2 空想は空想でいてほしい派
―ドォン!
遠くから大きな音がする。
ゴブリンに会ってしまった恐怖心から、危険そうなこの音から距離をとろうと動こうとして立ち止まる。
「人の可能性もあるよな。」
あくまでも目的は人に会うことであり、そのためにこんな森の中に入ってきたのだからと音のするほうへ目を向ける。
大きな爆発音のようなものがするところになんか行きたくもないが、このまま誰にも会えずに夜になるのもごめんこうむりたい。
夜になってゴブリンに囲まれれば間違いなく自分の命はないだろうという確固たる自信もある。
ならば慎重に近づいてみて何が音を出したのか確認してみてもいいのではないかと考えだす。
「・・・よし、行ってみよう。慎重に、気づかれないようにしながら。」
決めたのならば行動は早いほうがいいと、棒切れを持つ手に力を込めながら音のしたほうへ歩き出す。
「こっちのほうだよな?また音でもすればわかりやすいんだが。」
音のしたほうに向かって歩き出したが、あの後に音がするわけでもない。しかし何かあるかもしれないと音のするほう、前方ばかり注意してしまっていた。
そのせいで周囲への警戒がおろそかになってしまっていたのだろう。
近くまで来ていたゴブリンに気付かず、目も合わせてしまった。
棒切れの存在など忘れて、頭が真っ白になる。
「ヒッ!う、うわぁぁぁぁぁ!!!!!来るなーーーー!!!」
ゴブリンの醜く恐ろしい顔を見た瞬間、棒切れを投げ出し条件反射のように逃げ出した。
「う、うわ。ううううぅぅぅ。」
なりふり構わずに全力で走る。恐怖で歯がカチカチと音を立てる。足の裏はボロボロになっている。それでも走るしかない。
―ガッ!
「おわっ!い、いってぇ。」
あまりにも必死だったからだろうか、走り出してほどなくして転んでしまった。
そしてここで転ぶということは、後ろからゴブリンが迫ってくるということだ。
幸いにして走る速さはさほどでもなかったらしく、すぐそばにいるというわけではないが、もう一度逃げ出すには距離がない。
ゴブリンは迫ってくる。
もうだめかと思われたとき、ドンッ!と目の前でゴブリンが吹き飛んだ。
「う、は、あ・・・え?」
目の前で吹き飛ぶゴブリンにあっけにとられる。
そして潤には今、ゴブリンに火の玉がぶつかったように見えた。
目まぐるしく変わる状況にうるさいくらいの心臓の音が聞こえるなか、おそるおそる火の玉が飛んできたであろう方向を見ると、こちらに向かってくる人の姿があった。
そしてこちらに向かってくる男性の恰好を見ながら、やっぱりかと納得していた。
男性の恰好がゲームなどで出てくる剣士のようなものだったからだ。
これまでに嫌な予感はしていた。ゴブリンが出てきた時点でおかしいと思ったが。その後に爆発音、火の玉まで出たとなると今自分がいる場所はどういうところなのか嫌でも想像できてしまう。
そう、まるでゲームや漫画の世界だと。流行っているじゃないか、こんな展開読んだことあるぞと。
「異世界転移ってやつですね。勘弁してください。」
読み物としては好きだ。だが自分で体験したいかというと俺はNOと言い切るタイプだ。
文明の利器に慣れた自分がわざわざ不便な世界に行きたくもない。そもそも戦いが身近な世界なんてごめんだぞと。俺は虫を殺すのにも大騒ぎするのに、生きていけると思えないぞと。
ああいうのは読み物だから楽しいんだ。実際に行ったら一時間で帰りたくなると、そう思っている。
「もっと喜びそうな人いるじゃん!なんで俺だよ!いや、まてまてまて、落ち着け。まずはこの人だ。最初の目的である人と会うってことは出来たんだから、ここはうまくコミュニケーションをとろう。余計なことは後で考えればいい。」
言葉に出したからか少し落ち着いたようだ。そしてようやく人に会えた喜びが胸にあふれてくるが、まずは礼を言わないとと思い当たる。そこらへんは最低限常識的をわきまえている。
しかしこちらに向かってきた男性は顔をしかめると、一定の距離をとったまま近づいてこようとはしない。
すこし離れているので話すには適切とは言えないが、礼を言わないことには失礼だと思い話しかけることにした。
「あ、ありがとうございます・・・」
「―――――――――――」
しかし相手から出てきたのは日本語ではない。
日本ではないのだから言葉が通じるわけもなかった。
ならばと、頭をぺこぺこと下げて礼を繰り返す。言葉は通じていないが態度や声色で通じるものもあるのだから悪くない選択だろう。
剣士風の男もそれを察したのか、幾分警戒心をゆるめたようだ。
そんなやりとりをしているうちに男の仲間と思われる三人がやってきた。男三人、女一人のパーティーらしい。
最初の助けてくれた男性三十歳前後の落ち着いた剣士。次にその人より若い独特な雰囲気の剣士。三人目はこの中で唯一の女性で猫か虎の獣人と思われる大剣をかついだ剣士。最後に耳がとがっているところからおそらくエルフだろうと思われる男性。
男性陣は微妙そうな顔をしながら、女性は平然とした様子で歩いてきた。全員視線をやや下に向けながら。
そう、俺は裸である。視線をやや下に向けられるとどうなるか、当然ついているものはついている。
潤からすれば微妙そうな顔はそういう意味か?平然としていられるのはそういう意味なのね?とあたまのなかをぐるぐると駆け巡るのも無理はない。
冷静な対応を求めるのは不可能だ。特に異性がいる場合は。
「あっ。あの、これはですね・・・。」
と、しどろもどろになりながら手でナニを隠しながら体をひねり、少しでも隠そうとする以外にできることはない。
そして着替えを持ち歩いているわけでもないらしい四人は、助けを差し伸べることもできずにお互い微妙な時間が過ぎていくのだった。
文明人として、いくら何でもこのままではまずいということで、そこら辺にあった蔦に大きな葉っぱを結び付けて腰ミノもどきを用意した。
まぁ隠せているかは怪しいのだが、精神的には幾分らくになった。つけているということが大事だ。
次にするべきは自分の意思表示、つまりついていきたいということを伝えて、了承してもらいたいということだ。
言葉が通じれば最悪町のある方向を教えてもらうこともできたが、言葉が通じない以上行動を共にする以外生き延びる術はない。
今できることはジェスチャーで何とか理解を得ていくことだと考え、実行に移しだした。
頑張った。すごく頑張った。
最初は自分を指さしながら、
「ジュン。ジュン。ジュン。」
と言って名前を覚えてもらったり、一人芝居をしてついていきたいことをアピールしたりと、とにかく頑張った。
その頑張りが伝わったのだろう。四人は最初こそ戸惑っていたが、次第についてきたいんだなということが分かって受け入れてくれた。
移動開始。とはいえ俺は方向もわからないからついていくしかない。
お守り替わりではないが、手ごろな棒切れを拾っておく。もっとも、前回全く役に立たなかったのだが。
「人がいるってのはやっぱりいいなぁ。さみしくないし安心する。」
今まで森の中を一人で歩いていたからだろう、そう笑みをこぼす。
異世界に来て初めての団体行動に少し安心するのだった。