3 文明人に
3日過ぎた。相変わらず森の中にいる。
さすがにここまで時間がたって、夢だと思い続けることはやめた。
これは現実であり、そのつもりで行動しないとまずいと思うようになっていた。
現実だと考えてから何ものんびり過ごしたわけではない。4人と少しずつ話ができるように必死に努力を続けてきたのだ。
会話は難しいが数字や名前、道具など少しずつ片言で通じるようになってきている。今まで日本語しか話せなかったのに、人間やればできるのかもしれない。
これまでに分かったことは、助けてくれた人がリーダーらしく名前はボーグさん。ちょっと独特な人がロッシュさん。猫か虎の獣人がターニャさん。エルフの人がサインフォートさん。
おそらく冒険者だと思うが、そこはもう少し言葉に慣れる必要がありそうだ。
だがこの分だと思っているよりは早く話すことができるようになるのかもしれない。何せ日本語が通じない以上、ほかに選択肢はないんだから。
あれからいくつかの戦闘があった。当然、俺は役に立っていない。それどころか切り裂かれたゴブリンを見て吐いてしまったくらいだ。
他にも大きな虫や、ウルフが襲い掛かってきたのだが、彼らは難なく倒している。
ちなみにウルフの毛皮を蔦でしばって前掛けと、足の保護をしているのが今の俺のスタイルである。
そして今一番の問題が食事だ。
食事自体はありがたいことに分けてもらっている。不満を言える立場にないのはわかっているのだが、どうしても食が進まない。
なぜならメニューがこういったとき定番の、固いパンと乾燥させた肉、謎のスープだけだからだ。味もあまりついていない。
水は魔法で出しているようでそれほど困らないのだがぬるい。
日本で暮らしていた時との違いが大きすぎてうんざりしてしまったのだ。それでもある程度は食べているが。
タレなんて贅沢は言わないからせめて塩は欲しい。などと考えてしまっても仕方のないことだろう。
何よりも人がいるのに、話もできないで黙々と食べるというのが潤は嫌だった。したがって寝るとき以外は基本的に会話を試みながら何かをすることになってきている。
「あー、街についてからのことを考えると気が重いっつーか。それまでに言葉を何となくでもわかるようになってないとしんどいなぁ。」
いかんせん身振り手振りを交えてようやく伝わってる状態なのだから、不安になるのも仕方ない。
さらに三日過ぎた。
それこそ日の出から日の入りまで話しまくっていたおかげで、多少言葉でやりとりするようになっていた。
もっとも円滑なコミュニケーションというにはほど遠いが。
ふと四人が何かを話し始めた。何だろうと思っていたところで気が付いた。ようやく森が終わるところだった。
「生きて抜けた・・・。」
四人と合流してからは命の危険を感じたわけではなかったのだが、いつ抜けるかわからない森の中で心は疲弊していたらしく、ついぽろっと言葉が出てしまったのである。
森を抜けると草原が広がっているが、ついに待ちに待った道が現れた。
これにはテンションが上がる。
今まで方向もわからない状態だったのが、ようやくどっちに行けばいいのかわかるようになったのだから。
とりあえず町までは行けそうだ。それなら状況も変わるだろうと自分に言い聞かす。
少なくとも今より悪くなることはそうそうないのだから。
歩きながらボーグ達と話をしてわかったことがある。
今向かっている街はスタッカルドというらしい。人は結構いそうな感じだ。
あくまでも身振り手振りを交えてのやり取りだから詳しくはわからないのだが、ロッシュが気楽に会話をさせてくれるので、臆することなく聞くことができている。
どうやら四人はそこを拠点にしているようで、ご飯がおいしいことや、いろいろなものが集まっている良い街だと説明しているように感じる。
六日も一緒にいるのだから多少は通じ合うものもできてくるというものだ。
森から出て一日、街についた。
想像していたよりも大きな街だった。立派な外壁があり、上には兵士だろう槍を持った人たちが見ている。
人が並んでいるところがあり、指をさされたことであそこに行くのだというのはわかるのだが待ってほしい、俺は毛皮を巻き付けているだけの、控えめに言って不審者だ。
そんな自分があそこに行って大丈夫なのかと自分の恰好を指さす。
ボーグさんは少し考えると三人とともに待っているように伝え、一人門を通っていった。
三人と話をしながら待っているとボーグさんが包みを抱えて戻ってきた。
「―――」
包みを渡され、開けてみると中には下着と服、ズボンが入っていた。
ただでさえ助けてもらったというのにこんなものまで受け取れない。でも服はない。受け取っていいものか戸惑っているとロッシュに肩を叩かれ見事なサムズアップを決められた。
突き返すのも失礼であるしと自分を納得させ四人に感謝して着替えることにし、着心地は多少落ち着かない感じがあるものの、ようやく文明人に返り咲くことができたのだった。
門の前に並ぶ。いろいろな人がいるが、今はそこまで浮いた格好をしているわけではないのでそこまで見られることはない。裸足ではあるが。
やがて順番が来るとボーグが兵士となにやら話し出す。兵士はうなずいた後にこっちにてまねきして門の横にある部屋に連れていかれた。
どうやら目の前のクリスタルに手を触れなくてはいけないようだ。
「あー、よくある犯罪がわかる謎のシステムというやつかね。」
手を触れると青く光り、何も問題がなかったようでそのまま通された。
門をくぐると四人が待っていてくれた、面倒見のいい人たちだ、ありがとう。
なにやらついてくるように促される。
そしてついた大きな建物。
中には武器を携えた多くの人。正直怖い。
「もしかしなくてもハンターギルドだよな、ここ」
ここに来るまでに何となく身振り手振りでやり取りしていてわかったが、自分には身分証がないから作ろうということらしい。街に入るにも必要そうだ。
身元不明よりはハンターとしてでも確認できたほうがいいだろうと思うので断るつもりもない。
「―――――――――――」
「―――――――」
ボーグさんと受付嬢が話をしながらこちらをみている。と思ったら手招きされた。どうやら登録をするらしい。
当然ながら読み書きもできないので、自分の名前を言って書いてもらうことになる。
しばらくすると謎のクリスタルに触らされて何かを確認される。そのあとギルドカードを渡された。
こんなに簡単にできていいのかと思うが、謎の技術もあるのだから、そこらへんはうまくやっているのだろう。
簡単ではあるが新しい身分証。これまでの佐々木潤ではなく、ハンターのジュンとして進んでいこうと決意する。
ギルドカードを見ているとボーグさんに呼ばれた。これから外に行くからついて来いということのようだ。ほかの三人は別行動のようだが。
街から出て少し歩いたところにある森に来た。
いったい何をするのかと思っていたらどうやら採取を教えてくれるらしい。二種類の草の採取を教えてくれた。今までの人生で植物に興味があったわけではないので見分けはつきにくいが、覚えておかないといけないなと気合を入れる。
「多分薬草の採取ってとこなのかな。もう一つは何に使うんだろ、解毒とかか?」
おそらく持っていけばお金になるのだろう。手持ちが何もないのだから、少しでも稼げる方法を教えてもらえるのはありがたい。
ちなみにゴブリンは倒したら右耳を切り取る。あとは体内にある魔石らしきものをとるということを今までに教えてもらっている。
二十以上採取したところで街に戻ることになった。
ギルドでも買い取りをやっているようで、買取場に並ぶ。奥のスペースでは大きなものを扱っているみたいで、大勢の人がせわしなく行き来している。
薬草らしきものは五つセットで買い取ってくれるようだ。全部で銀貨二枚と銅貨三枚になった。
読み書きはおろか話すこともできない今の自分にできることを考えたら、これが当面の収入源となるのかもしれない。
日も暮れ始めてきた。
これまでお世話になっていたが、いつまでもお世話になるわけにはいかない。
まぁ正直、もう少しお世話になりたい気持ちもあるのだが。
命を助けてもらい、街まで一緒に来てくれただけでなく簡単な採取まで教えてくれたのだ。こんなにいい人もそうそういない。だからこそお金を稼ぐ手段を覚えた今、自分の足で歩き始めなければならない。
「―――――――――」
別れを察したのだろうボーグが何かを手渡してきた。ナイフのようだ。
いいものというわけではないのかもしれないが、今の俺にとっては宝物である。
少し涙ぐんでしまったが頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。」
ボーグさんは頷いてその場を立ち去るのだった。