かあ!あ、忌まはしも又透破ば(たお)したばい。あいつ、間が抜けた顔ばしとうとに、強かねえ」

 同輩の伊賀忍達が活躍するのを見て喜んだユヒであったが、おもしろく無かった。

「お前は足手纏(あしでまと)いじゃ。留守居して()れ。構えて戦いの場に近づくではないぞ」

 くちなしは厳しく命じると、ユヒの忍び刀も忍び装束も取り上げてしまったのだ。

 しかし、それしきの事で引き下がるユヒでは無い。そっと皆の後を追うと、屋根に潜んで見物していたのだが、どうにも見物だけでは物足りないのだ。

 甚内は、襲い来る伊賀者に火炎を吹き付けた。【火流の術】である。口中に含んだ油を吹き付けると同時に、火種を投げつける。

「おおっ!」

 火達磨(ひだるま)に成って(おめ)く伊賀者達。甚内が大薙刀を一閃(いっせん)すると、伊賀者の首が二つ並んで飛んだ。

「高坂甚内か」

 くちなしは、甚内の脛を払いざま、呼びかけた。すかさず飛んで逃れた甚内は、薙刀をくちなしに投げると同時に、忍び刀で激しくくちなしの面を襲った。

 くちなしは、甚内の鋭い切っ先を辛うじて受けたが、受け太刀を持つのはは左手一本である。たちまち陣内の膂力(りょりょく)()されて、壁際に追い詰められてしまった。

(矢張り左手一本では、自在に刀を(あやつ)ることができぬわ)

 くちなしは、甚内の鋭い切っ先に忍び刀を(はじ)き飛ばされてしまった。無腰に成ったくちなしは、咄嗟(とっさ)に右手を甚内に向けた。『尖』の構え。

(しまった。右手首を無くした事を失念して、思わず尖の構えを取ってしまったが、身体中の気を集めて放つべき(てのひら)が無い)

 くちなしは身動きが叶わず、脂汗(あぶらあせ)を流した。

(ん?)

 甚内は、くちなしの奇妙な構えに眉を(ひそ)めた。自分に向けられた右の手首、切断された断面から何やら妖気の様なものが感じられるのだ。

(これは、うかつには飛び込めぬわ)

 甚内は、じりじりと間合を詰めた。

「伊賀のくの一、ユヒ参る!」

 突然の大音声(だいおんじょう)に振り向いた甚内は驚いた。浴衣(ゆかた)を着た女が、尻をはしょって、木の枝を振りかざしながら駆け寄って来るのだ。

 ブスリ!

一瞬気を取られた甚内の首筋に苦内が深々と刺さった。くちなしが左手で撃ったのだ。吹き上がる血潮、倒れ付す甚内。


*トリカブト・・ドクウツギ、ドクゼリと共に、日本三大有毒植物とされる。根を乾燥させて用いる。


 陣内配下の透破を殲滅(せんめつ)して伊賀者達が中庭に集結すると、忌まはしがユヒを叱責(しっせき)した。

「名乗りを上げて敵を襲うとは、何たる作法じゃ。戦国の武者でもあるまいに。忍びは己の気配を消して敵を襲うものじゃ」

「そげん事ば言うてから、あんたも白骨温泉で、『伊賀の郷士、忌まはし参る』やら、(おら)びよったやなかね」

 ユヒが口を(とが)らせて反論する。

「あれは方便じゃ。敵を(おび)き寄せる為の撒餌(まきえ)じゃ」

此奴(こいつ)、しろしか奴やねえ)

 ユヒは、憎らしい思いを隠してにっこりと忌まはしに笑いかけた。

「忌まはし、あんた、甲州透破ば握り殺してから、凄かねえ。わたしが、御褒美に口々しちゃあね」

「ん?」

 忌まはしは怪訝(けげん)な顔をした。

 ユヒは、忌まはしの頬を両手で(つか)むと、その唇にすわぶりつこうとしたが・・・

(!)

 ユヒは、慌てて忌まはしから顔を(そむ)けた。

「ちょっと!あんた、(くさ)かあ!(なん)ば食べて来たとね?」

「おう。此の戦いに備えて、元気づけに(なま)大蒜(にんにく)を五個ばかし()ろうて来たわ。何じゃお前、男が欲しいのか?生大蒜の効き目はまだ十分じゃ。なんなら、相手をしてやっても良いぞ。わはははは」

 忌まはしは、顔をぐしゃりと(つぶ)すと、文字通り破顔大笑(はがんたいしょう)した。

「参った」

 ユヒが呟いた。

 伊賀のくの一、ユヒが参った瞬間である。

                                             (完)


【参照資料】

 白戸三平「サスケ」「カムイ外伝」

 フリー百科事典「ウィキペディア」

                                     





































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