白日の下になるもの
「へー、あの吸血鬼の名前ってドランだったんだ」
「そうじゃぞ、我が半身よ」
女がカンナを後ろから抱きしめている。
漆黒のドレスからこぼれそうなくらい豊かな胸が、小柄なカンナの頭の上に乗っかっていた。
その光景をカルマが不愉快そうに見ている。
手は腰に差した刀に添えられていて、少しでも女が不審な動きをしたら斬るに違いない。
「だから我に敵意はないと言っておるじゃろう。我が半身から魔力を貰わないと、この体が消滅してしまうから追いかけてきたんじゃって」
ニニルがカンナから聞いた説明によると、この女は以前カルマが倒した吸血鬼ドランの残滓と、その場に残っていたカンナの魔力が融合して、新たな生命として誕生した存在だという。
「まさか私の指を齧ったあの蝙蝠が、こんなボインボインに進化しちゃうとわねぇ」
「カンナ様、そいつから離れてください」
「くどいぞぉ。我は魔力を補充してるだけじゃ。それに我がお前より先に駆けつけなかったら、この半身どもはどうなっていたかのう?」
女のニヤニヤ顔を見せられて、益々不機嫌になるカルマ。
常に冷静なカルマがここまで感情を露にするなんて。
これはこれで素敵……じゃなくて。
ニニルはぶんぶんと首を振って雑念を捨てた。
「助けてもらったのは事実です、カルマ君。そこのアイマルク家の当主スケゴルドが魔術 《身代わり》を《呪い》に改造して、エルグリン家の娘に〈魔素結晶症〉を転移させていたのよ」
「ふっ、ふざけるな! 何の証拠があってそんなことを言っている」
途中から存在を消すかのように、地下室の隅で丸くなっていたスケゴルドが声を荒げる。
「証拠はそこで横たわる〈魔素結晶症〉の依り代として使われた女の子の死体と、身に着けている《呪い》を発動させる魔術具が動かぬ証拠よ」
「俺は何も知らん! そこでくたばっているブラウン爺がすべてやったことだ」
「今更言い逃れなんて……」
「めんどくさいのう。〈魅了〉でちゃちゃっと白状させればよかろう」
「あっ」
女の紫紺の瞳が妖しく光ると、ごろつきと同様にスケゴルドから表情が抜け落ちる。
「はい、それじゃぁとっとと全部説明するのじゃ」
スケゴルドが語った真相は、やはりアイマルク家とエルグリン家の因縁によるものだった。
鉱山の運営権を得るためには、この地を治めるアスイトフ領主一族と親族関係になる必要がある。
アイマルク家は代々息子か娘を領主一族の結婚相手として差し出していた。
それは有り体に言えば人質で、鉱山の利益を掠め取らせないための対策である。
しかし昨年、領主一族へ嫁ぐ予定だったアイマルク家の長女が馬車の不慮の事故で死んだ。
代わりに選ばれたのはアイマルク家の次女ではなく、何故かエルグリン家の娘アリアだった。
次女はこれをエルグリン家の陰謀だと訴えた。
長女は事故に見せかけて殺すだけでなく、領主の息子を誑かし運営権をアイマルク家から奪ったのだと。
アイマルク家の当主スケゴルドとしても、運営権をみすみす手放すわけにはいかない。
利益はもちろん、これまでの不正が発覚してしまう可能性がある。
そうなればアイマルク家は破滅だ。
今から領主の息子とアリアの間に次女を割り込ませるのは難しかったため、スケゴルドは一計を案じる。
それが《身代わり》を改造した《呪い》による攻撃だった。
アリアと背格好の似た娘を攫い、地下に閉じ込め、呪うための道具にされた。
次女が〈魔素結晶症〉というのは嘘。
治療に使う魔素散らしの素材を独占するための方便で、次女は隣町に身を隠していた。
「うーん、大方予想通りの展開だったか。犠牲になった娘たちとアリアが可哀そう」
「これからどうしますか? カンナ様。この地下室の状況をエルグリン家に伝えるだけで、アイマルク家に引導を渡すのは容易いと思いますが」
「ついでに他の悪事とやらも暴けないかな? どう?」
「任せるのじゃ」
女の〈魅了〉の効果によって、スケゴルドは不正の証拠だる裏帳簿の在処をあっさりと吐く。
そこから先はあっという間だった。
アイマルク家の悪事はアスイトフ領主に明るみになり、アイマルク家は取り潰しが決定する。
当主スケゴルドは当然として親族も連座となり、〈魔素結晶症〉と偽り隣町に隠れていた次女にまで及んだ。
全てを失い自暴自棄になった次女は、その醜い本性を隠すことはなかった。
死んだ姉の代わりは私しかいない。
何故エルグリン家の娘ごときに、今の地位を奪われなければならないのか。
身代わりの娘?お父様が用意した物だから、私は知らない。
スケゴルド共々、処刑されるその瞬間まで呪詛を吐き続けた。
アイマルク家が破滅する一方で、エルグリン家にはようやく平穏が訪れる。
《呪い》がなくなり、アリアの〈魔素結晶症〉も急速に回復していく。
エルグリン家当主ダニエロの要望もありカンナとカルマ、それにニニルたちは半月ほど魔素散らしを狩り続け、アリアの治療に貢献した。
そしてついに、
「ああ、アリア。よかった。本当によかった」
可憐な少女の左足と右腕、そして顔の左半分が〈魔素結晶症〉により表面が結晶化して黒ずんでいたが、現在は跡形もなく消え去っている。
初めて出会った時と同じ白いワンピース姿なので、その回復ぶりがよくわかった。
エルグリン家の屋敷へ見舞いに行くと、太陽のような笑みを浮かべたアリアがダニエロと喜び合っていた。
「ありがとうございます、お父様。それに皆様。またこうして自分の足で、自由に歩ける日がくるなんて」
アリアは深く一礼してから、カルマの元へ駆け寄ってくる。
カルマの両手を掴むと、頬を上気させて見上げていた。
「この御恩は必ずお返しします。ですから……」
「ちょ、アリア様。近い、近いですよ。というか貴女にはアスイトフ領主家に許婚がいるではありませんか。私たちの努力を台無しにしないでください。ほら、カンナちゃんも止めないと……あれ、いない?」
ニニルが振り向くと、この場から走り去るカンナの後ろ姿が見えた。
「許婚はもちろんおりますが何か? カルマ様には是非エルグリン家の、いえ私の騎士様になって頂きたく」
「あー、そっちですか。それならセーフ……セーフ?」
アリアの反応が微妙に気になるニニルであった。
カンナは自分の内から溢れる感情に戸惑っていた。
病が治り喜ぶアリアとダニエロを見ていると、胸が苦しくなる。
苦しい? アリアは助かったのに何故?
どうしていいのかわからないでいると、不意に過去の記憶のようなものが蘇る。
真っ白い部屋とベッド。
持ち上げた手は骨と皮だけ。
そっと握りしめられた手は暖かくて。
でもそれが最初で最後で―――
堪らずカンナはその場から逃げ出した。
そのまま残っていたら、絶対に口にしてはいけないことを言ってしまいそうだったからだ。
止まらずに数百メートルも走ると、受肉している少女の体が酸素を求めて悲鳴を上げる。
なんて弱い体なんだろう。
いやでも昔はもっと―――昔?
屋敷の中庭までやってきたところで、息が続かなくなり立ち止まる。
両膝に手をつき肩で息をしていると、カンナの影の一部が不自然に延びた。
それは蝙蝠の形をしていて、どこからともなく女の声が聞こえてくる。
「どうした我が半身よ。急に走り出したりして」
「はぁはぁ……な、なんでもないよ。ちょっとそんな気分になっただけだよ」
「ふぅん。まぁなんでもいいが、あの怖い従者が追いかけてくる前に、目から出てる汗を拭っておけ」
「……え」
指摘されて、カンナは自分が泣いていることに初めて気が付いた。
―――どうして私は駄目だったのに、あの子は助かるの?
それは、嫉妬の涙であった。




