4 黒歴史はロマンとともにある
翌日。
「うっ、体が痛い。寒い時期じゃなかったのがせめてもの救いだ。」
昨夜、ボーグさんと別れた後、泊まる場所のあてもお金もなかったし、今日の食べるものを考えたら小銭を使うこともためらわれ、ひっそりと家の物陰で一夜を過ごすことにした。
完全に不審者であるがしかたがなかった。
「よし。今日の目標は採取で宿と食事をなんとかするだけの金額を稼ぐことだな。」
いつまでも家の物陰などにいては捕まってしまうだろうし、体にもよくない。贅沢は出来なくてもしっかりとした生活を送りたいと考えている。
明るくなってから街の中を歩く。まだ何も食べていないから軽くおなかに入れたいが、お金は少ししかない。森で行動するのなら飲み物は必須だろう。
これまでは魔法で水を出してもらっていたが、自分に使えるかはわからないのだから用意しなくてはいけない。
まずは水筒と水を買って、余ったお金で食べるものを買うことにした。
買えなかった。
水筒は意外と高いらしい、仕方ないので大きめの袋を買って店を出た。これで薬草を多く持つことができるだろう。
魔法が使えれば飲み水には問題ないが、使えなかった場合一日に何度も街と森を行き来する必要があるかもしれない。
結局何もおなかに入れないまま街を出ることにした。
「とりあえず暮らしていけるだけのお金と、靴を買わないと。いや、武器も必要なのか。何が出るのかわからないんだからナイフ一本ってのはマズいよなぁ。はぁ、なんでこんなことに・・・。
そもそもこういう場合チートとかあるもんじゃないのかよ。裸で言葉も通じないなんて読み物だったら誰も読まないっつーの。」
もともと異世界に行きたいと思っていたわけではない。そしてチートはおろか言語も通じない、便利な道具があるわけでもない、目が覚めたらいきなり裸で放り込まれていたのだから文句の一つも言いたい。
だができることをやるしかない、なんだかんだで一週間たっているのだから気持ちも切り換えられている。それでも夢であってほしいとは思っているが。
昨日教えてもらった森に来た。もちろん薬草を採取するために。
「とりあえず買った袋にそこそこ入るだろうからそこまで少ない金額にはならない・・・といいなぁ。」
周囲の警戒をしながら必死に薬草を集める。安全な場所にあったものは取りつくされてしまったのか、多少は中に入らなくてはいけないようだ。
「普通の動物だって危険だってのに。頼むからなにもでないでくれよー。」
人、それをフラグと言うんだった。
「ぎゃああああー!う、うおっ。くんな!」
ゴブリンがいた。これまで五人で行動していた時は誰かがすぐに倒していた。だが今は一人、それもこっちはナイフをもってるだけだ。
そもそも切られたゴブリンを見て吐いていたくらいだ、戦おうという気持ちがなかった。
袋をひっつかみ一目散に逃げるのだった。
「ハァハァ・・・ハァ。追っては来てないか。あー、こえぇ。薬草もそんなに取れてないし。」
このまま戻ったところでたいしてお金にならないのはわかっている。ならばもう一度行かねばならないこともわかっている。
「せめて見晴らしのいい場所で探そう。あんまり森には入らないようにして。とりあえず今はいのちだいじにだな。」
動物や魔物に会わないように気を付けながら、そこそこの量を袋に確保するために歩き回る。
袋にそこそこの量がたまったのと、空腹感が強くなってきたので1度街に戻った。
成果は銀貨4枚、今回は前回に比べてなかなかの稼ぎになったようだ。これならば軽く食べることもできるだろうと街をぶらつく。
いろいろなところに屋台が出ており目を引かれるが、腹持ちのよさそうな串焼きを食べてみることにした。
金額のやり取りで少しもたついたが、串焼きは銅貨二枚で食べれるらしい。
なかなかボリュームのある串焼きだ、かぶりつくと肉汁がジュワッと口の中に広がる。
「おぉ、結構うまいな。水が別販売なのがちょっときついけど。」
甘じょっぱいので焼き鳥を思い出す味だ。米が欲しくなる。
思い返せば異世界に来てからまともな食事をしたのは初めてなのではないだろうか、今まではずっと携帯食料を分けてもらっていた。
生きるためだから贅沢は言えないが、食べるのならやはりおいしいもののほうがいい。
薬草の採取でも串焼きくらいならば十分に食べていけそうだ、ならばこれからの食生活はそこまで暗いものではないだろう。銅貨二枚でこれなのだから。
換金と食事を終えて再び近くの森に来たジュン。
日が暮れるまで、まだ時間がありそうなのでもう少し薬草をとっておこうと考えたのだ。
食事のめどはついた、ならば次は宿だ。
今夜こそはきちんとした部屋で眠りたい。治安がどうなのかはまだ分かっていないが、できるだけ安心して泊まれるようなところがいい。そう考えると手持ちはやはり心もとなかった。
宿代をケチって不安を抱えながら眠るよりは、ある程度安心して眠って次の日に備えることができたほうがいいというのが俺の考え方だ。
それに必要なものがたくさんあるのだから少しでも稼いでおきたいというのもある。
日が高いうちは積極的に探すが、少しでも見にくくなってきたら早めに撤収、危険をなるべく避けていこうという考えのようだ。
「なるべく早めに靴は欲しいよな。あと武器も。使えるかはともかく、いや、使えるようにならないといけないか。んん?そういや俺は魔法は使えるのか?」
魔法の存在を思い出したジュン、なんとなくイメージでやってみることにした。
「やっぱ定番って言ったらこれでしょ。ファイアーボール!」
ジュンも魔法にあこがれはあったのだ。なのでついテンションが上がってしまいポーズまで決めて叫ぶ。
何も起こらない、いや、頬の温度は上がっていそうだ。
だがそれは魔法の効果ではないだろう。おそらくは一定の年齢を過ぎて同じ行動をしたら、多くの人が同じ結果になると思われる。これが芝居であり、客がいればまた違うのだろうが、そうではない。羞恥心のない人などそうそういるわけではないのだ。
「う、ウォーター!・・・ウィンドカッター!・・・アースウォール!!」
ヤケであった。
属性によっては使えるのではと考えたのだろうが、見事に自爆。癒されることのない傷を負って、一人ぶつぶつとつぶやきながら、草を切り取るのだった。
夕方になる前に街に引き上げた。
一回目とあまり変わらない量を納品してギルドを後にする。ここからの目的は宿である。
「って言っても看板で判断するしかないよな。後はある程度の金額を出してOKかどうか聞いてみるか」
宿とおもわしき看板はすぐに見つかった。しかしなかなかいいところがない。ここはどうだろうという場所があっても断られたりしてしまったのだ。
「混んでるのか、断られてるのか、金が足りてないのか・・・。裸足か?裸足が悪いのか!?俺だってすきで裸足じゃないっての!」
日が暮れ始めた時に1軒見つかった。気のいいマッチョのランゲさんがやっているお店だ。
疲れた顔をしていたのかもしれない、泊まってもいいとわかったときについ安堵のため息をついてランゲさんに肩を叩かれた。
一日銀貨三枚、料理は別料金とのことだ。これくらいならば今の収入でも何とか生活しながら、少しずつお金をためていけるだろう。
串焼きのみでご飯らしいご飯を食べていなかったので、追加でお金を渡して夕飯を食べる。何かの肉と野菜を炒めたものとスープ、そして柔らかいパンだった。全体的に美味しく不満はない、特にパンが思ったよりも美味しかった。
ご飯を食べたら早めに体を休めたいが、ここしばらく風呂に入っていなかったので気持ち悪い。
ランゲさんの娘さんであるエイミちゃんに体を洗えるような場所はないか聞いてみると、裏手の井戸を使ってもいいらしい。軽く汗を流して体を洗う、残念ながら風呂ではないがさっぱりした。
「さて・・・やることもないし、というかできることがないって言うほうが正しいかね。寝るか。」
明日も森へ行かないといけないのだから、体調は万全にしておきたいと早めに床に就くのだった。