第二話 3 ペプーリア
当小説はフィクションであり、人物、団体、人種は全て架空の物で、実在する物とは一切関係ありません。
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師匠は突然立ち止まる。顎に拳を当てる。数秒考えた後、軍医様に尋ねる。
「軍医殿。確認するが軍医殿は「ペプーリア」だな。」
「チミ。今更それを聞くのかい。」
軍医様は呆れた表情で肩をすくめる。
「確認が遅れたが聞く。泊地島の同胞に知らせるためだ。」
「ま、いいけど。」
軍医様は筆入れほどの大きさの、長方形の木箱を取り出す。火の付いていない葉巻を箱にしまう。そしてくるりと向き直った。
「ボクが十七代ペプーリアだよ。」
師匠は、手を顎に当て思案する。数秒後、手を顎から話すと、軍医に問いただした。
「一七代。計算が合わんな。我々第四艦隊が行方不明になってから、七六年。一五代ペプーリアは高齢だった。だが、ヴィガージャ種の寿命を考えると、一六代目が存命中のはずだ。」
軍医様の動作が一瞬止まる。この話は繊細な話だ。これから話す内容は、ペプーリア様に対する尊敬の念が、無くなるかもしれない話だ。何故なら…。
「先代のペプーリア様は、若くして亡くなったよ。死因は戦死だよ。」
「なんだと。本当か。」
先代のペプーリア様は、凄腕の航空機のパイロットだった。その空戦技術は他の追従を許さないほどだ。しかし残念な事に、若くして亡くなった。その事件は、軍全体を震撼させた。
「一〇年前に黄泉軍の一派が、内乱を起こしてね。その時先代ペプーリア様は亡くなられたよ。」
「ちょっと待て。軍医殿はどう見ても吾輩と同年配だ。代々のペプーリアは生まれつきのはずだ。」
師匠の意見は当然だ。代々のペプーリアは生まれつきのペプーリアだ。しかし軍医様はどう見ても十歳には見えない。当然そこに矛盾が生じる。
「理由は簡単。ボクは生まれつきのペプーリアじゃないよ。突然変異と言ってもいいかもね。」
元々軍医様は、先代の十六代ペプーリア様の専属医に過ぎなかった。先代は生まれつき、ペプーリア細胞に異常があり、定期的な治療が必要だった。そしてその治療にあたっていたのが、軍医様であった。
一六代ペプーリア様の死亡に立ち会った際、突然変異を起こす。
しかしその時何が起きたか、公に公表されていない。詳細は重要機密として、現在も情報が封印されている。
そして現在、十七代ペプーリア様が軍医様だ。しかし生まれつきのペプーリアではない軍医様は、異端児と言われている。
代々のペプーリア様は、ペプーリアとしての教養と実力を磨く。また、ある分野で最高峰に上り詰める者もいる。
ペプーリアの権威と尊厳、そして矜持を守るだけの実力を持つか。軍医様は今も試されている。
「理由は分かった。しかし、ペプーリアの権威と言うか、正当性をどうやって示すのだ。」
師匠は顎に拳を当てて、怪訝な顔をする。
「それなら心配ないよ。ボクがペプーリアの力を示す。そうすれば、否が応でも納得してもらえるよ。さあ、飯を食いに行くよぉ。淺糟君も一緒だ。拒否権は無いよ。」
そう言うと、軍医様は駆け足で食堂に向かった。僕は軍医様に遅れないように、ついて行く。師匠はしばし考えると、僕達の後に続いた。
◇◇◇
僕達は士官食堂にいる。僕は師匠と軍医様と一緒だ。僕は二人に紅茶とクッキーを出す。
ボクも自分の分の紅茶を注ぎ、師匠の隣の席に座る。正直な事を言うと、下士官の僕にとって、士官食堂は落ち着かない。やはり場違いな気がする。それと何故お茶会かと言うと、ご飯の時間には早すぎたからだ。
「さてと。第一印象が大事だからね。」
そう言うと軍医様は、紅茶に角砂糖を三つ入れる。
「そのふざけた口調が無ければ、もう少しましだと思うがな。」
師匠は砂糖を入れずに、紅茶を一口飲む。
「ほっといてちょ。上級大尉君。靖國領でのペプーリア信仰はどんな感じかな。」
そう言うと、軍医様はクッキーを一枚頬張る。小さなクッキーだから、一口で口に入る。
「そうだな。実物のペプーリアが居なかったため、知識としての存在だな。先入観は少なくないと思う。」
僕はクッキーを一枚食べる。クッキーはほんのり甘く、香ばしい匂いが口の中に広がる。
「先代様までがあまりにも偉大だったからねぇ。はて、本物が目の前に出てきて、どんな反応をするかな。」
僕は砂糖の入っていない紅茶を、一口飲む。ほろ苦い味が、口いっぱいに広がった甘味の味を、きれいに掃除してくれる。口直しにちょうどいい。
「もう少し厳かな口調や、知性を感じる口調なら、威厳などが出てくると思うがな。」
師匠は一杯目の紅茶を飲み終えると。二杯目をカップに注ぐ。
「チミもしつこいねぇ。ボクはこの口調が喋りやすよ。慣れない口調で喋っても、ボロが出るのが落ちだよ。」
軍医様は紅茶を一気飲みする。どうも軍医様はワザとこの口調をしているようだ。けど、その理由は誰も知らない。
「まあ、その口調は置いておこう。別の話になるが、軍医殿は生まれつきのペプーリア様ではない。そのあたりはどう説明する。」
僕は一杯目の紅茶を飲み干す。そこに師匠が二杯目を注いでくれる。紅茶の香りはとても良い香りだ。
「そうだったね。大まかな経緯は、さっき話したけどね。ま、事実だから隠しようはないからねぇ。」
軍医様は師匠に、クッキーは要らないの、と聞く。師匠は、食べる気が起きないから要らない、と答える。
「この件は、言い方に気をつけなければな。」
師匠がそう言うそばで、軍医様はクッキーが乗った皿を、ボクの前に持ってくる。
「あらかたの事なら、会見の時に冊子を配るよ。それに大まかな事が書かれているよ。」
そう言うと軍医様は、一杯目の紅茶を飲み干す。師匠が二杯目を注ごうとすると、手でやんわりと断る。
「冊子をあらかじめ作ってあったのか。」
師匠はそう言いながら、紅茶の入ったポットを僕の前に置く。
「そうだよ。こういうのは資料になる物がいいよ。まさか一人一人説明するわけにもいかないからねぇ。」
もへへへへ、と笑って、軍医様は師匠に、隠し持っていた冊子を渡した。
冊子には、今回の帰還作戦の概要と八ヶ城様の意思。それと本国の現状について書かれていた。
「軍医様に師匠。この紅茶とクッキーですが。」
正直に言って、僕は少し困惑している。
「チミは育ち盛りだからね。要らないクッキーを食べたまえ。」
「クッキーだけでは食べにくいだろう。紅茶ももらっておけ。」
僕はでかかったため息を飲み込む。クッキーも紅茶も嫌いでは無い。しかし、何か複雑な気持ちを感じた。
◇◇◇
僕はお茶菓子を食べながら、ペプーリアについて復習することにした。
ペプーリアには二種類ある。黄泉軍の学名と、黄泉軍の種の代表だ。これから復習するのは、後者の方だ。
過去十六代のペプーリア様は、何らかの才能に恵まれ、いずれの時代でも黄泉軍の象徴として働いていた。代々のペプーリアは一人残らず歴史に残っている。
これは各々が偉業を残したというより、代々のペプーリアについての記録が、詳細にいたるところまで残っているという、事実によるところが多い。
ペプーリア様には、大まかな三つの特徴がある。
外見は軍医様を見ればわかりやすい。代々のペプーリア様は必ずしも美形ではないが、総じて紅玉のような紅い瞳。真珠を溶かしたような、白く光沢のある毛皮で覆われている。生まれてくるペプーリアは、すべてヴィガージャ種だ。
次に、先代までのペプーリアの力を行使することができる。これは第四代が発明した力で、自分より前の代のペプーリアの力を、行使する能力だ。また英霊の召喚も可能だ。
しかし時のペプーリアが、全ての先代達の力を、行使できるわけではない。軍医様の場合は、初代と十六代の二人の力だけだ。
三つ目の特徴は、全ての黄泉軍の中で、ペプーリアは常に一人しか存在しない点だ。これは、先代が死亡した時に、生まれ変わりと呼ばれる存在が、新たに生まれてくる。
軍医様のように、突然変異で普通のヴィガージャから変質した例は、過去に無い。とにかく、生まれつきだろうが、そうでない存在だろうが、ペプーリアは常に一人だけだ。
軍医様が行使できる過去のペプーリアは、二名のみである。これは歴代ペプーリアの中でも少ない数だった。
ここでさらに波紋を呼んだ。
一つ目は、たった二人の力しか行使できない点だ。歴代のペプーリア様は四代目を除き、大体三、四人の力を行使できる。しかし軍医様は、先代の十六代と初代の二人の力しか行使できなかった。過去の優秀な術師の力や、剣豪の剣術に頼れないという事だ。
ペプーリアとして劣悪であるのか。そんな陰口が現在でも存在する。
もう一つは、初代ペプーリアの力を行使できることだ。
この力は、代々のペプーリアは使うことができなかった。初代ペプーリアの力を具現化させたのは、軍医様が初めてだ。
これが何を意味するか。単に相性の問題だろうか。それとも軍医様が特殊な存在だからだろうか。今でも考察は進んでいない。
今まで神話の中のみの存在で、確証がなかった。軍医様が初代の力を行使したことにより、軍医様は一部で神聖視された。
この力に注目したのは、黄泉軍より外国の神や悪魔達であった。初代ペプーリアの存在は、まさに神と崇められる存在だからだ。
特に高天原の神は、初代の偉業を知っているため、その力を行使できる軍医様を尊重している。
「初代ペプーリアの力…それは本当か。」
「もへへ。会見の時に実演してみるから、楽しみに待っていたまえ。」
そう言うと軍医様は、黄金の葉巻を取り出して、火を付けずに咥えた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけたのであれば、幸いです。
次回は靖國領での会見についての話になります。
次回以降は、週に一回の投稿になるかと思います。
それではまたお会いしましょう。