囚われの簀巻き
「二十年前、ですか?」
それは予感めいた確信だった。
遠い失われた故郷での悲劇。
恐怖で封じ込められた記憶の中に唯一残っていた感触。
前回の魔素散らし狩猟の際、カルマに抱き抱えられてその感触をニニルは思い出していた。
「私は人族なので二十年前だと子どもですし、ニニルさんとも今回が初対面だと思いますが」
とまどいつつもそう答えたカルマはカルマで、胸中にある可能性を覚えていた。
カルマは創造神カンナに召喚された身で、外見は人族のそれだが肉体は新たに生成されたものだ。
しかも過去の記憶は一切ない。
カンナの話しぶりからして自分は無から作られた存在ではなく、ベースとなる大罪を犯した人物がいることは分かっていた。
大罪に対する罰としてカンナの従者をしているのだが、記憶喪失も罰の一環らしい。
よって具体的なことは一切覚えていない……不思議と罪を犯したという自覚だけはあるのだが。
記憶もないのに罰になるのか?という疑念をカルマは常に抱えていた。
もし仮に、ニニルが前世のカルマを知っているなら、それを聞いてはいけないのではないだろうか。
カルマは数秒逡巡した後、可能な範囲で誠実に答えることにした。
「ニニルさん、私は―――」
(!?カルマ君!)
突然悲鳴のような《念話》が飛んできてカルマの脳内で反響した。
それと同時にニニルが《憑依》している精霊狼が地面に倒れ込んでしまう。
気を失いぐったりしていた精霊狼だったが、慌てて抱き起すとすぐに目を覚ました。
「一体どうしたのですか」
問いかけても精霊狼からの返事は無く、呆けたようにカルマを見上げている。
そしてさも見慣れない風景だと言わんばかりに周囲を忙しなく見渡していた。
「まさか、ニニルさんの《憑依》が解けたのか?」
カルマの問いかけに精霊狼が可愛らしく「くぅん」と鳴いて答える。
ニニルは体に強い衝撃を受けると《憑依》が強制終了して意識が戻ってしまうと言っていた。
直前のニニルの叫びからして、不測の事態があったのは間違いないだろう。
問題はその内容だが、もしカンナのイタズラだったなら戻ってからこってり説教しなければならない。
遠隔でニニルが精霊狼に再《憑依》することは不可能なので、接続が切れた時点でカルマの撤収は決定していた。
また不測の事態が緊急性の高くないものであれば、合図として直ちに精霊狼の召喚も解除する手筈になっている。
しかし精霊狼はお座りをしたまま、首を傾げてカルマを見上げるばかりであった。
先程討伐した魔素散らしを急いで《次元収納》に仕舞うと、カルマは街へと引き返すべく全速力で走り出す。
置いてけぼりになった精霊狼が追いすがるが、カルマとの差は広がる一方だ。
当初はこのまま置き去りにしようかと思ったカルマであったが、万が一ニニルとの接続が戻る可能性もあるかもしれないと思い直す。
カルマは引き返して必死に走っていた精霊狼を小脇に抱えると、改めて街に向かって走り出した。
まさか宿にまで押し入ってくるとは。
簀巻きにされたニニルは自身の危機意識の甘さを痛感していた。
だがしかし、誰が白昼堂々と宿屋の宿泊客を襲うと思うだろうか。
意識は完全に精霊狼に《憑依》していたニニルだったが、部屋に押し入ってきた男たちに乱暴に麻袋で包まれたところで精霊狼との接続が切れて覚醒する。
直前に辛うじてカルマに危機は伝えた……つもりだが、果たして彼が緊急性に気付いているかどうか。
四人の侵入者は黒頭巾で顔を隠しているが、体格からして男で間違いないだろう。
それぞれ二人がかりでニニルとカンナを取り押さえ、両手両足を縛り猿ぐつわを噛ますと、大きな麻袋に入れられ外から縛り上げられる。
ちなみにカンナはニニルを抱き枕にして爆睡していたようで、乱暴に扱われても目覚めることなく無抵抗のまま簀巻きにされていた。
不用意に騒いで危害を加えられなかっただけましかもしれない。
簀巻きにされた後は部屋の外に運ばれ、裏口から馬車に乗せられてどこかへ向かっているようだ。
首謀者として真っ先に思い浮かぶのはアイマルク家だ。
昨晩カルマが監視されていると言っていたので、ニニルたちが〈吠えたぎる鉱山〉亭に宿泊していることを把握していてもおかしくない。
アイマルク家は魔素散らしの素材を独占しようとしている節があるので、秘密裏に契約を反故にしたニニルを捕まえに来たのだろうか。
正直バレるとは思っていなかったので、ニニルの中で巻き添えを食らったカンナへの申し訳ないと思う気持ちが大きくなる。
しかし仮に契約違反を咎めるためだったとして拉致するだろうか?
証拠不十分ならば適当な罪状と証拠をでっちあげて、公に断罪したほうが手っ取り早いし確実なような気がする。
つまりアイマルク家にとっても公にしたくない、後ろめたい事情があるのだろうか。
何もかもが推測の域を出ない。
ただの人攫いという線もまだ捨てきれないし、この場で殺されるようなこともないようなのでニニルはもう少し様子を見ることにした。
杖が無くても、猿ぐつわを噛まされ詠唱ができなくても多少の魔術は扱える。
不本意な二つ名ではあるが、伊達に〈冒険者の母〉と呼ばれていない。
今すぐ魔術を使えば自分は脱出できるかもしれないが、カンナに危害が及んでは困る。
もっと確実に逃げれる隙ができるまで、ニニルは焦れながらも我慢し続けていた。
体感で小一時間もしないうちに目的地に到着したのか馬車が止まる。
外門を通過した様子はないし、移動時間も考慮するとまだヴィーンの街の中だろう。
街の外に出るのなら門番が近くにいる時に暴れて知らせようと思ったのだが、その機会は訪れなかった。
最初のうちは街の喧騒が聞こえていたが、次第に周囲は静かになっていく。
さっさと行動すればよかったとニニルは後悔した。
麻袋に包まれたままニニルたちは馬車から降ろされどこかへ連れて行かれる。
担いでいる男の足音は地面の枯れ葉を踏むものから軋む木製の床を踏む音、階段を降りてからはコツコツと石畳を踏む音が反響する場所へと変化していった。
そして最後に錆び付いた扉を潜った場所で降ろされる。
「……ん!?んんっ、んーーーーーーーーん!」
ここでようやくカンナが目覚めたのか、隣りから猿ぐつわ越しの呻き声が聞こえてきた。
男たちに何かされないかと冷や冷やしたが、全員ニニルとカンナを置いて出て行ったようだ。
再び錆び付いた扉が閉まる音がしてからは、カンナの呻き声以外は聞こえなくなった。
少し待って誰も戻ってこないことを確認してから、ニニルは指先に魔力を込め始める。
いつもの倍以上の時間と魔力と集中力を要して、ようやく詠唱無しで《風刃》を発動させた。
果物ナイフより短い極小の《風刃》は、ニニルの手首を若干掠めつつも後ろ手の拘束と麻袋を切り裂く。
自由になった腕で麻袋から這い出ると、そこは真っ暗な空間だった。
麻袋という暗闇の中で目が慣れていたにも関わらず何も見えないが、猿ぐつわを外して詠唱さえ出来ればこっちのものだ。
『絶え間なく注ぐ 命の篝火よ 標たる輝きを我が手に灯せ』
小声で詠唱した《灯火》の魔術が発動し、ニニルの掌に松明の先のような炎が生まれ周囲が照らされる。
そこは石畳の露出した地下牢のような場所で、背後の壁以外の三方向は鉄格子で囲われていた。
熱を感じない輝きだけの炎のゆらめきに合わせて、鉄格子の影が揺れている。
「カンナちゃん落ち着いて、ニニルよ。今拘束を解くから暴れたり大声を出したりしないでじっとしててね」
「んっ、んん!」
ニニルのすぐ横でもぞもぞと動いていた麻袋から返事があったので、《風刃》を使って自分の足とカンナの拘束を解いていく。
「ぷはあっ。ここどこ!?いつのまに拘束プレイが始まったの?」
本当に宿屋で添い寝していた時から眠りっぱなしだったようで、カンナは不思議そうに辺りを見回していた。
「寝込みを襲われて連れ去られたみたい。移動距離からしてまだ街の中だと思うけど……」
「狼君との接続は切れちゃったの?」
「ええ。緊急時の合図として精霊狼の召喚自体は切っていないから、カルマ君にも伝わってはいるはず」
「そっか、なら心配ないわね。ここどこかしら」
拉致されたというのにひとつもカンナはひとつも怯えた様子を見せなかった。
度胸があるのか、カルマを信じているのか、あまり深く考えていないのか……。
ニニルは全部だと思った。
「すんすん……なんか臭わない?」
カンナが小振りだが整った鼻をひくひくさせて、臭いの元を探す。
ニニルの手を引き《灯火》の明かりが左の鉄格子に近付くと向こう側に何かが見えた。
「!?これは……」
「うーん、〈魔素結晶症〉の子?」
ゆらめく明かりに照らされたのは、壁の鎖に繋がれた少女の死体だった。
その全身は魔素結晶症に侵され、黒い結晶に覆われていた。




