薄幸の微笑少女
翌日カルマとカンナはヴィーンの街の南西の外れにある、エルグリン家の屋敷を訪れていた。
「落ち武者の家よりちっちゃいね」
カンナが言う落ち武者とは、アイマルク家当主のことだ。
髪型に合わせたあだ名である。
蔑称と受け取られかねない名称だが、幸いにも落ち武者という単語はアトルランの住人には通じていなかった。
エルグリン家の屋敷はアイマルク家と比べると、半分くらいの大きさだろうか。
依頼を受けに来たと伝えると、門番が大慌てで屋敷に走って行く。
そしてすぐに一人の男を連れて戻ってきた。
小走りでやってきて息も絶え絶えなのは、小綺麗な服を着た細身の中年男性だ。
白髪交じりの茶髪をオールバックにしていて、人の良さそうな温和な顔つきをしている。
「よ、ようこそおいでくださいました。私がエルグリン家当主ダニエロです。どうぞこちらへ」
当主直々の案内で屋敷に通される。
アイマルク家と比較すると質素な造りの屋敷で、調度品もほとんど無いためカンナの好奇心が刺激されることもなかった。
執務室のようなところに案内されると、早々にダニエロが切り出してきた。
「早速ですみませんが、お二人は旅の冒険者ですか?ヴィーンの冒険者で魔素散らしを狩れる実力者は、全員アイマルク家と専属契約を結んでいるはずですが……」
「ええ、私たちは一昨日ヴィーンに到着したばかりです」
「そうですか!よかった。遠方から取り寄せた薬草はもう二日分も残ってないのです。これでなんとかアリアの命は繋がりそうだ。報酬はアイマルク家の額に上乗せするので、是非お願いします」
魔素散らしの角一本でおよそ一ヶ月分の薬になるという。
確かニニルたちは月に一度の頻度で魔素散らしを狩っていると言っていた。
他にも狩っている冒険者がいるようなのでカルマは疑問を口にする。
「アイマルク家のご息女も同じ病気らしいですね」
「ええ、次女が患っているそうです。〈魔素結晶症〉は珍しい病で、同じ時期に私の娘まで罹ってしまうとは運が悪かった」
アイマルク家の次女が発症したのが半年前で、その一か月後にダニエロの娘も発症した。
ダニエロは慌てて角を確保しようとしたが、既にアイマルク家が角の在庫も冒険者も押さえていた。
伝手を使ってなんとか遠方から取り寄せた薬草もあと僅か。
万事休すの所に現れたのがカルマとカンナだった。
「アイマルク家から多少譲ってもらえないのでしょうか?角の在庫は余っていそうですが」
「もちろん真っ先にお願いに行ったが断られました。ですがそれも仕方のないこと。今在庫に余裕があっても、いつ入手できなくなるか分かりませんから。私が同じ立場でも断ります。それに……」
「それに?」
出されたお茶請けのクッキーをちびちびと食べていたカンナが、言葉を濁したダニエロに首を傾げる。
「いえ、なんでもありません。ところで他のお仲間はどちらに?」
「わたしたちだけだよ!カルマは第三位階だけど本当はもっと強いんだよ」
カンナの発言にダニエロが顔色を変える。
「お、お二人だけで魔素散らしを倒せるのですか……?」
魔素散らし討伐には在野最強である、冒険者階級第二位階のパーティーを必要とする。
ダニエロが悲観的になるのも無理はなく、想定されていた展開になったためカルマが捕捉する。
「私たちの実力に関してはニニルさんが保障してくれるそうです」
「おお、あの〈冒険者の母〉がですか!それであれば、まぁ、ううん……」
〈冒険者の母〉とはニニルの二つ名である。
二つ名は第二位階以上の冒険者に与えられる称号で、他薦ないし自薦で名乗ることができる。
ニニルも伊達に二十年も冒険者として前線に立っておらず、何人ものひよっこ冒険者を一人前にして送り出している。
面倒見の良さも相まって、何時ごろからか誰ともなく〈冒険者の母〉と呼ばれるようになった。
ちなみに本人はこの二つ名を非常に嫌がっており、面と向かってこの名で呼ぶと激しく怒る。
いずれにせよダニエロには他に頼る当ても無いので、カルマたちに縋るほかない。
「娘を、アリアをどうか宜しくお願いします」
貴族とは思えない腰の低さで頭を下げるダニエロであった。
「お父様」
ダニエロと正式に依頼契約を結び、執務室を出たところでか細い声が聞こえた。
カンナが振り向くと両脇をメイドに支えられて少女が立っていた。
年の頃はカンナより少し上、十六、七歳くらいだろうか。
波打った栗色の髪は腰まであり、白いワンピースを着ている。
肌もワンピースに負けないくらい色白だが、その純白を侵すものがある。
左足と右腕、そして顔の左半分が〈魔素結晶症〉により表面が結晶化して黒ずんでいた。
結晶化部分は力は入らないのか、右腕は力なく垂れ下がっている。
「アリア!安静にしていなきゃ駄目じゃないか」
ダニエロが慌ててアリアと呼んだ少女に駆け寄った。
「そうはいきません。わたくしのために魔獣と戦ってくれる冒険者様がやっと見つかったのですから、ご挨拶させてください」
そう言って自由の利く左手でワンピースの裾を掴んで一礼する。
「エルグリン家当主ダニエロの娘アリアです。此度は依頼を受けて頂きありがとうございます。不自由な体故、無作法をお許しください」
「冒険者風情に丁重な挨拶をありがとうございます、アリア様。私はカルマと申します」
カルマが礼儀作法に則って優雅に一礼すると、ちらりと隣の主へと視線を送る。
実際の〈魔素結晶症〉患者を目の当たりにして驚いた様子のカンナだったが、慌てて挨拶をする。
「カンナと申します。ご機嫌麗しゅう」
普段は自由奔放なカンナだが、貴族相手に対面を取り繕うこともできる。
さすがに毎回貴族に無礼を働いていては、勇者探しの旅に差し支えるからだ。
常日頃からかしこまっていれば、もっと旅は順調なのにと思わなくもないカルマである。
なかなか様になったカーテシーを決めたカンナを見て、アリアの顔の右半分が微笑んだ。
「貴女のような可憐な女の子が冒険者をしているなんて、危なくはないのですか?」
「わたしはおうえ……後方支援専門で、戦闘はこっちのカルマに丸投げなので大丈夫だよ。なんてったって〈冒険者の母〉のお墨付きだからね」
「まぁ、あのニニル様がお認めになった方なのですか。それは頼もしいですね」
二言目にして砕けた物言いになってしまっているが、アリアが気にした様子は無かった。
実際気にしない性格ではあるのだが、今は気にする余裕が無いと言ったほうが正しい。
メイドに支えられながらでも立っているがやっとで、足は震え額には玉のような汗をかいていた。
肺も魔素の結晶化が進んでいて、少し体を動かしただけで呼吸が苦しくなる。
それでも彼女は貴族然とした振る舞いを崩さない。
「早速明日から魔素散らしの討伐に向かいます。薬が切れる前に戻れるよう善処しますので、アリア様はご自愛ください」
「はい、宜しくお願いします」
宿屋も兼ねている〈吠えたぎる鉱山〉亭への帰り道、普段ならせわしなく話しかけてくるカンナが珍しく無言で歩いていた。
今までに見せたことのない神妙な顔つきと沈黙が耐えられず、思わずカルマから話題を振ってしまう。
「いつぞやみたいに、カンナ様の神気で治せないのですか?」
「魔素の結晶は自らのものが固まったもので、不浄な物というわけじゃないからね。魔素散らしの角で作った薬を飲み続ければ、結晶を壊すことができるけど〈魔素結晶症〉が治るわけじゃない。魔素が結晶化する原因を突き止めないと根本治療にならないよ。病の進行速度のほうが早いみたいだし……」
己の無力を悟ってカンナが項垂れる。
「随分アリア嬢に入れ込んでますね。好みのタイプでしたか?」
「ち、違うし!そんなんじゃないし」
カンナはこの世界の生みの親である創造神だけあって、人の生き死にについては一歩引いているところがあった。
ただし救える命があれば救おうとするし、情が移った相手ならより親身にもなる。
初対面のアリアに対してここまで真剣になっているカンナに、カルマは違和感を覚えていた。
「いつもより思い詰めているようでしたので」
「そうかな?自分じゃよく分からないや。〈魔素結晶症〉って少しずつ、年単位で進行する病なんだけど、半年前に発症してあそこまで進行するかなぁ」
カンナは〈魔素結晶症〉について多少は知見があるようで、ああでもないこうでもないと呟きながら、うんうんと唸っている。
創造神なんだから全知全能かと思いきやそうでもない。
本当は全知全能だけど、受肉したこの肉体が知らないだけだと言い訳していたが、怪しいところだ。
一方でカルマもカンナに召喚される前の自身に関する記憶だけでなく、一般知識についても欠落があると感じることがあった。
〈魔素結晶症〉については初耳であり、知識面で主の役に立つことはできない。
であれば別の手段で補うべきだろう。
「アイマルク家の次女も突然発症、重症化したそうです。普通の〈魔素結晶症〉の症例とは違う上に、同時期に二人が発症するのはきな臭さを感じますね。それに今朝から何者かに監視されているようですし」
「なに!?どこど―――」
「カンナ様、リボンが解けかかっていますよ」
誰かに監視されていると聞いて、不意にカンナが周囲を見回そうとした。
相手に悟られるわけにはいかないので、カルマはカンナの頭をがっしり押さえてリボンを結び直す振りをする。
「確証はありませんが、タイミングからするとアイマルク家の手の者でしょう。専属契約を結ばない私たちを監視して、引き続き魔素散らしを狩るなら再勧誘するつもりか、専属契約済みのニニルさんたちが不正をしないか見張っているといったところか。今は気付いていないふりをしておきましょう」
背後の五十メートルほど離れた建物の影に気配を感じながら、カルマが声量を落としてカンナに囁く。
「りょ、りょうかい」
意識した途端にぎこちない歩き方になるカンナを見て、言わなきゃよかったと後悔してしまうカルマであった。




