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黄泉軍語り 帰還の導 術使いの弟子  作者: 八城 曽根康
寄港
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第二話 2 靖國領

 当小説はフィクションであり、人物、団体、人種は全て架空の物で、実在する物とは一切関係ありません。


この作品は「カクヨム(https://www.nicovideo.jp/series/254503 )にも重複投稿しています。


「水先案内ご苦労さん。」


 艦の中に入った僕達を軍医様が出迎えてくれた。口には火をつけていない葉巻を咥えている。また艦長職を副長に任せているのだろうか。


「長い航海の末、ようやく靖國(やすくに)領に到着だね。ボクの任務の三分の一が終わったよ。」


 僕達は“乾燥(かんそう)”の術を使う。濡れた体から水分が揮発して発散する。


「ところで、吾輩(わがはい)達の土地を本国では靖國(やすくに)領と呼んでいるが、なぜか知っているか。吾輩達は『第四艦隊泊地(はくち)』、唯一の島を『泊地島(はくちとう)』と呼称しているが。」


 僕達は艦内の通路を歩いている。三人が横になって歩く空間はない。僕は軍医様と師匠の間を後ろからついていく。相変わらず食料が通路の端に積み重なって、通路を(せま)くしている。


「すいません。僕は知りません。」


 靖國領の名称自体、僕は全く疑問に思わなかった。てっきり、現地の人達がそう呼んでいるものと、思い込んでいたからだ。


「靖國領という呼称は元々、仮の呼称だよ。本国が使っていたね。その後は、泊地島の存在を隠すための隠語として、現在も使われているよ。」


「そうだったのか。」


「ところで師匠。師匠の苗字も靖國ですが、何か関係あるのでしょうか。」


 靖國という苗字自体、今まで聞いた事が無い。師匠が初めてだ。


「吾輩の苗字か。吾輩の親父が関係しているのだろう。吾輩の親父が本国との通信を、初めて成功させたからな。」


「二〇年前だね。忘却の川で実験をしていた試験艦(しけんかん)がいてね。その艦と上級大尉の親父さんが交信したみたいだね。現場は大騒ぎだったようだね。」


 後から聞いた話だけど、再発見時の通信は、電信(でんしん)ではなく思念通信(しねんつうしん)、早い話がテレパシーだったらしい。現場の試験艦は、忘却の川に関する実験を行っていたようだ。試験艦の通信士が思念通信を受信して、大騒ぎになったと聞く。忘却の彼方に消え去った古の神の声、などと言う話もあったくらいだ。


「当初、軍は疑心暗鬼(ぎしんあんき)だったけど、誤解は程なく溶けてね。その後、極秘(ごくひ)で支援を進めていったんだ。」


 この後電信通信も始まり、本格的な情報交換が行われた。物資の支援も行われるようになった。これも後から聞いた話だけど、物資輸送は当然川流しだ。物資を忘却の川の上流から、靖國領に向かって流した。


 食料品など安価な物は、木製の小舟(こぶね)に物資を積み、直接流す。その際、金属板を立てておく。電探(でんたん)で探しやすくするためだ。そして物資を下流の靖國領で受け取る。これで九割以上の物資が靖國領に流れ着くから、驚きだ。


 貴重品は、無線操作の船で流し、航路の微調整を行う。種さえ明かせば、きわめて単純な方法だ。

無論ただ流すだけでなく、あらかじめの観測で、位置に対する精度を高めておく。それにより、物資の川流しが可能になる。


「本国では泊地島の事は秘匿(ひとく)されていたが、本当か。」


「本当だよ。これは八ヶ城(やかぎ)様の指示でもあるんだ。」


 これらの事は最近まで極秘(ごくひ)の状態で行われていた。帰還作戦のめどが立つまで、徹底して情報が秘匿されていたようだ。



                      ◇◇◇




「すいません。質問、よろしいですか。」


「どちたの。」


「八ヶ城様って、八百万(やおよろず)の一柱の八ヶ城様ですか。」

 突然、守護神の名前が出てきて、少し疑問に思った。八ヶ城様は黄泉軍(よもついくさ)の守護神だ。しかし大東亜戦争(だいとうあせんそう)以降、隠居(いんきょ)しているという話だ。


「もへ。淺糟(あさかす)軍曹は、八ヶ城様について知らないようだね。簡単な解説をしようじゃないか」

 そう言うと、軍医様はくるりと一回転して、解説を始める。


「八ヶ城様は八百万の神の一柱だよ。」


「確か八ヶ城 峰方(みねかた)と言ったな。」


 師匠が軍医様の解説に合わせて言う。


「神話の時代から、黄泉軍を見守っている。ここまでは良いね。」


「はい。」


 軍医様は基礎知識について復習した。


「そ。黄泉軍の守護神で、またの名を「オオカムヅミの命」と言うんだ。なんとイザナギの命を助けた神だよ。詳しくは古事記(こじき)を見てね。」


 オオカムヅミの命と同一人物。その話を僕は知らなかった。


 軍医様は表現しがたいポーズを取り、説明を続ける。


「そんな方だから、高天原(たかまがはら)からも一目置かれているんだ。そんなんだから当然、軍の中での影響力(えいきょうりょく)は絶大なんだ。」


 八百万の神の一柱である事は知っていたけど、発言力がある神とは知らなかった。


「そこで八ヶ城様から鶴の一声。同胞を救えと仰った。かくして帰還作戦が始まったんだ。」


「そうだったのですか。」


「八ヶ城様の影響力を知らなくても、無理はないね。大東亜戦争以降、表向きは楽隠居だったからねぇ。」


 軍医様は変なポーズを止め、普段の振る舞いに戻った。


「で、話を戻すけど、今回の帰還作戦は、八ヶ城様主導で行っているんだ。秘匿したのは既成事実化して、議会に押し通そうとしたからなんだよ。」


 靖國領についての情報は、天の火の出航が決まってから、公開された。突然の事で皆が驚いたのは、言うまでもない。


 情報を精査して議論する者。陰謀論(いんぼうろん)が事実だったと言った者。虚偽(きょぎ)情報だと言う者。新しい発見に心躍らせる者。いろいろな反応があった。


 そして、徐々に明らかにされる情報により、それが事実である事が示されると、帰還作戦を支持する勢力が多くを占めた。一説には、軍医様もとい第十七代ペプーリアが、作戦を支持すると表明したからだと、言われている。


 議会の大部分は、八ヶ城様の判断を尊重(そんちょう)した。これは守護神に対する信仰の部分が大きい。さらに種の存続という、軍の存在目的もあった。一部慎重(しんちょう)論もあった。さらに理力(りりょく)工学が、靖國領からもたらされた 事実が発表された。そうなると、否が応でも同胞の関心が強くなる。


 対外的には、内政干渉を許さなかった。賛成または反対問わず、これは黄泉軍の問題と言う考えで一致していた。


 当然、一部の勢力の反発を招いたが、もはや後の祭りだ。そうした意味では、僕達は人々を出し抜いて、作戦の発動に(こぎ)ぎ着けた。


「靖國領の現状はどのような感じかね。例えば住民の士気とか。」


 一般の同胞は靖國領の帰還の賛同者が多い。生存者の生還に素直に賛同している同胞や、靖國領発祥の理力工学の功績も大きい。


 さらに主神の八ヶ城様が呼び掛けたため、賛同する同胞も多い。八ヶ城様の影響が及ばない一部の勢力や、外国勢力は快く思っていない。


「そうだな。士気はそこそこ高いな。ただ、一部に残留(ざんりゅう)意思を示す者がいる。それが気がかりだがな。」


「残留希望者だね。」


「そうだ。本国と関わりたくないと考えている連中だ。」


「ちょっと待って下さい。靖國領との接点は、残り三年で無くなってしまいます。」


 現在、靖國領と忘却の川には接点がある。その接点は世界が混ざり合っている事を意味している。


 現在は混ざり合っているが、残り三年で再び分離(ぶんり)して、忘却の川から切り離されてしまう。そうなると靖國領は、再び閉じた世界として、孤立した社会になる。再び孤立してしまった閉じた世界は、どうなるか分からない。


 観測結果では、接点が無くなった後、生命の存続ができない可能性がある。


「本国の観測結果だと、あまり良い未来図じゃないよ。元の靖國領になればいいけど、完全に孤立した世界になると、どうなるか分からないよ。」


「楽観的に見れば、元の静かな生活に戻るらしいな。残留派は、軍とのかかわりを持ちたくない者達。ただ静かな平穏な日常に戻りたいと言う者達だ。」


「ボク一個人の意見だけど、残りたい人達は好きにすればよいと思うよ。」


「それでは“(しゅ)存続(そんぞく)”に反します。」



                      ◇◇◇



 黄泉軍の社会は現在軍事政権だ。そして軍の存在理由は、黄泉軍の種の存続だ。軍紀(ぐんき)により、個人の自由と尊厳は保証されているけど、平和的に種の存族が成り立っていることが、前提だ。


 靖國領が再び閉じた世界になった時、種の存続が可能だろうか。食料は良いとして資材はどうする。人口調整も必要だ。今は太陽や海の恵みが、靖國領に届いている。しかし再び閉じた世界に変わった場合、太陽や海の恵みも届かない可能性がある。


「そのとおりだ。軍の存在理由でもある、種の存続に反する行為だ。近く代表選挙が始まる。それで我々の行く末が決まると言っても良いな。」


「選挙ですか。議会の代表ですか。」


「そうだ。泊地島の代表。この場合は大佐だな。現在二人の中佐が立候補している。」


 黄泉軍は軍事政権だけど、軍の方針を決めるのは議会だ。議会とは議員が集まって、(まつりごと)を行う。そしてその議員は、階級を超えて行われる選挙で、選ばれる。


 軍事政権が発足したのは明治時代。八ヶ城様は軍事政権とは矛盾(むじゅん)する選挙も導入した。軍政は富国強兵(ふこくきょうへい)を迅速に行う事が目的だけど、当時広がっていた民主主義も取り入れた形だ。


「反対者の残留を容認する穏健(おんけん)派。強制送還(そうかん)を掲げる強硬(きょうこう)派とだ。吾輩は強硬派の方だがな。強硬派に決定すれば、すべての同胞は、帰還に従事する事になる。」 


 穏健派の主張が通ると、残留者が出てくる。確かに残りたい同胞が残るのは個人の自由だけど、本国の意思と種の存続の目的に反する。


 しかも今回の帰還作戦では、残留者は多少強引にでも、強制送還させる命令だ。種の存続の面から考えると、閉じた靖國領でのその後の生活が、平穏な生活になる確約はない。


 したがって、僕は強硬派に賛成だ。種の存続のために、一人でも多くの帰還を望むだけでない。残留した同胞が後で後悔しても遅いからだ。


「靖國領がどうなるか分からないです。種の存続を考えるなら、全員の帰還が望ましいです。」


「吾輩もそう思う。そう遠くないうちに、選挙活動が始まる。その時には手伝ってもらう事になるだろうな。」


 同胞の帰還を実現させるためには、なんとしても選挙に勝たなくては。僕は靖國領の、一枚岩ではない現状を理解した。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。


 楽しんでいただけたのであれば、幸いです。


 次回は軍医?についての話になります。


 それではまたお会いしましょう。

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