地下牢の秘密
「えーっと状況を整理すると、私とニニルちゃんは街のどこかにある地下牢?に攫われた。目の前には壁の鎖に繋がれた〈魔素結晶症〉の女の子の死体……これは事件ね」
顎に手を当てながら、うんうんとカンナが唸る。
「何故私たちは攫われたのか?目の前の謎の死体。全部この名探偵カンナが解決してみせるわ!じっちゃんはいつもひとつ!」
「えっと、攫ったのはおそらくアイマルク家の手の者ね」
「えっ」
どこかに向かってびしっとポーズを決めていたカンナが、ニニルの言葉で振り返る。
「カルマ君が誰かに尾行されてたって言ってたじゃない。多分それの関係者よ。攫われた場所がここじゃなければ違う可能性もあったけど」
ニニルの見つめる先、左隣の牢屋には少女の遺体がある。
年の頃はカンナと同じくらいだろうか。
粗雑な貫頭衣姿で、素肌の見えている部分の大半が〈魔素結晶症〉による結晶で覆われていた。
死後数日は経っているのか、腐臭が地下牢内部に漂っていた。
「〈魔素結晶症〉は非常に珍しい病気よ。ヴィーンの街の二大貴族の、それぞれの娘が発症しているだけでもありえないのに、この子まで罹っているなんて。アイマルク家の関連を疑わざるを得ないわね」
「ぐぬぬ、そうかな…そうかも…」
「とにかくあの死体を調べてみるか。鉄格子を切るから、カンナは少し下がっていてね」
杖が無い分多少手間はかかるが、今度は詠唱できるので先程よりは労力をかけずに魔術が発動する。
『万象の根源たるマナよ 大気の刃となりて 彼の敵を切り裂け』
小振りな掌から放たれた空気の刃が、きん、という乾いた音を立てて鉄格子の上部と下部を通過する。
そしてニニルが鉄格子を両手で掴んで引っ張ると、何の抵抗も無くすっぽ抜けた。
「っとと」
予想より鉄の棒が重くてふらついたものの、なんとか物音がしないようにゆっくりと地面に置く。
二人とも小柄なので、鉄格子が一本外れていれば十分通過出来る幅になった。
果たしてこの少女は、どれだけ苦しんだのだろうか。
〈魔素結晶症〉により結晶化した指先の爪は、大半が剥がれて床に落ちている。
鎖の付いた首輪にはいくつものひっかき傷が付いているが、ついぞ外れることは無かったようだ。
辛うじて結晶化を免れているのは顔の周辺だけで、何も写さない瞳が真っ暗な天井を見上げている。
まるでこの地下牢からは見えるはずもない空を眺めるかのように。
「ごめんね」
カンナが掌でそっと少女の目を閉じさせる。
普段の言動からは想像出来ない慈しむような声音と表情にニニルは驚いたが、それも一瞬のことであった。
いつもの調子に戻って首を傾げている。
「それでどうしてこの子は〈魔素結晶症〉なんだろうね」
「偶然にしても三人は多すぎる」
「じゃあ必然?」
「もし必然、意図的にだったとして何の意味が」
「例えば臨床試験……新しい治療薬の実験台にされたとか?」
「それならこんな何もない地下牢に閉じ込めるのはおかしいわ」
仮に使い終わって用無しになったのなら、わざわざ地下牢で生かしておく必要は無い。
つまり逆に考えるならば、生かしておく必要があったということになる。
ニニルが少女の遺体を調べていると、違和感を覚えた。
着せられている貫頭衣だが、襤褸にしては厚手でしっかりとした造りになっていた。
気になって裾あたりを掴んでみると、裏地の手触りが指に引っ掛かる。
貫頭衣の袖を捲ると、裏に刺繍されたいくつもの複雑な模様が《灯火》に照らされ揺れていた。
「これは魔術具?ということは……そんな、まさか」
「え、なになに。なんの魔術具?」
ある可能性に思い至り、戦慄するニニルの手元をカンナが覗き込む。
ニニルがその可能性を説明しようとしたが、突如聞こえてきた第三者の声に阻まれた。
「それは《身代わり》の魔術具だ」
二人が振り向くと鉄格子の向こう側にある、地下牢の入口から男たちがぞろぞろと現れた。
ごろつきが三人と豪奢な貴族服を着ている男、そして灰色のローブ姿の老人という面々だ。
外は既に夜なのだろうか。
開け放たれた扉の向こうは暗闇で、光源はごろつきの一人が持っているランタンとニニルの《灯火》しかない。
「あ!あんたは落ち武者!」
「やっぱりアイマルク家の仕業だったのね」
「流石は〈冒険者の母〉か。その魔術具の意味が理解できているようだな」
貴族服の男ことアイマルク家の当主スケゴルドが不敵な笑みを浮かべた。
ニニルとカンナ、それぞれを見やるが視線はカンナで固定された。
その目に宿る嫌な雰囲気を感じ取って、カンナは顔を顰めると小柄なニニルの背中に隠れる。
「意図は分かった気がするけど、《身代わり》じゃあ方向が逆じゃない……もしかして逆流させるために裏返している?」
「その通りじゃ。本来の《身代わり》はあらゆる苦痛を肩代わりするものだが、もしその方向を反対にして、苦痛を送れるとしたら、それはもう《呪い》だとは思わんかね」
ニニルの独白のような疑問に答えたのはローブ姿の老人だった。
「逆流できるとして、方向はどうやって決めてるの?」
「裏地に魔術刻印と共に対象の毛髪を縫い付けてある」
「そんなの《呪い》そのものじゃない。都合よく〈魔素結晶症〉の、しかも末期の患者が見つかるわけがない。つまり意図的に体内での魔素の対流を堰き止めている。《魔素変化》の応用……」
「素晴らしい!そこまで気が付いたか。そうとも、その服には《身代わり》の他に意図的に刻印を壊した《魔素変化》が付与してある。不完全な魔術は身を亡ぼすものだが、それを有効利用しているというわけだ。壊すだけだから簡単なものよ」
理解の早いニニルに気をよくしたのだろう。
老人の見た目相応な皺枯れ声は上ずっていて、次第に饒舌になっていく。
「一方で《身代わり》は新たな魔術として構築する必要があってのう。効率が今一つなのじゃよ。身体的特徴の近い者を利用してようやく、二割の苦痛を送る程度じゃて。あと《呪い》という特性上距離はある程度無視できるが、対象から近いに越したことはない」
「つまり、この子は無理やり《魔素変化》で〈魔素結晶症〉にさせられた結果死んじゃって、更に〈魔素結晶症〉の症状の一部をアリアちゃんに移してたってこと?」
「正解じゃよお嬢さん」
「なんでそんなことするの?」
口調こそ何気ないものだったが、カンナから発せられる何かを感じ取って、老人が体をぶるりと振るわせた。
代わりに答えたのは何も感じていない様子のスケゴルドだ。
「邪魔だからに決まっている。エルグリン家如きにこの街の主導権を渡せるわけがなかろう。これまで通り奴らは我がアイマルク家の補佐をしておればよいのだ」
「貴方の次女が〈魔素結晶症〉というのは治療薬を買い占めるための嘘ね?病に伏せってからは誰も姿を見たことがないそうじゃない」
「私の娘が治療の甲斐あって奇跡的に〈魔素結晶症〉から回復し、惜しくも病死したダニエロの娘の代わりに領主家へ嫁ぐことになるだろう」
ニニルの問いにスケゴルドは答えない。
しかし予言めいた言葉は事実上の肯定であった。
「私たちに全部話しちゃっていいの?」
「問題無い。お前たちが生きてここから出ることは無いからな」
「ですよねー。冥途の土産ってやつですよねー」
スケゴルドが目配せすると、ごろつき三名がニニルたちにじりじりと近付く。
「私があんたたちを皆殺しにできないとでも?」
「杖があればできたかもしれんの。初手さえ儂が防げばこやつらがお前を取り押さえるじゃろうて」
冷静に状況を分析されてニニルは奥歯を噛み締めた。
老人の言う通り、杖がなければ魔術の威力は下がり、詠唱速度も遅くなる。
一矢報いるのが精一杯だった。
「〈冒険者の母〉は死なない程度にお前たちで好きに遊ぶといい。銀髪のほうは……そうだな。大人しくするならここから出して、屋敷で飼ってやってもいいぞ。替えの女は別に用意すればいいからな」
「あ、なんか貞操の危機っぽい。ねえねえニニルちゃん。命だけは助かると思うから、嫌じゃなかったら譲るけど」
「嫌に決まってるでしょ。こんなおやじに手籠めにされるくらいなら、今ここで全力で抵抗してやるわ」
「だよね。私も同意見だからぱーっとやっちゃって!」
カンナはそう言うと背後からニニルに抱き付いた。
どうせ手籠めにされるならあの人の方が……もしこの場を生き残れたなら、よし、告白しよう。
などという秘めた決意を胸に、ニニルは自分を無理やり鼓舞した。
《灯火》を解除して攻撃魔術の構成を大急ぎで編む。
ごろつきどもが地下牢の鍵を開け入ってくる直前までが勝負だった。
あの老人の実力は未知数だが、未知だろうが既知だろうが関係無い。
今は全力で魔術をぶっ放すだけだ。
不思議と背後のカンナの存在が頼もしく感じた。
気のせいだとは思うが、体から魔力が溢れるような高揚感に包まれる。
ごろつきに捕まらないギリギリのタイミングを見計らって、ニニルは詠唱を始めた。
『万象の根源たるマナよ―――』
突然ごろつきの一人が持つランタンの明かりが消えた。
光源を失い、地下室全体が暗闇に包まれる。
「うおっ、なんだあ」
ごろつきたちにとっても想定外のようで、ニニルの目の前で慌てる声が聞こえてきた。
次いで聞こえたのは、錆び付いた扉がぎいと閉まる音。
「――――見ぃつけた」
驚いて全員が言葉を失う中、知らない女の声が地下牢にこだました。




