幸せの除け者
「ねえニニルママは元気にしてる?冒険者稼業が忙しいのか、お店に全然顔を出してくれないのよね」
「知り合って間もないので普段がどうなのか分かりませんが、大きな怪我もなく冒険者をされていると思いますよ」
三人は部屋に設えてある丸いテーブルセットの所へ移動して、等間隔の距離で座っている。
イザベラの問いに小柄な森人の少女の姿を思い出しながらカルマが答えた。
少なくとも治癒魔術で治せないような大きな傷は外からは見受けられなかったはずだ。
「次会ったらイザベラが寂しがっていたと伝えてくれない?」
「おい、仕事の邪魔になるからちょっと黙っていろ」
「なによ、少しぐらいいいじゃない」
ニニルの書状を改めていたロランドの言葉に、イザベラが舌を出して抗議した。
先ほどまでの妖艶な佇まいは消え去り、舌を出す仕草はまるで女友達を慕う少女のそれだ。
自らを年増と称してたが実年齢はそこまで高くないのかもしれない。
女性に歳を聞くというのは竜の尾を踏むよりも恐ろしい行為なので、カルマは尋ねることは出来なかったが。
「なあに?貴方も私のことが邪魔だって言うの」
「いいえ、飾らない今の貴女のほうが魅力的だと思っただけです」
「……」
「よし、年甲斐もなくそのまま惚けていろ。これは間違いなくニニルからの紹介状だ。だから俺が知り得る情報は全て適正価格で提供しよう」
「ありがとうございます。それでは早速ですが……」
イザベラに対して辛辣な態度のロランドに苦笑いしつつ、カルマは懐から皮袋を取り出す。
そしてその中に入っている金貨を十枚、テーブルの自分の前に重ねて置いた。
「鉱山の運営はアイマルク家が主導で合っていますか?」
「ああ、合っている。ただし去年まではだがな。今年からはエルグリン家が主導になっている」
カルマの質問に応えたロランドが金貨を二枚取って自分の手元に置いた。
「ニニルさんも知らなかったということは、エルグリン家が主導ということは誰も知らないのですか?」
「そうだ。公に発表されていないから知られていない」
「発表されない理由はなんですか?」
「理由を言う前に鉱山の運営権を得る条件を説明する。条件の一つにこの地を治めるアスイトフ領主一族との交誼というのがある。具体的に言うと親族関係で、アイマルク家は代々息子か娘を領主一族の結婚相手として差し出している」
ロランドが金貨を二枚取る。
「昨年、領主一族へ嫁ぐ予定だったアイマルク家の長女が馬車の不慮の事故で死んだ。代わりに選ばれたのがエルグリン家の娘で、婚約と同時に運営権が切替わったのだが、その娘は〈魔素結晶症〉という不治の病にかかってしまった。回復の見込めない娘を嫁がせるわけにもいかず婚約は破棄される予定だ」
「つまりエルグリン家の運営権はすぐに剥奪されるからわざわざ周知する必要もない、といったところですか。ですがアイマルク家の次女も〈魔素結晶症〉と聞いていますが、他に娘がいるのですか?」
「いやいない。いないからこそ魔素散らしの素材を独占して、是が非でも嫁がせたいのだろう」
「魔素散らしの素材で病の進行は抑えられると聞きましたが、根本的な治療にはならないのでは?」
「あんたなかなか詳しいな……その通りだ。初期の〈魔素結晶症〉であれば薬を飲み続ければ症状は抑えられ健康体と変わらない。誰かに移る病でもないので健康を維持できるなら嫁ぐことも可能だ。それに最近アイマルク家に他所から来た魔術師が出入りしているから、何か治療の目途が立っているのかもな」
ロランドが金貨をまたもや二枚取る。
次々と目減りする硬化を見て、公衆電話の十円玉みたいだなとカルマは思った。
「根本的な治療方法はないと聞いていますが」
「公にはな。何にでも言えることだが、世の中に出回っている情報屋や知識は全体のほんの一部でしかない。俺の仕事が成り立っているのもその隠されている一部の情報のおかげだ。長年鉱山を運営している大貴族なら、〈魔素結晶症〉の治療に関する伝手を持っていても不思議じゃない」
「その具体的な伝手の情報はご存じではありませんか?」
「知っていたら良い情報料が取れるんだがな」
「そうですか……それでは最後に、ここ最近街中で変わったことはありませんでしたか?」
「随分漠然とした問いだな」
「ロランドさんが思う変わったことで構いませんよ」
カルマがそう言うと、ロランドは暫く考え込んでから口を開いた。
「ここ半年ほどの間でだが、若い女の行方不明者が増えている」
「あ、それは私たちの間でも噂になっているわ」
それまで黙ってにまにまとカルマを見つめていたイザベラが口を挟む。
「うちの店ではないけど、二軒隣のお店の若い子がある日突然姿をくらましたのよ。その子は住み込みだったんだけど、部屋が荒れてなければ借金もしてないから、客と駆け落ちでもしたんだろうって」
「だから仕事の邪魔をするな。イザベラの話のように商売女の失踪はまれにあることだが最近は妙に多い。商売女だけでなく普通の街娘の失踪も多いと情報が入っている」
「失踪した女性たちに共通点はあるのですか?」
「若いこと以外には特にないな。強いて言えば失踪する時間帯が分かっている限りでは、夜中から朝方に集中しているくらいだ」
「まあ失踪するなら人目のつかない時間帯を選びますよね」
「そういうことだ。最後の情報はイザベラが喋ってしまったから負けておこう」
「ありがとうございます」
ロランドが割り引いた情報料の金貨一枚を取ったところで、カルマは情報収集を終わらせた。
残った金貨を回収して、抱きついてくるイザベラをやんわりと引き離しながら退室しようとした時、ロランドに呼び止められる。
「分かっていると思うがここで仕入れた情報を他に流すのは無しだ。もし情報が流出したら相応の責任は取ってもらうからな……そういえばもう一つ変わったことというか、気になることがある。これは雑談だがあんた日光の下で動ける吸血鬼を見たことはあるか?」
「いえ、ありませんね。日光の下で動けるならそれはもう吸血鬼ではないのでは」
「そうか、そうだよな。最近そんな噂話を耳にしたんだ。旅人のあんたなら何か知ってるかもと思ってな。気にしないでくれ」
カルマが〈吠えたぎる鉱山〉亭の宿泊している部屋に戻って来たのは深夜だったが、女子会はまだ続いていた。
「でねでね、闇鍋の手下がぶわーーっと広がって来たんだけど、カルマがびしーーっと浄化の剣でやっつけちゃったんだよ」
「……すぴ」
続いているというか、カンナが酒の匂いが充満する部屋で一方的に喋っていた。
ツインベッドの片方に二人仲良く並んで腰掛け、正面にあるサイドテーブルには持ち込んだ酒やつまみが大量に乗っている。
ニニルは既に酔い潰れていて、カンナに寄りかかるようにして眠っていた。
カンナはニニルの腰に右手を回して支えつつ、左手に持った酒入りのグラスを煽りながら熱弁を振るうっている。
「あ、カルマおかえりー。遅い、遅いよお。どんだけ待たせるのさ。それじゃあ三次会行ってみよー」
「今日はもうお開きにしましょう、カンナ様。ニニルさんも眠っていることですし」
「えーーやだーー」
などとカンナは口では言っていたが、隣のベッドに寝かしつけると三秒後には寝息を立てていた。
ニニルも今晩は〈吠えたぎる鉱山〉亭に宿を取ってくれていたので、抱きかかえて部屋まで運ぶ。
「治癒魔術は必要なさそうですね」
悪酔いして寝苦しそうなら治癒魔術をかけようと思ったカルマだが、ニニルの寝顔は火照っているものの安らかであった。
部屋を出た所で偶然ミゲールに出くわした。
彼の隣には扇情的な衣装の女がいてミゲールと腕を組んでいる。
どうやら連れ込んだようだ。
「一応言っておきますが、カンナ様と一緒に飲んでいて酔い潰れてしまったので、部屋にお連れするだけですからね」
「う……うん」
無意識のうちに距離を取ろうとしたのか、抱きかかえていたニニルがずり落ちそうになる。
だがずり落ちまいと寝ぼけたニニルがカルマに首に縋りつくと、熱い吐息が首筋に当たった。
「あんたが朝までニニルの部屋から出てこなくても、だれも困らないどころか皆がハッピーなんだけどなあ」
やれやれと首を振ってから、ミゲールは女を連れて自分の部屋に入って行った。
その皆の中にカルマ自身は入っていないよねとか、ならニニルが魅力的でないのかと言われればそうではなく、そういう対象として見ていないだけなのだがとか、色々弁明したかったがその相手がいない。
心地よさそうに眠るニニルを首に巻きつけて、他に誰もいない廊下でひとり仏頂面になるカルマであった。




