1 裸の男
どれくらいの時間がたったのかわからないのだけど俺、佐々木潤はまだ夢から覚めることが許されないらしい。
腹が減ってきたし喉も乾いてきた、そして寒い。正直早く目が覚めてほしい。俺は先ほどからぐるぐると同じことを考えていた。
「夢ってわかる夢も珍しいけどな。まぁ、状況から絶対夢ってわかるけどね!」
ここはちょっとした岩の上、他に人はいない、町はない、家もない、物もない、服もない、ご飯もない、飲み物もない。
なんでこんなところにいるのかもわからないが、気が付いたら文字道理何もない状態で岩の上に寝ていた。
「テレビもねぇ、ラジオもねぇ。なんてかわいいいもんだよ、ほんと。」
有名なラップ(ではないが)を思い出して一人愚痴をこぼす。
今は岩の上で座っているが、最初から座っていたわけではない。
知らない場所で好奇心も刺激されたし、全裸だったのは驚いたが、幸い誰もいなかったので解放感を楽しんでいたのもある。少しだけね。
だがそれも最初だけだ。離れたところに森らしきところはあるが全裸で行く気にはならないし、そもそも二十四歳の文明人だ。一時の解放感に身を任せたとしても、その後の羞恥心からは逃れられなかった。
ナニとは言わないが走るとびたんびたんするんだなぁとか、風を切って走ると蒸れなくてずっとこのままがいいなーとか考えていたことが、休んでいた時に心に襲い掛かってきた。
そして冷静になってみると、文字道理身一つしかないことに気付く。こうなるとこんな非現実的なものは当然夢で、さっさと目が覚めてほしいとしか考えられなくなった。
物もないのだからできることもない。地面に直接は座りたくはないので、岩に座ってひたすら目が覚めることを待っているのだ。
「夢のない夢だなぁ、俺の想像力のなさがこんなに寂しい状況を夢にしたのか・・・」
俺としてはさっさと目が覚めてほしいのだが、なかなか目が覚めない。
「こういうときってどうすれば目が覚めるんだっけ?」
実際に困ったことがなければなかなか調べることもない。残念ながら目覚めるための知識はなかった。
「もう一度寝れば起きるとか?全裸で岩の上で寝る?こんなに落ち着かない状態で寝たこともないし寝れる気がしないわ。没。」
睡眠不足で倒れそうならともかく、現状そんなに眠くない。そもそも布団に入って眠りたい派の俺にはレベルが高すぎる。
「ありきたりだけどほっぺたをつねってみるか?」
ぎゅーーー。
「痛いね、痛いだけだわ、おまけになんだか恥ずかしくなる。これも没。」
本当に起きない。そこまで温度は低くないとはいえ全裸だ、身も心も寒くなっていくのを止めることはできない。主に心かもしれないが。
そこそこの時間は過ぎた。いくらなんでも目が覚めていいはずだがその気配はない。
嫌な想像が頭をよぎってくるが今の状況にも現実感を求めにくい。
「もしも、万が一現実だったらとして行動を起こすべきか?」
夢だったら笑い話にできるんだし問題はないだろう。飲み会で話すには丁度いいかもしれない。
このままここにいても何もないし、なにより夜がつらいだろう。
「よし、動こう。目標は誰かに会うこと。人にさえ会えれば服や飲み物なんかもなんとかなるだろうし。」
目の前には草原。周囲を見渡してもその先に山があるか森があるかの違いだ。道があればその通りに行くのだが残念ながら道はない。
目標にするべきは山か。高くから見渡せば道くらい見つかるかもしれないが、山は重装備で登るイメージがある。つまりはそれだけ危険が多そうだ。
ならば森か。山よりは険しい道が少ないだろうし、突き抜ければ道があるかもしれない。
「森かな。山を登った経験もレジャーで数回くらいしかないし。地面が平らのほうがいい気がする。」
できる準備もないのでとりあえず森に向かう。日はまだ高いからしばらくは大丈夫だろう。日が暮れるまでに人に会えることを祈りつつ。
歩いていると小さな生き物はいて少しさびしさがやわらいだ。
「森だ。近くで見ると遠目で見ていたより三倍森だ。じゃあ行ってみるか。気は進まないけど。」
ようやく森について一息、これからが本番とはいえ裸で森に入るのにわくわくなんてしようもない。どこから見ても立派な不審者だろう。
「いってぇ・・・。これはゆっくり歩かないと足の裏がまずいことになりそうだな。」
歩き始めて新たな問題が発生していた。当然のことながら靴を履くことが当たり前なのに急に裸足。それも森の中に入るのだから当然舗装はされていない。どうなるかというと足の裏が非常に痛い。
今までは草原だったから草がクッションになっていたのだが、森に入った途端草が非常に少なくなってしまい足の裏を石や木の根が襲ってきた。
「あー、あいっ!歩く場所を考えながらゆっくりといかないとってわかってるんだけど。草で靴でも作ってみるか?結べば足の裏くらい保護できるかもしれんし。」
草で靴を作る技術があるわけもなかったので長めの葉を足に縛り付けて、転んだ。
足の裏を保護するためには何枚も重ねたりしなくてはならず、多少クッションができるくらいまで巻き付けたらどうなるか、当然滑りやすくなる。
冷静に考えればわかりきっていたことも足の痛みによって思考能力が奪われていたのか、滑稽な姿だっただろう。
「うん、草の靴は危ないな。踏みしめるときはゆっくりと、動きは素早く行こう。なるべく早く森を抜けよう。」
はたから見たら変な動きをしつつ全裸の俺は森の中を進む。
歩き出してどれくらいたっただろうか、ソレは現れた。
二本足で歩く子供くらいの身長の生物。この情報だけなら人に会えたと喜んで声をかけただろう。
しかし、実際は必死に声を殺し潜むことにした。
なぜならば肌の色、顔の醜さ、大きさ、全てが俺の知っているものに似ていたからだ。
「ゴブリン・・・。」
俺は現代っ子であり、ゲームをしたり漫画を読んだりして過ごしてきていた。そしてその時間は短くはなかった。だから実際に見たことがないはずなのに、目の前に現れたソレを警戒すべき対象として捉えることができた。
ゴブリン。ゲームや漫画に出てくる魔物の中で非常にポピュラーであり、最も弱いとされる魔物の一種だ。
そのゴブリンを視界に入れ必死に隠れていた。見つからないように。やり過ごせるようにと。
戦おうという気持ちなど一切ない。
ゲームならば何もなくても勝てるような相手?それはゲームだからできることだ。
幼少期からたいして喧嘩もせず、まして殴り合いなんてしたこともない俺にとっては暴力行為自体無理。
なるべく静かにこの場所を離れるべく、タイミングをうかがいながら動き出すチャンスを待った。
幸いにもゴブリンは気付いていないようで、木々に隠れた時に反対側へ走って逃げることができた。あまりにも必死で足の痛みなど忘れていた。
「ハァ、ハァ・・・。なんだよあれ、なんだよあれ。ゴブリン?そんなのいるわけないだろ。どうなってんだよ。」
もう涙目だ。
小柄ながら筋力はありそうだし、顔は怖い。あんなものに襲い掛かられたらひとたまりもなさそうに見えた。
それに対して俺はスポーツも特にしていない。筋力に自信もないし、体力は人並みがいいところと思っている。
そんな俺よりも強そうに見えたのだから当然ビビる。
「あんな怖いの近づきたくもないわ、見つけたら迂回しよう。よくまわりを見ないと。」
そして気付く。
「あれ?・・・どっち向かってたんだっけ。」
逃げるのに必死で方向を見失っていた。
多分こっち。くらいの感覚はあるがそもそもが森の中であり、目印もないのだから一方向にむかえるかは怪しい。
気も重くなるが歩かないことにはどうにもならない。助けが来るわけではないのだから。
ゴブリンが怖かったので適当な棒切れを拾う。これでどうにかなるわけではないことはわかっているが、手ぶらよりは多少気持ちが落ち着く。
全裸で棒切れを持った男。言い逃れは不可能であろう格好をして森を進むのことになったのだった。